EVENT | 2018/12/17

世界でもっともクリエイティブなデザイン・コンサル「IDEO」が企業にイノベーションを起こせる秘訣は「問いかけ力」にあった!

「新規事業で何をしたらいいかわからない」「発想を変えたい」と嘆くビジネスパーソンは多い。国をあげてイノベーション推進に力...

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「新規事業で何をしたらいいかわからない」「発想を変えたい」と嘆くビジネスパーソンは多い。国をあげてイノベーション推進に力を入れる日本だが、抜きん出たグローバル企業が容易には生まれないのが現状だ。

一方で、Apple製コンピュータの最初のマウス(1983年発売の「Lisa」)のデザインを手がけたほか、マイクロソフト、P&G、プラダ、ペプシなどのグローバル企業を顧客に持ち、世界でもっともクリエイティブと称される米デザイン・コンサルティング企業IDEOが近年注目を集めている。

その東京オフィスの立ち上げに参画し、ディレクターとして活躍するのが、今回紹介する野々村健一氏だ。野々村氏はトヨタ、ハーバード・ビジネススクール、IDEOで創造力を学んだ著者として、2018年9月に『0→1の発想を生み出す 問いかけの力』(KADOKAWA)を出版し、話題となっている。

現在、IDEO Tokyoでは、日本を代表するあらゆるジャンルの企業からの相談が引きもきらないという。先行き見えず、“成功モデル”が多様化し、正解のない時代といわれる今、新しい発想を生むために必要なものとは?

聞き手:米田智彦、庄司真美 文・構成:庄司真美 写真:神保勇揮

野々村健一

IDEO Tokyoディレクター

慶應義塾大学卒業後、トヨタ自動車に入社し、海外営業や商品企画を担当。その後、米ハーバード・ビジネススクールへ私費留学し、経営学士(MBA)を取得。IDEOの東京オフィスの立ち上げに従事。現職。国内外のさまざまな企業や団体とのプロジェクトを手がける。IDEO共同出資のベンチャーキャピタルファンドD4Vのファウンディングメンバー兼パートナーも務める。著書に『0→1の発想を生み出す 問いかけの力』がある。

よりよい「問いかけ」が新しい発想を生み出す

―― 野々村さんは、トヨタに入社後、ハーバード・ビジネススクールを経てから、どんなキャリアプランを描いてIDEO Tokyoを選んだのですか?

野々村:トヨタに勤務する中で、いずれひと段落したら、海外に身を置き、一歩引いて客観的に自分自身を見つめ直したいと考えていました。ハーバード・ビジネススクール(以下、HBS)に行ったのはその手段のひとつとして、手っ取り早いと思ったからです。

IDEOで働くことになったのは、たまたまIDEOがHBSにリクルーティングに来ていたのがきっかけです。IDEOのゼネラルマネージャーが書いた本『発想する会社! 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』(早川書房)を読んだことがあって、軽い気持ちでIDEOの面談を受けに行ったら、自分が今まで受けた面談の中で、一番面白かったのです。同時にものすごくウマが合いました。

―― 面談のどんなところが面白かったのですか?

野々村: IDEOの面談では、いきなり、「新しいテクノロジーを駆使しているのに、それほど人の行動を変えていない物は?」と問われるところからスタートしました(笑)。そこで、家を出る前に写真の整理をしていたので、ふとデジタルフォトフレームが浮かんだのです。デジタルフォトフレームっていろいろな商品が出回っているけれど、日本ではいまひとつ人々の生活に溶け込めていませんよね。それについて、IDEOの面談担当者2名と僕の3人で、ひたすら30分ほど、そのプロダクトやテクノロジー、人との関係性について話し込みました。そのとき、どうすればデジタルフォトフレームが人の行動を変えることができるか?といった意見を言い合うのが、ものすごく楽しかったのです。そこからトントン拍子にIDEOのいろんな役職の人と話をして、HBSの夏休み中インターンをすることが決まりました。

IDEOの米国オフィスでのインターンも経験し、あるテック企業の新技術を今後どのように展開して、どんなインパクトを起こせるか?というテーマで進行中のプロジェクトにいきなり参画しました。隣のデスクにはグラフィックデザイナー、反対側の席には建築家や工業デザイナーがいるというクリエイティブ職の世界にいきなり入ったわけですが、これまでトヨタにいた僕としては、かなり刺激的でした。学生時代の柔軟な発想が呼び覚まされたような感覚がありましたね。

日本企業にはそもそも「デザイン思考」があった?

