EVENT | 2018/12/28

日産のゴーン前会長逮捕劇も「内部告発」が発端。会社の不正を安全に暴くには?【連載】FINDERSビジネス法律相談所(7)

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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。

渡邉祐介

ワールド法律会計事務所 弁護士

システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。

(今回のテーマ)
Q.最近、勤めている会社で幹部の不正を発見してしまいました。とても見過ごせない話だし、改めてもらいたいので然るべきところに報告したいと思いますが、安全に内部告発する方法を教えてください

ゴーン氏の逮捕劇に潜む不正とは?

先日、日産前会長のカルロス・ゴーン氏が、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の容疑で逮捕されました。1999年、フランスのルノー社から当時財政危機に瀕していた日産自動車に招聘され、後に同社の社長に就任、短期間で日産の経営の立て直しを果たした人物の逮捕だけあって、クーデター説や陰謀説まで飛び交い、世界中を驚かせるニュースでした。

ところでこの事件、日産社内からの内部通報が容疑者逮捕のきっかけとなったという話は記憶に新しいところです。それをきっかけに社内調査により前会長の役員報酬隠しなどの不正が明るみに出て、不正に関与していたとされる執行役員らと検察当局が司法取引を交わしたというものでした。今回の逮捕劇は、内部通報と司法取引の合わせ技によってゴーン氏の不正が明らかになったとも言われています。

そもそも社内不正の告発は難しい

社内で不正を発見したとしても、それが会社や幹部によるものであれば、人事権を握る上司たちを敵に回して内部告発するのは、そもそも難しいものです。とても見過ごせないという正義感から会社の不正を告発しようとしても、それによって会社から人事面・待遇面その他の労働条件面で不利益に扱われるリスクを考えると、一般のビジネスパーソンの感覚からするとなかなかできません。

そこで設けられた制度の一つに、「公益通報」という制度があります。一連の報道で出てくるいわゆる「内部通報」ですが、正式には公益通報と言います。

内部告発者を保護する「公益通報制度」と法律

「公益通報制度」とは、端的には、会社内の不正行為を従業員が、役員や社長といった幹部陣に対して通報できる制度のことです。また、「公益通報者保護法」という法律は、公益通報をした従業員を会社は左遷したり解雇したりすることはできないことを定めています。その趣旨としては、会社での不正を通報しても会社から不利益を受けることはないという保護を与えることで、社内不正を会社内部から活発に起こそうとする点にあります。

新聞やテレビ報道などでは、薬剤の臨床検査データの改ざん、ホテルや老舗料亭の料理メニューの産地表示偽装、福祉施設における職員の施設利用者に対する虐待、違法な公金支出などの法令違反のニュースは後を断ちません。国民の健康や財産が脅かされる事態を防ぐには、こうした商品やサービスを提供する会社が不正を隠蔽し続けることができない世の中の流れを作っていくことが大切です。このような背景から公益通報制度は設けられています。

公益通報は、会社や組織の不正を正し、世の中全体を良くしていくために重要な仕組みです。だからこそ、そのネーミングも単に内部通報というのではなく、「公益」通報と名付けられているのでしょう。

通報の方法と注意点

通報先としては、「事業者内部」「行政機関」「事業者外部の者」の3つがあります。ただし、それぞれ通報者が好きな通報先を選べばよいという話ではなく、それぞれの通報先によって、通報者が保護される要件の内容に違いがあるため、注意が必要です。

具体的には、事業者内部に対する通報の保護要件は、「通報対象事実が生じ、又は生じようとしていると思料する場合」とされており、比較的ゆるやかに認められています。

行政機関に対する通報の場合、「通報対象事実が生じ、又は生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合」として、事業者内部に対する通報よりも、高い信ぴょう性がある場合でなければなりません。

そして、事業者外部の者に対する通報の場合、まず事業者外部の者が「通報対象事実の発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」にあたる必要があり、「行政機関に対する通報の場合の要件に加えて、内部通報では証拠隠滅のおそれがあること、内部通報後 20 日以内に調査を行う旨の通知がないこと、人の生命・身体への危害が発生する急迫した危険があること等を満たす場合」というかなり厳格な要件を充たす必要があるのです。

実名でいくか?それとも匿名?

不正の事実を通報する場合、通報者が実名で行うか匿名で行うかという問題があります。通報者の意思次第では実名による通報も可能ですが、やはり事実上の不利益を考えると、匿名での通報のケースが多いです。

もっとも、通報者の匿名性が完全に守られたままで、事実関係のすべてを明らかにできるケースばかりではないという点は注意が必要です。たとえば、ある不正行為を通報する場合に、その事実を知り得ることができるのは特定の従業員であるとか、かなり範囲が限定された従業員に絞られてしまうといったこともあります。また、通報をきっかけに社内調査がなされるような場合だと、調査が進む中で必然的に通報者が特定されてしまうケースもあります。

そのような場合には、匿名性の問題と併せて、報告するにあたって事実関係をどこまで具体的に報告するか、どのような表現で報告するかといった問題も生じるでしょう。

公益通報は「匿名通報だから安心」と簡単に考えてしまうのではなく、通報するにあたっては、通報の具体的内容、程度、表現なども含めて、社外の第三者や、弁護士などの専門家などに事前に相談しておくことをおすすめします。弁護士会の公益通報相談の窓口なども活用できます。

通報したものの、保護要件を充たさないケースだったために、会社から不利益な処分を受けても争いようがない!といったことにならないためにも、制度を利用する場合は慎重に専門家のアドバイスを受けつつ進めていくのがよいでしょう。

公益通報の課題と限界

実は、「公益通報制度」自体は万全ではなく、いくつかの課題もあります。たとえば、公益通報者保護法に違反して通報者に不利益処分を行った事業者に対しては罰則規定までは設けられていないため、どこまで通報者が保護されるのかという問題もあります。また、通報者自らが不正に関与している場合に、通報者の民事責任を免責する規定がないため、より実効性を持たせるという観点からは、免責規定を設けるべきという意見もあります。

司法取引とは?

