CULTURE | 2023/05/12

「コンビニのおむすびは買わなくなった」心も身体も満たされる「東大学食」に教授、学生が集う訳

【連載】 Dining into Tokyo 東京をもっと面白くするプロデューサーたち(1)
食を通じてあらゆる人が集...

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【連載】 Dining into Tokyo 東京をもっと面白くするプロデューサーたち(1)

食を通じてあらゆる人が集い、憩いの場となるダイニングスペース。そこには、独自の存在感を放つ飲食店だからこそ生まれるカルチャーやコミュニティがある。

仕事にしろ、遊びにしろ、大部分がオンラインで可能な現在。一方で、リアルな人との出会いやセレンディピティを創出する場として、今こそ街にあるさまざまなダイニングスペースに注目したい。そこはきっと、胃袋だけでなく、心も満たされ、新しいものが生まれるきっかけや根源となるはずだ──。

連載第一回目は、昨年10月に東京大学駒場キャンパス内にオープンした「食堂コマニ」にお邪魔した。この学食をプロデュースしたのは、バブル絶頂期にオープンし、クラブ・シーンの幕開けとなった伝説のクラブ「芝浦GOLD」や丸の内のコミュニティ創りをテーマにした「MUS MUS」「来夢来人」を手掛けた、テーブルビート代表取締役の佐藤俊博氏。

佐藤氏と一緒に「食堂コマニ」をディレクションしている玉田泉氏と共に話を聞いた。

取材・文:庄司真美 写真:グレート・ザ・歌舞伎町/一部写真FINDERS編集部

人が集まり、イノベーションを生み出す“ダイニングラボ”構想

学生や教授陣だけでなく、近隣の人から世界中の研究者まで幅広い人が訪れる東大駒場キャンパス。そもそもは大学によくある普通の食堂だったところを新たにリニューアルしたのが、「食堂コマニ」である。ダイニングスペースに研究のエッセンスを取り入れたコンセプトで、イノベーションを促し、コミュニケーションが生まれるようなプラットフォームを目指したという。

食堂コマニ内の様子(撮影:FINDERS編集部)

玉田:東大の生産技術研究所(以下、生産研)の方たちと、食堂が面白くなれば日本の未来も変わるよね、という話から始まりました。東大には将来を担う優秀な人材が数多くいて、意味のある場所であるべきという考えから、最初は日本の食文化を伝える学食を目指すことになったんです。そこからさらに発展し、学食を“ダイニングラボ”として、大学の研究者たちや学生、関係する様々な方々とのコミュニケーションが生まれるような新しいプラットフォームを作ることになりました。

そうしてでき上がった「食堂コマニ」のコンセプトは、「つながる学食」「学べる学食」「東大の技術が活かせる学食」の3つ。

まず、日本の地域や人と人とのつながりを大切にすること。そして食堂を通じて日本の食をはじめとする、さまざまな文化や地域の素晴らしい生産者について学べる場を提供すること。さらに、東大が持ち得る知恵や技術を活用する機能も学食に取り入れていく。

玉田:東大の生産研には研究室が100くらいあるのですが、意外と横のつながりが少なく、ここで研究者同士がつながったり、小さい実習実験の場になったりしたら面白いということで、“ダイニングラボ”の構想が生まれました。普段はなかなか話せないような所長や教授たちと気軽に話せる場を作ることで、ただ単にごはんを食べに来るだけでなく、偶発的で自然な出会いが起きたり、何か新しいものに触れられたりするような場所を目指しました。

実際、学食内を見渡すと、食堂の椅子やテーブル以外に、全研究室を紹介する棚やモニターが見える。その前面には、カジュアルなキャンプチェアやローテーブル、座敷席も備えられている。

(左手前)キャンプチェア、(左奥)座敷席が備えられている(画像提供:食堂コマニより)

ここは主に、あらゆる分野の研究者や先生たちによる、ランチ中のプチトークイベントやイブニングセミナーに活用されており、ランチタイムコンサートなども開催されている。

食にまつわる研究や書籍が紹介されている

食堂コマニで提供されるメニューのベースとなっているという『日本の食生活全集』シリーズ

日本各地の厳選食材でつくる最上の日常食

気になるメニュー構成だが、食堂らしくシンプル。日本の食文化や発酵食を取り入れた、奇をてらわないごはんと味噌汁の定食が中心だ。日本人の原点や基本に立ち返ったコンセプトであり、定番かつ一番人気のメニューは、おむすび定食だが、よくある安さが取り柄の学食と思ったら大間違いだ。

定食は、鶏の唐揚げや照り焼きとつくねのわっぱ飯、しらす丼、まぐろ定食など豊富なラインナップ(取材時の一例)。一見すると普通の定食屋のメニューでありながら、食材の多くはオーガニックで、厳選された無添加の調味料を使用するという贅沢さ。

わっぱ飯定食 (1000円)(撮影:FINDERS編集部)

食堂が運営するTwitterアカウントにて、その日のメニューが確認できる

カエルやトンボなどがいるような豊かな田んぼで育てられ、天日干しされた有機栽培米のほか、京都の有名料亭が使う奥井海鮮堂の昆布を使用し、3時間かけて出汁を取っている。また、豚肉は山形庄内の杜夢豚、シラスは和歌山の老舗ブランド「山利」のもの、といった具合に、本当においしい上質なものへのこだわりが随所に感じられた。

