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映画史からNetflix問題を考える:その1 なぜスピルバーグはストリーミング配信の映画を映画と認めないのか?【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(10)
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  • 2019.04.10
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映画史からNetflix問題を考える:その1 なぜスピルバーグはストリーミング配信の映画を映画と認めないのか?【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(10)

スティーブン・スピルバーグ監督
Photo by Shutterstock

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今年のアカデミー賞で話題となった映画『ROMA/ローマ』(18)が、日本でもイオンシネマを中心に52の映画館で劇場公開されている(4月上旬現在)。1970年代のメキシコを舞台に、富裕層である家族と彼らに雇われている家政婦との関係を、当時の政治的な混乱を絡めながら描いた作品。アカデミー賞では最多10部門で候補となり、外国語映画賞・監督賞・撮影賞に輝いた。高い評価を得ている一方で、この映画は「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」として世界中の映画人の間で議論の的となっている。

今年3月、スティーヴン・スピルバーグ監督は「ストリーミング配信の作品はテレビのカテゴリーと同じように扱われるべき」と、アカデミー賞からNetflix作品を締め出すような提案したと報道された(現在、発言の真偽のほどが問われている)。さらにスピルバーグは、3月末にAppleでの動画配信への参入を表明。4月に入ると「Netflixを締め出すことは独占禁止法に抵触する可能性がある」とアメリカ司法省が警鐘を鳴らしたとも報道され、議論は熱を帯びている。

連載第10回目では「映画史からNetflix問題を考える」のその1と題して、スティーヴン・スピルバーグ監督はネット配信を中心とした映画を、なぜ“映画”として認めないのか?ということを中心に解説してゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

ハリウッドの映画産業はNetflixを脅威とみなしている

『ROMA/ローマ』をオリジナル映画として製作したのはNetflix。日本でも昨年12月に配信が開始され、基本的にはインターネット上のみでの視聴が可能となった。「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」に対して、フランスで開催されているカンヌ国際映画祭は上映を拒否し、イタリアで開催されているヴェネチア国際映画祭では最高賞にあたる金獅子賞を与えるという両極端な評価を与えた。そもそもカンヌ国際映画祭が、ヴェネチア国際映画祭に対する政治的なアンチとして生まれたことは連載3回で解説したが、映画の都・ハリウッドでの反応は、今回のアカデミー賞結果が示す通り。

メキシコ映画である『ROMA/ローマ』は、アメリカにとって外国の映画(厳密にはアメリカとの合作)。一部の作品を除いて、基本的には英語圏以外の作品をアカデミー賞では「外国語映画賞」の候補に位置づけてきたという経緯がある。それは、アカデミー賞がハリウッドで働く<アカデミー会員>である映画人たちが投票権を持ち、内輪によって仲間の功績を祝福する賞であることにも由来する。ハリウッドの映画人にとって『ROMA/ローマ』は外国映画であり、ハリウッドの各組合に属さない映画人たちによって製作された作品でもあり、さらには映画館での上映を意図しない作品であったことが、世界一とされるハリウッドの映画産業のあり方自体を問われるものだったのである。

そのような状況にある中、アカデミー賞が外国語映画賞(『ROMA/ローマ』は全編スペイン語)や監督賞に選んだ一方で、作品賞や俳優部門(例えば主演女優賞候補だったヤリッツァ・アパリシオは、ハリウッドの俳優組合に属さないプロではない役者)での受賞を叶えられなかったことは、「外国映画としては認めるけれど、ハリウッドの規定する“映画”としてはまだ認められない」という姿勢の表れだったと解釈できる。アカデミー賞には「授賞式の前年度にロサンゼルス地区の劇場で連続7日間以上の有料公開した40分以上の作品」が作品賞候補だと規定としている。『ROMA/ローマ』はその規定を満たすため、ストリーミング配信前に3週間だけ劇場公開を行った。しかし、劇場公開後すぐに配信を始めたため、「劇場公開から90日は映画館でしか上映しない」という別項にある規定を満たしていなかったのだ。ハリウッドの映画人の多くは、その点を問題視しているのである。

