去る2月27日、「IoT推進ラボ」と経済産業省が共催する、IoTをテーマとしたビジネスコンテストやネットワーキングを行うイベント「IoT推進ラボ合同イベント -2030年の社会を創造しよう。-」が東京・六本木で開催された。
「IoT推進ラボ」は、IoT・AI・ビッグデータなどを活用したさまざまなプロジェクトを発掘し、社会実装に向けて企業との連携や資金、規制面でのサポートをするために設置された機関だ。
今回のイベントでは、「2030年の街づくり」をテーマにさまざまな基調講演や企業ピッチが行われた。その中でもとりわけ注目を集めたのが、IoTを基軸にイノベーティブなビジネスプランで予選を突破したファイナリスト5社による、第6回「IoT Lab Selection」の最終プレゼンと受賞社の発表だった。白熱した当日の模様をレポートしたい。
取材・文・構成:庄司真美 写真:菊岡俊子
「IoT Lab Selection」歴代グランプリ企業が語る、ビジネスの進展
当日は、「IoT推進ラボ」の座長を務める冨山和彦氏をモデレーターに過去の「IoT Lab Selection」グランプリを受賞した3社によるパネルディスカッションが行われ、その後のビジネスの進捗や率直な意見が語られた。
(第1回グランプリ)
株式会社Liquid Japan代表取締役 保科秀之
生体認証クラウドで培った精度の高い画像照合率で、本人確認をオンラインで完結する画像認識システム「LIQUID eKYC」を開発。ホテルの受付などで訪日外国人向けにパスポート不要の指紋認証を実現するために1200名のユーザーテストを実施。旅館業法上、無人フロントがOKになったことを契機にこの夏、顔認証システムもリリース予定。
(第2回グランプリ)
ユニファ株式会社取締役CTO兼システム開発管掌 赤沼寛明
家族コミュニケーションを主体に複数のプロダクトを展開。中でも保育園でのお昼寝タイムに関わるSIDS(乳幼児突然死症候群)のリスクを低減する保育管理システム「ルクミー午睡チェック」に注力し、全国の保育園をはじめグローバル展開を狙う。
(第3回グランプリ)
Coaido株式会社 代表取締役CEO 玄正慎
位置情報を使い周囲にいる救命有資格者に一斉連絡できるアプリ「Coaido119」を考案。突然の心停止による死者は、日本国内で、日に200人、年間7万人にも上り、救命率はたった4%。救急隊に引き継ぐまで絶え間なく心肺蘇生し続けなければ助からないため、人命救助に即した社会課題を解決するべく開発された。東京・豊島区の後援で半年間テストを実施し、現在はサービスを全国に拡大している。
モデレーターを務めたのは、「IoT推進ラボ」の座長を務める冨山和彦氏。
冨山氏の問いかけにより、グランプリに選ばれてよかったこと、逆にもっとこんな支援があればという本音が語られた。
ホテルでの無人チェックインを可能にする画像認識システム「LIQUID eKYC」を開発した保科氏は、国が共催するコンテストのグランプリを受賞したことで、法規制を緩和する恩恵があったことについて述べた。
「それまでは規制でホテルの無人フロントはNGでしたが、グランプリ受賞後、旅館業法の改正にもつながり、その第1号としてハードルなく参入することができました。ただ、当初はグレーゾーンの解消に留まっていたので、改正にまで踏み込んでいただけたら、その後の成長スピードはもっと速かったと思います」(保科氏)。
株式会社Liquid Japan代表取締役 保科秀之氏。
保育園向けの「ルクミー 午睡チェック」を開発した赤沼氏は、保育のガイドラインは自治体の監査事項になっていて、その判断は最終的に各自治体に委ねられるとした上で、公立保育園への参入の難しさを語った。
「当初は、デバイスでの午睡チェックが法的にありなのかどうか、保育園のガイドラインに記載がありませんでした。私立は新しいシステムを入れやすいのですが、公立の場合、自治体に認めてもらわないと導入できないので、そこに踏み込める後押しがあれば一層ありがたかったというのはありました」(赤沼氏)
ユニファ株式会社取締役CTO兼システム開発管掌 赤沼寛明氏。
