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EVENT | 2022/10/12

若者にはディストピアよりもユートピアを想像してほしい。慶應SFC×ソフトバンク「デジタルツイン・キャンパス ラボ」シンポジウムレポート【前編】

文:赤井大祐(FINDERS編集部)
慶應義塾大学SFC研究所とソフトバンク株式会社は、5GやBeyond 5G/6G...

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文:赤井大祐(FINDERS編集部)

慶應義塾大学SFC研究所とソフトバンク株式会社は、5GやBeyond 5G/6Gなどの通信技術を活用した次世代の情報インフラを研究開発する場として、2022年6月、慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)に「デジタルツイン・キャンパス ラボ」を設立した。

そして、10月からの本格始動に際し「デジタルツイン・キャンパス ラボ」における取り組みを紹介するシンポジウムが9月29日に開催。慶應義塾大学 環境情報学部の中村修教授、ソフトバンク先端技術研究所 所長の湧川隆次氏を始めとする中核メンバーが登壇した。

前編となる本稿では、登壇者がそれぞれの研究や事業の中で「デジタルツイン・キャンパス ラボ」とどのように関わり、どのような期待をもって取り組みに臨むのかを語った内容をお届けする。また後編では、パネルディスカッションの様子をダイジェストでお届けするので合わせてご覧いただきたい。

慶應SFCの学生がコンプラもプライバシーもデジタルタトゥーも気にしない遊び場を大人たちは作れるか?「デジタルツイン・キャンパス ラボ」シンポジウムレポート【後編】

ラボのコンセプトは「サイバーフィジカルシステム」

「デジタルツイン・キャンパス ラボ」の代表を務める環境情報学部の中村修教授は冒頭の挨拶で開口一番「すごくドキドキしています」と切り出した。

SFCがオープンした1990年。当時ではごく一部の人しか使えなかった高速通信とハイスペックマシンを学生たちが自由に使える環境を構築し、インターネットについての学び、研究をおこなってきた歴史を中村教授は振り返る。安定した通信やハイスペックマシンの個人利用は今でこそ珍しくないが、当時からすればSFCはまさに「未来の情報空間」そのものだった。総合政策学部の初代学部長である加藤寛氏は、学生たちを「未来からの留学生」と名付けた。その言葉の通り、SFCの卒業生たちは「未来」を先取りし、その後社会に出て大きなインパクトを与え続けている。

一方、「32年、国内に先駆けインフラの整備をおこなってきたが、学生にとって楽しく、インパクトのある環境を作れていたかと言われるとそうでもなかったかもしれない」と中村教授は漏らす。しかし今回の取り組みがスタートすることで、「SFCを立ち上げた当初のようなわくわくがまた起きるんじゃないか」と冒頭の「ドキドキ」の理由について明かした。

話は一転して、「どうも最近は、デジタルの話をするなかでユートピアの話が出てこなくて、ディストピアの話ばかり。いろいろな問題があるからこれができない、といったような閉塞感に包まれています」と、中村教授は語る。

たしかに現代のデジタル空間では、プライバシーやデジタルタトゥーといった問題が顕在化し、ユーザーは常にある種の制限をかけられた状態となっている。「ラボでは社会的な問題はさておき、自由に、楽しく、5Gのネットワークを使ったユートピアを“想像”できる環境を作りたいと考えている」。

この3年間、中村教授はソフトバンクと連携し、キャンパス内に独自の5G基地局を設置するなどの取り組みを進めてきた。そしてこの設備を学生や教職員が活用できるように、「デジタルツイン・キャンパス ラボ」が設立されたということだ。

またソフトバンクとの連携はオペレーションにおいても非常に重要であるという。総務省への届け出に始まり、年度ごとの報告、基地局自体の価格など、実際の運用には課題やタスクが山積みとなる。中村教授は「地域WiMAX」での経験を通じて、こういったオペレーションを専門家に任せる、という形がベストであり、なおかつソフトバンクとしてもさまざまな実証実験や大学、外部企業との取り組みを進めていけるWin-Winな関係を構築できたという。

そんなラボのコンセプトは「サイバーフィジカルシステム」。仮想空間の中でシミュレーションをおこない、実空間へと反映していくサイクルに焦点を当てているという。例えば、仮想空間上であれば自動運転車は交通事故を起こすことなく、AIの学習をおこない続けることができるわけだ。「仮想空間での体験がそのまま実空間へと反映され、さまざまな社会課題解決への足がかりとなっていくことを学生たちには肌で感じてほしい」と話した。

ソフトバンクが提供する「地図」と「通信」の価値

次に登壇したのは90年代に自身もSFCに在学していたという、ソフトバンク株式会社 先端技術研究所の湧川隆次所長。

「在学当時、キャンパス内で、誰がどこにいるかを調べるための〈finger〉や、端末情報を取得するための〈ypcat〉、また携帯電話普及以前だったので〈talk〉というコマンドを使って、キャンパス内の友人と「ランチ行こうよ」といった具合に連絡をとりあっていたのを憶えています」。今でこそ誰もがスマホを持ち、LINEなどを使って連絡を取り合うのが一般的だが、やはり湧川氏がSFCで経験したなんてことのない日常も、当時にしてみれば「未来」の出来事だ。

