CULTURE | 2018/05/14

自分の「くらしづくり」から生れる、副業・コミュニティ・まちづくり|加藤優一(Open A)【後編】

(前編より続く)


2017年12月に、世界各国の「衰退から再生した地域」の事例をまとめた『CREATIVE L...

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前編より続く)

2017年12月に、世界各国の「衰退から再生した地域」の事例をまとめた『CREATIVE LOCAL:エリアリノベーション海外編』(学芸出版社)が刊行された。

同書の編著者の一人であり、プライベートでも遊休不動産再生プロジェクトに関わっているのが、日本のリノベーション業界を牽引する設計事務所Open Aの社員、加藤優一氏だ。

インタビュー後編では、加藤氏が個人で立ち上げたプロジェクト「銭湯ぐらし」「最上のくらし舎」について話をうかがう中で、仕事ではない、けれど遊びとも言い切れない企画に参加する楽しさや意義についても教えてくれた。

聞き手・文・構成・写真:神保勇揮

加藤優一

一般社団法人 最上のくらし舎代表理事/銭湯ぐらし主宰/Open A/公共R不動産

1987年山形県生まれ。東北大学博士課程単位取得退学。2011年より復興事業を支援しながら、自治体組織と計画プロセスの研究に従事する。2015年より現職にて、建築の設計企画、まちづくり、公共空間の活用、編集・執筆等に携わる。

現代は「所有」よりも「所属」の価値が高い

ーー 『CREATIVE LOCAL』の最終章で加藤さんが書かれていたことで、「これだ!」と思ったのが、「所有から所属へ」という部分でした。

加藤:そこに注目していただけるとうれしいですね。

ーー 現代に漂う不安感や虚無感の要因は「自分はここの一員だ」と実感する機会が減っているためではないか、それをなんとかしなければいけないのではないか、という課題の解決策を言語化してあるというか。

加藤:いわゆる社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の話につながるのかもしれません。

『CREATIVE LOCAL』制作にあたっての現地取材の一幕

ーー ソーシャル・キャピタルでいうと、日本にシェアリングエコノミーの概念が入ってきたばかりのころ、メリットのひとつに「シェアすると所有より安上がりだよ」みたいな話があったじゃないですか。でもそれはちょっと違うよなと。シェアハウスでも、家賃が普通のアパートより高いところが多かったりしますよね。

加藤:経済性ではなくて、関係欲を満たしたいというニーズですよね。

ーー そこがキーだろうということですね。

加藤:所有よりも関係そのものが資本として重要になると思うんです。社会が不透明で流動的な時代において、顔の見える関係性の方が信頼できますし、自分の役割を実感できる小さなコミュニティがいくつかある状態って豊かだと思うんです。

これまでの歴史では、帰属意識の対象が地縁や血縁から、国や会社に移っていきましたが、今そうした対象の信頼性が揺らいでいる中で、改めてひとりひとりに「自分はどこに所属するべきか、何に所属することが幸せか」ということが問い直されているんだと思います。

空きアパートの暫定活用として始まった「銭湯ぐらし」

ーー 後編の記事では、加藤さんが関わっているOpen A以外でのプロジェクトについてお聞きしたいと思います。銭湯の隣の解体を控えたアパートに住んで、さまざまなプロジェクトを行った「銭湯ぐらし」と、山形県の新庄・最上地域で築100年の空き家のリノベーションなどを行う「最上のくらし舎」と、数多くの取り組みをされていますね。

加藤:両方とも「使われていない空間に価値を見出し、地域の資源を組み合わせた」プロジェクトですね。

ーー この2つのプロジェクトを立ち上げた経緯を教えてください。

加藤:まず「銭湯ぐらし」とは、高円寺にある銭湯「小杉湯」の隣にある風呂なしアパートに、多様なクリエイターと共に暮らしながら、銭湯が日常にあるからこそできる活動を展開したプロジェクトです。もちろん僕も住んでいました。

