日本発のInstagramストーリーズメディアを謳う「lute」が、「サブミッション(投稿型)メディア」をスタートさせたというニュースが一部で話題になったのが、2018年の2月。YouTube動画でちらちらと目にする「lute」のロゴの存在感も気になれば、そもそもInstagramのフォロワーだけが見られて、24時間で消えるコンテンツ「Instagramストーリーズ」をメディア化するということ自体が不可思議な彼らの、本当に目指すのはいったいどんな世界なのか? 同社を率いる代表取締役・五十嵐弘彦氏に訊いた。
聞き手:米田智彦 構成・写真:神保勇揮
五十嵐弘彦
lute(ルーテ)代表取締役
1985年生まれ。ともに音楽レーベルに携わってきた祖父、父のもとに育ち、高校・大学時代をニュージーランドで過ごす。帰国後、HR系スタートアップ、デジタルパブリッシャーを経て入社したエイベックス・デジタル株式会社にて、2016年に新規事業として「lute」を立ち上げる。2017年8月より独立し、lute株式会社設立。
サブスク全盛期を迎えた今、アーティストに「ハック技術」が求められる世界
―― 「サブミッションメディア」を始めたというニュースを聞きましたが、いまいち正体がわからなくって。直訳すると「投稿型メディア」となりますが、いったい何なんです?
五十嵐: YouTubeで、ミュージックビデオ(MV)でもないのにひたすら音楽が流れている動画、観たことないですか? それっぽいビジュアルとそれっぽいロゴが載っていて、音楽が鳴っているっていう。
―― ありますね。それがサブミッションメディア、なんですか?
五十嵐:海外では盛んで、例えば「Majestic Casual」というサブミッションメディアは、YouTubeとSpotifyにチャンネルを持って音源を上げています。それぞれ、自分たちのブランドを確立して運営しているようですね。
Majestic CasualのYouTubeチャンネル
―― つまりluteも、YouTubeやSpotify上で、lute自身の価値観でレコメンドする楽曲が編集されたプレイリストをつくっていくんですね。それが「サブミッションメディア」であり、お金になる、ということですか?
五十嵐:ちょっと長くなるんですが、まず、サブミッションメディアが世界で広がりつつある背景をお話しさせてください。
五十嵐:デジタル化が進む中で、ビジネスが仲介者を必要としないかたちに変わっているわけですが、それは音楽業界も例外ではありません。なかでも代表的なものが、今でいうとSpotifyのようなサブスクリプションサービスだと思うんです。
―― ビジネスサイドからすると、そういう見方になるのでしょうね。
五十嵐:そこで起きていることを逆算して見ていくと、例えばSpotify上で多くのユーザーの目に触れるオフィシャルプレイリストに音楽が載ることで、「楽曲がヒットする」可能性が増すと言えるんです。
―― Spotifyでの再生回数の多寡が、楽曲のヒットと結びつく世界ですね。
五十嵐:ということは、ヒットさせるには、そのオフィシャルプレイリストを編集するSpotifyのキュレーターたちが何を参考に音楽を聴いているかを見ればいい、とも言えます。そして、その参考元のひとつが、サブミッションメディアをはじめとするプレイリストチャンネルになっているようなんです。
―― なるほど。
五十嵐:それらのYouTubeプレイリストのオーナーの多くはメールアドレスを公開していて、ミュージシャンから楽曲を直接「サブミット(投稿)」してもらって、その中から自分たちのメディアに合ったものを選んでアップしています。海外のミュージシャンたちは、新しい楽曲をつくるたびに、いくつもあるサブミッションメディアに対して同時にまとめてサブミットしているみたいですね。
―― ミュージシャン自身が、自分の楽曲を多くの人に再生してもらうべくSpotifyを「ハック」するわけですね。
五十嵐: YouTubeでは、2007年から「コンテンツID」という仕組みが実装されるようになりましたが、これはユーザーがYouTube上にアップした音源の波形によって楽曲の原盤保持者、出版社を特定し、音源の印税が適正に支払われる仕組みです。これもサブミッションメディアの立ち上げを容易にしましたね。投稿された音源を編集してYouTubeに上げれば、YouTube側が自動的に検出して印税分配してくれるわけですから。
―― では、luteのサブミッションメディア上に公開されている音源の広告収入は、直接アーティストに入るんですか。
五十嵐:ええ。今、luteの取り分はありません。もし僕らがサブミッションメディアだけをやる会社だったら、もちろんそこで稼がなきゃいけないんですが(笑)。
―― サブミッションは事業の柱ではないのですね。
「メディア・受託制作・アーティスト」luteが考える3つのビジネス軸
五十嵐:僕らは、新しい音楽やエンタメのビジネスをつくりたいと思っているんですよね。CDの売上が落ち込んでいるとは前から言われているけど、音楽は絶対になくならないはずだと思っていて。
―― 私も、そう信じています。
五十嵐:海外の状況を見ていると、ミュージシャンそのものの数は増えているし、サブスクリプションサービスを含めれば音源自体の売上も増えています。ライブチケットやグッズ収益、あるいはプロモーションのパートナーシップ契約などの多角化した戦略で、ミュージシャンたちはちゃんと収益化しています。一方の僕らも、メディアと受託制作(Ad Agency)、それからアーティスト事業(Artist BizDev)の3軸を走らせています。
―― まず、メディアでは何をやっているんでしょうか?
五十嵐:メディアはluteの色というか、僕らの目線、ですね。「分散型」を謳っているので、コンテンツによって、YouTubeやInstagramなど様々なチャネルで最もハマるであろうメディアに動画を公開しています。
luteのボードメンバー。メディア事業の責任者にはかつてウェブメディア『ライフハッカー[日本版]』編集長、『WIRED』日本版副編集長を務めた年吉聡太氏(写真左から2番目)が就任。
―― YouTubeでMVを公開するだけではダメなんですか?
