EVENT | 2018/07/05

事業を創造する力を養うには? 「見立てる力」と「パッション」なき人材に、イノベーションは起こせない!



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2018年6月1日、早稲田大学が展開する社会人教育事業「WASEDA NEO」の一環として、シンポジウム「事業創造人材のつくり方~デザイン思考とその先~」が開講された。

シンポジウムに登壇した3名は、東京大学発イノベーション教育プログラム(i.school)、企業内大学(Yahoo!アカデミア)、早稲田大学社会人教育プログラム(WASEDA NEO)と、それぞれのフィールドからイノベーション人材育成に携わっている。異なる角度から意見が交換されたが、今回は「イノベーション人材に共通する要素」と「求められていく資質」に着目した。

文:長谷川賢人 写真:菊岡俊子

「創造性の3形態」と「イノベーション人材の3要素」

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<登壇者>

自らの価値を高めたいと考えるビジネスパーソンであれば、イノベーションを起こせる人材になることの必要性は感じているだろう。ビジネスシーンにおいてもアイデア創出を求められる場面も増えている。

東京大学発の教育プログラム「i.school」でエグゼクティブ・ディレクターを務める堀井秀之氏は、アイデア創出を考える上で、認知科学者のマーガレット・A・ボーデンの「創造性の3形態」が参考になると話す。創造性の3形態とは、以下の3つのことを指す。

1.Combinational creativity(組合せ型創造性)

2.Exploratory  creativity(探索型創造性)

3.Transformational  creativity(変換型創造性)

異なるものをつなぎ合わせたり、自身の価値基準を変えてみたりすることで、創造性が誘発されやすくなるのだ。創造性という言葉に引きずられすぎないよう、まずはこれらをガイドにする手は覚えておきたい。

また、堀井氏は「イノベーション人材の3要素」にスキルセット、マインドセット、モチベーションを挙げる。同氏は先行してスキルやマインドを鍛えることでアイデア創出の方法論を身に着け、いずれ自らの関心事が生まれた際にモチベーションが高まっていくという持論を述べた。

認知科学者のマーガレット・A・ボーデンの「創造性の3形態」について語る、i.schoolのエグゼクティブ・ディレクター堀井秀之氏。

一方で、ヤフーが開く企業内大学「Yahoo!アカデミア」の学長である伊藤羊一氏は、マインドセットとモチベーションを優先するという。その方法の一つとして、履修生にFacebookグループなどを通じて情報を浴びせ続け、それに対しての感想を書かせるという反復トレーニングを紹介した。インプットとアウトプットの繰り返しで発想力の基礎体力を付けるとともに、物事に対する好奇心を醸成することも図っているという。

感想を書き続けるトレーニングで発想力を鍛える方法を紹介する「Yahoo!アカデミア」学長の伊藤羊一氏。

ハーバードデザインスクール式「見立てる力」の重要性

電通でコピーライターを務めた後、ハーバード大学デザイン大学院で都市デザイン学を修めたWASEDA NEO講師の各務太郎氏は、イノベーションに必要な要素に「見立てる力」を挙げる。

各務氏が学んだハーバード大学デザインスクールでは、 “医者”や“音楽家”といった建築学とは異なる特徴的なバックグラウンドを持つ人々が集う。そこではロジックやマーケティングは極端に否定される教育が施されるという。

たとえば、「料理のように建築の“レシピ”というものはあり得るのか?」といった問いが生まれた時、それを突き詰めることでもしかすると「建築のクックパッド」のような事業が生まれるかもしれない。既成のロジックを排除し、異なる分野から課題を“見立てる”ことでアイデアが生まれるわけだ。先に掲げた「創造性の3形態」とも親しいといえるだろう。

これはハーバード大学で伝統的に行われてきた教育だと各務氏は話す。「高度経済成長期に来日したハーバード大学生は家電量販店で冷蔵庫の前に人形を置き、ビルとして“見立てる”想像をしたといいます。そのように既成物を異なる視点で見えるのが良い人材だ、という教育なんですね」

“見立てる力”を育む方法として、各務氏は元任天堂のゲームクリエイター・横井軍平の哲学「枯れた技術の水平思考」(最先端ではない技術を別分野の「今までにない製品」のために水平展開すること)に影響を受けたことを明かした上で、「違う分野からの視点をあらゆることに配れると、日々のすべてがインプットできる。たとえば、電車に乗りながら『これほど速く動ける住宅はあり得るか』と考えられれば、それは建築の勉強になる」と述べた。

ハーバード大学デザイン大学院での教育法について紹介するSEN代表でWASEDA NEO講師の各務太郎氏。

パッションを見つけ出せ!イノベーションはあなたの中にある

そして、三者が大切にするのは、イノベーションを生まんとする“パッション”や“身体的な体験”であった。伊藤氏は、「未来を構想するためにも、過去からさかのぼって自分が大事にしていることを考えることがモチベーションにつながる」と言う。過去の人生をグラフにする「ライフラインチャート」を制作し、現在の価値観に影響していると思われることを他者と共有、質問し合うことで自らの価値観をよりクリアにしていく。自らの視点で課題を発見し、「自分はこれを解決するために生まれてきたのだ」と思えるほどのパッションを探り当てることも狙いだ。

堀井氏は、「ワークショップの一環としてフィールド調査を大切に考えている」と言う。働き続けることを支援するデバイスを構想するために、例えばデイケアセンターを訪れてインタビューを行う。それらの“身体的な体験”こそが未来を発想する原点になっていくという。

「日本は欧米と比較すると、突出して『やりたいこと』や『パッション』を語れる人が少ない」と嘆くのは各務氏。各務氏はイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートのアンソニー・ダン教授が提唱した「スペキュラティブデザイン」を例に挙げる。

スペキュラティブデザインは問題解決のためにデザインを志向するのではなく、問題を提起するために「あり得る未来」を考えるためにデザインを用いるという考え方だ。そのスタンスにおいて大切になるのは「未来はどうなるだろう?」という受け身の体制ではなく、「未来をどうしたいか」を中心に思考する能動性、あるいは個人の願望にある。

「リサーチよりも前に個人のパッションに輪郭を与えるのです。日本はスキルが先行しすぎています。会社の配属ひとつとっても、修めた学問であるとか、個々人が向いていることを考慮して決めてこなかった。つまり、得た知識の活かし方を考えず、個人のパッションをおろそかにしてきた」と各務氏。

しかし、苦言ばかりではない。各務氏は「『未来をどうしたいか」を考えることは、日本人がもともと得意だった分野だ」と話す。その根拠は日本SFの豊かさだ。星新一、攻殻機動隊、あるいはドラえもんや鉄腕アトム……「YouTubeもiPadも、星新一が40年も前に書いています」と各務氏は笑顔を見せる。

「日本のSF作品を読んだ人が育って、ハーバードやMITで学び、ドバイの都市計画をやっていたりする。『マンガのような未来がやってきた』のではなく、『マンガのとおりに造った』というだけなんです。日本人はビジョンをつくる能力はあったのに、それをビジネスへ落とし込めなかった。それもパッションを大切にする教育をしてこなかったツケが来ているからでしょう」と、各務氏はあらためてパッションの必要性を強調した。

シンポジウムの最後に、伊藤氏は「会社勤めをしていると『やりたいこと』がなくなっていく人も多い。『あなたは何がしたいのか』という自分の“WILL”に対して、もっとピュアになってほしい」と言葉を贈った。イノベーションの出発点は自らの心にある、ということだろう。


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