写真:加藤謙次郎氏
2018年、株式会社R.E WORKS代表取締役社長を務める加藤謙次郎氏が、元プロ野球選手の伊藤智仁氏を全面に押し出した「T-PROJECT」を企画して富山県の地域創生に一石を投じた。加藤謙次郎氏は過去には東京ヤクルトスワローズ(以下、スワローズ)、侍ジャパンで広報を担当。デジタル・ITを活用した効果的な広報・プロモーション戦略で高い評価を集めた。
伊藤智仁氏はご存知、スワローズの投手としてその名を轟かせた名投手。1993年のプロ入り後、高速スライダーで圧倒的な成績を残したものの怪我に泣かされ2003年に現役を引退。その後は04年からスワローズ二軍投手コーチに就任。08年から17年までは一軍投手コーチを務めた。そして18年にはルートインBCリーグ富山GRNサンダーバーズ(以下、サンダーバーズ)の監督に就任した。
「T-PROJECT」は伊藤智仁氏の名前の「T」、現役時代を過ごした東京の「T」、富山県の「T」、指揮を執るサンダーバーズの「T」、ホームゲームを行う街である高岡の「T」。5つの「T」を掛け合わせることで、それぞれの価値を向上させるマーケティングプロジェクトとして立ち上げられた。
本年度の成果として「T-PROJECT」は東京からサンダーバーズを応援しに行くツアー「高速スライダー号応援バスツアー」をWILLER株式会社と共同で2度開催した。WILLER株式会社は高速バスを全国120路線以上、毎日880便以上の運行を手がける。
スポーツ×地域創生の可能性を提示してくれた「T-PROJECT」をより深掘りするため、加藤謙次郎氏にインタビューを行った。
聞き手・文・構成:小林英隆 写真:株式会社R.E WORKS提供
加藤謙次郎
株式会社R.E WORKS代表取締役社長
神奈川県海老名市出身。東京ヤクルトスワローズの球団広報としてマスコミ対応、WEB運用、メールマガジンの配信、マスコットプロモーション、地域イベント、SNSの展開等を担当。2014年11月に侍JAPANの事業会社である株式会社NPBエンタープライズが設立され、事業部 兼 広報業務として着任。2018年1月、株式会社R.E WORKS代表取締役社長に就任。
居酒屋でのノリから誕生した
―― そもそも「T-Project」はどのような経緯で誕生したのですか?
加藤:ノリで誕生しました(笑)。昨年、私が伊藤智仁さんのマネジメントをすることになったのですが、同時期に伊藤さんがサンダーバーズの監督に就任することが決まり、球団社長に挨拶に出向くにあたり「手ぶらで行くのもどうかな…」と思い、そこで企画しました。
―― 「T-Project」はお土産代わりだったんですね。
加藤:「高速スライダー号応援バスツアー」というアイデアも横浜DeNAベイスターズのスタジアムDJを務めていた南隼人さんとお酒を飲んでいる時に生まれました(笑)。「応援バスツアーなら地域創生にもつながる!」って。
―― 完全に居酒屋のノリじゃないですか(笑)。
加藤:私の場合、居酒屋のノリからアイデアが出ることが多いです。スワローズ、侍ジャパンで広報を努めていた時もそうでしたから(笑)。
2回行われた「高速スライダー号応援バスツアー」
―― 「高速スライダー号応援バスツアー」の企画を聞いたサンダーバーズの反応はいかがでしたか?
加藤:「いいですね!やってください!」と受けが良かったです。伊藤さんからも「おもろい」と言っていただけました。
―― 今年は2回やられましたよね。
加藤:第1回目は6月2日〜3日にかけて。参加者の皆様に東京駅に集まっていただき、高速バスに乗車いただいて富山県まで向かいました。富山県に到着した後はサンダーバーズの試合を楽しんで頂き、夜には伊藤さんとの懇親会に参加していただきました。
第1回目は2018年6月2日〜3日にかけて開催。1名1室3万6,500円のプランと、2名1室の3万5,500円のプランが用意された。目玉企画として試合開始前に伊藤智仁氏と篠塚和典氏の1打席対決が行われ各種メディアに大きく取り上げられた。
第1回目の出発前のバスの様子
伊藤智仁氏
サンダーバーズの様子を見守る参加者たち
夕食イベントに参加する伊藤智仁氏
雨天でも柔軟に予定を変更して行う
加藤:第2回目は9月8日〜9日にかけて開催しました。こちらでもサンダーバーズの試合を観戦予定でしたが、あいにくの悪天候で試合が中止となったため予定を変更しました。伊藤さんが献身的に対応してくれたのでとても助かりました。
第2回目は2018年9月8日〜9日にかけて開催。1泊2泊で9,800円という驚異の低価格を実現。
第2回目はあいにくの悪天候で試合が中止に。急遽、練習見学に内容を変更。
国宝である高岡市の「瑞龍寺」を観光。ここから伊藤智仁監督も合流し、一緒に観光をするというサプライズも。
高岡市のバッティングセンター「ベースボールハウス・スタジアム」。伊藤智仁氏から打撃アドバイスをうけることができる、ファンにはたまらない瞬間。
懇親会の模様。NPB時代もふくめた秘蔵話を2時間楽しめた。
独立リーグは経営状態が厳しい
―― サンダーバーズが所属するルートインBCリーグをはじめとした独立リーグとNPB(日本野球機構)の違いをお聞かせください。
加藤:まず第一に来場者の規模です。NPBでは1試合あたり2万人〜4万人ほど集客します。ところが独立リーグでは600人程度と規模が大きく下がります。
―― 収益が大きく下がるわけですね…!ここに球場使用料などが発生してくると採算が取れるのでしょうか?
