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ナノの世界で見つけた大発見とは?—東京都立大学 理学部物理学科 中西勇介助教
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  • 2022.10.25
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ナノの世界で見つけた大発見とは?—東京都立大学 理学部物理学科 中西勇介助教

極小の「ナノ」の世界で、新物質を生み出すことに成功した科学者がいる。東京都立大学理学部物理学科助教・中西勇介さん。「遷移金属カルコゲナイド(TMC)」と呼ばれる物質から、太さが原子3個分という極細の“ワイヤー”を作り出すことに世界で初めて成功した。実用化されれば、電子デバイスの小型化や省エネ化などが大きく進む可能性を秘めている。「誰も見たことのない新物質を生み出したい、誰よりも早く見つけたい」——。そう話す中西さんの研究室を2022年1月に訪ね、最新のナノ科学の世界を覗かせてもらった。

原子3個分の太さの「ナノワイヤー」

東京大学本郷キャンパス。東京都立大学助教の中西勇介さんが案内してくれたのは、工学部9号館の地下にある顕微鏡室。合成に成功したという新物質を見せてくれた。

巨大な電子顕微鏡で覗くのは、100万分の1ミリメートルというナノサイズの世界。新物質の試料をピンセットで管の先端に入れ、顕微鏡に差し込んで真空にする。手元のダイヤルをかちゃかちゃ回し、ピントを合わせていく。

手元のダイヤルを回して、ピントを合わせていく

すると、モニターの画像が次第に鮮明な像を結んでいく。「これが、いわゆるナノワイヤー。原子細線と呼ばれる、究極に細い物質です」と言う中西さんの目線の先には、髪の毛のように細い線。

これが、中西さんが世界に先駆けて合成に成功した「遷移金属カルコゲナイド(TMC)」のナノ物質。直径は、わずか原子3個分だという。

電子顕微鏡で捉えたナノワイヤー。白い点は原子だ(提供:中西勇介さん)

ナノの世界で新物質が生まれる

物質は、ナノレベルにまで小さくなると、全く違う性質が現れることがある。

有名なのが、ノーベル物理学賞の受賞対象となった炭素素材「グラフェン」。鉛筆の芯にも使われるグラファイト(黒鉛)という物質は層状の構造で、原子1個分の厚さに剥がすと、性質が変わる。非常に強くしなやかで、電気や熱をよく伝える新物質「グラフェン」となるのだ。グラフェンはシリコンや貴金属よりも小さな電子部品の次世代素材として注目され、その実用化に向けた開発が競われている。

TMCは、金属元素の一種である「遷移金属」と、金属元素と化合することで鉱物を作る「カルコゲン元素」の化合物。TMCもグラファイトと同様に、ナノレベルの物質になると、よく電気を通す性質などを持つようになり、電子部品の配線素材などに応用されることが期待されてきた。

遷移金属原子とカルコゲン原子の三角形が、組み合わさった構造となっている。構造には「ねじれ」も観察され、その性質からナノサイズの電流のスイッチが作れる可能性もある(提供:中西勇介さん)

しかし、TMCのナノワイヤーの合成は、これまで世界の誰もなし得なかったものだという。空気中で“束”になりやすい性質を持つナノワイヤーを1本だけ独立させて存在させることは難しいとされてきた。そのため、新物質の性質はあくまで理論上のもので、実証はされてこなかった。

中西さんは、「カーボンナノチューブを鋳型、つまりナノメートルサイズの試験管として使うことで、その中でナノワイヤーを作れるようになった」と解説する。

東京都立大学 理学部物理学科 助教の中西勇介さん

ナノ物質を作るには、大きく分けて二つのアプローチがある。一つは、物質をナノレベルまで削っていくトップダウンの手法。もう一つは、元素同士を化合させるボトムアップの手法。トップダウンの手法ではごくわずかなナノワイヤーしか作れず、性質の解明には至らなかった。

そこで、中西さんはボトムアップの手法を採り入れた。円筒状の構造を持つナノ物質・カーボンナノチューブを活用した。

中西さんは言う。

「カーボンナノチューブは直径1〜数ナノメートルの筒状で、中に化合物を取り込み、安定した状態で存在させることができます。小さな筒の中で合成を行うことで、ナノワイヤーを単独で作り出すことに成功したんです」