玉田:私も農家さんのところに手伝いに行って初めて知ったのですが、普通のお米は刈り取ったら24時間稼働するボイラーで一気に乾燥させて、すぐに出荷されます。天日干しの場合、雨にさらされながら、風で飛んだら拾い集めることを繰り返し、20日くらいかけて干すから、ものすごく手間がかかるんです。そんな説明をすると、学生さんたちはみんなびっくりするし、おいしいと言って食べてくれますね。

青菜と鯖が入った季節のおむすび、人気の鮭おむすびと豚汁の定食(950円)(撮影:FINDERS編集部)

自然農法にこだわった野菜や味噌を使用した、人気の豚汁には皮ごといろんな野菜が入り、季節ごとに変わる。オリジナルで作った京都長文屋の七味が良く合う(撮影:FINDERS編集部)

人と人の良縁を結ぶといった意味を持つ、食堂コマニの“パワーフード”とも言えるおむすび。単品は250円から (撮影:FINDERS編集部)

結果、学食は連日大人気で、違いのわかる教授たちをはじめ、学生たちからは、「コンビニのおむすびは買わなくなった」、「食堂コマニのごはんを食べていると体の調子がいい」などと好評だ。

一方で、「食堂コマニ」ではケータリングにも対応。来日中のレット・ホット・チリペッパーズやスティング、ハリー・スタイルズ、ボブ・ディランのスタッフへのケータリング実績があるというからすごい。海外セレブたちが求めたのは、由緒正しい本物の日本食。そこで選ばれたのが「食堂コマニ」だったという。

調味料はすべて無添加。出汁には昆布やイリコを使用するほか、出汁ガラを利用してこだわりの調味料で佃煮が作られる。そのためフードロスも少なくて済む。

ここまで厳選食材にこだわれば、当然原価は高く付くが、それ以上に大事にしたいものについて話す佐藤氏。

佐藤:確かにこの食堂では、温泉水も飲み放題で、それをフリーで出しているところなんてほかではないと思います(笑)。でも、正しいごはんを出すことが大事で、原価率は高くてもいいものを出したいという思いがあります。そして食事をするだけでなく、ここに来たら誰かに会ったり、生産者について知ることができたり。いろいろあって落ち込んでいても、おいしいごはんを食べたら元気になったり。お腹を一杯にするだけではなく、心も満たせる場所が大学にあったらいいですよね。愛情を込めた手作りの温かいごはんは、まるでお母さんが子どもに作ったようなメニューであり、それが究極のご馳走だと思うんです。

お腹も心も満たせる食事を提供する厨房のみなさん

東大の医療研究に基づいたメニューも

一方で、エビデンスのとれた医療研究と「食堂コマニ」がコラボレーションしたメニューが誕生しつつあるのも、ここならではだ。

玉田:東大の研究で毛細血管の前にある受容体を守る食材としてエビデンスがとれたものがあって、そうした食材を用いた定食を作る計画もあります。実際に3週間ほどかけてこの定食を食べてもらうテストをしようと考えています。それから20歳になる学部生たちに向けて、初めて飲むお酒がものすごくおいしい日本酒だったらいいなということで、新潟などの産地と組んだプロジェクトも考えています。こういった学ぶ機会が少ない食育や酒育を学食で担うことができればいいですね。 

玉田:食育はそもそも、フランスにアメリカのファストフードが入り始めた40年くらい前に、食文化の崩壊を恐れた三ツ星シェフたちが、小学校などに定期的に調理しに行ってフランス料理を食べさせる働きかけをしたのが始まりです。

日本でいえば、伝統的な味噌や調味料や郷土料理を小さいうちから教えたいということで食育が叫ばれるようになった背景があります。昔は三世代が一緒に暮らす時代があって、子どもたちはお母さんやおばあちゃんのお手伝いしながら料理をして、地元の食材や畑が周りにある環境がありました。現在は核家族化し、だんだんそういう環境がなくなってきていますよね。 

日本の四季に沿った旬のものを食べることが、本来は理にかなっていて、親が子どものために作るのが基本です。だからこそ地域の生産者や地域の親たちが子どものために作るような給食を提供する事業を今後、展開できればと考えています。

また、「食堂コマニ」から派生した給食として、多くの学校をはじめ、高齢者施設での展開も視野に入れているという。

佐藤:東大には学内ベンチャーも多くあって、体にやさしい発酵食の定食で体調が整えば、そこから人はもっとクリエイティブになれるんだと思います。こうした健康食を高齢者施設にも展開することで、人生100年時代といわれる今後、施設の食事がものすごくおいしかったら理想的です。もちろん、原価や人手を考えれば理想と現実のギャップはありますが、急速冷凍できる最新の設備を整えて手軽に提供できる仕組みを作れば、小学校や老人施設への展開もできます。個人的にはディスコ付きの老人ホームがあったらいいなと思いますが(笑)、体に優しく本当においしいごはんが食べられる食堂があれば、落ち込んでいてもまた元気になって頑張れる。それこそ、本来のウェルネスなのではないでしょうか。

胃袋や心を満たすだけでなく、知と知の出会いを創出し、勉強会や音楽ライブまで開催される多様な場として機能する「食堂コマニ」。

一見、普通の定食のようで、蓋を開けてみたら、使われる食材も水も調味料も料亭レベル。基本的な食をきちんと体現した質の高い定食を軸に、産地の食材との出会いがある。

利用する人をあらゆる意味で豊かにする「食堂コマニ」から発信されるさまざまなトピックスに今後も注目したい。


食堂コマニ 公式Twitter