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「楽」を目指すより、「楽しめる」働き方改革を! 「アート」×「企業」は働く人にどれだけ効くのか?
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  • 2019.04.09
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「楽」を目指すより、「楽しめる」働き方改革を! 「アート」×「企業」は働く人にどれだけ効くのか?

マネタイズしにくいと言われる国内のアート市場をものともせず、創業わずか3年目にしてペイントアートを商流に乗せ、右肩上がりの成長を見せるのが、去年7月にインタビューを掲載した株式会社OVER ALLsだ。

このほど、OVER ALLsによるアートをオフィスに全面的に取り入れて、今後の新ビジョンを打ち出したのが、屋上緑化事業を手がける東邦レオ株式会社。今年2月、同社でそのコンセプトについて語られる発表会が行われた。

働き方改革の施行をひとつのきっかけに、現在、変革期を迎える企業は数多い。「アート」×「企業」は働く人にどれだけ効くのか?

取材・文・構成:庄司真美 取材協力:東邦レオ株式会社

赤澤岳人

株式会社OVER ALLs 代表取締役社長

人材派遣会社PASONA勤務を経て、2016年に画家の山本勇気氏とともに株式会社OVER ALLsを創立。自社のアート作品の商機を拡げるべく、企画・プロデュースを手がける。

“働く人はかっこいい”をアートで体現

訪れたのは、東京・大塚にある緑化事業を手がける東邦レオ。同社のオフィス改装プロジェクトの一環として依頼を受けたOVER ALLsは、企業のビジョンやこれからのあり方をアートで表現する「オフィスアート」プロジェクトを手がけた。「今回のプロジェクトは、OVER ALLsのこれまでの活動の集大成」と語るのは、OVER ALLs 代表取締役社長の赤澤岳人氏。

その前段階として、「オフィスアート」がビジネスとして成熟していく過程での転機について、順を追ってお話しいただいた。第一の転機となったのは、かつてニッカウヰスキーのラベル印刷をしていた大阪・鶴身の印刷工場でのアートを用いたレクイエムイベントだという。

鶴身印刷の工場跡地で行われたレクイエムイベントでは、伝説になるほどの多くの来場者が訪れた。アートイベントをはじめ、かつて集団就職により15歳で鶴身印刷に就職し、60年間勤め上げた工場長によるトークなどを実施。

「ただ闇雲にアートで彩るのではなく、戦後直後からの味わいのある工場のこれまでの歴史やストーリーを伝えようと考えました。そこで、工場に60年間、75歳まで勤め上げた工場長のトーク会をまずは実施しました。僕が聞き手となり、工場の長い歴史についてお話しいただき、そのストーリーを受けて、各アーティストが作品を作ったり、ステージングしたりしようと企画しました」

中でも工場長にお願いして実現した、ラベルの手刷り印刷のワークショップは大盛況で、子どもたちの歓声が湧いたという。そこで得た気づきについて、赤澤氏は次のように振り返る。

「みんなに喜ばれる様子を見て、工場長は『わし、かっこいいことしてるやん』と照れながらおっしゃいました。実はここに重要なヒントが眠っていて、工場長が働いていた時は、自分の仕事がかっこいいなどとは思わずにやっていました。でも、まじめにやってきた仕事にフォーカスしてあげることで、人はヒーローになれるのです。この時、“働くことはかっこいい”ということを初めてアートでかたちにできたような気がします」。

レクイエムイベントで行われたラベルの手刷り印刷のワークショップ

夜は音楽ライブも開催すると来場者は600人を超え、それ以上はカウントできないほど人が詰めかけた。1日限りながら、イベントは大成功。伝説と言われるイベントになったという。実はこの時、イベント前に壁画を描いていたが、操業停止して人がいなくなった工場の外壁に、心ないいたずら描きをされてしまうことに。

「外壁に落書きをした人に、『落書きするなら、このぐらい描けるようになってからおいでや』というメッセージを込めてイベントをすることになりました。そこで、中で展覧会を開催するだけでなく、外壁も描かせていただく提案をしました」

閉鎖された鶴身印刷の外壁の落書きに上描きするかたちでアートを描くOVER ALLs 副社長で画家の山本勇気氏。外壁には鶴身印刷とニッカウヰスキーにまつわる歴史とストーリーが描かれた。