映画館で上映したことで生まれる興行収入によって、製作費や宣伝費を回収するというビジネスモデルを構築したハリウッド。1950年代以降はテレビの放映権、1980年代以降はソフト化による<二次利用>の収益が上乗せされ、映像の歴史の荒波を乗り越えてきたという経緯がある。また、ハリウッド映画産業に関わる人たちは、シネコンなど映画館チェーンと結びつきも強い。そこに、興行収入や二次利用を収益の裏付けとしないストリーミング配信による公開を基本とした質の高い作品の登場というものは、ハリウッドの映画産業にとって減収の恐れを導く脅威の存在なのである。

映画にはアカデミー賞、テレビにはエミー賞がある

『ROMA/ローマ』の製作費は1500万ドルと発表されている。この十年、ハリウッドで製作される映画の製作費は平均5000万ドルと言われており、一方で『アベンジャーズ』シリーズのように、製作費が2億ドルを超える超大作も増加している。それらの現状と比較すると、1500万ドルという製作費は低い方に分類される。しかし、俳優は無名、言語はスペイン語、さらに65ミリフィルムで撮影されたモノクロ映像というこだわりに対して、『ROMA/ローマ』の企画は、多くの映画会社で「興行的に当たらない」と判断された。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(04)をヒットさせ、『ゼロ・グラビティ』(13)ではアカデミー監督賞に輝いたアルフォンソ・キュアロン監督をしても、資金調達は困難を極めたという。

そこに救いの手を差し伸べたのがNetflixだった。近年、Netflixの作品が高い評価を受け、視聴者の支持を得ている理由のひとつに「大手映画会社が見放した芸術性の高い作品に投資する」という姿勢が挙げられる。製作費約1億4000万ドルを投じた新作『ジ・アイリッシュ・マン』(19)を10月にNetflixで配信予定にしているマーティン・スコセッシ監督は、「物事は移り変わりつつある」と2018年のマラケシュ国際映画祭で発言。製作費を調達するリスクに対して感謝しつつも「インターネットを通じて映画を観る観客が増えた結果、映画館が閉鎖されている」とも苦言を呈している。同時に、主演を務めるロバート・デ・ニーロは「映画は大きなスクリーンで上映すべき」と、現状の矛盾という複雑な心境を語っていた。

スティーヴン・スピルバーグ監督の姿勢は明らかで、ITVニュースのインタビューでは、ストリーミング配信による作品が芸術性に貢献していることを認めながらも「テレビ映画として良い作品であれば、それはエミー賞を貰うべきで、アカデミー賞ではない」と語っている。エミー賞とは、1949年から始まったアメリカのテレビ番組に対する業績を称えた賞のこと。アメリカで白黒のテレビ放送が開始されたのが1941年。エミー賞はアカデミー賞を主催する<映画芸術科学アカデミー>とは別に設立された<テレビ芸術科学アカデミー>が主催。つまり、アカデミー賞に代わる賞を、テレビ業界が設けたのである。

映画とは別のメディアが台頭し、やがて映画産業を衰退させていったという経緯は、ストリーミング配信を中心とした作品の台頭が導いた現象とよく似ている。そもそも筆者は、映画館でしか映画が観ることが出来なかった時代ではなく、テレビでも映画を観ることが出来るようになった時代に育った世代。「映画館で観なければ映画ではない」などという原理主義者ではない。それゆえ、エミー賞が設立された経緯と同様に、ストリーミング配信による“映画”に対する賞を、配信産業全体で設立すれば良いのではないか?と考えている。スティーヴン・スピルバーグがAppleの動画配信に参加を表明しつつも、“映画”ではなく「世にも不思議なアメージング・ストーリー」のリメイク版という“ドラマ”を製作することに触れたことは、彼の中で“映画”の定義に対するこだわりがあることを感じさせる。

スピルバーグのキャリアはテレビの世界から始まった

スティーヴン・スピルバーグ伝説のひとつに、「ユニバーサル・スタジオのトラムツアーを抜け出し、映画関係者と知り合う内にスタジオ内へ居候するようになった」という逸話がある。真偽のほどはどうであれ、結果的にスピルバーグは、ユニバーサル製作のテレビ番組の演出からキャリアをスタートさせている。彼は若干25歳で「刑事コロンボ」の1エピソード「構想の死角」(71)を監督。同年の『激突!』(71)によって、世界的な注目を浴びるようになるのである。『激突!』は、後に『ターミネーター』(84)や『ブルーベルベット』(86)などのカルト的人気映画を先んじて評価した、アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭(SFやファンタジー、ホラーを中心とした作品の映画祭で1993年まで開催された)の第1回グランプリ作品として、現在でもスピルバーグ作品のベストに挙げる映画ファンが多い。ところが『激突!』は、厳密には“映画”ではないのである。