五十嵐:ソーシャルメディアが当たり前になった今、特に若い子たちには、常にアーティストに触れていたいという欲求が自然に生まれています。でも、彼ら/彼女らはモンストもやりたいしTwitterも見たい。忙しいなかのスキマ時間でアーティストの情報に触れてもらうには、YouTubeにMVをアップするだけではなくて、例えばInstagramストーリーズに数秒〜十数秒の映像を上げていく必要があるんですね。現状、luteのロゴが入れてメディアにアップしているビデオは、すべて僕らが資金を出して制作しています。
―― 2つめの受託制作は、広告代理店やクライアントからのオーダーに応じた制作をする、ということですね。
2018年4月には、受託制作チーム内に2つの新部門を設置。こちらはluteの運営するメディアを活用したプロモーション施策を行う「lute X(ルーテ・バイ)」
こちらはメディアの枠組みにとらわれない広告プランニングを手がける「bend」
五十嵐:代理店やクライアントの方々には、我々ならカルチャーをベースにした新しいプロモーションができるという話をしています。映像の制作に限らず、例えば何かしらの広告キャンペーンでアーティストをキャスティングしてほしいというご相談をよく受けます。そのとき、luteにはメディアレーベルとして、様々なアーティストとのコンテンツ制作をした事例が活きてきます。
―― それが、3つめのアーティスト事業にあたるんでしょうか。自社でミュージシャンを抱え込んでいるということですか?
五十嵐:抱える・囲い込むという表現はちょっと違いますね。一緒にお仕事させていただいているアーティストは、必ずしもluteに所属している必要はありませんから。
―― 例えばライブの興行ビジネスに関してだけ契約するといった、海外での形態に近いかもしれませんね。
五十嵐:ええ。アルバムごと、プロジェクトごとになっているのと一緒ですね。新人・若手アーティストならビデオ制作などのかたちで先行投資したりもして、いずれ得られた収益からレベニューシェアさせてもらうというような発想です。
今もluteではMVをつくっていますが、MVはもはや「楽曲を売るため」だけのプロモーションツールではなくなったと思っています。それは、将来どこかのブランドとコラボレーションするためだったり、ライブにもっと来てもらったりするためのPRツールなんではないかと。
アップル×スパイク・ジョーンズにやられた
―― その先には、どんな世界を描きうるのでしょう?
五十嵐:誰かしら歌姫が生まれ、その歌姫が今っぽいディールを得て、かつみんなに音楽が届くという世界が生まれ、それでみんながメイクマネーして、という結果になったら、すごく嬉しいですね。
グライムスのようなアーティストがステラ・マッカートニーの広告塔になったりすることで、ちゃんと収益を立てていたりするのがすごい。
―― それが、五十嵐さんのつくりたい世界ですか。
五十嵐:そのエコシステムの中で、ぼくらもちゃんとピースのひとつになっていて、それがアーティストたちのクリエイティブの助けになるという世界ですね。それをやらないでただ稼ぎたいだけなら、他の仕事のチョイスはたくさんあるわけですから。
―― 私もよく言っています。メディア業で「稼ぎたい」と思うなら最初から違う業界を選べって(笑)。
五十嵐:そうですよね(笑)。そうだ、数日前、僕の思う、ある種の完成形ともいえるビデオが公開されていたんですが…。スパイク・ジョーンズが撮ったミュージックビデオなんですが、踊っているのはFKAツイッグスで、曲はアンダーソン・パーク。で、ビデオそのものを出したのはアップル、という。つまりはアップルが自社製品のプロモーションのために公開したミュージックビデオなんですが、これ、ブランドパートナーシップの一番いい例ですよね。これが、luteでやりたい世界です。
―― 音楽とビジネスの結び付きっていうのを柔軟に捉えながら新しいものを生んでいきたいということですね。
五十嵐:そういうことです。音楽は絶対になくならない。そして、そこでちゃんとビジネスしよう、と。
2018年は韓国ヒップホップが流行る!
―― 最後に、今五十嵐さんが注目しているカルチャーを教えていただきたいのですが。
五十嵐:よくぞ聞いてくれました!(笑)。いま、韓国のヒップホップがめちゃくちゃイケていると思ってます。
―― ほう!
五十嵐:韓国は国内のマーケットが比較的小さい。だからこそ、目線がグローバルスタンダードを向いているんです。だから、韓国のアーティストは超かっこいい。
―― 韓国といえば、BTS(防弾少年団)やビッグバンなどもそうですね。
五十嵐:楽曲は完全に本場仕様で、ファッションの感覚もすごくよくって。僕らが考える「なるべき世界」に、すでになっている感覚があります。
―― 韓国で起きている熱が、日本には伝わっていないんでしょうか。
五十嵐:韓国のヒップホップがこんなにもホットでグローバルレベルになっているのに、なぜ隣国で流行っていないんだ、と。しかも近い業界の人に訊くと、すごく聴いているって言うんですよね。じゃあ、もっと発信していこう、と。
今の盛り上がりを僕らは、冬ソナ、東方神起にそれぞれ代表される二度の韓流ブームに次ぐ新しいムーブメントとして「韓流サードウェーブ」って名付けているんです(笑)。
―― それはluteとして発信していくということですか?
五十嵐:僕らは今、Hi-Lite Recordsという韓国のヒップホップレーベルとMVをつくったりもしています。彼ら韓国の若いミュージシャンたちは、ヒップホップやインディーロックといったこれまでだったらマイナーだといわれていたジャンルでちゃんと食っていこうとしていて、それが面白い。そういうムーブメントを、日本でちゃんと興したいんですよね。