EVENT | 2018/11/01

幸せに生きるためのおカネと働き方のリアル:元任天堂のゲームアプリ開発者、渡部健氏

渡部健氏
会社員という肩書を捨て、フリーランス、個人事業主、自営業、起業家という生き方を選択する人が以前にもまして増え...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

渡部健氏

会社員という肩書を捨て、フリーランス、個人事業主、自営業、起業家という生き方を選択する人が以前にもまして増えてきた感がある今日この頃である。今後、働き方改革的な動きがより社会に浸透すると、その数はさらに増えていくであろう。

そうした中で、ネットの記事や書店には、「独立して稼ぐ方法」などのタイトルが多く目につくが、経済的な成功を手中にしなくとも、幸せに生きるためのノウハウや指針となる情報はあまり見当たらない。

会社員という肩書を捨てた人達は毎日どんな生活を過ごし、どのようにしてどれぐらい稼ぎ、「幸せ」になっているのか。現在進行系で道を切り拓き生きてている人たちの生の声をお届けする。

取材・文:6PAC

渡部健

ゲーム開発者

東京大学大学院卒業後、2005年に任天堂にプログラマーとして入社。15年に退社し、イギリスへ語学留学の後、世界半周旅行を実施。16年からは個人でゲームアプリの開発および京都市内でシェアハウス「ギークハウス京都東福寺」の運営を開始(18年8月に運営終了)。18年4月には「Google Indie Games Festival 2018」にてアプリ『ネコの絵描きさん』がTop3およびジャンプ+賞を受賞した。
https://wakeninc.blogspot.com/

任天堂の社員からフリーのゲーム開発者に転身した理由

「社交ダンスとストリートダンスと旅行が趣味です」という渡部健氏が、任天堂という大船から下船したのは2015年のこと。「waken(ワケン)」という屋号でフリーのゲーム開発者に転身した理由は3つあるという。「会社にいると10年後は大体こういう仕事をやってるんだろうなぁって、未来が割と見通せてしまったこと」、「自分の作りたいゲームを1人で作ってみようかなと思い立ったこと」、「短いスパンでたくさんゲームを作った方が自分のスキルも上がるんじゃないかと思ったこと」だそうだ。

フリーとして開発したゲームはこれまでに12本。4色のビーズを隙間なく埋めていくというパズルゲーム『Solokus(ソロックス)』(Google Play Storeの「パズルを解こう」というコーナーでフィーチャーされた)、空きスペースに建物のパネルをはめて人口増加を目指していく『街づくりパズル エコノミシティ』など、どこか往年の任天堂テイストというか「誰でも気軽に始められるが、意外と奥深い」という要素を感じさせる。

ゲーム開発をする目的は、「単純に開発が面白いから」だと言い切る。こういうゲームを作ったら面白いんじゃないか、こういうのを作ったら儲かるんじゃないかと思いつくと、その好奇心を満たしたくて仕方がなくなるそうだ。それがゲーム開発をする上で一番のモチベーションになっている。一方、「自分の能力をできるだけ有効に社会に使っていきたいと思う中で、ゲームを作ることがたぶん世の中に一番貢献できること」という側面もあるという。

フリーへの転身当初はほぼ無収入だったそうだが、ゲームを出すごとに収入は上がっていった。ゲーム開発で得る収入は、「有料アプリの売上、無料アプリのアプリ内課金、アプリ内広告の収益」の3本立てだと言うが、実際には「アプリ内広告」の収益がほとんどとなっている。また、2018年の4月にはGoogle Indie Games Festivalで、『ネコの絵描きさん』というアプリがTop3とジャンプ+賞を受賞し話題となった。とはいえ、毎月の収入は安定しない。今年は任天堂に在籍していた時の収入を少しだけ超えそうだというが、それでも「大ヒットと言えるような作品が作れなければ、1カ月単位で収入がアップしてもすごい勢いで下がっていくので、まったくもって安心はできない」という。

ゲーム開発以外の仕事では、京都市内でシェアハウス「ギークハウス京都東福寺」の運営も手掛けた。一時、神奈川県内のシェアハウスに住んでいたことがあり、「そこでの生活が楽しかったし、しかも結構黒字だと管理人から聞いていたので、自分も始めてみようかなと思った」のがきっかけだ。ゲーム開発者が運営するシェアハウスということで、半分以上の住民は何らかの形でゲームに関わっていたという。シェアハウスからの収入もあったが、ゲーム開発にかかる作業量が増えたことと、シェアハウスの住民が減ってきたタイミングが重なったことから、今年の8月の閉鎖を決断した。

単発的にだがゲーム開発とは関係ない仕事の話が舞い込むこともある。講演を依頼されたり、平安神宮の横にある土産店に展示する展示物作製を依頼されたり、趣味のダンスつながりで映画の端役として出演したりすることもあるそうだ。

