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「徳島から米国名門大へ留学する女子学生を気持ちよく応援できない日本に未来はない」という話について【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(33)
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  • 2022.06.04
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「徳島から米国名門大へ留学する女子学生を気持ちよく応援できない日本に未来はない」という話について【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(33)

5:アメリカ由来の「2つの改革」は、「最後の一歩のすり合わせ」を必要としている

Photo by Shutterstock

日本に限らないことですが、「グローバルVSローカル」の戦いは2つの「戦場」があります。

ひとつは、経済・経営分野において、日本社会を「改革」したい人たちと既存の日本社会の戦い。もうひとつは、人権・ジェンダー・政治的正しさという面において日本社会を「改革」したい人たちと既存の日本社会との戦いですね。

どちらの「戦場」においてもそうなのですが、日本社会がそこに「抵抗」を示すとき、単に「頭の古い閉鎖的なクズどもが!」と激昂する前に、「そこに抵抗が起きる理由」を両側から深堀りして考えるべき時が来ているのです。

私はそれを、対立しあう「ベタな正義」同士のぶつかり合いを俯瞰した視点で解決していく「メタ正義感覚」と呼んでいます。

そのときには、私が最近出した著書『日本人のための議論と対話の教科書』で扱った以下の図のように、「反対者が言っている内容」に反応するのでなく「反対者の存在意義」を深堀りすることが大事です。

丁寧に見れば、経済・経営面でも“リベラル派の理想”的な面においても、日本社会が「抵抗」を示すその背後には、アメリカ社会なら絶望的なスラムになっていてもおかしくない社会の末端においても、一応ギリギリ「日本社会的安定感」が維持されている防波堤としての事情が存在することは明らかです。

「だんだんその末端も壊れてきているじゃないか」と言いたい気持ちはわかりますが、だからこそ危機感を感じて、過剰に右傾化したようなことを言う人だって出てきているわけですよ。

そこで「改革する側」が押し込んでくる理想が、「アメリカの一番良い部分」だけを見て「全く同じようにやれ」という形であるなら、日本社会が必死に抵抗するのも当然だと言えるでしょう。

まずここで、「当然抵抗するよね」ということに理解を示せないならば、それはその人の中に欧米文明中心的な差別主義が渦巻いているからなんですよ。

「欧米的理想」が全拒否にされてしまわないためには、上から目線で断罪しまくる前に今の何百倍も丁寧に「ローカル社会側の事情」を吸い上げることが必要な時代になってきているのです。

6:世界中で起きている「分断」に橋をかけるのが私たち日本人の使命

今回の松本杏奈さんの問題も「閉鎖的な日本のクズどもが!」という意見をシェアする前に、海外経験もあって恵まれた立場にいる人が考えるべき課題は何なのか、今一度考えてみるべきだと思います。

もちろん、松本さんへの誹謗中傷や流言蜚語には、断固としてNOを言っていくことも必要なことです。

その「両方」がちゃんと行われることによって、今回の件だって「国内に残る側が気持ちよく推せる」カルチャーを作っていくことは十分可能でしょう。

今回の件で一番反省するべきは、手癖で「田舎をディスる」マーケティングを行った出版関係者であるはずです。

欧米では、アカデミックに認証されたエリート以外の人の、仕事面での自尊心を奪いすぎることが社会の分断に繋がっていますが、日本社会はまだそうなっていません。

末端の世界でも「まあギリギリの」遵法精神や勤労感が残っていますし、幻想に近くなってきているとはいえ、富裕層も貧困層も同じ「コンビニと漫画とラーメン」を共有しているという神話がまだ崩壊せずに残っている。

日本における「知的エリート」層は、その点における「日本社会のローカル側」からの「信頼」に応えなくてはいけない。

その「紐帯」を最後まで守り抜き、気持ちよく、

ベンキョーできるやつはよぉ、ベンキョーで活躍してくれればいいんだからな。俺たちのことは気にせず、アメリカで頑張ってきてくれよぉー!

