LIFE STYLE | 2018/04/26

ロンドンは「日本の10年後」を占う街になるのか|山下正太郎(『WORKSIGHT』編集長)【前編】

日本は「働き方改革」なんてやめてしまえばいいのに、というのが取材を終えた筆者の感想だった。いや、ともすると、これはチャン...

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日本は「働き方改革」なんてやめてしまえばいいのに、というのが取材を終えた筆者の感想だった。いや、ともすると、これはチャンスなのかもしれない。その状況を逆手に取り、自分たちに“都合の良い”ように環境をデザインするための。

クリエイティビティを刺激するオフィス、あるいはワークスタイルの変革。どちらも日々あらゆる情報が飛び交う中で、それらのトレンドを追い、デザインプロセスに目を配るのが雑誌・ウェブサイト『WORKSIGHT』編集長の山下正太郎氏だ。

2016年からはロンドンで研究活動を行い、現地のワークスタイルを肌身で感じた経験を持つ山下氏。その目には、世界と日本の「働き方」はどのように映っているのだろうか。

聞き手:米田智彦 構成・文:長谷川賢人 写真:神保勇揮、長谷川賢人

山下正太郎(やました・しょうたろう)

コクヨ株式会社クリエイティブセンター主幹研究員 / WORKSIGHT編集長

コクヨ株式会社に入社後、オフィスデザイナーとしてキャリアをスタートさせる。その後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンセプトワークやチェンジマネジメントなどのコンサルティング業務に従事している。コンサルティングを手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011年にグローバルで成長する企業の働き方とオフィス環境を解いたメディア『WORKSIGHT(ワークサイト)』を創刊し、研究的観点からもワークプレイスのあり方を模索している。2016-2017年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA:英国王立芸術学院) ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任。

これからのビジネスは「ロンドン」で熱狂する

―― ここへ来る道すがら、日本からの見え方と違って、ブレグジットが功を奏してイギリス経済が成長し、「ロンドンが熱いスポットになるのでは」と話していたんです。それから、トランプ政権のアメリカも経済が強くなって、もしかしたらアメリカとイギリス、2強の時代がこれから来るんじゃないかと。 

山下:はい。ロンドンはこれから抜群に良くなっていくと思っています。

―― 『WORKSIGHT』でも12号でロンドンを特集されていますね。

『WORKSIGHT』12号

山下:今までは毎回複数国のオフィス事情をまとめて特集していたのですが、11号から大きくリニューアルをして、毎号ひとつの「都市」を主役にしています。グローバル企業を中心に、働く環境の主眼がオフィスそのものをどう作るかから「どの都市を選ぶか」に移ってきていると感じています。代表的な例では、アマゾンが第二本社の建設にあたってアメリカ中の都市を選考にかけているなどでしょうか。

ロンドンの良さを端的に言うと、クリエイティブな人材が集積する都市であること。現在、世界の都市間競争が盛んになっていますが、スタートアップや研究機関などで働くクリエイティブな人材をいかにかき集められるかが、その都市の魅力となり、組織の競争力につながっています。

―― 国単位ではなく、都市単位の時代の到来ですね。

山下:はい。都市単位です。その理由には、プロダクトやサービスが人間のインサイトを突いたものでないと差別化しづらい時代であることが関係しています。

シリコンバレーとサンフランシスコの関係をイメージすると捉えやすいと思うのですが、もともとシリコンバレーは大きな装置を必要とするハードウェアの街で、研究も盛んでしたが、現在はソフトウェアが主戦場になりました。ソフトウェアの時代では、自身が主な消費者である都市のライフスタイルを享受していないと、都市生活者たちが欲しがるものがわからなくなるんですね。だからこそ、かつてはシリコンバレーに巨大キャンパスを構えていた企業がサンフランシスコやニューヨークに比重を移してきている。

つまり、豊かな体験を享受できる環境をつくることが、クリエイターを集める最高の手段となっています。その変化の節目において、ロンドンは新しい都市像を提供しようとしています。2012年のオリンピックによる都市改造、イギリスのEU離脱もあって、これまでの金融、不動産というビジネスから、新たにテックシティへと生まれ変わりつつある。  

元来がユースカルチャーの発信源であり、研究機関の集積地、ヨーロッパとアメリカの地理的な交差点でもあります。さらにブレグジットによってEU圏の人材を優遇する必要がなくなり、優れた人材を世界中からピックアップできる状況が整いました。それを見越して、GoogleやAppleといったアメリカのテックジャイアントが大型投資をしてきています。「人材を集める」という点においては、とても都合がよい都市なんです。