加藤:NPBの球団と比較した場合、経営環境は厳しいでしょう。選手を雇用したり、遠征のための費用を合算すると数千万円から1億円くらいの事業費が必要になると聞きました。この事業費を地元のスポンサー企業からバックアップしてもらい運営を成り立たせる、というコストベースの考え方が主流のような気がします。
この考え方は、売上に左右されない基盤を作れているという意味では「身の丈にあったリスクを低く設定できるスキーム」とも言えます。しかし、独立リーグのそれぞれのチームは、地元を盛り上げる地域創生を行う使命を持っています。球団としてチャレンジしながら収益を向上させていく体制を作れなければ好循環を作り出せませんし、地域創生につなげることができません。
―― NPBの主催試合では各球団、スポンサーをつけたタイアップナイターで収益を上げていますよね。
加藤:おっしゃるとおりです。ただ独立リーグの現状では新規営業を取りに行くのが難しい気もします。球団によってはスタッフ一人が5〜6役を兼務しています。このような状況下で球団としての収益を向上させるのは非常に厳しい環境だと言えます。
経営課題を解消して地域創生を行うための体力を蓄える
―― そのような現状の中、「T-PROJECT」はサンダーバーズと地元にどのような効果を生み出すことができましたか?
加藤: 1つ目が金銭的な売上。「高速スライダー号応援バスツアー」はサンダーバーズから承認を得て開催したので、球団の商標許諾料やチケット代金を球団にお支払いすることができました。
2つ目が「T-PROJECT」で東京と富山をつないだという実績を作り出すことができたので、サンダーバーズは地元企業以外からのスポンサーを獲得ができるチャンスが生まれました。
―― スポーツで地元企業以外からスポンサーを獲得できるのですか?
加藤:例えば欧州サッカーでは楽天がバルセロナのスポンサーを務めているじゃないですか。
――ああ…!なるほど。
加藤:今後、地元以外からも新規スポンサーを獲得することでより資金が潤滑になればチームが強くなり、盛り上がり、富山の街が賑わうことにつながるでしょう。
サンダーバーズの球団社長が「T-PROJECT」ならびに「高速スライダー号応援バスツアー」の成果をルートインBCリーグの理事会で共有してくれたのですが、他の地方のチームも興味をもっていただけたと聞きました。新潟⇔富山ですとか、群馬⇔福島といった地域間の交流は行われていたようですが、どこも東京とはつながれてなかったようです。今回の「T-PROJRCT」がルートインBCリーグの経営課題を解消し、地域創生を行うための体力を蓄える第一歩になれば幸いです。
――なるほど…!今回、東京から富山までの送客を担当したWILLERさんはどのような経緯で「T-PROJECT」に参加されたのですか?
加藤:チャレンジを許容されている会社でして、「スポーツツーリズム」を行ったという実績を作ることに興味を持たれていました。本来、WILLER さんは何百台規模のバスを動かす仕事をされていて、それらと比べると「高速スライダー号応援バスツアー」で運行する数は微々たるもの。「T-PROJECT」に価値を見い出して頂けて非常に感謝していますし、リスペクトしなくてはいけません。WILLERさんは今回、スポーツツーリズムの実績ができこたとでサッカーなどの別スポーツにも横展開し経済規模を広げていくことが可能かと思います。
―― 本年度の「T-PROJECT」を終えて、加藤さんが得ることができた成果を教えてください。
加藤:伊藤さんが元々、持っている地力、魅力といった素質をうまくプロデュースすることができたと考えています。普通のマネジメント会社でしたら野球教室を企画したり、テレビ番組の仕事を取ってくるのが一般的かと思いますが一味違う事ができたと思います。
何より伊藤さんがマネジメントに弊社を選んでくれた期待にすごく応えたかったのが根底にありました。伊藤さんの知名度でしたら、その気になれば好きな事務所と契約することが可能でしょうし…。
―― 加藤さんと伊藤さんとの出会いについてもお話いただいてよろしいでしょうか?
加藤:伊藤さんとは私がスワローズで広報を務めている時に出会いました。伊藤さんは非常に気さくな方なんですよ。よく飲みにも連れて行っていただきましたし、春季キャンプでは球場から宿舎まで一緒にランニングしてくださったり。非常に気さくな方です。
―― 「気持ちに応えたい」って想いって大切ですよね…!最後に加藤さんの今後の展望を教えてください。
加藤:「T-PROJECT」で得た経験を元にスポーツ業界を盛り上げていきたいと考えています。直近ではサッカー業界にも挑戦する予定です。伊藤さんの時と同様にチーム・地域が元々、持っている地力、魅力といって素質をうまくプロデュースすることができればと考えています。