思わず働きたくなる魅力ある企業の要素として、今春から始動した働き方改革関連法案は重要な役割を担っている。そんな中、“エンプロイヤーブランド”を推進する取り組みとして、世界最大級の総合人材サービス「ランスタッド」が主催するアワードが、「エンプロイヤーブランド・リサーチ〜いま最も働きたい企業2019〜」だ。
今回は、その受賞企業のひとつで、近年、個人間のマーケットプレイスを提供し、急成長を続ける株式会社メルカリを紹介したい。米国に進出するなど、グローバル展開の道を進む同社オフィスでは、外国籍のメンバーも多く働くリベラルな雰囲気が特徴だ。
注目すべきは、働く人の満足度が高く、若い人を中心に同社で働きたいと考える人は国内外問わず引きも切らないこと。そんな人気企業メルカリで働く魅力に迫った。
取材・文:庄司真美 写真:多田圭佑
グローバル展開を視野に入れた国際色豊かなオフィス
メルカリ執行役員CHROの木下達夫氏。
メルカリは、創業当初からグローバル展開を視野に入れ、2013年からサービスを始動。働き方改革がブームになる以前から、米・シリコンバレーのグローバルテック企業の雰囲気やワークスタイルを意識してきたという同社執行役員CHROの木下達夫氏に、働きやすい職場の秘密について直撃した。
―― 「働いてみたい注目企業2019」を受賞した感想は?
木下:グローバル展開を目指す弊社のグローバル人材の活用について評価いただいたと伺っています。弊社には「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」という明確なミッションの下、グローバルな組織を作っていきたいという思いがあります。その点、ランスタッドさんが主催するアワードはグローバル規模で展開され、第三者機関のリサーチによるものなので、そういうところから評価いただけたことは光栄に思っています。今後は日本だけでなく、世界からも認められるようなランキングに入るような企業に成長していきたいと考えています。
―― 採用時の理想の人物像はありますか?
木下:職種にもよりますが、ミッションへの共感性は重要視しています。結果、海外志向が強く、「日本発のグローバル・テックカンパニーとしてこの会社を成功させたい」という思いを持つ社員が多いです。
ミッションの中でも特にメルカリらしさを表しているのは、「Go Bold(大胆にやろう)」で、これは、前例にないことをどんどん仕掛けていこうというスタンスです。そもそもメルカリの創業の歴史を考えても、サービスをローンチした時点ですでに業界最大手のヤフオク!がありました。やると決めた信念を押し通すガッツや大胆さ、モチベーション、それから諦めずにやり遂げるといったことも含めて「Go Bold」に表しています。
弊社はまだ創業7年目の会社で、昨年IPOをして一気に組織が拡大し、いろいろなプロセスや仕組みを作っている最中です。そのため採用時には、ボトムアップ式に「一緒にカオスを楽しみましょう」というメッセージを発信しています。
―― 自由な社風に惹かれて、メルカリに入りたい人は後を絶たないと思いますが、実際に働く社員の特徴はありますか?
木下:平均年齢30歳と若い人が多い会社ですが、新しい挑戦を続けて会社を成長させながら、個人としても成長意欲がある人が多いです。顕著なのは、「学習欲」の高さですね。今年の新卒新入社員50人に、自分の強みを見つけるサーベイメソッドを試みたところ、全項目の中で「学習欲」が突出して高いことが分かりました。次点で「達成欲が高い」「最上志向(より高みを目指す)」も多くて、メルカリらしいなと思いましたね(笑)。
また、新卒新入社員にどんな就活をしてきたのかを聞いたら、「学生時代から起業していたので続けてもよかったのですが、就職するとしたらGoogleかメルカリだと考えた」と言われた時は嬉しかったですね。Googleはすでに大きく成長しているので、自分がそこで個性を出すのは難しい。でも、成長途中のメルカリの方がやんちゃできると思ったというのです(笑)。
―― 数年前より外国籍のスタッフが多い印象ですが、グローバルでのビジネス拡大を視野に入れてダイバーシティに注力しているのですか?
木下:外国籍の社員は着実に増えていて、現在、全体の1割を超えてきています。世界中で使えるサービスを作ろうと思うと、日本人だけでは実現できません。そのため、世界のさまざまな国から優秀な人にジョインいただいています。一番多いのはインドで、昨年だけでインド工科大学出身の社員を30名採用しています。それから、米・シリコンバレーで働いていた人、中国でAIを専門領域にしていた人、ヨーロッパやオーストラリア、台湾、シンガポール、香港から来た人など幅広いですね。
外国籍の社員がいることで考え方の違いが生じ、議論が活性化して、歩み寄る努力が必要になります。でもそれが、世界を視野に入れたプロダクトやサービスを作っていきたい弊社にとっては、とてもいい刺激になっています。東京オフィスにも、アメリカの事業の開発拠点があり、エンジニアをはじめとするメンバーが所属していますが、ここは弊社の中でもグローバル化の象徴になっています。
―― メルカリでは、さまざまな部活動がさかんとのことですが、どのような制度があるのですか?
