ITEM | 2018/10/15

「遊ぶように働く」は未来のキーワードではなく、この会社で既に実現している【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

中小企業は「多品種少量生産」ができなければダメ

「遊ぶように働く」という考え方が未来の働き方のキーワードとして浸透しつつある。山本昌作『ディズニー、NASAが認めた 遊ぶ鉄工所』(ダイヤモンド社)は、「遊ぶ」とは到底縁がなさそうな鉄工所で、どのようにそれが既に実現されているか紹介されている。

著者はHILLTOP株式会社(以下ヒルトップ社)代表取締役副社長で、ディズニー、NASA、ウーバー・テクノロジーズなどといったビッグネーム相手とも取引のある自社のことを「夢工場」と呼んでいる。

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ヒルトップのビジネスモデルは、従来のものづくりとは一線を画しています。
鉄工所でありながら、
・「量産ものは、やらない」
・「ルーティン作業はやらない」
・「職人は、つくらない」
といった型破りな発想を実現しているのが、ヒルトップの「夢工場」です。(P3)

上記三点のキーワードを順に説明していこう。まずは「量産はしない」という点だ。よく知られているように、Amazonはニッチな売れにくい商品を多数取り揃えることでその強さを保持している。商品をつくる側のヒルトップ社にとっても同様の戦略的意図はあるものの、多品種少量生産のより重要な意義は社員ひとりひとりのモチベーションの向上と視野拡大だという。

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「自分たちの技術はこの範囲にしかない」「自分たちの得意分野はこれだ」と決めつけていると、目の前にあるチャンスを逃してしまいます。なぜなら、チャンスは、「ストライクゾーンから少し外れたボールゾーン」にあるからです。 (P56-57)

まだ誰もその価値に気づいていない「ボール球」にすすんでバットを振ることができるかできないかは、日頃の鍛錬が必要だ。ヒルトップ社は「これでいい」という利益よりも、「これがやりたい」と社員が思える価値観を日々追い求める。そうすることで、会社全体の利益と守備範囲は自ずと拡大していくのだ。

常に変化するためには、「自分だけができること」をまわりに広めればいい

次は「ルーティン作業はしない」と「職人は、つくらない」という点だ。ヒルトップ社は自社で「誰でも簡単にプログラムをつくれるプログラム」を考案した。実際、新入社員は入社半年で早速プログラム開発を任せられるそうだ。新規受注は納品まで最短5日、リピート受注は最短3日で、従来の常識では考えられないスピードだという。ノウハウやマニュアルがどんどん蓄積されて、社員が「しない」「つくらない」でも大丈夫なことが増えていくのだ。

このようにして「同じこと」の繰り返しを減らすと、常に仕事も自分も変化していくことになる。

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仕事を楽しみたい、知的作業をしたいなら、職人としてのノウハウや能力を一度、全部捨てるべきです。
捨てるとは、データ化する、企業内にデジタルとして落としていく、マニュアル化することです。(P95)

従来のように「自分にしかつくれないものをつくる」という職人ではなく、自分にしかつくれないものを「皆がつくれるようにする」というのがヒルトップ社の職人で、そうなるためには周囲とのコミュニケーションが不可欠だ。著者はかつて「職人」と呼ばれる人々と関わる中で、勘に頼っていて釈然としない言葉の数々に疑問を持ち続けてきたという。そして、それを他人に伝え、定式化できてこそ一人前なのだという考えが形成されていったのだ。

臨死体験から学び取った、「後悔しない人生」を送る秘訣

そうしたコミュニケーション重視の方向性は社員のちょっとしたやりとりにも現れる。「とりかえしがつかないレベルの失敗を何度もしてきた」と語る社員のインタビューでは、入社式の日に電車に乗り待ちがえて遅刻するという、(一般的に見れば)最大級の失敗をした時の経験をこう振り返っている。

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「ところが、あわてて会社に電話をすると、怒られるどころか、心配してくださったんです。『怖かったやろう。大丈夫やで』って。先輩のその一言に救われました。
今も失敗ばかりしていますが、怒られることはなく、『こういうふうにしたらいいよ』と励ましてくれます。」(P161)

誰にでも失敗はあるとはいえ、入社式に遅刻というシチュエーションは想像するだけでも冷や汗ものだ。たしかにそのように対応してもらったら、「この会社のために頑張ろう」といったモチベーションにきっとつながるだろう。

ヒルトップ社のこうした方針はどのように形作られていったのだろうか。2011年に社内の火事で大火傷をしたがなんとか生還し、「死」の間際まで近づいた著者は「生」を見直した。それは自分だけでなく他人の「生」に関しても同じで、人材採用のやり方も変わったという。

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自分で全部できると思ったら、それ以上、会社は伸びません。
自分よりできる人を使えるようにならないと、会社は成長しません。
したがって、「自分にはできないことをできる人=自分よりも能力が高い人」を採用する必要があるのです。(P203)

「どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては」という本田宗一郎の言葉が本書で引用されているが、著者は自他の境界をできるだけ撤廃して、自分が憧れるような才能を持つ人と働きたいと思うようになったのだ。

常識にとらわれない鉄工所・ヒルトップ社の生き様が収められた本書は、自分の働き方を見直したい方、これから事業を始めたい方、経営者の方、採用担当者の方など、立場によってそれぞれ違う面白さを見出だせる一冊だ。