鶴身印刷にまつわるストーリーについて、赤澤氏は次のように説明する。

「ニッカウヰスキーの創業者はNHK朝ドラ『マッサン』でもおなじみの竹鶴政孝氏ですが、当時、そのラベルの印刷工場の番頭だったのが、一番左の鶴身精一さんです。戦中にニッカウヰスキーのラベル工場が空襲で燃えてしまったので、竹鶴氏は鶴身さんに経営を勧めますが、この時すでに鶴身さんは62歳。年齢や資金を理由に辞退したものの、出資者が現れます。その後元従業員たちも再び集まり、まるで導かれるように起業されました。竹鶴氏との盟友関係から始まったこの会社は、次男に受け継がれます。そして次男から鶴身さんのお孫さんの3代目に。さらに、3代目がご病気で倒れられ、ひ孫ににあたる知子さんが引き継ぎました。知子さんがウイスキーを飲みながらうとうとしてそれをこぼし、その液体が琥珀色に輝きながら空に舞い、竹鶴の“鶴”と鶴身の“鶴”となり、再び夢をつないでいくストーリーを表現しました」 

この時初めて、歴史やストーリーをアートにすれば、人に伝わるものができるということをまたひとつ掴んだと語る赤澤氏。

機能に豊かさを求める時代から移り変わり、その価値基準はだんだん“スペック”よりも“感動”の方に動いているのではないかと考えています。“アート”は機能がある“デザイン”とは違い、スペックはゼロですが、心に訴えるものはあります。しかも、アートはどちらかというと問題提起のフックや調和させるためのものではないことが特徴だと思います。これが実は、オフィスにアートを取り入れていただくための重要な鍵となりました」

職場の問題解決にオフィスアートがひと役

第2の転機は、NTTデータMSEの案件。依頼内容は、休憩室にある青いコンテナにアートを描くこと。ヒアリングする中で、同社の親会社による堅いイメージを払拭する課題が見えてきたという。さらにもうひとつの課題は、どこの企業でもよくある社内コミュニケーションの問題。社員の年齢が幅広い上に、体育会系の営業部に対し、文化系が多い部署もあるという風に文化が異なり、部署間の会話が噛み合わない状況が生じていた。

「社員の方が集う休憩室で、何か会話のフックになるようなアートがあればということで、描かせていただいたのは、世界で初めて電話を発明したアレクサンダー・グラハム・べル。ベルを休憩室のマスターのような象徴的な存在とし、休憩室を見渡したイメージです。さらにその中には、ベルが初めて電話を作った時に最初に弟子と交わした会話に関する逸話を入れました。すると、年配の社員や本社から異動してきた社員の多くはそれを知っていて、これをきっかけに年齢や部署を越えて会話が盛り上がるようになったということです。また、この休憩室の写真を採用サイトのイメージに載せたことで堅いイメージが払拭され、スタイリッシュなイメージを持って応募する社員が増えたという報告もいただいています。この一件で、オフィスの問題解決にアートがひと役買うことを確認することができました」

NTTデータMSEの休憩室内にあるコンテナに描くアートを構想した企画書

“働く自分たちはかっこいい”をアートに表すことで、職場が活性化

第3の転機が来たのは、音楽業界のある会社のオフィス改装のコンペに参加した時のこと。そのオフィスは不規則な勤務形態で、昔から体育会系で男性中心の組織。近年は女性社員が増えていることもあって、明るく働きやすいように職場環境を変えるために休憩・多目的スペースを作ることになったという。

休憩スペースそもそものの意味を含んだ提案は、コンペに参加していた他の2社がすでにしていた。そこからさらに一歩進んだ提案について、赤澤氏は振り返る。

「僕たちは休憩するだけなく、絵を通じて自身の仕事の誇りを再確認できる場所にすることを提案しました。ただ、内装だけでなく絵を入れると予算をオーバーするので、そこに付加価値を感じてもらえるかどうか、賭けに出ることになりました。この時、音楽が誰かのためになっている瞬間というのは、非常にパーソナルな場面が多いなと考えました。たとえば、失恋ソングを聴いて、フラれたばかりの心の傷を癒す女子高生がリアルに涙を流しながらも、その音楽に救われている瞬間を見ることはなかなかできないと思います。そこで、音楽業界で働く人たちが自分たちの仕事に誇りを感じ、『やってて良かった』と思えるような瞬間をアートで表現しました」

「目覚ましが何回も鳴る」「昨日は飲み過ぎちゃったな」「今日から月末処理で忙しいんだっけ」「ああ、布団から出たくない」「何だかブルーな朝」といった心情を綴り、「こんな朝でも私には音楽がある」という20〜30代女性・音楽ファンの思いを示した絵コンテ。

