FINDERS

Flash黄金時代、ソーシャルメディア初期、そして「○○テック」。テクノロジートレンドを波乗りし、業界を越境するポリネイター|西村真里子(HEART CATCH)【前編】
  • BUSINESS
  • 2019.01.09
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

Flash黄金時代、ソーシャルメディア初期、そして「○○テック」。テクノロジートレンドを波乗りし、業界を越境するポリネイター|西村真里子(HEART CATCH)【前編】

IBM、Adobe、バスキュールを経て、現在はHEART CATCHの代表を務める西村真里子氏。広告クリエイティブと最新テクノロジーの知識にマーケティング力を掛け合わせ、プロデュース業、企業のマーケティング支援、プロモーションなどと手掛ける仕事は多岐に渡る。

前編では西村氏を形づくったこれまでの歩みを探りながら、彼女が携わったプロジェクトと合わせて2000年代から2010年代初頭にかけてのネットを使ったプロモーションの変遷を振り返りつつ、代表を務めるHEART CATCHでの活動について話を聞いた。

聞き手:米田智彦 文・構成:石水典子 写真:神保勇揮

西村真里子

株式会社HEART CATCH代表・プロデューサー

国際基督教大学卒。IBMでエンジニア、Adobe SystemsおよびGrouponでマーケティングマネージャー、デジタルクリエイティブ企業バスキュールでプロデューサーに従事。2014年にHEART CATCHを設立。テクノロジー×クリエイティブ×ビジネスをつなげる様々なプロジェクトを手がけるプロデューサー / Art Thinking Improbable Workshop Executive Producer

機械いじり大好き女子がICUを卒業後、IBMへ

―― 西村さんは小さい頃、機械いじりをしていたようですね。

西村:父のおかげで家に工具がある環境だったので、お菓子の空き缶なんかをニッパーで切ったあとハンダで顔をつくったり、釘を打ち込んだり、工具箱にあるものをつかって自分にしかわからない不思議なものを作っていました。

そんな中で例えば「何をしてもいいよ」と古い電卓をもらった時、分解すると案の定元に戻せない。そこで元に戻せていたら、もうちょっと将来の方向性は違う方向にいっていたと思うんですね。出てきたバネをどこに戻せばいいか分からないから、そのバネでびっくり箱作って遊んでいるような子供でした。

―― テクノロジーに関心を持つようになったのは、そういう原点があったわけですね。では進学先も理系だったんですか?

西村:文系の国際基督教大学(以下、ICU)です。父やカメラマンをしていた姉の影響もあって、テクノロジーに関するものは好きでした。でも同時に海外の人と触れ合うことも好きだったので、帰国子女の多いICUに高校から進学しました。

海外に関心を持つようになった原体験は、幼稚園に通っていた頃に遡ります。スペイン系のカトリックだったので、そこでスペイン語を学びました。また姉が英語を勉強したこともあり、外国の言葉を学ぶ環境が身近にあったんです。

小学生の頃は、ベルギーの漫画『タンタン』が好きでした。ルポ記者のタンタンが世界中を冒険しながら悪役を懲らしめるといった話で、そんな世界観に憧れていました。こうした経験から、世界を巡ることや新しい言語に興味を持ったんです。

―― 新卒の際はどこに就職したんですか?

西村:IBMに就職しました。 

大学時代に舞台照明をやっていたのですが、仲間と照明の配線デザインをするときに マッキントッシュ LC 630上でFlashやDirectorを使ってシュミレーションしていたのですが、スタンドアローンだったパソコンが、インターネットにつながるようになりなぜインターネットでネットワークがつながるのかや、今自分が使っているソフトはどうなっているのかに関心を持ち、そういったことを 学べるIBMを目指したんです。だから元々理系だったから選んだというよりも、自分の興味分野からチャレンジしていったかたちですね。

「Flash黄金時代」にAdobeに在籍

―― それからキャリアチェンジしてAdobeに入られるわけですが、それはなぜですか?

西村:私はAdobeに入る前に、IBMからマクロメディアに行って、その後Adobeがマクロメディアを買収してAdobeに行き着くのですが、マクロメディアに入ったのは2つ理由があります。

1つはマーケターの仕事に関心を持ったことです。IBMで最初の5年間はエンジニアとして、グローバルのサポートページの検索エンジンと、その中に情報発信タスクを入れるプロジェクトをやっていました。それで情報をもらうために各部署を回ったのですが、この時、自分はものを作るより、作った製品やサービスを広める方が好きだということに気付いて、その後、マーケティングの部署に異動しました。ただ今思えば当たり前なのですが、IBMは組織が大きいので自分が担当できることが少なく、思うような仕事ができないという違和感を覚えていました。マクロメディアならもっと任せてもらえると思ったんです。

もう1つの理由は、私がIBMにいる時にマクロメディアがちょうど人を募集していたんです。学生時代に使っていた憧れのソフトを作るマネージャークラスの方と飲み屋で会って、「興味あるなら来ちゃいなよ!」と誘われたので「じゃ行く!」という軽いノリで転職しました(笑)。

―― 飲みニケーションでつながった縁ですね(笑)。Adobeではどんなことをしていたんですか。

西村:Dreamweaverや、Flashといったウェブのインタラクティブなクリエイティブツールを担当するマーケティングマネージャーをやっていました。

Adobeで面白かったのは、自主的に始めたユーザー勉強会です。マーケターですからセールスにつながるような活動を当然していたのですが、仕事に自分の趣味の分野を混ぜてプロジェクトを作っていました。今はまだ形になっていないけれど変態的に面白いものを作っているようなクリエイターやエンジニアを集めたFlashの勉強会を、月一でやっていたんです。

ちょうどその時はみんながFlashというツールをiPhoneアプリにどのように書き出すか、Action Scriptをどうやって身につけるか?模索しているタイミングで、勉強会として毎月Flashトップランナー達と意見交換していました。今でいうコミュニティ運営のはしりといってもいいかもしれないですね。とにかく面白いものを作っている人が好きだったんです。それが結果的にAdobeに対してポジティブな活動になっていたと思いますが、自分としてはやりたかったからやっていたという感じです。

―― 勉強会をしていた頃は、いわゆる「Flash黄金時代」ですか?