『激突!』は1971年11月13日にアメリカでテレビ放送された“テレビ映画”。完成度の高さから、ヨーロッパや日本では劇場公開された作品だったのだ。エミー賞の設立からも判るように、アメリカの映画界とテレビ界には垣根がある。テレビ向けに作られた“映画”は、質が高かろうが、フィルムで撮影されようが、“映画”ではなく“テレビ映画”とされてきた苦渋の歴史がある。例えば日本でも、原田眞人監督が1985年に手掛けた「盗写 1/250秒 OUT OF FOCUS」は「水曜ロードショー」枠で放映され、当時「オリジナル映画をテレビで放送」と謳われたが、結局は“テレビ映画”であり“映画”として認められなかったという経緯があった。ちなみにこの作品は、後に福山雅治主演の『SCOOP!』(16)として大根仁監督が“映画化”している。

フィルモグラフィー的に、スピルバーグの長編映画デビュー作として記述されるのは『激突』ではなく、『続・激突!カージャック』(74)ということになっている。『続』と銘打たれているが、実際には『激突!』との繋がりがない全くの別作品。現在なら炎上してしまうようなタイトルだが、このことは当時いかに『激突!』が評価され、ある種の興行的な“売り文句”として成立していたのかを匂わせる。映画館で上映され、興行収入を得るというビジネスモデルのあり方は、スピルバーグの映画人生と切り離せない。『ジョーズ』(74)、『E.T.』(82)、『ジュラシック・パーク』(93)など、スピルバーグ作品はその年の興行収入のベストワンに何度も輝き、観客を楽しませてきた。中でも『E.T.』は、『ジュラシック・パーク』が登場するまでの11年間、世界興行収入記録の歴代1位に君臨し続けた(つまり、自身の作品で記録を塗り替えた)。スピルバーグは、映画館で作品を上映することによって自身の知名度を上げていった世代の映画監督なのである。筆者と同年代の方であれば、『グレムリン』(84)や『グーニーズ』(85)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)など、スピルバーグが監督していない作品であっても「スピルバーグ製作総指揮」の冠さえあれば作品がヒットした時代を経験しているに違いない。

<ブロックバスター>という興行用語がある。一街区を吹き飛ばすほどの威力を持つことから、大規模の予算を投じた超大作の大ヒット映画のことを指すようになった用語だが、この言葉も『ジョーズ』のヒットをきっかけに使われるようになったと言われている。また日本では、『E.T.』がビデオ化された折りに、当時2万円前後の価格だったビデオソフトを、<ブロックバスター>として1万円で発売。現在の廉価版に繋がるビジネスのはじまりでもあった。『E.T.』で自転車が空を飛ぶ場面のイメージカットは、“アンブリン”というスピルバーグが設立した映画会社のロゴにもなっているが、興行収入や二次利用による経済活動は、スピルバーグにとって次回作を製作する裏付けにもなっていたのだ。

『激突!』が“テレビ映画”でしかなかった時代にキャリアをスタートさせ、<ブロックバスター>映画を製作することで衰退していた映画界を復活させたスピルバーグにとって、“映画”というものがどのような定義に基づくかということはとても重要なことなのだ。それゆえ「映画館での上映を意図しないインターネットでのストリーミング配信を基本とした映画」を“映画”とは認めたくないのだと解せる。これを単なる「老害」と呼ばないようにするため、次回は「“映画”という言葉の持つ意味」という視点で、この問題をさらに考えてゆく。


【参考資料】
『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
『午前十時の映画祭 プログラム』(キネマ旬報社)
OSCARS  
Netflix's Pursuit of Oscars Threatens to Become Antitrust Issue(Bloomberg )
The Spielberg vs. Netflix Battle Could Mean Collateral Damage for Indies at the Oscars(IndieWire) 
スコセッシとデ・ニーロ、映画の未来語る ネットフリックスへの言及も(AFPBB News)
Steven Spielberg on the threat of Netflix, computer games and new film Ready Player One(ITV News)
スピルバーグ、アカデミー賞からNetflix締め出し提案へ(シネマトゥデイ)

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