家と会社の往復を繰り返し、大昔にバンドをやっていたことを久々に思い出し、その日の帰りにレコード店に寄って帰り、心が躍る50代の音楽ファンをイメージした絵コンテ。

音楽が人の心に刺さる瞬間を各フロアの絵に落とし込み、社員が休憩室でたばこを吸ったりコーヒーを飲んだりしながらふと絵を眺めた時に、「自分はいい仕事をしてるな」と思えるような提案でコンペに挑んだ赤澤氏。大幅な予算オーバーだったにも関わらず、最終コンペまで到達した。

「ところが、最終選考で『予算をオーバーしてしまうので、絵がないプランはできますか?』と聞かれたのです。この時、僕らに声をかけてくれたデザイン会社の社長は、僕のマイクをぱっと取り上げて、『僕らのやっていることは空間作りではなく、空間からメッセージを発したいという願いを込めて、このような提案をしています。よって、壁画のないご提案は想定していません』と言い切ったのです。かっこいいですよね(笑)。これは、壁画なしで請けてもビジネス的にはおいしい案件でした。その方とは今でもお仕事をさせていただいていて、今後恩返ししていきたいと考えています」

残念ながらプランは通らなかったものの、こうした企業へのプレゼンを通じて、またひとつ、物語を描いたアートが働く人の誇りを表現する力に気づいたという赤澤氏。そうやって成熟していったノウハウが、東邦レオでのオフィスアートに昇華していった。

企業の未来のビジョンを示すOVER ALLs流オフィスアート

東邦レオでのオフィスアートでは、昭和感のあるエントランスを変えるところから着手した。しかし、ただ単にオシャレに変えたわけではないことを強調する赤澤氏。

「東邦レオの主要事業は屋上や壁面の緑化なので、これまでは植物関係の施工屋さんっぽいイメージがありましたが、次世代に向けての新ビジョンを表現したいということで、さまざまなアイデアを提案しました」

オフィスアートを取り入れる前の東邦レオのエントランス

企業の思いやビジョンをかたちにしていく上で、大前提として、事業領域はもちろん、これまでの歴史、経営理念などあらゆる資料を読み込んだという赤澤氏。

「植栽した木の周りに人が集まり、さらにそこにコミュニティができて、最終的に街づくりにつながる価値を提供できる企業になりたいというビジョンが東邦レオさんにはありました。僕たちはこれまでの経験を活かして、会社の物語や経営理念、企業理念を深掘りしていきました。新社長が発信するブログも含めたあらゆるメッセージをしっかりと読ませていただいてからはもう、僕らはすっかり東邦レオマニアになっていました(笑)」

最終的に東邦レオの新ビジョンの中で赤澤氏が着目したのは、“コミュニティ”、“グリーンインフラ”、“シェア”という3つのキーワード。

「“グリーンインフラ”を顧客に提供したらそれで終わりではなく、追及したいのは、人が集うコミュニティをいかに作るか?ということでした。同社の新ビジョンには、そこでどんな場を人と共有するかいうことに注力したいというメッセージがありました。それを受けて、僕らは絵コンテを作成し始めました。最初は、木からアイデアが出てきて、生命や希望といった言葉を記すイメージを考えました。でも、実は僕たちが絵コンテでわかりやすい言葉を書いているうちは、大抵いいアイデアが浮かんでいない時なのです。表現力ではなく説明でごまかしている状態ですね(笑)。そこからさらに発展して、種から新芽が出て、葉脈が地図となり……みたいなことも考えました。でも、考えてみたら、屋上緑化というキーワードだけをヒントに、屋上緑化されたビルを描いてツタで結び、それでコミュニティを表現するなんて、ものすごく付け焼き刃な提案ですよね」

OVER ALLsがクライアントにアートを提案する時の流れは、絵コンテを何度も何度も率先して提案し、すり合わせていくスタイルだという。なぜなら、赤澤氏曰く、「最初に『どんなのがいいですか?』とお客様に聞いてもそれは乱暴な話で、アートとは遠いところで働くビジネスパーソンが具体的にイメージを示すことは難しいから」とのこと。確かにその通りである。

何十枚も提出した絵コンテの一部

だからあえて突破口を探るために、さまざまなアイデアを提示してみて、「いや、何かこれはイメージとは違います」という言葉が出たら、「では、どこが違うんですか?」というふうにどんどん質問し、テーマに近づける作業を重ねるという。