東京・表参道にあるIDEO Tokyoオフィス。打ち合わせスペースではリラックスした雰囲気でミーティングが行われていた。

―― IDEOが用いる「デザイン思考」を日本でどのように解釈しようと考えましたか?

野々村:入社当時の7年前は、「デザイン経営」を求める市場が日本にあるのかどうかも分からなかったのです。ただ、当初から“餅は餅屋に” というふうにビジネスとクリエイティブを分けて考えることにはとても違和感がありました。同時にヒト中心の発想や「デザイン思考」のような考え方が広く用いられるようになり、ビジネススクールでもちょうど必修になったタイミングでした。いろいろなジャンルやバックグラウンドを持つ人たちと一緒に何かができる共通のアプローチだと最初は捉えていました。

―― ビジネスとクリエイティブを分けて考えないというのは、FINDERSの目指すところでもあります。

野々村:年配の経営者や役員の方には共感いただけるのですが、「デザイン思考」を突き詰めると、その昔、日本の企業がやっていたことに近いと感じるようになりました。いろいろな起業家の著述を読むと、戦後、日本でビジネスを興していた人たちが、リソースも何もなく、正解も分からない中で、チャレンジ精神を持っていろいろなことにとトライしてきた歴史があるからです。

そう思うと、「デザイン思考」自体は、日本にとって実はそんなに新しい話ではないのです。本でも書きましたが、振り子の要領と同じです。「作り出す時代」と、その後の「回していく時代」がある中で、日本は長い間、先人たちが作ってきたものを少しずつ改良していくことにかけては、おそらく世界一でした。時を経て、再び振り子が戻ってきただけなのです。ただし、この振り子のスピード感は今後急速に速まっていくので、その捉え方は少し変えていく必要があると思います。

―― 「デザイン思考」の基本として、「見て、考えて、作って、試して、伝える」という5つのステップを提示していますが、これは実際にIDEOでクライアントに対しても用いる手法なのですか?

野々村:これは、僕なりに「デザイン思考」をひも解いたかたちを5つのステップにして分かりやすくお伝えしようと考えました。ただ、大きな組織であればあるほど、「デザイン思考」を実践するのは難しいものです。一番重要なのは、それがなぜなのか?という問いかけです。たとえば、「見る」ステップにおいて、視察に行ったり、いろいろな人にインタビューしたりしたとします。そこから得た気づきが、直接アイデアにつながっていないことをどう説明すればいいか、そもそもなぜそれが難しいのかということに、考え方の枠組みを変えていくシフトが潜んでいると思うのです。

静まりかえった日本の会議からはチャレンジ精神、新しい発想は生まれない

―― 日本企業の会議は静かすぎて、海外の人が見ると異常に映るという話もありますね。野々村さん自身は、IDEOの海外拠点のミーティングで刺激を受けたことはありますか?

野々村:何度か出席したことがありますが、確かに日本企業の役員会議はかなり静かでした(笑)。その点、IDEOの役員会議は論争なのかブレストなのかわからない感じで、とても刺激的です。必ず新しい視点を得られるので、インスピレーションの源泉のひとつになっていて、会社としてもそこに価値を置いています。700人弱の小さい会社ですが、それぞれが興味のあるテーマについて、社外で意見を交わす活動をする人も多いのです。

たとえば、東京オフィスのメンバーの1人は、マーケティングの観点でグローバル集会に参加し、世界中で起きている話をいろいろな視点を持って話し合っています。「put it out there.(意見を外に置いてこい)」というカルチャーがあって、社外の人とアクティブに話をする場をインスピレーションの宝庫と捉え、そこに価値を見出しているのです。

―― さまざまなイノベーションを起こしているAppleやGoogleなどでは、次につながるような上手な失敗をすることに長けていると言われています。その視点だと、会議でまずは何でもポジティブに捉えて、挑戦する姿勢が重要ですよね。

野々村:もちろん、話し合っても答えが出ないことは多くあります。でも、少なくとも次のステップに向けた何かしらの示唆は得られるはずです。「問いかけ」は行動して初めて価値が出るものです。その結果、失敗したことに関しては「学び」と捉えることができます。そういうことを自分にも許し、会社も奨励していくべきだと思います。僕らは「celebrate(祝福する)」と読んでいますが、やってみてダメだったことに関しては、チャレンジ自体を称賛することを大切にしています。そうすることで、次にチャレンジする人の励みとなるいい循環を作ることが大事なのです。逆に批判的な文化がベースにあると、それを恐れてチャレンジする人もいなくなりますよね。

――「日本の会議はお通夜」と揶揄されるのは、「バカだと思われたくない」「協調性がないと思われたくない」といった理由で発言を控える風潮もあると思います。会議での「問いかけの力」は、日本企業に欠けていると思いますか?