「銭湯ぐらし」公式HPより(写真右が小杉湯、左がアパート)

地元である山形県では、各市町村に温泉があって銭湯のように使われていたので、銭湯には小さいころから馴染みが深かったんです。それで、上京して高円寺に住みはじめた時に、近くにあったのが小杉湯で、通うようになりました。

ちょうどその頃、小杉湯では隣に所有するアパートを建て替えるために立ち退きを進めたところ想定より1年早く終わり、その間の活用方法に悩んでいたんです。

共通の知人経由で三代目オーナーの平松佑介さんと出会い、「面白いことをしてくれるなら無料で住んでいいよ」という話になりました。また、常連さんに多彩なクリエイターがいることが分かった時に「それぞれの専門性と銭湯を掛け合せた活動を行う」企画を思いつき、プロジェクトをスタートさせました。

 

「銭湯ぐらし」の基となった加藤氏の企画書

参加メンバーの専門分野を活かした活動内容

ーー 加藤さんは「築く銭湯」を担当していたわけですが、役割としては、プロジェクトの大枠部分を設計するという感じですか?

加藤:そうですね。全体のマネジメントが主な役割です。また、DIYによる空間づくりを行ったり、銭湯のある暮らしの魅力を発信することで、「風呂なしアパート」を「銭湯つきアパート」としてリブランディングする取り組みも行いました。

それぞれの視点から銭湯の魅力を発掘したかったので、最初から自分で決めすぎずに、リーダーというよりはマネジャーとしてのスタンスでいることを心掛けました。

「余白」を生活に取り入れる重要さ

ーー プロジェクトを1年間続けてみて、どんな経験や結果が得られましたか?

加藤:まずは、銭湯を活用したまちづくりや観光、ビジネスの可能性が見えてきました。こちらは報告書としてまとめていて、ウェブサイトにも公開予定です。

「銭湯ぐらし」活動報告書の一部

また、余白のある暮らしの重要性や、新しいコミュニティの在り方が見出せたと思います。

銭湯は、サードプレイス的でカフェに近いと思うんです。シェアが注目される中で、シェアハウスほど他者と生活を共有するわけではなく、コワーキングのように明確な目的が決まっているわけでもない。銭湯では会話をしなくても人との関わりを実感できるので、過ごし方だけでなく人との関係性を選べる環境だと思うんです。自分で距離感とか関わり方を選べる場所って、そんなに街中にあるわけではないですよね。

シェアスペースにおける銭湯の位置づけ

生活の中に、自分で選択できる、目的の無い時間があると、少し頭を整理したり、新しいことを考えるようになったりする。あと、気持ち良い場所を共有しているので、人にも優しくなれるんですよね(笑)。コミュニケーションが複雑な毎日の中で、他者との関係性を再認識できるのも大切です。

「暮らしの中に、余白の空間がある重要性」というのが一番の気付きでした。

ーー シェアハウスでもなく、この数年流行っているホステルともちょっと違う面白さがありますね。

加藤:まちづくりの視点からも、暮らしの一部を街に開くことで、豊かな出会いや体験が生まれ、街の魅力にもつながると思います。もし日本版アルベルゴ・ディフーゾ(空き家が増加したまちで、エリア全体を宿として再生する取り組み)をやるとしたら銭湯は重要な要素で、その土地の暮らしを体験するにはぴったりの場所です。

隔週で行われたミーティングの様子。各活動の共有や方向性のすり合わせなどを行った。

アーティストin銭湯の入居者による作品。取り壊しが前提だったこともあり、外壁もアート作品として活用した。

ーー 飲食系じゃないサードプレイスは、実はそんなに多くないですよね。バーとかカフェじゃない、老若男女、どんな趣味嗜好でもふらっと来られる場所というか。

加藤:SNS上で名前は知っているけど会ったことがない人っているじゃないですか。銭湯は逆で、名前は知らないけど会ったことがある人がほとんどなんです。

だんだん人間の関係性が細分化・固定化していく世の中でも、まだまだ予期せぬことが起きうる。都市の中の余白として、自然のような何が起きるか分からない空間があることは豊かだと思います。