マネタイズするまでに地道な積み重ねを要する人命救命アプリ「Coaido119」を開発した玄正氏からは、資金面のサポートについて次のような意見が出た。
「豊島区でのテストを実施できた経緯として、経産省のコンペを通っているというお墨付きは大きかったです。これは無料のサービスなので、インフラとして整備できて初めてマネタイズできるビジネスです。だから単発の資金支援だけでなく、長期的な視点で支援いただけたらより助かったという面はありました」(玄正氏)
Coaido株式会社 代表取締役CEO 玄正慎氏。
「IoT Lab Selection」グランプリを受賞した3社のフィードバックを受けた上で冨山氏は、グローバル展開のビジョンについて話を聞いた。3社ともにグローバルは視野に入れているとした上で、具体的な構想が述べられた。
「現在、インドネシアやフィリピンなどの東南アジアに進出しています。使われるシーンは異なっても、互換性を持って使えるID認証システムとして開発を進めていきます。将来的には、世界70億人のプラットフォームになれるよう成長していきたいと考えています」(保科氏)
「乳幼児の見守りは世界共通の課題なので、まずは日本と類似する保育スタイルの国をリサーチした上で展開する考えです。一方で、乳幼児のビッグデータの活用にも将来性があると考えていて、そうしたデータが必要な国についてもピックアップを進めています」(赤沼氏)
「海外にも同様の救命共助のサービスはありますが、まだ劇的な効果を上げているものはありません。そのカギとなるのは自動化だと考えており、日本企業の質の高いデバイスと連携してサービスを展開するビジョンを描いています。進出先としては、先進国はもちろん、後進国ではそもそも救急のインフラが整備されていないところが多いので、一からインフラを築く重要な存在になり得ると考えています」(玄正氏)
ECサイトでグローバルに展開できるサービスが高評価
そしていよいよ、第6回「IoT Lab Selection」のファイナリスト5社が発表された。今回は、介護や防犯といった社会課題を解決するものから、日用品やペットの健康管理といった生活の質を上げるためのものまで、実に幅広いビジネス構想が出揃った。受賞した企業を筆頭に、発表されたビジネスプランを紹介したい。
グランプリに選ばれたのは、ヒナタデザインによるサイズと購買データを活用した商品リコメンドサービス「scale post」。EC市場が右肩上がりの伸びを見せる今、販売側にも消費者にも、さらにグローバルで必要とされるサービスとして高い評価を得た。
「日本のパートナーと世界に向かって使ってもらえる技術を着実に進めていきたい」と今後の抱負を熱く語る、グランプリに選ばれたヒナタデザイン代表の大谷佳弘氏(写真左)。
オンライン上だと実物のサイズ感がわかりにくいジレンマを解消するサービスで、具体的には、実物大でのメガネのフィッティング、自分の部屋の間取り図に家具や絵画を置いたシミュレーションなどができるものだ。今後は、大手ECサイトでの導入を狙うほか、VRアプリを駆使して地域の情報や歴史、ストーリーをタイムマシンのように見られるようにするなど、観光や教育も視野に入れて展開するという。
準グランプリに選ばれたのは、デジタルデバイスの充電からの解放を目指した、ノバルスによる乾電池型IoT「MaBeee」。これは通信する乾電池で、さまざまなデバイスに囲まれたライフスタイルが普通になっている今、IoTの製品開発をスムーズにするという画期的な商品だ。
今後はビックカメラと共同開発の家電を開発するほか、テレビリモコンの共同研究も進めているという。さらに、数百メートル範囲で通信可能な乾電池も開発し、家庭だけでなく、学校や工事現場、オフィス、医療機関、農場といった屋外も含めたあらゆるシーンで使えるようにするため、量産化を目指している。
「130年前に初めて電池を乾電池にしたのは日本人。我々は電池にイノベーションを起こし、今まで変わらなかった世界を乾電池から変えていきたい」と語るノバルス株式会社CMO兼CSOの山中亨氏。
