©Tsurumen Davis
結構長い間アメリカで生活していたというと、「拳銃だらけで危ないんですよね?」「大雑把でマズイ食事ばかりなんですよね?」「日本みたいに時間通りじゃないんで不便なんですよね?」といったステレオタイプな質問をされることが多いのは、アメリカ在住者あるあるかもしれない。家賃が安い地域(=治安が悪い)に住んでいれば拳銃に遭遇する確率も上がるが、その地域全体が拳銃だらけということはまずない。美味しいお店を知らなければ、当然「大雑把でマズイ食事」に当たる確率も高くなる。何事もいちいち日本と比較してしまうと不便と感じるのだろうが、それが当たり前になれば特別不便とは思わなくなってくる。
筆者は結構前にアメリカに住んでいたが、生活上で特に不便だとか不自由を感じたことはなかった。唯一キツかったのはまともなラーメンを食べることが出来なかったということで、ラーメン店そのものが数少ない時代だったのだ。中国式のラーメンをチャイナタウンで食べるのが精一杯だった貧乏学生が、なけなしのお金を支払ってニューヨークの札幌ラーメンを提供する店で食べたラーメンは、似て非なるものでボッタくられた感満載の一杯だったという記憶はいまだに鮮明に残っている。
ところがである。2008年に一風堂がニューヨークに第一号店をオープンしてからというものの、日本で食べるラーメンと遜色ない一杯を提供するラーメン店がアメリカのあちこちで開店し続けているという。“アメリカの大きな街の名前”と“ラーメン店”と日本語で検索するだけで、何店舗もの情報が即座に表示される。最近も『情熱大陸』でボストンの人気ラーメン店「Tsurumen Davis」が取り上げられていた。この店の店主の大西益央氏という人間に興味を惹かれたので、いろいろと話をお訊かせいただいた。
取材・文:6PAC
大西益央
undefined
ラーメン店店主。2007年「鶴麺」創業
2010年2号店「らぁ麺クリフ」オープン(現在はTsurumen 大阪城北詰店)
2010年MBS「ラーメン覇王決定戦」出演
2013年海外進出1号店「鶴麺ホノルル」オープン
2015年9月「鶴麺」in ニューヨークポップアップストア
2018年4月アメリカ・ボストンにて「Tsurumen Davis」オープン
法人化してTsurumen Davisをやっております。
刺激を求めアメリカで起業してみたいと思うように
大西益央氏
©Tsurumen Davis
アメリカでラーメン店をオープンするのはボストンで3カ所目だという大西氏。「Tsurumen Davis」は、営業時間が18時~20時のたった2時間(多少前後する日もあるようだ)と非常に短いが、気温がマイナスを下回る真冬日でも連日大行列の人気店だ。しかし同店を構える前は、ハワイとノースカロライナでもラーメン店を開業したものの、思うような結果は出なかった。それでもアメリカでラーメン店を開業し続けたのには、アメリカに対する強い想いが関係しているようだ。
元々同氏は幼い頃に映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出会い、アメリカに憧れるようになった。19歳になるとバックパッカーとしてスケボーを片手に渡米し、3カ月の間にアメリカ6都市を旅した。20歳の夏休みもアメリカで過ごしたという。
同氏はこの頃を振りかえり、「携帯電話もない時代に、ガイドブックと出会った人からの情報を頼りにアメリカを旅するだけでも自分にとっては大変な刺激でした。しかし、その刺激も人間慣れると飽きるもので、その延長としてアメリカに住んでみたい、起業してみたいと思うようになりました。結局は刺激を求めているのだと思います」と自分自身のモチベーションを分析する。
たとえ財産を失っても、身についた技術はいつでも助けてくれる
『情熱大陸』を観ていて不思議に思ったのが、1000日(5年間)限定営業、200日でメニュー一新、朝6時半には店に行って雑巾がけで床掃除をするという3点だ。なにかしらの根拠や理由が隠されていると思い、疑問をぶつけてみるとそれぞれついて明確な答えが返ってきた。
まずは1,000日限定営業と200日でメニュー一新について。「Tsurumen Davisは、“結果”ではなく“成長”にフォーカスしています。もちろん1000日間でいくらの投資回収ができて、貯金ができるかという“結果”も大切です。しかし、僕は1000日後どれだけ自分が“成長”できるかにフォーカスしています。なので、第1章の200日かけて完成させた“お客さんが1時間並んでまで食べたいラーメン”の提供をやめて、新しいラーメン作りにチャレンジしています。第2章の初日は、第1章の最終日のクオリティの方が高かったのでは?と思うような出来のラーメンだったかもしれません。しかし、第2章の最終日には、第1章の最終日をはるかに超えた自分の成長を目指しています。その繰り返しを合計5章やることによって、1000日後の自分はラーメン職人として誰よりも成長するのではないかと思っています。なので、1000日後にお店を閉めるか、弟子に譲ったとしても、僕は世界のどこへ行っても行列を作れるラーメン職人になっていることをイメージしてます。財産を失うことはあっても、身についた技術は今後の僕をいつでも助けてくれます」と語ってくれた。
店を掃除するのはオープン前に雑巾がけで床掃除をするだけではなく、営業が終了した後もスタッフ全員でキッチンを雑巾がけで掃除するという。スタッフには「“モップよりもキレイになる”掃除の仕方」だと説明し、今では“ジャパニーズスタイルフロアークリーニング”と言って自ら率先して行っているそうだ。これについては、「単純に、モップよりもキレイになるから好きなんですよ。雑巾がけが。なぜなら、床との距離が近くなり、小さい汚れやホコリにも気づくことができ、徹底的にキレイにすることによって、他の仕事も細分にこだわる妥協のない仕事ができる習慣が身につきます」と明確な理由があることを説明してくれた。
飲食業の売上予測は、「席数×回転数×平均客単価」で計算される。この方程式を大雑把に「Tsurumen Davis」に当てはめると、席数17×回転数×18ドル前後の平均客単価となる計算だ。1日2時間の営業で2回転すると1日の売上は612ドル、3回転で918ドルと日本円換算で1日の売上が6万円~10万円ほどとなる。ここから食材原価や人件費といったコストを差し引いて経営が成り立つものなのか?
