CULTURE | 2021/10/09

「遺伝子組み換えをしよう!原発をもっと作ろう!」と「地球環境への誠実さ」が等価だった時代。『ホール・アース・カタログ』編集者の転向【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(17)

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地球ができてから46億年、環境は変わり続けてきた。それまでの覇権を握る生物...

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地球ができてから46億年、環境は変わり続けてきた。それまでの覇権を握る生物が入れ替わるほどの大変化も何度もあった。いま地球全体でいちばん我が物顔をしているのは僕たち人間だ。でも、いつまでもそのままでいられるかわからない。

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

「地球のものはすべてつながっている」ホール・アース・カタログ

環境問題に対して意識が高い人は、たいてい『ホール・アース・カタログ』が大好きだ。1968年、スチュアート・ブランドによってサンフランシスコで創刊されたこの雑誌は、「地球上のものすべてがつながっている」という思想のもと、ホール・アース、つまり地球そのものすべてをカタログ化しようとした。今も進歩的な人たちのバイブルになっている。スティーブ・ジョブズの有名なスピーチ「Stay Hungry, Stay Foolish」は最終号のメッセージだ。

『ホール・アース・カタログ』はハッカー文化の雑誌とも呼ばれ、テクノロジーについても記載されているが、全体的にはヒッピーカルチャーを代表する、経済成長や工業化に対するカウンター思想で貫かれた雑誌だ。編集者のスチュアート・ブランドは今も健在で、思考を一万年単位で考える「ロング・ナウ・ファウンデーション」という、地球や人類全体について考える団体の代表をしている。

「思考を一万年単位で考えた時、本当にその新しいパソコンやクルマ必要? 高層ビル必要?地球を美しく保つ方が大事じゃない?」という考え方は『ホール・アース・カタログ』と同じく、多くの人々を今も惹きつけている。

「遺伝子組み換えをしよう!原発をもっと作ろう!」スチュアート・ブランドの大転換

そうした環境保護運動家でありヒッピーの伝道師であるスチュアート・ブランドが、2009年に出版したのが『ホール・アース・ディシプリン』(邦題は「地球の論点 現実的な環境主義者のマニフェスト」)だ。

そこで紹介されているのは、かつてブランドが否定した(そして、今も『ホール・アース・カタログ』を崇める人たちが否定し続けている)原発、都市化、遺伝子組み換えといった先端技術や社会トレンドへの大礼賛と期待だ。そうした技術にもっともっと投資し、発展させて普及させることこそが地球規模の問題への解決策だと、都市化や原発にそれぞれまるごと1章、さらに遺伝子組み換えについては2章を使って論じ、後押ししている。

だが、全体的な視点はロング・ナウ・ファウンデーションのコンセプト「1万年単位で考えよう」と一貫している。近代化を嫌うヒッピーからテクノロジー礼賛のギークに意見が変わったのは、1968年の『ホール・アース・カタログ』出版後も数十年に渡ってさまざまな研究者たちと1万年単位で考える活動を続けたブランドが、「人類に向いた環境を長持ちさせるためには、ちゃんと地球をメンテナンスするしかない」という結論に変わったからだ。

科学と大資本が多くの人々を救った

実際、化学肥料と農薬、遺伝子組み換え作物により、面積あたりの農作物収量は飛躍的に上がり、地球上で飢えている人はきわめて少なくなった。都市化はエネルギー効率も経済効率も上げ、1968年当時に学校に行けない子供が大半で餓死も珍しくなかったアジア・アフリカ諸国で、多くの人々が教育の恩恵にありついている。1968年の中国と今の中国を比較するだけで、科学技術が人類に何を貢献したかは明確だろう。南米や東南アジアでも近代的な農業が普及し、焼き畑による熱帯雨林の消滅は食い止められ、むしろ回復基調だ。大ヒットした書籍『ファクトフルネス』と、『ホール・アース・ディシプリン』のメッセージは多くの共通点がある。

一方でいくつかの海洋資源は絶滅寸前で、それはまさに「人間がちゃんとコントロールしていない」からだ。地球に優しくするなら、農産物や牛肉・豚肉を人間がコントロールして作っているように、海洋資源もすべて養殖で賄う方がサステイナブルだろう。大人になった人類は、自分たちの住む場所を自分できちんとメンテナンスしなければならない。具体的な行動は大転換しても、スチュアート・ブランドの視点はホール・アース・カタログの時からずっと変わらない。先述の通り『ホール・アース・カタログ』はヒッピーのバイブルであると同時に、ハッカー文化のバイブルでもあった。『ホール・アース・ディシプリン』はそのハッカーとしての側面が全面に出てきている。

環境保護団体は「お気持ち」で地球にダメージを与えている?

かつてブランドの同志だった環境保護団体は、『ホール・アース・ディシプリン』ではむしろ「お気持ち」で地球を損なっていると批判されている。遺伝子組み換えを論じた第5・6章では、環境保護論者や左翼運動家が、科学的な根拠に背を向け、さらには積極的にウソを拡散しテロを行ってまで、途上国の健康を大きく改善させたゴールデンライス(遺伝子組み換えで不足している栄養素を足したコメ)の普及を止めようとした様子が書かれている。ロックフェラー財団やゲイツ・メリンダ財団が開発に投資し、穀物メジャーのモンサント社ほかが知財について無償で途上国に与えた(年間に1万ドル以下の収入なら無料)ゴールデンライスに対して、途上国でゴールデンライスを栽培している農地をテロで焼き払う環境保護活動家は完全に悪役だ。

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