ITEM | 2019/02/12

アパホテル、積水ハウスから数十億円を騙し取る、地面師という「侵略者」の手口【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

地面師たちが披露する、どす黒いマジック

森功『地面師』(講談社)は、積水ハウスやアパホテルなど有名企業から数十億円という巨額の金を騙し取る地面師たちの手口や実例を、実績あるノンフィクション作家である著者が検証した一冊だ。

著者が今まで題材にしてきたのは、一般市民が極悪人に化けた『黒い看護婦−−福岡四人組保険金連続殺人』(新潮社)、高倉健の知られざる人生を描いた『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』(講談社)、そして『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』(文藝春秋)では2018年に大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞した

本作のトピックは題名がそのまま示す通り、「他人の土地を自分のもののように偽って第三者に売り渡す詐欺師」と大辞林で定義されている地面師である。当然、その土地は自分のものにはならないので、被害者はただお金を騙し取られるだけだ。

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古くは七〇年前、終戦間もない混乱期のドサクサに跋扈した。東京や横浜、大阪や神戸、福岡や鹿児島……。日本の主要都市が米B29の爆撃にさらされ、土地の所有者一家がそろって命を落とすケースが少なくなかった時代だ。家屋は瓦礫と化し、家を建てなおす者がいなかった。(P11)

こうした背景のある地面師だが、現代地面師たちの手口はまさにドラマか小説のようだ。

・名古屋の休眠会社を買い取り、東京音楽アカデミーという「それっぽい」社名に変更し、渋谷区富ヶ谷にある本物の東京音楽アカデミーの近くに銀行口座を開設。東京音楽アカデミー代表役をでっちあげ、土地売買を不動産会社に持ちかけて手付金を振り込ませる

・ホームレスに小遣いを渡し、住民登録をさせ、仲間の会社から給料支払いや源泉徴収をしてサラリーマンに仕立て上げ、マンションを買うための銀行ローンを組ませて稼ぐ

・指の腹すべてに透明なマニキュアを塗っておいて、契約書類に指紋がつくのを防ぐ

鋭いと言ってしまうと語弊があるが、地面師たちは人の弱みや都市の隙間・空白を敏感に察知して、そこを突くのに長けているのだろう。本書には、自分が今住んでいる所、住んでいた所、身の回りにある不可思議な場所について思わずあれこれ考えてしまう事例が多数紹介されている。

都市の空白だけでなく、心の隙間にも入り込む地面師たち

優れた技術の多くが軍事技術に由来しているように、技術の発展が地面師たちの犯行を助長しまうこともある。3Dプリンタで拳銃を作れてしまえるこの時代、地面師たちがそれを使わないはずがない。

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「たとえば印影さえあれば、3Dプリンタを使って実印を作り、本物と見分けがつかないほど精巧な書類を偽造する。見破りようがないケースも少なくありません。また偽の実印を使って改印し、新たな印鑑証明を作り直す。そうした行為を繰り返せば、どの時点で書類が偽造されたか、わからなくなるから厄介です」 (P118)

本書を読み進めていくと、人間が持つ「信頼」という心情の不思議さを感じさせられる。スカイツリーライン曳舟駅からわずか100mほど、墨田区東向島にある土地と三階建てのビルを2010年に父から相続した吉村清子氏は傘寿を過ぎており、財産をこの先どうすべきか悩んでいた。地価高騰を続ける一帯にある土地を多くの人が獲得したいと思っていたが、そのキーは意外なところに現れた。

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身寄りがなく、ひとり暮らしを余儀なくされていた清子は、話し相手にも事欠く高齢者だった。唯一の話し相手がかかりつけのクリニック医師である。その主治医を頼り、さまざまな相談事を持ち込んで、医師も親身になって彼女の相談に応えてきた。(P151)

この話を嗅ぎつけた犯行グループは、本人ではなくて医師がビルの贈与を受ける筋書きを考え、医師に関する偽造書類を作り、本人・医師の知らない間に売買契約を進行させ、架空の生前贈与が行われた。そして、それから4年経った時に初めて真相が明るみに出た。

筆者はこの顛末を聞いて、『ウルトラセブン』で人々の信頼を逆手に取って地球を侵略しようとしたメトロン星人のエピソードを思い出した。メトロン星人の回は「我々人類は今、宇宙人に狙われるほどお互いを信頼してはいませんから」という皮肉の利いたナレーションで終わる。赤の他人でありながらも、せっかく漕ぎつけた医師にかけていた氏の信頼は、心の隙間にまで付け込んでくる地面師たちにあっけなく剥ぎ取られてしまったのだ。

現代社会に渦巻く、多重な「弱み」の連鎖

「地面師たちは複雑な手口を駆使して騙しを行っている」と思われる読者の方は多いだろう。だが実際は小切手による見せ金や預金残高の偽造など、素人目から見て初歩的とも思える手法も数多く用いられているのだ。

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実際は、よく見るとATMの伝票にも小切手による入金という記載が小さくされているのだが、なかなか気づかない。持ち主の西方はもとより、取引のプロである津波側の司法書士も見落としてしまったという。(P192)

こうした事例を見ていると、地面師の手口はまるで手品のタネのようだと思わされる。タネ明かしをされると「なんだ、そんなことか」と思う。しかし、実際は手品師の手腕によって違うことに気がひきつけられていて、肝心要のことに気づくことができない。

都市部ではまだしも、地方では空き家問題が深刻化しており、どのように空き埋めたり活用したりするかということが議論の的になっている。不動産は現代社会において特に注目されている点であり、また同時に盲点でもあるのだ。その「弱み」につけ込み、弁護士や司法書士にも根回しがなされ、地面師たちによる犯行は行われる。