CULTURE | 2018/07/27

チームラボ×森ビルの仕掛け人が描く「東京の行方」杉山央氏(森ビル株式会社)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(4)

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち...

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加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。

これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らはなぜリスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。

進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。

2018年6月、空前のスケールで東京・お台場に出現したチームラボの常設拠点「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」。

なぜ森ビルはチームラボと手を組んだのか? 同社でプロジェクトリーダーを務める杉山央氏を直撃。不動産デベロッパーとテクノロジーカルチャーの意外な関係から、未来を見据えた壮大なるビジョンが語られる。

聞き手・文:深沢慶太 写真:増永彩子

杉山央(すぎやま・おう)

森ビル株式会社 MORI Building DIGITAL ART MUSEUM 企画運営室長

学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。タウンマネジメント事業部、都市開発本部を経て、森アーツセンターの企画・運営チームリーダーに。六本木ヒルズで数々のイベントを手がける。13年より、都市を舞台に開催されるテクノロジーアートの祭典「MEDIA AMBITION TOKYO」を共同で企画運営するほか、「六本木アートナイト」などの企画を担当。今年6月にオープンした「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」では企画運営室長を務める。
MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless 公式サイト

「街を面白くする」ため、アート活動を経て森ビルへ

―― 杉山さんは森ビルへ入社後、「Media Ambition Tokyo(MAT)」や「六本木アートナイト」をはじめとするメディアアートやデザイン関連のイベントの企画に携わり、この6月にオープンした「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless(以下:チームラボ ボーダレス)」では、森ビル社内でプロジェクトリーダーを務めています。いわば、都市開発を手がける不動産デベロッパーの立場から、都市におけるアーティストたちの活躍の場を開拓してきたわけですね。

杉山:はい。現在に至るまでずっと、「街」「アート」「テクノロジー」の3つに関わる領域で活動をしてきました。学生の頃から個人的にアート活動も続けていましたが、何かを自ら作り出すよりも、アーティストが作品を発表できるギャラリーを作りたいという想いもあって。それは、森ビルに就職する前から変わっていません。

―― 学生時代は、どんなことをしていたのでしょう?

杉山:建築や都市と人間との関係性を学びたいと思い、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)から東京理科大学の建築学科を経て、最終的には早稲田大学大学院の人間科学研究科へと進みました。その一方で繰り広げていたのが、“街を使ったいたずら企画”。例えば、ビデオの自動販売機を中古で数台購入して改造し、アーティストが作ったTシャツや映像作品のビデオを販売したり、自販機の中にモニターを入れて自作の映像を流したり。原宿や青山で展開して、雑誌にもよく載りましたよ。ちょうど2000年頃のことかな。

アーティスト集団TEXMEXとして展開した、自動販売機でアートを売るプロジェクト「TEXMEX BOX」(写真提供:杉山央氏/右はメンバーの二階堂戒氏)

ゲリラ的に街の至るところにある銅像や仏像にプロレスラーのマスクを被せたり、道を歩いている人を自動追尾して、頭の上にマンガの吹き出しを投影する作品『フキダシステム』を発表したり。マイクロソフトのkinectが登場するはるか前の話ですから、イチから自動追尾のシステムを作って特許も取りました。いわば、街を使ったメディアアートのはしりですが、のちにライゾマティクスを立ち上げる齋藤精一さんともよく現場で一緒になりました。どれも、街の中でアートを身近に体験してもらうための取り組みでしたね。

TEXMEXが独自に開発し、街なかで展示を行った作品「フキダシステム」(写真提供:杉山央氏)

—— その一方で森ビルへ就職を決めたのは、同じようなことをより大きなスケールでやりたいという意図があってのことでしょうか?

杉山:まさにその通りです。ちょうど六本木ヒルズの開業を控え、森ビルの“街を使った文化発信”というイメージが高まっていくきっかけになるタイミングでした。六本木ヒルズの開業準備のためのインフォメーションセンター「THINK ZONE」(2002〜03)の運営をやらせてもらえるチャンスに巡り合ったので、毎晩そこにクリエイター仲間を呼んでパーティやイベントを開催しました。今考えると、すごいメンバーが集結していましたよ。森ビルとIDEEが手がける施設内のライブラリーカフェには野村訓市さんと、編集者の草なぎ洋平さん(東京ピストル)や、ブックディレクターの幅允孝さん(BACH)も一緒に働いていて…また、チームラボ代表の猪子寿之さんをはじめ、そうそうたる顔ぶれが遊びに来ていましたね。