フリーになって得たものは「自由」と「承認欲求が満たされている量」

フリーのゲーム開発者として生活する上での損益分岐点はいくらくらいになるのか訊いてみると、「月々20万円ぐらいあれば、たぶんいけるんじゃないでしょうか。ただ20万だけですとゲーム開発でイラストや音楽を外注するのが難しいので、もう少し、できれば40~50万ぐらいは欲しいです」という率直な答えが返ってきた。毎月の収入が損益分岐点を下回ってきたらどうしますか?という意地悪な質問をぶつけてみると、「しばらくは続けると思います。そのために会社員時代に貯金をしておきました。もし貯金がつきそうになったら、受託の仕事をしようと思います。受託の仕事が見つからなかったら、ゲーム会社に再就職ですね。それが無理だったら、たこ焼き屋でバイトしたいです。それも断られたら…実家に帰ります」と冗談ぽくほのめかす。

渡部氏の個人ブログ「意識高い系歌って踊れるプログラマー」。定期的にアプリからの収入動向を報告する記事がアップされている。

フリーランスという立場で仕事をする上でのメリットを聞くと、

・自分で時間をコントロールできること
・嫌な仕事は断って好きな仕事だけできること

と答えてくれた。逆にデメリットを聞くと、

・収入が安定しないこと
・自制心が弱いと自分で時間をコントロールできないこと
・面倒な税務処理などの事務作業を自分ですること

の3つを挙げる。

自分の仕事を自分でマネージメントする上で気をつけている点については、「だらけやすい性格なのですが、同時に自分がだらけてしまうことへの恐怖心も強いので、それでなんとかバランスを保っています。あとは何もない時でも健康を重要視しています。運動と食事には気を遣っていますし、睡眠時間もできるだけ長くとるようにしています。それと、ちゃんと仕事ができたら自分で自分に対するご褒美をあげるようにもしています」という。

ちなみに、渡部氏の平均的な1日のスケジュールはこのような流れだ。

08:30 起床
08:30~09:00 ジョギング
09:00~10:00 朝ごはん
10:00~12:00 仕事
12:00~13:00 昼ごはん
13:00~18:00 仕事
18:00~19:00 晩ごはん
19:00~20:00 テレビ、ゲーム
20:00~23:00 仕事
23:00~24:00 お風呂
24:00 就寝

フリーのゲーム開発者になって得たものは、「自由」と「承認欲求が満たされている量」だという。前者はわかりやすいが、後者についてより詳しく聞いてみると、「会社で仕事をしていると、自分の仕事が社会に対してどれだけの価値を生み出しているのか実感として感じにくかったんですが、今はそれを感じる瞬間が圧倒的に多いですね。自分の作ったゲームに対する感想やエピソードをいただくことがあるんですが、自分がそのゲームを作らなければ、それらは生まれなかったものなので、自分は世の中に何かを産み出したんだなぁという感覚をひしひしと感じます」との説明。

任天堂の社員ではなくなったことで失ったものは、「安定した収入」と「大きいゲームや多くの人に届けるゲームに携われる機会」の2つ。「任天堂のゲームは世界中の、数百万、数千万という人に遊んでもらえます。それに対して自分のゲームは、今までリリースした全部のアプリを合わせても100万ダウンロードに満たないです。それを考えると、自分が社会に対して生み出している価値は会社員時代の方が大きかったのかもしれないです。そういう意味で、自分の生み出す価値を最大化する機会も失ってしまっているのかもしれません」というが、これは大企業を退職した人に共通しそうな点ではないだろうか。

フリーランスで仕事をする上で一番大切なことはと訊ねると、「人間性だと思います。自分の人間性が優れているとは決して思わないのですが、そこに関しては気を遣っています。特に人に対して常に真摯な対応をする努力をしています。そうじゃないと、叩かれたり、炎上したり、人が離れていったりします。逆に真摯な対応を心がけていると、仕事をくれたり、開発のアドバイスをくれたり、周りがものすごく助けてくれます」というが、これはどういった立場で仕事をしていようが普遍的なことのように思える。

シンプルに幸せに生きたい

2015年にイランに旅行した際の写真

渡部氏は今後、どんな人生の設計図を描いているのだろうか。

「私はシンプルに幸せに生きたいんですが、その1つの要素として自分の生み出す価値を最大化するっていうのがあるんですね。今のところ、フリーランスとして自分の作りたいゲームを開発することが自分の能力を最大限発揮できるところなのではないかと信じているので、それをがんばっています。なので人生設計としては、しばらくはゲーム開発をやり続けると思います。ただ常に刺激を求める刺激中毒者なところがあるので、全然違う業界に刺激を感じたらそっちに行ってしまうかもしれません」

最後に、会社組織に縛られない生き方を模索している人たちへ渡部健氏からのメッセージをお届けする。

「働き方に多様性が出てきている真っ最中なので、前例がないことも多いと思います。トライアンドエラーを繰り返して、より自分にあった生き方を見つけていけると良いですね」


waken