オフィスアート導入後の東邦レオのエントランス。これまで同社が緑化を手がけてきた東京タワーやスカイツリー、GINZA SIXなどの建物をビジュアル化。右上の手は、作り手である東邦レオの社員の手。グリーンをパズルのピースと置き換え、グリーンをはめ込むことによって絵が完成し、まちづくりに寄与するイメージを描いた。

また、同プロジェクトでの新たな試みとして特筆すべきは、フェイスブック米国本社が取り入れたことで知られる“アーティスト・イン・レジデンス”を実践したことだ。その取り組みについて赤澤氏は説明する。

東邦レオの朝礼に参加するOVER ALLsの山本氏(左)と赤澤氏(右)

「異業種のアーティストがオフィスに出入りした時の新鮮さ、面白さを発見したザッカーバーグは最終的にアーティストを雇用するようになりました。それに似たスタイルを踏襲し、僕たちも東邦レオさんに出社し、朝礼などに参加しました。なるべくオフィスに滞在するかたちで、傍らにデスクをお借りして仕事をさせていただきました。ある日、仕事中に部長に呼ばれたのですが、横で別の打ち合わせをしていたので、てっきり『この話は社外秘だから、別の場所に行ってもらえる?』と言われるのかと思ったら、誰にも言われず、それどころか部長に、『赤澤さん、今の話を聞いてどう思った?』と聞かれたのです。

つまり、部長は僕のような異業種の人間に、『そっちの視点からはどう思う?』と意見を問われたわけですが、僕にはこれがすごく嬉しかったのです。僕たちみたいな異分子が企業のオフィスに交わることで、そこで働く方々にアート以外のものを提供できるかもしれないと肌で感じた瞬間でした。

弊社の画家の山本は、基本的にずっとオフィスの傍らで絵を描いていて、その光景自体が社員の皆さんにとっては新鮮だったようです。営業の方が外回りから帰ってくると、毎回コーヒーをいただき、気づけば山本の下にはコーヒーが5〜6本、まるでお供えもののように置かれる現象が起きました(笑)」

こうしたコミュニケーションを通じ、社員にとっては、初めは「会社が呼んだ、なんだかよくわからない画家が描いた絵」から、徐々に親しみが湧いて、「寒い中、一生懸命頑張ってオフィスに絵を描いてくれた山本さんの絵」に変わっていったと、赤澤氏は後述する。

「これまで企業のストーリーをアートにすること、オフィスの問題解決にアートが役立つこと、働く人の誇りをアートで表現すること、そして、企業コンセプトや未来のビジョンを描くといったアートコンサルの活動を通じて、僕たちはアートが会社を変え、ひいては社会を変える可能性に気づきました」

アートを通じたさまざまなアプローチで職場を活性化してきたOVER ALLs。最後に、働くことの意味をあらためて会場に問いかけ、オフィスアートの取り組みについての発表を締めくくった。

「巷では“働くことを楽にする”のが働き方改革だと言われていますが、僕らはアートを通じ、“働くことを楽しむ”働き方改革をやっていきたいと考えています。“仕事をしている自分たちはかっこいい”ということをアートで客観視できれば人は仕事に誇りが持てます。すると、だんだん仕事が楽しくなってきます。まだまだ国内ではオフィスアートを取り入れる企業はそう多くはありませんが、アートはただ単に空間をオシャレに変えるだけでなく、もっと大きな可能性があるということだけでも今日は持ち帰っていただけたら幸いです」

一方、東邦レオでは、オフィス改装にともない、集まった案がどれも今ひとつインパクトに欠けていたのが、約2年前のこと。新ビジョンが掲げられ、会社に変革が求められる今、起爆剤になるようなものを求めてオフィスアートを取り入れようと考えたのが事の発端だったという。最後に、オフィスアートの効能について語られた、同社グリーンテクノロジー事業部の森田修平氏の言葉をまとめとしたい。

「私自身、理系出身ということもあって、アートにふれる機会があまりなく、『アートって何?』というところから始まりました。アートが人の心に作用するという実体験もこれまでまったくありませんでした。でも、赤澤さんと話しているうちに、本当にうちのことを真剣に考えて何かを変えようとしてくれている姿勢を感じました。これまではお客様に来社いただくにしてもかなり無機質なオフィスでしたが、今回のプロジェクトを通じ、来社される方がいつ来てもワクワクするような会社に生まれ変わりました。僕らがなぜアートにパズルのピースを入れたのか。ここに込めた思いは何なのかということは、弊社のビジョンに根づいたものです。アートによってそれがお客様や地域の皆様にも説明がスムーズとなり、距離がぐっと縮まるツールになりました」


OVER ALLs

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