SFCは「実験場としての宿命を持っている」と話す湧川氏。「デジタルツイン・キャンパス ラボ」は、ソフトバンクが責任を持って最新鋭の通信設備とデジタルツインを作る基盤を用意することで、学生、教員、外部企業が自由に参加し、多様な実験の場になっていくことを目指していくという。そうして「新しいことをやる」ことにこそ価値があると強調する。

続いてソフトバンクがSFCのパートナーになった経緯を説明。そもそもソフトバンクは5Gが商用化される前の2019年からSFCにてさまざまな実験をおこなってきた。5Gが次の産業をリードする重要な技術と目されているのは誰もが知るところだが、やはりキャリア以外がなかなか提供できるものではないというのが、理由の一つだ。

また湧川氏は今回の取り組みでも活用する「プライベート5G」について紹介。「町中でスマホを使うようなものがパブリック5G。一方で企業や自治体が独自の5G環境を整えるのをローカル5Gといいますが、やはりかなりの専門性が要求される。そうではなく敷地内でソフトバンクがインフラを整え、使い倒してもらうというのが『プライベート5G』。パブリックとローカルのいいとこ取りです」。

そしてデジタルツインにおいて、もう一つの重要な要素が「地図」だ。この「通信」と「地図」こそがソフトバンクが今回の取り組みに資する大きな要素となる。

「地図」は現実世界とデジタル世界をつなぐ重要なアセット。ソフトバンクは、VR・AR研究や、電波のシミュレーションに用いる「地形・構造物の3Dデータ」、自動運転用マップの素地となる「道路のベクトルデータ」、そしてロボットや車両が自己位置推定するために必要な「点群データ」の3つの地図を提供したという。

またこの地図作りには、NAVERが有するソフトウェアの技術も大いに生かされており、今後もさまざまな手法によって精度を高めていくという。デジタルツインの活用には、これらの地図データの活用と、それを用いた「自己位置推定」が非常に重要になってくると話す。

「我々はさまざまな技術を持っていますが、技術はアプリケーションなどを通じて社会に実装されてこそ意味があるものだと考えています。SFCの学生たちにはこれを色々な形で使い倒してもらいたい。やっちゃいけないことは無いんです。みなさんといろんなヤンチャをしていきたい。そう思っています」。

キャンパス内で実現しつつある自動運転の未来

続いて、SFCから3名の教員が登壇。一人目は政策・メディア研究科の大前学教授だ。主に自動車の自動運転、隊列走行など、「自動運転」にまつわるエキスパートだ。

「デジタルツインのことは正直よくわかっていない」と断りつつも、すでに“デジタルツイン的”な研究を重ねてきたという。

今年の5月からキャンパス内で運行が始まった自動運転シャトルバス。以前から学生がキャンパス間を移動するために使用されていたものだが、一日30本ほど走るシャトルバスのうち、混雑ピーク以外の時間帯で、1日9本の自動運転バスを運行しているという。ルートは私道1.3キロ、公道0.9キロを走る、非常に実験的かつ実用的な取り組みだ。

もう一つ、大前教授が紹介したのが「仮想空間を介した自動運転の協調走行」の研究。「自動運転車が仮想空間を通じてお互いの手の内、つまり進路を共有することで、交差点などでスムーズな協調走行が可能じゃないかというものです。停車時間や無駄な加減速を減らすことができます」と、まさに湧川氏がいう「地図」を介したデジタルツインの活用と言える。

「SFCの道路がデジタルツイン化することに非常にワクワクしています。高度な計算を必要とする場面でも、計算のリソースを車外の演算装置に分散し、より賢い自動運転をおこなっていけることを期待しています」と語った。

究極的に情報は「届かない」

「センシング――都市やデバイスを通して人間を理解する、アナリシス――分析する、そしてアクチュエイション・インフォメーション――最終的に人間にどのようにフィードバックしていくか。これこそが「デジタルツイン・キャンパス ラボ」のコンセプトである『サイバーフィジカルシステム(CPS)』の基礎的なループだと思います」と説明するのが、環境情報学部の大越 匡准教授。人間の生活におけるWellbeing(ウェルビーイング)に資するコンピューティング技術の研究をおこなっている。

人の生活をデジタル情報へと還元していく取り組みは(普段から無意識的におこなっているとはいえ)一聴すると、中村修教授も言及する「ディストピア」的な世界を連想しやすいが、やはりそこには多大な価値提供が存在するのも事実だ。

