© Bradley Brister
取材・文:6PAC
ザ・ノース・フェイスの協力のもと、大学在学中にプロトタイプを開発
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「好きなことを仕事にしている」という人もいれば、「得意なことを仕事にしている」という人もいる。また、どちらでもなく「生活のために仕事をしている」という人もいるであろう。ただ、好きなこと=得意なことが仕事になっているという人はかなり少数ではないだろうか。
英ブルネル大学ロンドンの製品設計工学部を卒業して間もない、ブラッドリー・ブリスター氏も自分の好きなことであるアウトドアと、得意なことであるプロダクトデザイン(製品設計)を両立させる仕事に就きたいと願っている一人だ。
現在、ロンドン市内でデザイナーとして働いている同氏は、大学在学中にソーラーパネル付きバックパック『SunUp』のプロトタイプを開発。ザ・ノース・フェイスの協力のもと開発されたSunUpは、有名電機メーカーのダイソン創業者の財団が主催する国際的な若手限定エンジニアリングアワード「ジェームズ・ダイソン・アワード(JDA)」に今年出品し、イギリス国内の審査で準優勝を果たした。
「たくさんの小さなパネルを連結させる」という方法で既存製品の課題を克服
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SunUpは自身の経験をもとに、登山やキャンプといったアウトドアライフを満喫しつつ、USBポートを通じた電力供給を可能とすることを目的に開発されたという。ブルネル大学ロンドンとザ・ノース・フェイスは、学生にプロジェクトのアイデアを提示するという形で、毎年複数のプロジェクトを共同で実施しているが、同氏は自身のアイデアであるSunUpを逆に提示し、プロジェクトを実現させた。
「ソーラーパネル付きのバックパック」というアイデア自体は彼が初めて考えたものではなく、すでに日本のアウトドア用品市場でも出回っている。だが既存製品の多くはまだまだ課題も残っているという。
「多くの既存製品は、ソーラーパネルがはんだ付けされたワイヤーによってシートや布と接続されています。この方式ではある程度の折り曲げや衝撃などにも耐えられる柔軟性は確保できますが、製品寿命が犠牲になります。またソーラーパネルが組み込まれていないバックパック用に、後付けのソーラーパネルもありますが、アウトドアの厳しい環境を考慮せず開発されたものであり、脆いのです」(ブリスター氏)
ざっくり言えば、耐久性やバックパックとしての使いやすさを重視すると発電効率や製品寿命が下がり、一方で発電性能を重視すると壊れやすくなるというトレードオフが発生してしまうのだという。
取り回しの良さと耐久性、そして発電性能をどうにか良いバランスで保つことができないかと考えた末に生まれたのが「たくさんの小さなパネルを連結させる」というアイデアだった。
「SunUpで使用しているパネルは剛性が高く丈夫で、たくさんの小さなパネルを導電性のヒンジ(モノとモノを接続する機構)システムで連結しています。落下や衝撃時でも、1枚板の太陽光パネルより、多くのパネルを使っているSunUpの方がダメージが分散され柔軟に受け止められますし、たとえ一部が壊れたとしても発電性能への影響は低く、かつ交換も容易です」
加えてこれらのシステムは着脱も可能で、例えば写真のようにカヌーなどに取り付けて用いることもできる。
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JDAに出品したのSunUpはあくまで「学生プロジェクトのデモンストレーション」のプロトタイプであるものの、実際に大量生産可能だということも考慮されたものだという。現状、ザ・ノース・フェイスがSunUpのアイデアを用いて商品化する可能性はないそうだが、本人は「間違いなく製品化させます」と語る。今年のクリスマスまでには次のバージョンとなる『SunUp Mark 2』のデザインを終了させる予定だという。その後は、新機能と改善点を盛り込んだうえで小規模生産に移るそうだ。2~3年以内には店頭やオンラインストアで販売することも念頭に入れている。
「将来的には、目的に合わせてソーラーパネルの配列をカスタマイズできるようにすることを構想しており、よりさまざまなかたちのバッグや場所に取り付けられるようにしていきます。仕事が忙しいビジネスマンから本格的な冒険家に至るまで、どんなシーンでも違和感ないものになるようにデザインすることを心掛けています」
日本の折り紙にインスパイアされたデザイン
SunUpのソーラーパネルは小さい三角形がいくつもつながって出来ており、どことなく日本の折り紙にインスパイアされた印象を受けたので、率直に訊ねてみた。
すると、「この点に気付いてくれて嬉しく思います。最近のトレンドとして、バッグや洋服のデザインに日本の折り紙から得たアイデアを取り入れたものが増えています。その他でデザインに影響を与えてくれたのは、NASAの宇宙素材(金属製の「スペースファブリック」と呼ばれるもの)です。余計なものを取り払う、ミニマリズム要素が強いSF映画のアートワークも、私がインスピレーションを得るもう一つの領域です」との答えが返ってきた。
NASAのジェット推進研究所でシステムエンジニアとして勤務する、ラウル・ポリト・カシージャスらが開発を進めるスペースファブリック。
「アウトドアとプロダクトデザイン」が重なる場所を求めて
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“JDA準優勝”という肩書きを、「名刺代わりに活用しています」という同氏は、「アウトドアに情熱を持っているので、ザ・ノース・フェイス、バーグハウス、MSRといったアウトドアブランドで働きたいと思っています」という。アウトドアとプロダクトデザインという要素が重なる場所が、同氏の求める居場所だ。「自分が楽しんでいない仕事に自分を燃やすのは無意味です」ともいう。
JDAは日本でも国内予選となるアワードが実施されており、年々応募作品が増加してきている。最後に、日本でデザインを学んでいる学生に何か言いたいことはないかと訊ねてみた。
「私が出来る最善のアドバイスは、“失敗を心配しないこと”でしょうか。デザイナーの仕事自体はなくてはならないものですが、ユーザーのニーズによって仕事内容は日々変化していきます。これは素晴らしいアイデアだとデザイナーが思っても、実際には役に立たないということも良くあることです。
自分で自信作と思っていたデザインが不採用になった時は心が痛みます。でも振り返るとユーザーのニーズを一部見落としていたりするものです。デザイナーである私たちは、世界の人々のために世界をより良くするためにデザインをしています。世界中の人々の生活がより快適で、より楽しいものになるように」。