西村:時期はかぶっていますね。私がマクロメディアに入った時に、それこそゴノレゴなんかが盛り上がっていて、蛙男商会(株式会社DLEの映像ブランドの一つで、多数のFlashアニメを製作)やFROGMAN(蛙男商会代表、CGクリエイター)が登壇するイベントなどを盛り上げていた時です。

「ゴノレゴ」とは、ゴルゴ13のデューク東郷によく似た人物が吉野家コピペを朗読したり、ネカマに釣られたりするおもしろ動画シリーズ。忍者ツールズのアクセスカウンターが懐かしい…!

あとは2000年代後半からツダる(ツイッターで政府の審議会や新製品の発表会、トークイベントなどを実況中継すること。ジャーナリストの津田大介氏が始めた)という言葉が出始めましたよね。私はAdobeで海外のカンファレンスに行って、新しい製品が出る時にツイッターで投稿していたので、まさにツダりの初期にいたのかもしれません。

ソーシャルメディア時代初期のプロジェクトにも参加

―― その後、2011年からバスキュールに行かれたんですよね?

西村:はい。バスキュールではプロデューサーをしていました。バスキュールがソーシャル、インタラクティブなプロジェクトをどんどん推進していくタイミングで、お声がけくださりAdobe時代からの憧れの会社だったのでジョインしました。

―― バスキュールではどんなことをしていたんですか。

西村:インターネットが普及するまではテレビの広告費がナンバーワンでしたが、まずはラジオ、そして新聞、雑誌、インターネット広告に迫られるようになり、テレビが危機感を覚えるようになってきた頃です。その時、バスキュールはデジタル広告のクリエイティブでは日本のトップクラスだったので、「ソーシャル×インタラクティブ」という新しいプロジェクトを、mixiと合弁して始めるタイミングでした。さらに、常に新しいテクノロジーの可能性を追求するバスキュールらしく「テレビCM×ソーシャル連動」の、「mixi Xmas」というプロジェクトを推進しており、そのプロジェクトに関わらせていただいたことをきっかけに、ソーシャル×テレビの海外事例も調べ、海外カンファレンスに顔を出し、日本のメディアでも「テレビ×ソーシャル」のレポートを頻繁に書くようになりました。湯川編集長時代に、TechWaveで記事を書かせてもらうようになったことで、記事を読んだテレビ局の担当者から「バスキュールはどういうことをやっているんだ?」と話が来て、一緒に実験的に番組を作るようになりました。バスキュールには3年ほどしか在籍していませんでしたが、テレビ番組を作るところまで関われたのは面白かったですね。壇蜜さんが出演した電脳レース番組『BLOODY TUBE』なども関わらせていただきました。

人と人、人とアイデアを結びつける「テック業界のポリネイター」を目指して

―― しかし、バスキュールを離れて独立したのはなぜですか?

西村:バスキュールにいると、社長の朴さんがすごいから話を聞いていてずっと感動しっぱなしでした。今でもバスキュールが大好きだし、朴さんをリスペクトしているんですが、自分の人生として考えた時に、どこかで「自分の判断でこの社会・産業に挑戦したい」という気持ちが出てきました。

また、IBMやAdobeと違い、バスキュールは全社員が40人くらいの規模の会社で、朴さんが気持ちいいくらいに仕事をガンガン作っていく姿を近くで見ました。その姿を見ていて、自分でビジネスを作りたい、朴さんから学んだことを自分で実現していきたいという気持ちがむくむくと湧いてきたんです。朴さんの背中からガンガン学び、影響を受けたということですね。

―― それでHEART CATCHという会社を作ったんですね。

西村: そうです。自分の会社でやりたいことは、少し抽象的ですが「この人と仕事をしたらハッピーになる」という体験を作って、自分がつなげた人を幸せにすることです。私のメインの仕事は「ハートをキャッチする」ことだと自負しています。HEART CATCHでは、できるだけ守備範囲を狭めずにプロデュースしていきたいですね。

―― 来年以降はどういった活動がしたいですか?

西村:国内外に限らず、いろいろな企業と仕事をさせてもらっていますが、私はこれまで人と人とをつなげて関係をつくる「ポリネーション(ハチが花粉を運び受粉させること)」をする時期だと思っていて、「ポリネイター(受粉者)」として活動してきました。

来年以降もその活動は続けていきますが、HEART CATCHを作って5期目となり、ありがたいことにそうした活動の中から、自分と同じ熱量を持った人が抽出されるかたちで見つかるようになりました。そうした方々と、1つではなく多拠点に巣を作っていきながら、その場所を醸していくことをしていきたいと思っています。

後編はこちら


株式会社HEART CATCH

  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • interop
  • FINDERS DAY

SERIES

  • ハズさない!接待メシ
  • オランダ発スロージャーナリズム
  • ビジョナリーズ
  • 遊ぶように働く
  • 松崎健夫の映画ビジネス考
  • アフリカンジャパニーズ・ビジネス周遊記