今や六本木ヒルズの冬の風物詩となった「けやき坂イルミネーション」。さまざまな実験を重ねてクリスマスイルミネーションにLEDを導入した、日本初の事例でもある。(写真提供:森ビル株式会社)

テクノロジー×アートの祭典「MAT」に込めた想い

杉山:03年に六本木ヒルズがオープンしてからは「タウンマネジメント室」に配属されて、けやき坂のクリスマスイルミネーションに始まり、いろいろなイベントに携わりました。実は、本格的なイルミネーションにLEDを用いたのは日本ではこれが初めてのこと。ほかにも、nendoの佐藤オオキさんと一緒に毛利庭園で春祭りを企画したりもしました。桜の花はすぐに散ってしまうけれど、池に花びらが浮いている姿を楽しめるように、花びらのためのフロートを作って浮かべたり。

森ビルには「街にはこういう仕掛けが必要だ」という提案をすぐに後押ししてくれる体制があって、「こんな街があったら面白いな」というアイデアを次々に実現していきました。

—— 13年からは、今やテクノロジー×アートの祭典として知られるようになった「Media Ambition Tokyo」(毎年2~3月に開催)がスタートします。最初は六本木ヒルズ森タワー52階「東京シティビュー」1会場のみの開催でしたが、年を追うごとに規模を拡大していますね。

杉山:はい。MATの主催はライゾマティクスとJTQ Inc.CG-ARTS協会、そして森ビルの4団体からなる実行委員会で、ライゾマの齋藤精一さん、JTQの谷川じゅんじさん、CG-ARTS協会の阿部芳久さん、と僕の想いが結実したものです。「日本が世界に誇るべきカルチャーとして、メディアアーティストが継続して活躍できる場を作りたい」という想いが、自分の中で一気に爆発して、形になった感覚ですね。

テクノロジー×アートの祭典として2013年にスタートした「Media Ambition Tokyo(MAT)」の展示風景より、レクサス×ライゾマティクスによる作品『physical presence』(2014年/ ©media ambition tokyo 2014)

—— MATの開催意図のひとつは、広告などの分野でテクノロジーを駆使した作品を手がけるプロダクションの表現をメディアアートの視点から捉え直そうというものでしたね。

杉山:MATの参加クリエイターの多くは、企業のお金を使い、製品などの良さを伝えるためのコミッションワークを制作しています。そのため、ファインアートの世界からは必ずしも評価が得られないケースが多いのは事実です。でもだからこそ、公立の美術館ではなく民間の僕たちが、その素晴らしさを伝えていかなければならない。これがアートであるか否かといった議論は関係なく、作り手の想いが入った素晴らしいメディアアートの作品を、広く世の中に出していきたいという気持ちでした。

おかげさまで年々、展示場所やパートナー企業も増えて、この春には孫泰蔵さん、水口哲也さんにも新たな仲間として加わっていただき、一般社団法人を設立しました。

—— 個人的には、不動産デベロッパーである森ビルがテクノロジーカルチャーに着目することで、それを今後どのような施策やビジネスにつなげていくのかが気になります。そのあたり、社内ではどのような説明をしているのでしょう?

杉山:東京シティビューという商業施設の集客面で考えるなら、繁忙期であるゴールデンウィーク、夏休み、クリスマスに対して、2〜3月は閑散期です。この時期にクリエイターの力を借りて注目度を高めつつ、有意義なことをやりましょう、と提案しました。新しいクリエイターや次世代アーティストに六本木ヒルズの新しい使い方を考えてもらい、賛同してくれる企業とのネットワークも構築していく。実際に、第1回からチームラボと6年連続で一緒にやってきたことが、今回の「チームラボ ボーダレス」の企画につながっていったわけですし。

「チームラボ ボーダレス」より、巨大な滝のプロジェクション作品『人々のための岩に憑依する滝、小さきは大きなうねりとなる』を中心とする空間(写真提供:「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless)

チームラボと森ビル!? 意外な組み合わせが意味するもの

—— 今年の初めに、森ビルとチームラボが手を組んで巨大なデジタルアートミュージアムをオープンするという第一報を聞いて、「やられた!」と思った人は大勢いると思います。とくに驚いたのが、1万平米というスケール感。と同時に、意外な組み合わせだとも感じました。

杉山:プロジェクト自体は3年ほど前から進めてきましたが、当時はまさかここまでの規模になるとは想像していませんでした。経緯としては、東京にフラッグシップ施設を作りたいというチームラボの話を嗅ぎ付けて「どうしてもメンバーに加えてくれ」と直談判しに行ったんです。でもその時点では、会社の承認は下りていませんでした(笑)。