野々村:それはすごく思いますね。会議で発言しにくい風潮は、会社内でしか存在しないのではなく、学生時代からありますよね。日本の教育では、多様な答えよりも、模範的な行動やひとつの正解を導くことが重視されてきました。その点は圧倒的に欧米とは異なります。

HBSの学生の中で、留年するのは大体外国人留学生だと言われています。なぜつまずくかと言えば、HBSではすべて発言力で評価されるからです。同じクラスに90人の生徒がいて、みんなそれなりに優秀なバックボーンを持つ人たちが揃っているのですが、毎日、その中で自分の視点や考え方をさらさないといけないので、慣れていない人にはすごくハードルが高く感じられることもあります。

―― 日本の企業はアウトプットばかりに気を取られて、論理的に考える“企業病”があると本書で指摘しています。それよりも、「本質を捉えてより良い問いを設定するデザイン思考が重要」ということですが、これについて詳しく教えてください。

野々村:「論理的思考」は「デザイン思考」の対極に置かれることが多いですが、本来は両方押さえるべきなのです。ただし、日本ではここ30年ほど、「論理的思考」に偏ってしまった観はありますよね。その顕著な例は就活です。就活の時期が近づくと、対策のために論理的思考に転じなければならなくなります。でも、実際に社会に出てみると、物事の軸はどこにあるのか、元々はどこから出てきてどんなことにつながっているのか?といったデザイン思考的な話が求められるようになります。

そこからクリエイティブな発想やイノベーションを求められても、「振り幅を狭めろ」と言われていたところに、いきなり「振り幅を広げろ」という対極の話をされるのですから、戸惑うのも無理はありません。そうした文脈の中で、非連続で新しい発想を出したり、人に寄り添って何かを作ったりするために、デザイン思考というアプローチが用いられ始めているのだと思います。

―― 欧米では、解がひとつではない「問いかけ」によるコーチング教育が行われていますよね。

野々村:そうですね。HBSでは、最初は僕も慣れなくてつらかったのですが、自分の意見を言う訓練をすることで、議論が前に進むようになります。このとき、学校からよく言われたことは、「議論を後ろに進めるな」ということでした。教室内の議論を後退させると、最低評価が付いてしまうのです。だから、「どんなことでもいいから、とにかく建設的に前に進める発言をしろ」というのです。それが意見でも質問でも、ものの見方についてのコメントでも何でもいいわけです。

正解のない時代に大切なのは、仮説を立てる力

――「正解のない時代」に、ほかとは違うアイデアを作るという点で、IDEOの「デザイン思考」は近年、よく引き合いに出されるようになりました。本書に書かれているような「0→1を生み出す発想」をするときに、どんな視点を持てば、ほかと差別化できるアイデアを生み出せるのでしょうか?

野々村:さまざまな案件を通じ、悩めるイノベーターが増えてきたなということは実感しています。破壊的なイノベーションがいいか、改善的なイノベーションがいいのかといった話は、どっちがいい、悪いではないと思っています。ただ、いろいろな企業の方からよく耳にするのは、「これは破壊的イノベーションじゃないから意味がない」という論調です。本来のイノベーションとしての意味合いではなく、過去の工業社会の均一化の方に話が戻っていると感じます。

小さいチャレンジでも何でも、少しずつ自分の中でイノベーションを起こして、それをやり続ける人が増えて、社会全体が何かを作り出す方向に舵が向いていくことに意味があると思っています。だからむしろ、そこにダイバーシティがあるかどうかが大切です。

ワークスペースでは、座りっぱなしで作業している人がいないのが印象的。

―― IDEO Tokyoという組織として、本国とは違う日本にローカライズしたアプローチやコミュニケーションが必要だと考えていますか?