…という気分を押し出してマーケティングできていれば、あらゆる問題が解決していたはずなのです。

こういう「機運」を高めていくことは、日本における学術予算をちゃんと確保するためにも非常に重要なことなんですよ。

以前、「日本の学術予算は本当は簡単に増やせる」という記事を書いて結構反響がありましたが、「知性を大事にしない日本社会のクズどもが!」と激昂する前に、本来そこにあるべき「相互を尊重するカルチャーの醸成」さえできれば、日本政府の予算感からすれば本来簡単に解決できる程度のことなのだという理解が大事です。

海外に行きたい人は挑戦すればいい。

そして、そういう人が「エリート層がちゃんとエリート層として金銭的に遇される」環境で成功することは、日本社会がついつい専門的職能を安く使い潰してしまいがちな現状に対して適切な「刺激」を与えることができるようになるでしょう。

しかし一方で、海外において「エリート層がエリート層として金銭的に遇される」構造の背後には、「それ以外の普通の人」を強烈に排除していて、彼・彼女らの自尊心を奪いまくることで社会の不安定化に繋がっているという現実をも「同時に見る」ことが必要なのです。

そこで、「日本社会の美点を失わないようにする配慮」と、「グローバルに戦うエリートをちゃんと適切に遇する」ことの両取りができるような独自の工夫を、丁寧に積み重ねていけるかどうか。

それが今後の日本の未来を決めます。

今起こっている「構造的な円安継続」は、「治安の良い日本社会で暮らせるベネフィット込みで総合的に勘案すれば、知的エリートの給与が国際比で見劣りせずに済む」というレベルの構造的配慮を維持することができさえすれば、むしろ裾野広く社会の隅々まで平等的に経済的恩恵を行き渡らせるために良い環境だと言えるでしょう。

「経済・経営」においても、「人権・ジェンダー・政治的正しさ」においても、「日本社会がそこに抵抗する」ときにそれを単に「古い考えの野蛮人ども」と切り捨てるのではなく、むしろ「彼らの懸念と向き合い自分たちのやり方で解決する」方法を考えていきましょう。

「社会が真っ二つになっているアメリカ社会の対立」「民主主義VS権威主義の米中冷戦」「欧州の理想主義とそれに対するロシア的暴虐のぶつかり合い」など、世界中が果てしなく非妥協的な分断に陥っていくなか、現地現物の配慮を積み重ねて「同じところに繋ぎ止めるカルチャー」を提示していくこと。

オバマ元大統領が「他人に石を投げているだけで社会が変わると思っていたら大間違いだ」と言い、マイケル・サンデルが「立場を超えて社会で共有できる共通善が大事なのだ」と言うように、欧米の良識派知識人が切実に願いつつ実現できずにいる理想を、実際の社会運営のレベルで地道に実現していくことが、これからの日本社会のチャレンジなのです。

松本杏奈さんは、たぶんそういうレベルの「本当のエリート精神」を持ち得るぐらいの人だと、いくつかのメディアでのご活躍からして感じています。

今回の件がご本人の貴重な学生生活を良くない形でスポイルしてしまうようなことにならないよう願っています。

(お知らせ)
この件に限らず「いつものワンパターンな罵り合いの繰り返し」を超えて、実際に具体的な問題解決にエネルギーを振り向けていくために何が必要なのかについて、私の中小企業クライアントの具体的な例からはじめて、社会問題に対する考察まで広げながら書いた本が、先日出ました。

以下のURLで「はじめに」が無料公開されているのでご興味があればぜひどうぞ。

日本人のための議論と対話の教科書

また、今回記事で書いたような「アメリカ型の社会運営の仕方」をあと一歩ローカル社会の現実とすり合わせる方法について、今公開中の『シン・ウルトラマン』は全く新しい理想像を提示している…という関連記事がありますのでよろしければどうぞ↓

『”陰キャ”だがカッコいいヒーロー』としてのシン・ウルトラマンと、表裏一体のセクハラ描写問題について。

この記事の感想やご意見などは、私のウェブサイトのメール投稿フォームからか、私のツイッターにどうぞ。


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