複業家/ポートフォリオワーカーとしてマスコミからも注目度が高い、中村龍太氏によるセミナー「副業実践者"中村龍太"に学ぶ"人生100年時代"の未来の働き方」が、6月25日に東京・日本橋のWASEDA NEOで開催された。
そのセミナーの中から、複業の道を歩むために、自分独自のキャリアを見つめてデザインする方法について、紹介したい。
文・構成:庄司真美 写真:菊岡俊子
中村龍太
複業家/ポートフォリオワーカー
1964年広島県生まれ。大学卒業後、1986年に日本電気入社。1997年マイクロソフトに転職し、いくつもの新規事業の立ち上げに従事。2013年、サイボウズとダンクソフトに同時に転職、複業を開始。さらに、2015年にはNK アグリの提携社員として就農。現在は、サイボウズ、NKアグリ、コラボワークのポートフォリオワーカー。2016年「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」で副業の実態を説明した複業のエバンジェリストとして活躍中。
副業を取り巻く日本の背景について考える
働き方改革法案の可決により、副業が事実上解禁。人生100年時代といわれるこれからの新しい働き方に注目が集まっている。ところが、実際に副業を推進する企業は、少ないのが現状であろうと龍太氏は説明する(※中小企業庁 26年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業 報告書 改訂版より)。
副業を許さない日本の背景について、龍太氏は次の3つを指摘。
1.本業が疎かになる
2.情報漏えいの恐れがある
3.会社の信頼が落ちる
「そもそも本業以外に副業することは、個人の能力を活かした活動なので、会社が縛るのはおかしいことです。では、なぜ副業を禁止している会社が多いのかといえば、これまで厚生労働省が示していた就業規則のテンプレートに記載されているからにすぎません。経営者が集まる会では、就業規則は無難にそのテンプレートを使用しているだけだという話もよく聞きます。つまり、副業するケースについて、深く考察している企業が少ないのが現状だと思います」(龍太氏)
龍太氏が週休3日で勤務するサイボウズでは、柔軟な働き方を認める風土があって、複業する社員に関しては、「本業が疎かになるなら、給料を下げる」というスタンスをとっているという。
自分と会社側のメリット、デメリットを考えよう
龍太氏自身が複業家の道を歩み始めたきっかけは、会社員時代に、これからのキャリアを見つめた結果、やりたいことが5つもあったからだと言う。その上で、自分と会社側のメリット、デメリットについて考える過程が必要だと龍太氏。
「サイボウズに転職することで、収入が落ちた分を補填するためのサイドビジネスを始めたのが、複業の道を歩み始めたきっかけです。会社員と個人事業主という働き方を複合させたきっかけは、税理士からのアドバイス。『収入の手取り分を最大化させる』ことを勧められました。結果、サイボウズでは正規社員として固定給を得て、それ以外のサイドビジネスでは個人事業主なので、たとえば撮影で使うドローンや農業で使う車は、仕事用だから経費になります。さらに、その組み合わせは、会社にもメリットがあります。複業先も正社員雇用だと『36協定』により、会社は従業員の残業時間を管理する義務があるため、他社との調整が複雑になってしまうのです」(龍太氏)
できること」「求められていること」「やりたいこと」の良好なバランスを目指そう
龍太氏は、よく混同されがちな「副業」と「複業」の違いを参加者に問いかけた。その違いについて、龍太氏は次のように解説する。
(副業)本業とは別に、食べていくため、お金を稼ぐためにする仕事。副収入を得るために働くのが前提。
(複業)自分ならではの個性的な経験を積むことで、収入だけでなく、信頼やスキルを得るためにする仕事。すべての“価値創造活動”が対象。
“価値創造活動”は、日常に置き換えると、実は多くの人が実践しているはずだと龍太氏は指摘。「たとえば、誰よりも早くキレイにゴミ出しができて、それを人に教えることができたら、それは“価値創造活動”に含まれます。もしかすると、複業を意識しなくてもすでにやっていることかもしれません」(龍太氏)