ーー カフェでは知らないお客さんと話すことはほぼないですし、バーはお酒が好きな人しか実は集まっていない。銭湯だと、そうではないつながり方の可能性がありそうですね。

加藤:そうですね。銭湯ぐらし内でもその関係性と近いところがあって、参加メンバーそれぞれが、好きなことに取り組んだことで当初想定していなかった可能性が生まれた。でも、「銭湯が好き」という価値観を共有することで、一つの世界観を創り上げることができたというわけです。

ーー よくあるアーティスト・イン・レジデンスだけでなく、民泊として開放していたのも面白いですね。

加藤:法的な兼ね合いで、1カ月以上の宿泊を対象にしたのですが、その分かなり密なコミュニケーションが取れました。海外からの宿泊者が、銭湯で英語教室を開いたり、常連さんから「その辺の日本人よりマナーがいいわよ」と褒められたこともあり、銭湯ぐらしがなければ起こらなかったようなコミュニケーションが生まれたのが面白かったです。

ーー 解体された後は、何が建つんですか?

加藤:敷地の半分はオーナーの自宅になりますが、半分はオーナーと銭湯ぐらしで新しい建物のプログラムを考えています。「銭湯つきリビング」やワークスペースのようなものを構想中で、都市の真ん中で新しい働き方・過ごし方が提案できればと思います。法人化も進めているので、引き続き銭湯のあるくらしの魅力を伝えていきたいです。

「定期的に実家に帰りたい」から始まったリノベプロジェクト

ーー 次は「最上のくらし舎」について教えてください。加藤さんの出身地、山形県新庄市で築100年の空き家を再生するというプロジェクトが発表されています。

山形県新庄市(万場町商店街)にある空き家と地域のサポーターたち

加藤:2017年9月に本格的にスタートした活動で、空き家活用などを地域の人と一緒に進めながら、場づくりや創業支援、地域の情報発信などを行っています。

リノベーション中の空き家は、元々仕立屋さんとして使われていた町家の記憶を継承しながら進めています。近所のお店や農家さんの食材を使った喫茶スペースと、仕事場やイベント会場として使える貸しスペースとして、5月にオープン予定です。

ーー どういう経緯で立ち上がったんですか?

加藤:Open Aが「リノベーションスクール」という、遊休不動産の活用計画を立てて事業化を目指す実践的型のスクールに関わっていて、僕も月に1回程実家に帰るついでに、簡易版をはじめようと思ったんです。

ーー そこではどんなことをされていたんですか?

加藤:まずは2017年の5月に地域おこし協力隊員の吉野さんという方と、空き家の活用に興味がある人を呼びかけたら、50人ぐらい来てくれて。次の月に空き家ツアーをやってみたら、「空き家を活用してほしい」という人も現れました。

さっそく有志メンバーで空き家を掃除してお披露目会を開いたのですが、常設を希望する声が多かったんです。そのタイミングで法人化を進めるとともに、地元の新庄信用金庫さんの事業パートナーとして「わがまち基金」という日本財団の助成金に応募するなど、事業の本格スタートに至りました。

ところで、山形に行ったことはありますか?

ーー 残念ながらないですね。

加藤:拠点である新庄・最上地域は山形県の北部にあり、雪がたくさん降る地域です。その分、生活の知恵や身の周りのものを自分でつくる技術が受け継がれていたり、雪に包まれた静かな環境が芸術を育む土壌になっていて、『HUNTER×HUNTER』作者の富樫義博さんの実家も空き家の近くにあるんです。