野々村:IDEOでは、各国のスタジオで自分たちのミッションを持っています。IDEO Tokyoに関しては、「変化の触媒」がキーワードとしてあって、前提として自分たちがすべてを変えられるとは思っていません。クライアントビジネスとは言っても、実際に変化を起こしていくのはあくまで企業や起業家なのです。その行動を起こすきっかけ作り、お手伝いをするのがIDEO Tokyoの役目だと考えています。

もちろん、僕たち自身も進化しないと説得力がないですから、IDEOの組織自体も目まぐるしく変化を続けていて、中にいる人も変わるし、IDEOが手がける事業も多ジャンルに増えています。コンサルティング業がベースですが、それ以外にも社内ベンチャーとして、ベンチャーキャピタルやIDEOのノウハウを開示するオンライン・プラットフォーム「IDEO U」の運営、おもちゃの企画に特化したToy Labなど、さまざまな事業を持っています。

―― おもちゃの発案は柔軟な発想を要しますね。本書では、企業がよくやるマーケティングリサーチでは相対的な結果しか出ないから、それよりも個人の意見やストーリーを重視したり、時にはアンチに意見を聞くことが飛び道具としては効果があるという話もありましたね。

野々村:マーケティングリサーチに関しては、検証するものがあることが前提なので、そこからまったく新しいアイデアが生まれる確率は低いと思っています。実際、アンケートをとってみると、結局、何となく思った通りの結果しか出てこないものです。それは、担当者である自分自身がある程度そのコアな部分とつながることができているからそう思えるのです。

正解のない時代だからこそ、未知のニーズや顧客があると仮説を立てたときに、どう考えればいいのか?ということになると、アンケートでは未来の予測は難しいのです。5年後を想像することは難しいし、5年前を振り返っても、今日起きている事象を想像できなかったことが多いですよね。今後、予測ができない間隔はもっと狭くなり、予測のハードルはどんどん高くなっていくでしょう。その中では、主観で考えて仮説を作るしかありません。

なぜアンチの意見が役立つかというと、ものの見方が明確だからです。たとえば、「死ぬほどこのペットボトルのデザインが嫌い」ということであれば、その明確な理由としていろんな話が出てくるはずです。それが個人的なエピソードだとしても、着想のヒントや参考になることが出てくる場合があるので、価値ある話なのです。

新しい発想が出ないのではなく、発想を出せる環境がないだけ

―― 企業の中では、面白いアイデアを持っている若い人はたくさんいるのに、年功序列という悪しき習慣の中で、年配の人と話が噛み合わない、といったことも多いと思います。せっかくいいアイデアやビジネスの芽があるのに、なかなかそれが育たない土壌についてはどのように考えていますか?

野々村:日本ではよくある話ですが、今起きている現象としてすごく感じるのは、結構な確率で、若手が見ている世界は正しいということです。なぜなら若い世代ほどユーザーに近いし、感度も高く、新しいことをいろいろ取り入れているからです。

本来、ビジネスを円滑に進めるのであれば、若手とうまく縦のつながりを強めなければいけないはずです。IDEOの年配のパートナーはよく、「経営者の仕事は、社内の一番いいアイデアが自分の元にちゃんと流れてくる仕組みを作ること」と言っていますが、本当にその通りだと思います。

そうした若手の感性やアイデアをどんどん広げていくためには、組織の中で決定権がある人の共感力が必要です。一方で、生活やライフステージは年齢とともに変わっていくもので、その溝は絶対に生じるものです。大事なのは、その溝をどう補完するのかという話で、20代のリバースメンターを取り入れる経営者もいるほどです。

オフィスといえばデスクがひしめくイメージがあるが、IDEO Tokyoオフィスでは何もない余白のスペースも設けられている。

―― それは画期的な試みですね。

野々村:実際取り入れたときの効果はすごく高いと聞いています。IDEOに入社した当初、感じたことは、さまざまなパートナーがたくさんオフィスにいたので、「年齢不詳の人がたくさんオフィスにいるな」ということでした。それこそ創業当時からいる年配のパートナーは、若者ばりにインスタをやっていて驚きました(笑)。

シニア世代である自分の親に置き換えても、若者を完全に理解するのは難しいとは思います。しかし個人の感度や取り組み方次第で共感していく努力はできます。アイデアがスムーズに流れる仕組みになっているかどうか、そのためにどんなことができるのかということは、実は本格的に考えないといけない問題です。結局は、「発想が出ない」のではなくて、「発想できる環境がない」という話だと思います。

―― 昔の日本企業ではできていたことが、近年の企業にはできなくなっている背景として、コンプライアンスやルールで縛られている部分があると感じます。新しいニーズを掘り起こすことを会社の制度や上司にどのように働きかけていけばいいと思いますか?