森ビルには「東京を世界一の街にしたい」という想いがあり、そのためには経済だけでなくアートをはじめとする文化の力が不可欠で、2020年の東京オリンピックを前に、人々を惹き付けるようなコンテンツが求められていました。一方で、チームラボは世界で活躍しながら、まだ東京に拠点がなかった。双方の条件が合致して、従来のスケールを超える彼らの中心的施設を作ろうという提案につながったというわけです。

「チームラボ ボーダレス」より、鑑賞者の存在を感知して次々に光の色を変えていく空間『ランプの森』(写真提供:「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」

―― ちょうどその頃から猪子さんは、人間の身体感覚や世界認識を進化させるキーワードとして「没入感」という言葉を使い始めています。とはいえ、お台場パレットタウン内の旧「東京レジャーランド」の広大な空間を舞台に、作品同士が溶け合うなど、従来のミュージアム像を覆す没入空間を作り上げるのは、極めて大変なことだったのではないでしょうか。

杉山:まだ世界に存在しないものを作る以上、常識を超える巨大さが求められました。だから、この場所が使えたという理由でここまで大きくなったわけではないんですよ。それに、作品が部屋の中に収まらず、互いに融合し、変容していくという趣向は技術的にもチャレンジングなことでした。チームラボと徹底的に議論を深めていくなかで、情報化が進むことでその場に行かなくても多くのことを疑似体験できるようになった今こそ、「自分の体を駆使して空間を探索できる世界観を作り上げることに意味がある」という結論に至りました。

そのうえで僕の役割は、チームラボがやりたいと考える世界観を、実際にお客様に喜んでいただける空間として実現するにはどうすればいいかを考えること。自分の体でしか体験できないものを作り上げることで、世界中の人々を惹き付けたい。結果的に規模も予算もどんどん膨らんでしまったけれど、世界のどこにもない施設を実現するという一念で、ここまで振り切ったものが完成したことは、本当によかったと思います。

「チームラボ ボーダレス」より、起伏のある広大な空間に、鑑賞者の描いた動植物が映し出され、生の営みを繰り広げる『グラフィティネイチャー 山山と深い谷』(写真提供:「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless)

“不動産×クリエイター”のタッグで、東京を世界一の街へ

—— 入場チケットは連日売り切れ、さらにオープン直後にもかかわらず来場者の約3分の1が海外の方だと聞いて、驚きました。

杉山:秋葉原や中野は世界中からマンガやアニメ好きが訪れる街になりましたし、原宿も世界的にKawaiiファッションの聖地になりました。同じように、この施設が海外からメディアアート、デジタルアート好きが訪れる場所のひとつになればいいと考えています。

さらに、今の東京は各地で再開発が進められ、同じようなテナントを集めたビルが建ち並ぶなど、どこも似通ってきてしまった。しかし、この差別化の問題は、従来の大家とテナントの関係では打破できません。これからは大家である不動産デベロッパーが優良なコンテンツパートナーと永続的な関係性を結び、これまでにない街を作り上げていく必要がある。だからこれは、森ビルに限らず、日本の不動産業界を変革するためのチャレンジでもあります。

―― まさに、既存の関係性を突破するためのチャレンジというわけですね。そのうえで、杉山さん個人の今後の展望や野望があれば、教えてください。

杉山:「チームラボ ボーダレス」は既存の美術館の境界線を超える大きなチャレンジでしたが、それでもまだ、コンテンツがミュージアムという名の箱の中に収まっていることには変わりありません。もっと街そのものを舞台にして、箱の中と街の境界がないようなミュージアムを作りたいと思いますね。

また、大きな手応えの一方で、業界内からさまざまな声が聞こえてきているのも事実です。でも僕は、この施設を起爆剤にして、同じようにチャレンジングな試みがたくさん出てくればいいと思っています。個人的には、学生時代にライゾマティクスの齋藤さんや真鍋さん、チームラボの猪子さんといった素晴らしい才能たちを目の当たりにして、いずれ彼らとご一緒できる場を作りたいとずっと考えてきました。そしてついに今年、ライゾマティクスとはMATの法人化が実現し、チームラボとはこのミュージアムを実現することができた。これは本当に感慨深いことです。

そう考えても、重要なのは同じ想いを持った人たちが、それぞれの立場でできることに力を尽くしていく姿勢だと思います。だからぜひ、まずは自分の体で、この世界観を体験してもらいたい。そのうえで、ともにこの東京という街を盛り上げていけたら、嬉しいですね。


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