約1カ月前のある日、私はツイッターのタイムラインに流れてきたFINDERSの記事を、上記のように何気なくシェアした。指を入れるとたった10秒でネイルに好きな絵柄をプリントしてくれるというプリンタ、PriNail。1台の値段は決して安くないものの、ツイートした通り、ネイルサロンにコンスタントに通う人なら簡単にもとは取れる。クオリティのほどは定かではないけれど、それにしたって時代は進化したものだ……と、そんな調子の何気ないツイートだった。ところが直後に思いがけない異変が起きた。このツイートが、急に怒涛の勢いでリツイートされ始めたのだ。
紫原明子(しはら・あきこ)
エッセイスト
1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。 個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。BLOGOS、クロワッサンweb、AMなどにて寄稿、連載。その他「ウーマンエキサイト」にて「WEラブ赤ちゃん」プロジェクト発案など多彩な活動を行っている。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)がある。
6,000RT以上され、ついに中の人の耳にも届く
私自身、数年前の一時期にはまめにネイルサロンに通っていたこともあった。けれども最近は時間と費用の理由からすっかり縁遠くなっていた。もっぱら思い出したときに気まぐれにマニキュアを塗る程度。そんなわけだからこの機械にそれほど熱いニーズがあるとは思いもよらず、世の中の人はそんなにネイルに手間暇かけていたんだな〜と、のんびり驚いていた。ところが1,000、2,000とリツイート数が増えるうちに、私はあることに気がついた。リツイートやいいねをしてくれる人たちのアイコンが、どうにもアニメのキャラや、ビジュアル系バンドのメンバーといった特定のジャンルに偏っているようなのだ。そこで私はこの発見を次のようにツイートした。
するとほどなくしてこれに次のようなレスが寄せられた。
“ああ!痛ネイル需要ですね!なるほど、、、。痛ネイル、普通のネイルよりかなりお金も時間もそれに対応しているネイリスト探すのも手間なんですよ。その上、ネイリストの知らないコンテンツだと一から説明する必要があったので……これはいいですね……”
「痛ネイル」なるものの存在を、恥ずかしながら私はこの時に初めて知ったのだった。
好きなアニメのキャラクターやアイドル、俳優、歌手など、いわゆる“推し”を持つ人たちは、イベント前などに、服やメイクとともにネイルもまた、推しキャラ仕様に彩るのだそう。そしてそんな推し仕様のネイルを「痛ネイル」と言うのだそうだ。
検索してみると、Wikipediaにも当然のように「痛ネイル」の項目があるばかりか、ホットペッパービューティーにも、一つのれっきとしたカテゴリとして「痛ネイル」が登録されている。痛ネイルはそれほどメジャーなものだったのだ。フォロワーの方に教えていただいたとおり、痛ネイルをする人たちは、好きなイラストやデザインを痛ネイルのできるネイルサロンに持参し、ネイリストさんにイメージを伝えて描いてもらうのだという。
たしかに、そうやって痛ネイルを楽しむ人たちにはとってこのPriNailはとても良さそうだ。予期せぬバズの理由がわかったところでなおリツイートの連鎖は止まらず、最終的には6,000を越えるリツイートといいねを集める結果となった。すると自ずと、私のツイッターのメンション欄はこのPriNailなるマシンへの興味と期待の声でたちまち埋まってしまうことに。せっかくなのでと、それらをTogetterにまとめたものがこちらである。
痛ネイル・推しネイルも1本10秒夢のネイルプリンタPriNail(54000円)に湧く人々
https://togetter.com/li/1289186
実は私は密かに、そのままでは聞こえてこない遠くの誰かの優しい声、温かい声を見える化する、といったことをライフワークとしている(参考:https://woman.excite.co.jp/welovebaby/)。TV番組を見ていても、これは良い企画だなと思ったら、賞賛と感謝のメールを番組のご意見フォームから制作側に送ったりする。何しろ良いコンテンツやプロダクトを作り上げるのは大変なことなのだ。今回のネイルマシンだって例外ではないだろう。長い年月をかけ、たくさんの人たちが精魂込めて作り上げた汗と涙の結晶に違いない。
奇しくもそんなマシンへの期待の声が、全く無関係な私のもとに山のように集まってしまった。これは、中の人に届けないわけにはいかないだろう……ということで私は、このまとめたリンクを、PriNailを制作した小泉成器にお知らせしようと考えたのだ。念のために断っておくが、これだけリツイートされたのだから1台くらい実機をもらってもいいんじゃないかと欲を出したなどということは絶対にない、絶対にだ。
しかし、ここでひとつ問題が浮上した。小泉成器のコーポレートサイトをいくら探しても、ネット経由で連絡できる窓口が一つも見当たらないのだ。私の粘着なウォッチ力をもってサイトの隅から隅まで舐めるように見ても見事に電話、もしくは住所しか掲載されていない。サポート窓口に電話をして、おもむろに「今から言うURLにアクセスしてください、エイチティーティーピー……」といった伝達方法も検討したが、さすがに気持ち悪がられるだろう。そこで私は、どうか小泉成器さんがこのまとめページに辿り着いてくれますように、と切に願いながら、やむなくこちらからの接触を断念したのであった。
ところがそれから数日後。とある友人(※ちょっとした気まずい出来事があってしばらく疎遠になっていた)を介して、なんとPriNailの広報さんから私に連絡が入ったのだ。なんでも、ツイッター上の反響に気がついてくれたようで、とても驚かれていた。と同時に、なんと私に実機を送ってくださるという。まさかの急展開。かくして、一つのツイートが発端となって、私のもとに10秒ネイルプリンターPriNailがやってくることになったのだった……と同時に、気まずさから疎遠になっていた友人との交流も見事に復活した。小泉成器さん、本当にありがとう。