木下:クラブ活動は活発に行われていて、5人以上集まると部として成立するルールで、会社から月に1万円の活動費が出る仕組みになっています。部活を作るための申請プロセスは特になく、Slack上でチャンネルを作り、参加者が5人以上集まればOKというシンプルな運用方法です。
大所帯だと約130人が所属するウイスキー部をはじめ、キャンプ部、朝ヨガ部など。それから、同じ出身や同世代が集まる部活もあります。たとえば私は東京・八王子出身なのですが、「まさかないよな」と思って検索したら、6人でぎりぎり成立している「八王子部」があったのです(笑)。しかも、社歴の長いメンバーが揃っていて、その時私は入社直後だったこともあり、出身地つながりでみなさんと親しくなり、会社を知ることができたので、ありがたかったですね。
ボトムアップ式にカルチャーを築く社風
―― 2年前に社内で贈り合える成果給「mertip(メルチップ)」制度を導入されていますが、これについて詳しく教えてください。
木下:メルチップ制度は、毎週一定の予算が全社員に与えられて、そのチップを自分が感謝したい人に配る取り組みです。システム上で操作可能で、たとえば、「助けてくれてありがとう」とか、「今日のプレゼンはすごくよかったよ」といったことメッセージを添えてやりとりするイメージです。
これは他社でも導入されているケースが見られますが、導入直後は使われていても、しばらくすると廃れる傾向もあるようです。その点、弊社では現在でも約94%の使用率で使われていて、カルチャーとして根づいているのが特徴です。その秘訣について他社から問い合わせを受けることもありますが、上からの押し付けではなく、ボトムアップ的にカルチャーを作っていこうという社風があるからだと考えています。
弊社では、四半期ごとにもっともミッションを体現した人へのMVPアワードの受賞がありますが、同時にメルチップをもっとも多く獲得した人・贈った人も表彰されます。メルチップは上司も部下も関係なく贈り合う制度なので、誰が見ても「あの人はよくやっていたな」という人の名前が挙がるのです。こうしたことが、組織の活性化にもつながっています。
一方で、組織の拡大にともない、ボトムアップ型の組織運用をするために、マネージャーの育成にも注力しています。毎週もしくは隔週で時間をとって、マネージャーはメンバーと向き合い、業務上のつまずいている点をはじめ、個々の思いを聞いて成長を支援するアプローチをしています。
―― ほかに働きやすくするための取り組みはありますか?
木下:弊社のポリシーとして、出産や育児、介護などの働く人のダウンサイドリスクをしっかりとサポートしようという考えがあります。3年前から導入したのは、「merci box(メルシーボックス)」という制度。男性でも有給の育児休暇を2カ月間取ることができます。弊社取締役社長兼COOの小泉文明も育児休暇をとって、最近復帰したばかりです。世間では男性の育児休暇取得率はかなり低い数値ですが、弊社では約8割の男性社員が取得しています。
女性の場合、育児休暇は基本的に1年間取得できますが、その間、どうしても収入がダウンしてしまうので、復帰時に一時金というかたちでマイナス部分を埋め合わせる仕組みもあります。そのため、復職したいという人が圧倒的に多いです。それから、子どもの病気のため休まざるを得ない時のために、上限付きですが、看護休暇を取得できるほか、保育園やベビーシッターの費用をサポートする制度もあります。
こうした手厚いサポートにも弊社のミッションバリュー「Go Bold」が表れていて、どうせやるなら大胆に実施した方が社員にも伝わるし、引き続き仲間として働いてくれる方が会社としてもメリットがあるという考えが根底にあります。昨年の第三者機関による従業員満足度調査では、スコアが高すぎて改善点を見出しにくかったため、以後、自社で内省する調査に切り替えたほどです。それでも70%以上の社員がメルカリを「ほかの人にぜひ勧めたいと思っている」という結果となりました。
―― 人事評価はどのように行われるのですか?
木下:フィードバック・カルチャーを大事にしています。評価サイクルは四半期ごと、給料査定は半年に1回行われますが、周囲からの仕事の評価(ピアレビュー)も重要視しています。同部署のメンバーだけでなく他部署の仲間を指定します。結果、直属の上司や部下、同僚だけでなく、他部署の人からも評価材料となるフィードバックを記名式でもらえるフェアな仕組みになっています。
当初、記名式だと発言しにくくなるのではという議論もありました。でも、実装してみたら、良かった点、改善点などについて、みんなが率直かつオープンに評価できるようになりました。
たとえ厳しいフィードバックがあったとしてもお互いのためであり、攻撃し合わないことが前提にあります。それは信頼関係であり、心理的安全性が担保されているからこそ、ピアレビューの仕組みがうまく機能していると考えています。むしろ、周囲からのフィードバックは“ギフト”と捉えています(笑)。
―― 日本のよくある縦社会とは大きく異なりますね。最後に、今後のグローバル展開に向けてのビジョンについてお聞かせください。
木下:社員数が約1800人規模に拡大したこともあって、今までやってきたことを社内外に向けて明文化する考えです。ダイバーシティを重要視し、会社のミッション達成のために多様な人材がいきいきと働ける組織を構築するためのステートメントを5月に発表しました。
それにともない、4月から弊社代表取締役会長兼CEOの山田進太郎も社員に背中を見せるかたちで本腰を入れて英語を勉強し始めました。英語は世界のマーケットで勝ち抜くために必要なツールだけに、社員にも続いてほしいという考えがあります。弊社では特にエンジニアの外国籍比率が増えていて、エンジニアリング部門では3割を超えています。
通訳・翻訳チームがサポートに入ることもありますが、外国籍比率の高いチームから英語の文書を多用するほか、ミーティングを英語にシフトしていくなど、メンバー同士が直接コミュニケーションを取れるようにすることで、これまで以上に多様性を持つ個々人が互いを理解し、グローバル化を加速していけたらと考えています。