残念ながら受賞には至らなかったのは、ハチたまによる、猫の病気の早期発見をサポートする猫トイレ「toletta」。トイレで猫の体重や尿量、画像認識によって猫のさまざまなデータを取得することで、猫がなりやすい腎不全など泌尿器系の病気の兆候を知らせるものだ。同サービスは“ニャンバサダー”と呼ばれるユーザーを17万人擁し、すでに3億円超の資金調達にも成功。今後は獣医師AIによるアクションを実装し、飼い主と獣医師との情報共有をスムーズにするとともに、IoTと保険を組み合わせたサービスなどを展開していくという。
株式会社ハチたまの代表スピーカーの松原氏。
同じく受賞外となってしまったが、株式会社Z-WorksによるIoTとAIを駆使した介護支援システム「LiveConnect Facility」は、高齢化社会に必要とされるサービス。中でも寝たきりのお年寄りの褥瘡(床ずれ)は大きな問題となっている。それを防ぐためにはまめな体位交換が必要だが、この作業ログの自動記録や振動センサーで作業の管理をスムーズにし、さまざまな生体情報を検知できる優れものだ。
株式会社Z-Works代表取締役 共同経営者 小川誠氏。
さらに、Singular Perturbationsが開発した世界最高精度の犯罪予測システム「CrimeNabi」は、過去の犯罪データ(日時、場所、人通りなど)を元に犯罪リスクの高い地域やテロのリスクを予測できる近未来的なシステムだ。データに基づく最適な警備ルートの提示をはじめ、ロボットやドローンによる警備などに進化させるビジョンが発表された。
株式会社Singular Perturbations CEO梶田真実氏。
ファイナリスト5社のほかに、全応募プロジェクトから「地域活性化賞」として、東日本電信電話による、農業をトリガーとした持続可能な社会づくりを目指した「アグリイノベーションLab@山梨市」の取り組みが選ばれた。また、ソフトバンクの社内起業制度で起業し、開発されたSBイノベンチャー社による「conect+」が「イントラプレナー(※)賞」を受賞した。
※社内起業家のこと。
「地域活性化賞」の選定理由について、プレゼンターとして招かれた慶應義塾大学大学院 政策メディア・研究科 特別招聘教授を務める、審査員の夏野剛氏は、「地方創生のためのアプリはこれまでいい事例が出にくかったのが現状。その点、山梨市やJAと提携し、副次的な効果としてきのこの栽培を始めたことも含め、いい循環の仕組みとして賞にふさわしいと思いました」と感想を述べた。
かつてNTTドコモにて「iモード」を立ち上げたメンバーの1人で、現在はドワンゴの代表取締役社長や、さまざまな企業の社外取締役を務める慶應義塾大学 特別招聘教授 夏野剛氏がプレゼンターを務めた。
最後に、第6回「IoT Lab Selection」すべての受賞発表を終え、今回集まったビジネスプランのプレゼンを聞いて感じたことを冨山氏は次のように語り締めくくった。
「ファイナリストのビジネスモデルをあらためて発表いただいて感じたのは、熟度の高さ。もちろん、評価の軸が変われば順位は変わったかもしれません。高いポテンシャルのある企業が揃っていますので、ここからがスタートとして発展を続けていただけたらと願っています。日本の経済規模は世界のGDPのたった6%。世界を制覇してから日本に凱旋帰国するベンチャーがあってもいいはずです。IoT推進ラボでは、これまで多様なベンチャーを輩出してきたユニークな特性を持っています。規制の問題は多くのベンチャーにとって溢出効果を与えます。今後の活動について、これからもフィードバックいただけたら嬉しく思います」
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国内ではイノベーションがなかなか生み出せないと言われているが、今回の「IoT推進ラボ合同イベント -2030年の社会を創造しよう。-」で各社の熱いプレゼンを目の当たりにし、世界に通用するようなビジネスの息吹を感じることができた。
IoT・AI・ビッグデータなどを活用したさまざまなビジネスをサポートする取り組みから、今後も次世代に向けてグローバルで活躍できる企業の輩出に期待したい。