ゴミ出しを誰よりもきれいにできる=「自分ができること」だとして、それが世の中に需要があるならば、そこから複業家への道を切り拓くヒントになると指摘する。その上で教わったのが、自分自身のキャリアの描き方。
ここでは、「自分ができること」「相手(会社や顧客)がやってほしいこと」「自分がやりたいこと」のバランスを自分なりに見極めることが重要だと解説する龍太氏。複業するメリットとして、龍太氏は、1つの結果が2つの会社の成果につながることを挙げている。
「新品種のリコピン人参『こいくれない』の栽培にサイボウズのクラウドサービス『kintone』を使ったことで、NKアグリでは、ITを使って収穫予測ができました。一方、サイボウズ側は、農業×ITで、社会にインパクトのある事例が作ることができました」(龍太氏)
これから自分のやりたいことを“見える化”するための方法は、「自分ができること」「相手(会社や顧客)がやってほしいこと」「自分がやりたいこと」の3つの円を描き、説明を加えていくこと。
複業する上で重要なのは、公明正大から生まれる信頼感
複業時に気をつけるべきこととして、企業と個人がもっとも大切にするべきは、「公明正大」から育まれる「信頼」だと龍太氏は説明する。
「複業をする上で、各社の情報漏洩には特に注意が必要です。たとえば、私が以前、大手部品メーカーから農業コンサルティングの依頼を受けたとき、そのことを複業先の2社に共有したくてもできないジレンマが生じました。なぜなら部品メーカーでは、これから新商品を開発しようとしていたからです。やみくもに新たな複業に飛びつき、関わりのある企業への説明をていねいにしないと、どこからも信頼を失うことになりかねません」(龍太氏)
このとき、龍太氏は農業コンサルティングの仕事を請ける前に、「すでに2社で複業をしていて、新しく仕事を請けることをその会社にも共有させてください」と先方にお願いしたという。すると部品メーカーは、「ここまでの情報はOKですが、ここから先の詳細は秘密にしてください」というふうに条件付きで共有を許諾。結果、各社に情報を共有し、公明正大に仕事を進めることができたのだとか。
自分の持つ資本を客観視した上で、キャリアを作る
これからの時代の複業は、「情報化社会」と「高齢社会」での新しい働き方のひとつであると龍太氏は説明する。
「突き詰めると、私が複業に求めるものは、将来的に不安な収入を補填できる“安心感”、それから他者の役に立てることでの“貢献感”や“幸福感”の3つです。たとえば、会社の経理で計算を間違えると文句をいわれるけれど、間違いなくできても、当然のことなので会社からは『ありがとう』とは言われないなどと聞くことがあります。でも、その能力を欲している場に行けば、たとえそれがボランティアで収入を得られなくても、相手に喜ばれるわけです。今は組織や歯車の中にいたとしても、外に出て複業をすることで社会貢献したいと思う人もいると思います。そうした“貢献感”を味わうのも、複業の醍醐味のひとつです」(龍太氏)
複業に求める“安心感”、“貢献感”、“幸福感”を味わいながら複業するために必要な資本について、龍太氏は次の3つを挙げる。
・自由に利用できる財産(現金、貯金、不動産)を指す「金融資産」
・労働力や知識、技能を指す「人的資産」
・人と人との信頼関係や人脈である「社会資本」
この3つを自分年表に置き換えて、これからのキャリアを具体的かつ客観的に見つめるべく、バランスシートを使ったワークショップがこちら。環境変化を想定した上で、現在、そして、2〜3年先の「金融資産」「人的資産」「社会資本」を書き込み、そのバランスをチェックするものだ。
龍太氏によるキャリアバランスシート。龍太氏のキャリアバランスシートには、将来を見据え、パワーアップしたキャリア像が描かれている。
複業をすでに実践している龍太氏のメソッドは、これからの新しい働き方を模索する上で大いに参考になるだろう。これからますます新しい働き方が広がるきざしがある今こそ、複業を含めた自分のキャリアプランを見つめるチャンスかもしれない。
WASEDA NEO 人生100年時代を生き抜く「人間再開発(Ver.0)」