例えば日本人の2人に1人がかかるというがんを治療する際に、抗がん剤の副作用による末梢神経マヒをウェアラブルデバイスなどを使って計測、予測するといった研究が上げられると話す。

また、コロナ禍が始まった2020年、体育の授業をオンライン化するために開発されたアプリ「SFC GO」を紹介した。生活の中でどのように運動量を計測、分析、そしてフィードバックをしていくかを考えることで、ウェルビーイングの向上を目指すと同時に、これまでにない「体育」のあり方を模索した取り組みだ。

さらに大越准教授は、「私たちはもっと人間の心の中を考える必要があるわけです。例えばヤケ食いや飲みに行きたい、などの欲求がでてくるわけですから、カロリー計算だけでコントロールできるものではないんですよね」と、センシングやアナリシスだけでなく、最終的なフィードバック手法の重要性を解説。

「マーク・ワイザーは “森の中を歩いてリフレッシュする”ような状態をユビキタス・コンピューティングの理想像として掲げました」「今、私たちはマーク・ワイザーが想像したような理想的な状況にはいないわけです」と、私たちがついついスマホの通知などに振り回されてしまう状態を指摘し、現状人とデジタルの関係をさらに健全なものとしていける可能性を話した。

もちろん大越准教授は、「通知をなくす」「デジタルデバイスを捨てる」といった極端でイージーな選択はしないようだ。「究極的には情報は届かない。ほしいと思ったときにはそこに情報がある、という世界観を構築するためには人のさまざまな状態を予測して高速な通信を使って実現できるのではないでしょうか」と、もはや社会、そして生活に欠かせなくなったデジタルデバイスとのより良い関係性の構築を目指すとする。

「フィジカル空間とサイバー空間でCPSループを回していくことで、今のキャンパスの状態を、SFCの学生たちが想像する未来のキャンパスの状態に遷移していける。「未来像駆動」のCPS技術を研究開発していきたいです」。

「シナリオ」を提示するアートの役割

最後に登壇したのが、環境情報学部で教壇に立ちながら、アーティストとしても活動する脇田玲教授だ。

「あらゆるメディアは共通した4つの原則を持っている」と、かのマーシャル・マクルーハンが提唱した「テトラッド」について話をはじめた脇田教授。

「『拡張』『衰退』『回復』そして『反転』というものがあります。メディアによる拡張、衰退、回復はテクノロジーやデザインによって主体的に実装可能な領域である一方で、『反転』は極度に使い込まれることによってまったく予期しなかったものが生まれるというもの。狙って生み出すのは難しい。でもアートはそこに有効なシナリオを提供しうるのではないかと思うんです」と話す。

続けて脇田教授は、「虚構大学2019年入学試験」という、SFCで15年以上にわたって入試試験に関わる中で考えていた「知能」をテーマにしたインスタレーション作品を紹介した。東京ミッドタウンの通路に単管パイプ製の鳥居を設置し、これをくぐり抜け、仕掛けられた3台のカメラに顔を認識させると独自のアルゴリズムによって参加者の入試スコアを算出。奥に進むとB2〜A5の「ランク」と試験の合否が記載されたレシートが発行されるというものだ。

「Speculative Fake CampusでSFCという、ちょっとおふざけが入った作品です。単なるキャンパスライフ以上に人の人生を縛るものとして、大学の入試というものが存在しますが、そこで扱われる『知能』が非常に単一のものである、という批判が100年ぐらい前から指摘されているんです」。

「当時中国の社会信用スコアがニュースとして扱われはじめ、これが日本にもあるのではないかといわれました。おそらくサービス上では個人のスコアリングはすでにされているわけですが、すくなくとも行政とは結びついていない。そしてこれが大学に反映されるとしたらおそらく入試だろうな」と作品が生まれた経緯を説明。虚構大学の入試試験は信用スコアのみによって大学の合否が判定される、という未来を描いた作品なのだ。

「私たちは大学生活を通してなにを消費しているのか、ということを考えたかった。そして常にセンシングされ続ける世界において私たちはなにを考えて生活をするのか。会場の至るところにカメラがあり、参加者の人の顔を認識し、それだけで合否が決まる入試があってもいいのではないか」と続ける。

ちなみに展示の出口には『個に番号をつけて識別し、点数をつけ、ランクづけする。それは家畜に対して行ってきたことです』という言葉とともに、吊るされた家畜の肉塊の写真が現れ、参加者は否が応でも入試試験のあり方を考えることとなる。

「ディストピアを誇張したいわけではなく、こういった『シナリオ』もありうるよねということです。それを認識することで事前に準備、対策することができる。こういったことがアートの役割の一つです」と、アートを専門分野とする脇田教授だからこその視点から、「デジタルツイン・キャンパス ラボ」への取り組む姿勢を語った。


後編に続く

デジタルツイン・キャンパス ラボ - 慶應義塾大学SFC研究所

〈シンポジウムのアーカイブ動画が公開されました!〉