この疑問に対する同氏の答えは、「結論を言いますと、今のところ十分お店を継続するだけの利益は出ています。そして、2カ月に一度、10日間お店を閉めて日本へ帰り、7月は1カ月間お店をクローズして日本へ帰れるように計画しています。これを実現するのは、はっきり言って簡単ではないです。まず働いているメンバーは能力に関係なく、州で定められた最低賃金で働いております。もちろん、嫌々ではなく楽しく働いてます。なぜかというと、彼らも結果ではなく、成長と今を楽しむことにフォーカスしているからです。当店はスタッフ募集の広告などは一切出しません。オープン当初に店内に小さく求人の紙を貼り、お客さんからのみスタッフを採用しました。彼らは、賄いのラーメンと当店で働くことで学び、成長を実感しています。なので、月のワーキングスケジュールを決める時は2名定員のシフトに4~5人が希望するので、逆に平等にシフトを決めていくのが大変なほどです。シフトに入れなかったとしても、ボランティアで店に来て、皿洗いをして、賄いを食べて帰ります。なので、人件費は他店と比べて大幅に少ないです。他にもたくさんのノウハウはあります」というものであった。
「Tsurumen Davis」の客層だが、店舗のあるサマービル周辺にはハーバード、タフツ、マサチューセッツ工科大学といった大学が多いので、学生が多いように見受けられた。この点について訊くと、「確かに、第1章では学生さんが多い感じはありました。しかし、第2章では一杯23ドル(約2,500円)のラーメンになっているので、学生さんの比率が少し減り、お客様の平均年齢は少し高くなってます。200日に一回メニューを変えるので、お客様の層も変わると思ってます」と語ってくれた。
自分の価値を高めることの方が、これからの時代を生き抜く上で大切
ラーメン店を経営する上での日本とアメリカの違いについては、「日米で味を変えてやらないとお客さんは来ないのでは?と悩んだり、法律や人種や文化の違いに苦しんだ時期は確かにありましたが、今の僕の出した答えは、人間の根本は同じ。文化や人種が違っても、愛を持って伝えたら伝わるし、味覚の違いは、今までの経験の違いで、新たに本当に美味しいものを経験させてあげたらわかってもらえると信じてやってます」と語る。
その上で、アメリカでラーメン店を経営する上でのKSF(Key Success Factors、成功のカギ)については、自分の価値を高めることが、これからの時代を生き抜く上で大切な要素だという。「ハワイやノースカロライナ、ニューヨークの出店で、立地やメニュー構成の重要なポイントはたくさん勉強しました。しかし、今はそのようなマーケティングは、大手企業がシェアを取りに行く場合の出店戦略だと思ってます。今の世の中、個人でも大手に勝つことができる時代だと思ってます」と続けた。
「美味しいもので人を幸せにする」という同氏が描く人生のゴール(目標)について訊ねてみた。「Tsurumenファミリーの目的は、美味しいもので人を幸せにすることです。5年後のゴールは、ニューイングランド地方(米北東部のメイン、ニューハンプシャー、バーモント、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネチカットの全6州)すべての州にTsurumen ファミリーを作ることで、人生のゴールは、世界10都市にTsurumenファミリーを作ることです」とのこと。
かっこよく面白く冒険しよう
「Tsurumen Davis」で1000日限定の営業が終了した後はどうするのか?これを訊かないわけにはいかないだろう。
すると、「1000日後のことは、1000日後に考えるのが、今を本気で楽しむTsurumenのスタイルです。今を本気で生きてないと将来が不安になるのです。本気で成長していたら、未来はなんとかなる!と思ってます。人生みたいなもので、1000日後に死ぬわけではないですが、死んでも後悔しないくらいのつもりでこの1000日を本気でやっているので、その後は生きてるだけで丸儲け状態です」と笑う。
『情熱大陸』で流された映像には、「かっこよく面白く冒険しよう」と書かれた店内の張り紙が映っていた。この張り紙には、「自分が死ぬ前に、“めっちゃ冒険した人生やったなぁ”と思って死にたいと思ってます。真面目で誠実なことは、人間の基本です。でもそれだけじゃ人生つまらない。なので、“かっこいい”や”面白い”も大切にしたいと思ってます。基本的に、めっちゃカッコつけなんですよ。でも、それでいいと思ってます。見てくれだけのかっこいいは、かっこ悪いです。生き方が、どれだけ好きのことに本気になれているかどうかやと思います」という同氏の想いが込められている。
最後に海外に活路を見出そうとする日本人へのメッセージをお願いしてみた。
「日本人は、素晴らしい可能性を持った国民です。一つ苦手なところがあるとしたらグローバルな視点だと思います。島国ニッポンの長所を世界で輝かせることのできる時代を楽しみましょう」