他方で、今回の逮捕劇でも話題となった司法取引とはどのようなものでしょうか。端的に言うと、司法取引とは、被疑者や被告人が、裁判において、罪を認める代わりに、検察官が刑罰を軽くする約束をすることです。

これは2018年6月に導入されたばかりの制度ですが、日本弁護士連合会(日弁連)などは導入に反発してきた経緯がありました。司法取引により、捜査をかく乱させる目的の虚偽の供述が行われ、それが採用されれば、事件と関係ない人々が罪に問われる事態を引き起こすことになるからです。もっとも、海外では広く取り入れられている捜査手法の一つで、事件解決のための重要な供述を得るために活用されているものでした。同制度の導入は日本の捜査当局が新たな捜査手法として求めてきたものという経緯がありました。このように導入に至る経緯では賛否が大きく争われた制度です。

アメリカなどでは広く活用されている同制度ですが、日本で導入される司法取引は、自己の犯罪についてではなく共犯者である他人の犯罪に限定されています。すなわち、容疑者や被告人が供述や証拠の提供によって共犯者らの犯罪を明かした場合に、見返りとして検察官が起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりするというものです。

対象となる犯罪としては、贈収賄や詐欺、独占禁止法違反、不正競争防止法違反、金融商品取引法違反などの経済犯罪、覚せい剤取締法違反や銃刀法違反などの銃器・薬物犯罪、その他知的財産関連法制、銀行法や貸金業法などの特定業種の営業に関する法律への違反も含まれています。

つまり、企業や暴力団などの組織犯罪を念頭に置いているのです。たとえば、振り込め詐欺をはじめとする特殊詐欺の末端の実行犯から、首謀者の関与を裏付ける重要供述を得るといった場合などが典型です。このような事件や贈収賄事件など、客観的な証拠が得にくい場合に、事実関係を知っている共犯者の供述を立証の手段とすることを目的として司法取引が導入されました。

司法取引のメリット

殺人事件や窃盗などと違い、会社をはじめとする組織内部の事件は、そもそも捜査が困難を極めるものです。テレビの報道などで、東京地検特捜部の捜査官が大勢で大量に段ボールを会社から抱えて運び出してくる光景を目にすることがあると思います。あの中には莫大な量の資料やメール、各種データがあり、それをひとつずつ手作業で洗い出す必要があります。それだけでも気が遠くなるような作業ですが、内部者同士の話は、外部の者からするとなかなか分かりづらいものです。

このように、捜査しにくい状況において、共犯者による内部からのリーク、もしくは協力によって捜査が進むなら、その分恩恵を与えましょう、というのが日本の司法取引です。こうした性質から、日本における司法取引は、経済犯罪や組織犯罪に迫るための強力な武器になります。企業内部での犯罪など、外部には明るみに出にくく、捜査によって物的証拠を押さえにくいものに対して、強い威力を発揮するのです。

そのほかにも、司法取引のメリットとして、捜査費用・裁判費用の節約があります。事件に対して、膨大な捜査人員が投入され、解決までに相当な時間がかかるケースは多く、この捜査にあたる警察官や検察官といった公務員が証拠集めなどをするために大勢が関わる事件は、莫大な人件費がかかっているのです。もちろん、これらは国民の税金から支出されています。司法取引を行うことで、被疑者・被告人しか知り得ない事柄を効率よく集めることが可能になり、捜査や裁判にかかるコストが削減できるというわけです。

ゴーン氏逮捕劇の裏側は?

冒頭のゴーン容疑者の逮捕劇の裏側では、以上のような公益通報と司法取引という両制度がうまく組み合わさって働いたと言われています。公益通報制度だけでも、日産自動車内部での自浄作用が働かなければ今回の逮捕劇にはつながらなかったでしょうし、司法取引制度だけだったとしても、そもそも通報がなければ、今回の逮捕には至っていないでしょう。本件の行方がどうなっていくのかはまだ分かりませんが、通報者の行動が世界中に流れる大事件となるほどに、社会を大きく動かしているのです。

正しい行いが認められる社会へ

会社内部での通報や共犯者についての供述は、捉えようによっては、「仲間を売る」「裏切り行為」とも捉えられるかもしれません。でも、その仲間のしていることが不正な行為であったり、さらには犯罪行為であったりするような場合には、勇気をもって事実を伝えることは大切です。

事実を伝えることによって、より不利益を受けるなど、正しい行いが封じられてしまうような風潮の世の中であっては、悪事は暗躍し続けてしまうでしょう。

ご紹介した公益通報の制度や司法取引の制度も、現状ではまだまだ良い部分ばかりの完全な制度ではなく、制度自体の使い方が重要であるのも事実です。でも、それよりも重要なのは、不正は見過ごせないという思いや組織や社会を善くしていきたいという熱い思いです。そうした思いの積み重ねが、正しい行いがより認められやすくなる社会へと変えていくのではないでしょうか。


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