雪国という環境をポジティブに捉え、最上のくらしの魅力を地域の方と一緒に掘り起こしていきたいと考えています。

地域のお祭(新庄まつり)の際に休憩所として空き家を開放。近所の方や空き家を懐かしむ遠方の方で賑わう。

現在、地域の業者やサポーターたちと協力しながら空き家をリノベーション中

ーー 2つのプロジェクトのお話をうかがっていて感じたのは、いい意味で鼻息が荒くないというか「これで日本を元気にする!」ということではなく、単純に自分たちが面白いことをやっていれば充実するし、それを通じて喜ぶ人が一人でも多ければ、それはもっと素晴らしいことだ、ということなのかなと思ったんです。

加藤:そうですね、プロジェクトが「所属」の対象になるというか。つくっていくプロセス自体が居場所づくりにつながると良いですね。このぐらいの緩さによって共感や参加のしやすさが生まれる側面もあると思いますし、意識的にそうしている部分もあります。

一方で、仕事の依頼はけっこう来るんです。楽しいと思うことを続ければ、自然と同じ価値観を持った人との仕事につながっていくと思います。

自分が楽しいと思うことを勝手にやる

ーー 今後、加藤さんが「こういうことをやっていきたい」といったビジョンはありますか?

加藤:日常における余白の時間や、都市における複数の居場所といった、暮らしに選択肢がある状態をつくっていきたいですね。

あとは、あえて先のことは決めすぎないようにしています。銭湯ぐらしは、銭湯好きが高じて始まりましたが、時代のニーズやメンバーの化学反応を素直に形にしたプロジェクトです。最上のくらし舎も、実家に通う中で地域の人的・空間的資源がつながっていき、事業に展開しました。今を見つめることで将来が見えてくると言うか、変化に柔軟に反応しながら照準を定めていければいいですね。

ーー CREATIVE LOCALも、加藤さん自身のプロジェクトも、突き詰めると「自分が楽しいと思うことを勝手にやる」がキーワードな気がします。最近、別のところでもこれが重要だと思うことが多いです。

加藤:確かにそうかもしれません。企業でも自治体でも、前提条件をつくる立場の人には柔軟なフレームをつくってもらい、あとはプレイヤーの主体性が引き出されることが再生の原動力になっているというか。

ーー 自分たちが楽しいと思っているからこそ魅力が外部にも伝わって、さらに活性化するという流れですね。

加藤:そうですね。「暮らしを自分の手でつくること」を楽しむという点は、CREATIVE LOCALの事例とも共通しますね。

ーー ただ一方で、今回のインタビューを読んだ読者の中で、「何かやりたいけれども対象がうまく見つからない」「どう動けばいいか分からない」という相談を受けた際、どんな風に答えますか? というのも「自分はクリエイターでもアーティストでもないし…」みたいなことを思っている人も結構いるのかなという気もしているんです。

加藤:とりあえず考えていることを周りに話したり、近い活動を見に行ったりすると、自然と必要としている人と出会うもので、そこからやりたいことが具現化されることは多いです。

僕自身、秀でた得意分野がないのがコンプレックスで、できないことは積極的に人に頼っています。一人ひとりに必要とされている役割はあるので、互いに補い合えるチームがいいですね。この前、空き家のDIYワークショップに、Facebookで見つけたというシニア世代の方が来てくれたんですが、誰よりもイキイキとされていて、周りも刺激されました。

銭湯ぐらしでも、参加メンバーが徐々に増えていったのが印象深いです。「軽トラに足湯を積んで旅をしたい」という人が現れて「旅する銭湯」というプロジェクトが始まったり、「何ができるか分からないけど銭湯が好き」という人がイベント運営に欠かせない存在になったり、コミットの仕方はいっぱいあると思います。少しでも興味のある活動を見つけていって、気軽にアプローチするのがいいと思います。

本にも書きましたが、仕事もコミュニティもいくつか渡り歩くというか、常に複数の選択肢がある状態が健全じゃないですか。最近、本業で大企業に務めながら個人で活動される人が増えています。今後はパラレルキャリアが一般化されると思いますし、僕自身もまだまだ色々なところにコミットしていきたいです。