中西さんはナノワイヤーの原子構造や、予見されていた電気を通しやすい性質などを実証し、2019年、研究成果をアメリカ化学会の学術誌『ナノ・レターズ』に発表した。その研究内容は、世界の科学者を驚かせた。

アメリカ化学会の学術誌『ナノ・レターズ』(中央)。中西さんたちの研究成果はカバーを飾った

「電気をよく通す性質が、電子部品の小型化を進める」

「小さなナノワイヤーの極めて正確な構造を明らかにした重要な実験です」と画面越しに語るのが、中国の西安交通大学准教授のジンイン・チャンさん。リンを使ったナノ物質研究の第一人者だ。

中西さんの研究で注目するのが、やはりよく電気を通す性質だ。半導体の集積回路や電子デバイスの小型化をさらに進める可能性があるという。「TMCナノワイヤーは他のナノ素材よりも、実用化がより期待できる」と語る。

「炭素素材のグラフェンやカーボンナノチューブも電気をよく通しますが、実は原子構造が不均一です。電気を通す金属と、通しにくい半導体の構造が混ざっていたりして、分離して量産化する方法がまだ確立されていません。一方、TMCナノワイヤーはその混在がなく、構造が均一なんです」

中国の西安交通大学准教授ジンイン・チャンさん

中西さんらの研究によって、初めてTMCナノワイヤーは実験的に検証される道が開かれた。その結果、世界中でTMCナノワイヤーの研究が活発になり、国際的な新素材の開発競争が加速しつつある。

ジンインさんはこう期待を寄せる。

「この合成方法を使えば、他の元素を使ったナノワイヤーを合成することもできます。その中で、より有益な性質が見つかっていくかもしれません。画期的な研究成果だと思います」

合成したナノ物質の電気伝導性を計測する実験

実用化につながるナノシートも開発

中西さんの研究も、「実用化」に向けて進んでいる。

ナノワイヤーの次のステップが、平面状の究極に薄い膜「ナノシート」が量産できることだ。

中西さんらの研究チームは、このTMCナノシートの多量合成にも世界で初めて成功し、2020年に前出の『ナノ・レターズ』で発表した。JKAはこの研究で原料を合成する機器の導入を支援している。この研究によってシート状でもTMCは電気をよく通す性質や光に反応する性質を持つことなどが実証され、実用化に向けた応用研究への道も開かれつつある。

TMCのナノシート。上は電子顕微鏡の画像で、網目状のナノワイヤーで形成されている。下は原子間力顕微鏡の画像。一方向にナノワイヤーの向きをコントロールすることもできた(提供:中西勇介さん)

中西さんは、「研究はまだ始まったばかり」だと言う。

「TMCのナノ物質の研究は、基本的な構造や性質、機能が分かるようになり、多量合成ができるようになったばかり。究極的に小さく、非常に小さな電力で動く電子デバイスだけでなく、より効率の良い太陽電池の素材、水素エネルギーを生む新たな触媒にもつながるかもしれません。これから応用研究にも取り組んでいきたいと考えています」

「偶然」が、研究を導くことも

中西さんが、ナノ物質の研究者を目指したきっかけは、大学2年生のころの指導教官との出会いだったという。

ナノ物質「フラーレン」研究の第一人者で、名古屋大学大学院教授の篠原久典さんだ。講義では、世界を相手に一刻一秒を争う新物質の研究秘話が語られた。「情熱的な篠原さんの姿にあこがれた」と、中西さん。篠原さんの研究室で学び、修士課程修了後には研究職として大手化学メーカーに就職した。

だが、1年後には大学に戻り、師と同じ基礎研究の科学者を志す。

「会社の研究だと、どうしても今ある素材や製品を改良し、生活の質を改善する、といったテーマにとどまります。それよりも、誰も見たことのない新物質を生み出したい、誰よりも早く見つけて世界中の人を驚かせたい。そういった想いがありました」