そして使ってみた
そうして12月上旬、ついに我が家にやってきたこちらがPriNailだ。
思っていたよりも案外小さく、場所を取らない。
折しもPriNailを受け取ったその日、私は、ハンナ・アーレント著『エルサレムのアイヒマン』の読書会に参加する予定となっていた。ということで、ためしにさまざまな年代のハンナ・アーレントの写真をプリントすることに。PriNail専用アプリをインストールしてデザインとプリントに挑戦。……ほどなくして私は驚愕した。信じられないほど手軽にデザインが完成、そしてプリントはたしかに、ものの10秒も経たないうちに完成するのだ。残念ながら大人の事情でハンナ・アーレントネイルをここに掲載することはできないので、ここからは代わりのデザインを使ってPriNailの詳しい使い方をレポートする。
PriNailを使うにあたって、まずはこの専用スマホアプリをインストールする必要がある。このアプリと本体がwifiで連動するのだ(初回利用の際にはアプリも初期設定の画面になるが、今回そこは省略する)。
こちらがデザイン編集画面。
既存の豊富なデザインの中から好きなデザインを選ぶこともできるが、オリジナルデザインを作るのも至って簡単だ。スマホの中の写真データから写真を表示させ、好きな爪の位置にドラッグ。なんとそれだけなのだ。ちなみに今回は大人の事情で私の顔写真を私の爪に印刷するという新手の痛ネイルに取り組んでいる。デザインの途中で私自身の主張の強さに気が遠くなったので、親指には私の得意なスマホゲーム、hole.ioで高得点を取った際の、記念のスクリーンショットをあしらった。
デザインが仕上がると今度は爪の準備。最初にベースとなるカラーを塗り、その上からプリコートとよばれるコーティングを塗る。
そしてこのように機械に指をセット。
するとアプリ上に、このように爪の映像が表示されるので、ガイドラインに合わせて位置を調節する。ものすごく未来感がある。
次の画面ではこのように、デザインをあてた画像が表示される。
そして最終的な印刷範囲の指定を行う。といっても、ほとんどの場合は機械の方でほぼ修正不要なレベルで爪の輪郭を認識してくれるので、機械の賢さを実感したところでいよいよプリント開始。あっという間に完成だ。
こちらが仕上がり。見ての通り、驚くほど鮮明なのだ。たまに爪の側面に綺麗に印刷されない場合もあるが、印刷位置の設定を極力細かく行うことでかなり改善される。インクは水性なので、はみ出た部分は濡らした綿棒でぬぐえばきれいになる。私は細かい作業が面倒なので、本来の印刷位置の上にだけ慎重にトップコートを塗って、乾いたところで、水で手を洗う。すると、印刷のはみ出た部分だけが綺麗に洗い流されている。トップコートとして、マニキュアの代わりにジェルを使うこともできるという。
hole.ioの得点は残念ながら数字が小さすぎて識別不可能であった。
かすみ草と私。仕事中、キーボードを叩く手をふと見つめたとき、思いがけず自分と目が合ってしまい都度ギョッとすることとなった。自分の爪に寄生した4人の私……。
ちなみにこちらは左手。左手にはやはり大人の事情で、拙著2作の書影と、私のTwitter、Instagram、LINE@のQRコードをデザインした。
なんでQRコード!?と思われるかもしれないが、仮にもしこのQRコードがきちんと機能すれば、初対面の相手に名刺を渡さずとも、スマホのカメラで爪の先を読み込んでもらえばフォロー完了という、画期的な挨拶カルチャーを作り出すことができる。そんな熱い期待をこめた実験の結果、きちんと機能したQRコードは、残念ながらLINE@のみだった。ただし、爪が大きめの人であれば結果はまた違ってくるだろう。ぜひ試してみてほしい。
新しいコミュニケーションツールとしてのネイルプリント
今回のセルフポートレート痛ネイル。トップコートを塗り終わったところで綺麗に時間がなくなり、やむなくこのままの爪でいくつかの打ち合わせや取材に赴いたが、現場での反応は上々であった(冷ややかな視線に気が付かなかっただけかもしれない)。特にこれといった推しがいない人にとっても、仕事や趣味の集まりに際して、関連したデザインのネイルを印刷していくと、それだけで十分な話題のきっかけとなるし、喜ばれる。PriNailによって、精巧なデザインのネイルが手軽に実現できるようになったことで、ネイルが新たなコミュニケーションツールとなりゆく可能性をも、大いに実感した。
ちなみに今回このレポートを制作するにあたって、小泉成器の担当、平野さんに、改めて下記の質問をぶつけてみた。
―― 発売後の機器の売れ行きはいかがでしょうか?
平野:まだ発売後1週間で何とも言えませんが(※12月10日に話をうかがった)、発売前よりアプリは300以上ダウンロードされており、消費者の事前期待の高さを感じました。SNSなどの反響からも、反応は上々であると感じています。
―― 痛ネイル、推しネイルの需要は開発段階でどの程度想定されていたのでしょうか?
平野:プリネイルのメインターゲットは、着替えるようにネイルを楽しむファッション感度の高い女性や、不器用だと感じてセルフネイルを始められずにいるネイル初心者の方などであり、痛ネイルや、推しネイルは、そういう使い方をする方がおられる事はある程度想定していましたが、メインターゲットとしては想定していませんでした。
―― ツイッターの反響をご覧になってどう思われましたか?
平野:正直想像以上の盛り上がりに驚いています。ネイルに対して、様々な潜在需要の高さを感じています。
今月、満を持して発売となったこのPriNail。今後も痛ネイル界を中心に、ますます大きな旋風を巻き起こしていくことだろう。