ロンドンを『WORKSIGHT』で特集したのは、オリンピックを控え大企業が強い日本の5~10年先のモデルとして参照するのに良いと考えたからです。

―― 駐在で現地をご覧になった感触からいっても、今、ロンドンの現地で働いたり、暮らしたりといったことは可能なのでしょうか。ビザの状況など含めいかがですか

山下:能力のある人しか残れない競争的な状況ですね。ビザの数は明らかに制限されています。イギリスにある企業が給料を払ってまで来てほしい人材であるかが重要で、ワーキングホリデーのような気軽に滞在することは難しくなっています。

それだけ集う人は先鋭化していき、最低賃金レベルも上昇、地価も上がっています。まぁ、サンフランシスコと同じような感覚ですね。あちらも年収1000万円近くあってもギリギリ生活ができるかどうかのレベルですから。

―― 1500~2500万円が中間所得層と言われてますからね。

山下:ロンドンもすでにかなり近いところまできています。年収700万円、800万円では都心で暮らすのに少々心もとない。 

―― コワーキングの次は、生活空間を共有する「コリビング(co-living)」という声が聞かれるのもその一端なのでしょうか?

山下:消費者の意識も所有から利用へと変化していること、都心での豊かな体験を享受したいこと、そうした流れからミニマムだが豊かな居住形態としてコリビングが注目されています。ロンドンにも世界最大のコリビングであるThe Collectiveがありますね。

また世界的には、コミューンも増えています。これだけ多様な人が混ざり、ボーダーレスな世の中では、各所での軋轢が起こります。それを避けるために「自分の価値観と合う人たちだけと集まっていたい」という思いが根底にあるのだと感じています。

ロンドンで、WeWorkよりもTOGが愛される理由

―― いわゆるスタートアップ・カルチャーで言えば、ここ数年はドイツのベルリンがよく話題に挙がりましたが……その点でも次はイギリスなのでしょうか。

山下:都市の位置づけが少し異なるように思います。ベルリンは、最初からグローバル展開を目論むスタートアップは出づらい。英語が通じるとはいえ、やはりドイツ語圏ですし、国内マーケットがそれなりに大きい分、まずは自国から攻める思考になりがちです。イギリスなら最初から英語のマーケットですから全世界で戦えます。あとは、単純に資金が集まりやすい。

―― ドイツ語圏のベルリンという狭められたマーケットから、英語圏のロンドンという開かれたマーケットに意識が変わっていく……そのシフトには何か背景があるのですか。それとも、ベルリンのスタイルが他国には参考にならなかった?

山下:いえいえ、役割が違っているということです。高校野球でたとえると、ベルリンは地方予選で、ヨーロッパ中の甲子園球場がロンドンなのではないかと。

ロンドンは家賃が高く、生活コストもかかります。単純に生きているだけで、お金が日本の倍くらい出ていく。スタートアップがいきなり事業を始める環境として向いているとは言えません。だから、一旦ベルリンで小さく始めて育ってきたらロンドンに移るといった選択肢が考えられます。

―― なるほど。では、シリコンバレーやベルリンと比べて、ロンドンのスタートアップに共通する特徴などはありますか?

山下:文化的には「ローカルなもの」に「新しいもの」を付け加えていく傾向があります。ジャンルで言えば、金融都市の背景から「フィンテック」、大学の研究機関が強い「人工知能」が主力ではないでしょうか。

たとえば、オフィス一つとってみても、リノベーション物件に特徴があります。コワーキングスペースもロンドンではWeWorkより「TOG(The Office Group)」の方が拠点数も倍ほどあり人気を博しています。

TOGがウケているのは、共同経営者であるオリー・オルセンとチャーリー・グリーンがデザインに精通していて、クラシックなビルの見極めが優れていることも一因です。ストーリーを持つ良い素材を見つけ、それぞれに個性的なデザインを施し、TOGというブランドを高める場所をつくり上げている。一方、WeWorkはどこへ行ってもWeWorkである、いわば「スターバックス化」していると思いますが、それとは異なりますね。

―― ひと昔前にはZapposやGoogleがド派手なオフィス環境を売りにした時代もありましたが、世界的な潮流としてはいかがですか。

山下:ド派手なオフィスは「少しダサい」と受け入れられつつあります。もっと等身大のオフィスで、それでも会社のカルチャーをさりげなく感じ取れるようなところがいいのではないかと思います。そういう環境をワーカー側も求めているし、会社側も作ろうとしているように見えます。

ワーカー側の意識が派手なものを好まなくなってきたというか。ミレニアル世代が職場の主軸になってきていますから、突拍子も無いものよりは自分の世界観にあったものを求めているのではないでしょうか。

ありとあらゆる情報がフラットに広がっていて、欲や憧れといったものが希薄になってきている現代においては、オフィス環境にしても「身の丈に合う」や「等身大」がキーワードなのではないでしょうか。

(後編へ続く)


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