東京都立大学の実験室。JKAの支援で導入された「グローブボックス」という機器。中は窒素ガスが充満していて、空気中では壊れる物質も扱える

世界を驚かせる発見は、思わぬ時に「偶然」訪れる。名古屋大学の特任助教に着任した2017年のことだ。短期留学で訪れていたアメリカの学生に短期間で行える実験課題を課すことになった。

そこで、たまたま合成する試料として、普段はあまり使っていなかった遷移金属のモリブデンとカルコゲンのテルルを、カーボンナノチューブの中で合成させるという課題を与えた。リボンの形をしたナノ物質を作れると仮説を立てていた。

名古屋大学の顕微鏡室。「細いワイヤーができています」という学生の予期せぬ声に、半信半疑で電子顕微鏡のモニターを覗いてみた。映っていたのは、整然と並んだ、見たことのない細いワイヤー状の物質。「何かいるね」。思わず声が漏れた。

発見したのは、40年も実証されていなかった新物質だった。

「最初は、ナノワイヤーの詳しい原子構造は、全然分からなかったんです。それで、より性能の高い顕微鏡を使って観察したり、他の合成方法を試してみたりと、2年かけて多角的に調べていきました。『偶然』から研究を発展させ、どんな物質なのかを明らかにしたんです」

グローブボックスの中で、合成する原料の準備を行う

TMCのナノシートの量産化に成功したのも、きっかけは「偶然だった」と中西さんは振り返る。今度はカーボンナノチューブを鋳型として使わず、基板上に合成する方法を試してみた。

「またいつもと違う条件で試料を合成してみたら、ワイヤー状の物質が基板上にできたんです。これも最初は1、2本見えているだけ。構造や性質を調べて、試料の条件を特定していきました。どうやったら合成できるのか、と。それがナノシートにつながっていったんです」

基礎研究は地道な仮説の検証を積み重ねて行われる。だが、実験結果が先行して、研究の方向性を導いていくこともある。化学の世界では、そんな「偶然」が発見をもたらすことがあると言われる。中西さんも、「あえて、寄り道をすることを大切にしている」と語る。

「もちろん仮説は立てますが、時々ちょっと寄り道をするんです。いつもとは違う元素同士を化合させてみたり、条件を変えてみたり、ですね。そうすると、予想よりももっと面白いものができることがあるんです。そこに発見があるかもしれません」

TMCナノワイヤーの原料を密封した試験管。1000度の高温で化合させる

「ナノの世界は面白い。新物質はまだ見つかる」

TMCのナノ物質の研究で世界をリードする中西さんの研究室では、学生たちもさまざまな遷移金属の合成実験に取り組んでいる。

理学部4年生の古澤慎平さんは、4月から大学院に進学する。卒業発表を間近に控え、実験の毎日を過ごしているところだという。「将来はまだわかりません。でも、ナノ科学はいろんな産業分野で幅広く応用できるので、学んだことを生かすことができたら」と古澤さんは話す。

東京都立大学理学部の4年生、古澤慎平さん

世界の第一線で活躍する中西さんから教わることは、刺激に満ちているという。

「先生は、毎日のように研究のことや、新しいアイデアを考えていて、考えを広げていく発想力がすごいな、といつも感じます。その姿を見ていて、自分ももっと学びたい、研究したいとすごく刺激を受けています」

研究室で学生とディスカッションする中西さん。2年越しに思いついたアイデアを伝えていた

ナノ科学はまだまだ多くの新物質発見の可能性が眠っている分野だと中西さんは言う。その発見こそが研究の醍醐味だと学生たちにも伝えている。自らも師から学んだように。

「ナノの世界は、面白い。元素の組み合わせが膨大で、実用化されている新物質はごくごく一部に過ぎません。これからも実験を続けて、新物質を1つでも多く見つけていきたいと思っています」

極小の世界には、まだまだ未知が大きく広がっている。その未知に向かって、中西さんは好奇心を胸に小さな実験を積み重ねていく。


※撮影時のみマスクを外すご協力を得て撮影を実施しています。

JKAは、競輪とオートレースの売上を、機械工業の振興や社会福祉等に役立てています。

CYCLE JKA Social Actionより転載

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