ITEM | 2018/06/04

キャバ嬢本人が語る、知られざる「海外日本人キャバクラ」の世界【ブックレビュー】

カワノアユミさんのインタビューはこちら。

神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘...

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カワノアユミさんのインタビューはこちら

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

アジア一周、日本人キャバクラの旅

どことなく「ビリギャル」を思い出させるタイトルの、カワノアユミ『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イースト・プレス)が描くフィールドは、大学受験よりはるかに広い「アジアの日本人キャバクラ」だ。舞台は香港・タイ・シンガポール・マレーシア・ベトナム・カンボジアと幅広く、もちろんすべて著者が自身の足で稼いだ貴重な見聞録が綴られている。

著者はライターとして裏社会・恋愛・結婚・夜の世界といったネタを中心に執筆していて、「クレイジージャーニー」の出演者として有名な丸山ゴンザレスとも親交がある。18歳から15年以上水商売のキャリアを積み重ねてきた著者は、いつどのようにしてアジアの国々を巡ることになったのだろうか。

どんな旅にも始まりはある。「そうだ、タイで就職しよう!」と、京都に行くかのような軽いノリで袖に書いてある本書だが、その運命の瞬間は戸惑いをまじえて描かれている。

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冬も目前のある日、それは突然やってきた。

香港の存在は、もちろん若かりし著者も知っていただろう。しかし、なぜわざわざ香港のキャバクラまで行かなければならないのか。そして、なぜ自分である必要があるのか。「日給3万円、10日間限定で30万」という条件を聞いた著者は、正体不明のオファーに戸惑いつつも承諾する。こうして、アジアの日本人キャバクラを巡る長い旅が始まった。

キャバ嬢式異文化交流

著者はもともと夜遊び好きで、海外だけではなく国内の夜遊びを制覇すべく様々な場所を飛び回っていたという。そして、前述した「そうだ、京都に行こう」というような思いつきのもとタイで就職することを思いたち、日本でタイ語の教室に通い始めた。そうした光景も本書では描かれている。

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「せめて、タイ語だけでも覚えようっと」

海外の紀行文だけだとどうしても新しい情報のオンパレードで、現地の知識がない読者は文章が頭に入ってこなくなってきてしまうが、話の土台がしっかりと日本にあるので、著者の気持ちにすっと入り込むことができるのが本書の特徴だ。

また海外旅行や滞在の魅力といえば文化交流・異文化理解だが、もちろん著者の体験は一味違う。無事タイのキャバクラ(水着の女性が客前で踊るゴーゴーバーに隣接していたそうだ)で働き始めることができた著者は、そのバックヤードを「無法地帯」と呼んでいる。 

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私がいちばんイヤだったこと。それはゴーゴー嬢のトイレでの飲食。トイレはデパートのトイレ並みに広く、こういう店のトイレにしてはキレイだと思う。だが、タイ人の(ゴーゴー嬢だけ?)この習性だけはどうしても理解できなかった。

こうしたマニアックな文化・風習に加えて、各地の生活費(寮の有無)、給料、システム、バックヤードでアルミホイルの灰皿を作っていた方法(屋内で全面禁煙されている香港での発明)まで、細かいデータが掲載されていて、キャバ嬢として異国で暮らす雰囲気を私たちに想像させてくれる。

それぞれの日本人キャバクラ、それぞれの人生

著者が日本人であるだけでなく、日本人キャバクラなので当然まわりのキャバ嬢も日本人だ。また、運営者が日本人であるケースがある。どんな人がいて、どんな思いでキャバクラにいるのか。著者の目に映った他者の姿も本書のエッセンスだ。

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「ここの店の前は、シンガポールのキャバクラにいました」

旅の序盤、ある国の日本人キャバクラに入りたてのひと時はこのように描写されている。多くの人にとっては知られざる世界だが、やはり旅は旅。ゲストハウスに泊まって宿泊者と交流するように、様々な理由を持ってアジアのキャバクラをまわっている人たちの輪の中に入り、著者はもの思いにふける。

キャバクラを運営する側の観察も欠かさない。カンボジアの首都・プノンペンの廃屋で営業されているキャバクラの、香苗さんというスタッフとのやりとりは一風かわったガールズトークになっていて、女同士で酒の席で話すことといえば「恋バナ」だと宣言した上でその時の様子が記されている。

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「ボーイのコミちゃんは、めっちゃイイ子ですよね〜」

この後明らかになる香苗さんの事情はぜひ書中で確認して頂きたいが、「よくこんなに細かくひとつひとつの会話をおぼえているな」と驚くほど場面場面が臨場感にあふれているのは、ひとつひとつの経験が著者にとって濃密なものだったからなのだろう。

自分が輝ける場所は、思いがけないところにあるかもしれない

日本のキャバクラでは「客のつまみの豆ばかり食べている」と役立たず扱いされていた著者は、海外のキャバクラで適応能力を発揮した。それは必ずしもメインストリームな生き方ではないかもしれないが、夜の世界とはまったく別の分野で生きる人にも「人生にはこういう生き方もあるんだ」と勇気を与えてくれる。

知らない世界のルポルタージュだけではなく、新しい出会いの最中にも著者が「別れの予感」を察知しているような雰囲気は、本書に紀行文としての魅力を与えている。そして、明るい会話文の中にも思いやりや人生の刹那を楽しむ感性が含まれている。夜遊びが大好きで楽しい瞬間を数多く経験してきたからこそ、その瞬間がずっとは続かないことを熟知しているのだろう。

一瞬一瞬を大切にする。そんな生き方を、まだ見ぬ世界と一緒に見せてくれる必見の一冊だ。