野々村:特に日本では、基本的に組織のガバナンスは、「会社が黙っていると社員は何か悪いことをするだろう」という性悪説で成り立っていることが多いので難しい問題ですね。少数の人間がやる不正対策のためにすべて制度で固めたがるのが日本企業です。昔の企業は、“社員は家族”という意識があったので、ルールがゆるい時代がありました。そもそも社員を家族と置き換えれば、縛り付けることはしないと思うのです。

IDEOには、「許可を乞うのではなく許しを乞え」という不文律があります。たとえば、「こんなことをやってもいいですか?」と上にお伺いを立てると、多くの場合管理職は「それは難しいんじゃないか」ということになりますよね。でも、事後報告で「すみません、やっちゃいました」と言うと、「それなら仕方ないよね」という話でおさまるという(笑)。結果オーライではありますが、クリエイティビティを組織として大切にするのであれば、こうした余白の持ち方は、経営スキルとして必要だと思います。

オフィスの一角にある作業スペース。通常のプリンター以外に、3Dプリンターも設置されている。

―― 働く人の「勝手にやっちゃう能力」と企業側の「黙認力」が余白を生むということですね(笑)。本書には、「問いかけ」に対して自分なりに考えて、さらに「問いかけ」で返すことで、議論が深まるということが書かれていますが、何気に創造力を要しますよね。

野々村:よく「質問返しはするな」と言われますが、それは、ただ単に質問者が面倒くさがって、思考停止しているだけなのです。「こっちは答えが欲しいんだから、さっさと答えてよ」ということを言い換えているわけです。

IDEOの中で何か面白い問いかけが出てくると、「面白い質問だね」とか、「Oh! That’s a sexy question.」といった反応が返ってきます。答えそのものよりも、質問者のチャレンジ自体に魅力を感じているのです。前提にあるのは、新しいものを作るのは楽しいということ。

もし新しいものを作る話し合いをするならば、より良い問いかけ、面白い問いかけはすごく魅力的に感じるはずで、そこに必要なのは、その質問をいかに面白がれるかどうかです。“創造欲求”は、本来は人の深い部分に根ざしたものです。今後は特に教育によってその能力を育めるかどうかは、日本にとって大きな分岐点だと感じます。

―― 野々村さんの著書には「実は日本は海外から見るとインスピレーションの宝庫だ」ということが書かれていました。たとえば、日本の殺伐とした風景一つを取っても、単に批判で終わらず、5つぐらい問いかけをする訓練は「クリエイティブ脳」を鍛えるのに有効ということですが、野々村さんご自身やIDEOのメンバーも実践していることなのですか?

野々村:そうですね。東京はインスピレーションの宝庫なので、みんな日本が大好きで、海外から赴任すると東京オフィスから動きたがらない社員もいるほどです。それから、日本のクライアントと話をしていて感じるのは、みなさん情報の引き出しの量が非常にたくさんあるということ。しかも、何かを始めたときの凝り方がすごい人も多い。だからこそ、日本ではいろいろなカルチャーが育つのだと思います。

―― 最後に、この本の最後の言葉にもある“問いかけ”「聞かせてください。そのたった一度のワイルドな貴重な人生をあなたはどのように生きるつもりですか?」を野々村さんにぶつけてみたいと思います(笑)。

野々村:トヨタみたいな大企業にいたときは、10年後はこんな生活を送っているだろうなと、漠然と見えていました。でも、僕としては、将来の可能性をできるだけ広げたいという思いがあって、大企業から飛び出した部分があります。今は逆に、この先のことは想像もできないですね。でも、不確実な環境の中では、自分や仲間たちと一緒に作っていくことができるし、どんなチャレンジができるかということを自由に話し合えるので、今はそれ自体が生き方になっています。明日や半年後、1年後といった未来は自分たちで作るしかないのだと実感しています。

―― この変化の激しい時代に、チャレンジを続けてワイルドな人生を送っていくということですね。ありがとうございました。

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