(前編はこちら)
日本のみならず、世界でも活躍を続ける建築家、谷尻誠。デザインアワードや建築賞を数多く受賞する建築事務所の共同代表として、最前線で独創的なアイデアを生み出す彼の来歴や、仕事への向き合い方についてインタビューした。
前編では、広島生まれの彼が、いかにして建築家のステップを踏んでいったかを振り返りながら、その発想法の根本に触れた。続く後編では、自社プロジェクトである「社食堂」や「21世紀工務店」の背景を伺いながら、仕事へのスタンス、未来の建築像までを訊いた。
聞き手:米田智彦・長谷川賢人 文・構成:長谷川賢人 写真:神保勇揮
谷尻誠
建築家
1974年広島生まれ。 2000年建築設計事務所 SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。 2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の 2 ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設など国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近作に「ONOMICHI U2」「BOOK AND BED TOKYO」「飯能の小屋」など。最近では「社食堂」や「絶景不動産」「21世紀工務店」を開業するなど、活動の幅も広がっている。著書に「談談妄想」 (ハースト婦人画報社) 「1000 %の建築」 ( エクスナレッジ) 。作品集「SUPPOSE DESIGN OFFICE -Building in a Social Context」 (FRAME社) 。
何かと何かの「間」には、新しさがひそんでいる
ーー 今日の取材場所でもある「社食堂」はとてもユニークですね。一般の人も使える食堂と、谷尻さんたちのオフィスが同居している空間です。なぜ、これを作ろうと考えたんでしょうか。
「社食堂」は、調理スペースを境に飲食スペースとサポーズ社員の作業スペースとが分かれている。
谷尻:社食堂のきっかけは、スタッフがいつも出来合いものばかり食べていて、「体調が悪い」とか「最近太った」なんて言っていたことです。僕も年齢とともに体のことを気づかうようになってきた時に、体を作るものは細胞だし、その細胞の原料が食べ物だと思ったんです。
たとえば、コンビニ弁当ばかりを食べてる人は、コンビニ弁当で作られた細胞で体の健康が決まる。だとしたら、ちゃんとした食堂をつくって細胞のデザインからやったほうがいいのかもなって考えたわけです。
ーー 細胞のデザイン!
谷尻:イチからデザインするのであれば、やはり手作りの飲食店をつくるしかない、ということでつくりました。それに、みんなで同じ釜の飯を食べれば、同じ細胞形成のリズムにそろっていくはずで、それは会社をつくっていく上でも実はすごく大事なことだなと思っていたんです。
でも、食堂とオフィスをセパレートしてしまうと、ただの「食堂があるオフィス」になるので……そこで「間(あいだ)」の概念を使ったわけです。
ーー 先程伺った「外なのか中なのか分からないような家」や「世の中で大別されていることの中間」といった、谷尻さんがお仕事で取り組まれてきた部分ですね(※前編参照)。
谷尻:ここで打ち合わせをすれば「会議室」だし、ご飯を食べれば「食堂」になる。要は、食堂という現象さえ成り立つ設計をすればいいんだな、と。それで分けずに設計したら、みんなが「すごく新しい!」とか言ってくれて(笑)。
昼食はみんなで集まって一斉に食べるので、なんとなくミーティングにもなるんです。あとは、たわいもない話もよくできるようになった。忙しい会社ほど仕事の打ち合わせしかしなくなるものなので……。
ーー それができる空間と時間は豊かですよね。そこからアイデアも生まれそうです。
谷尻:「無駄」と思われることこそ、有益になりますからね。
ーー 「喫煙所トーク」なんていうことも言われますが、フォーマルとインフォーマルを行ったり来たりするのは、人間のコミュニケーションにとっても実はすごく重要なことですよね。
谷尻:たしかに。社食堂では、それも意図しました。
ーー 社員向けでなくて、一般の人でも食事ができるようになっているのも驚きだったのかもしれません。
谷尻:それも、オフィスって本来はプライベートな場所じゃないですか。基本的には、仕事の関係性がある人しか訪れない。でも、僕の根本にある「建築を知らない人たちに建築を届ける」という一環で入口近くにデザインの本を置いてみたり、設計をしている僕たちの活動を垣間見ることができたりすると、食堂に来た人がそれらを知らないうちに見聞きするかもしれない。それで、いつか何かをつくろうとして、デザイナーや建築家に依頼することが常識化するようになれば、全体として良い作用になるかもしれないと思ったんです。
入口付近には、自由に閲覧できる建築・デザイン関連の書籍や写真集が並べられているほか、独自にセレクトしたアイテムやオリジナル商品の販売なども実施。レコードをかけられるDJスペースもある。
ーー お客さんの反応はどうですか?
谷尻:割と面白がってくれて、常連さんが出来たり、近くの会社で自社の食堂のように使ってくださる方がいたりとか。このあたりもご飯屋さんはたくさんあるんですけれど、メニューがほぼ固定だと毎日ずっと使い続けるのは難しいかなと感じるところが多くて。社食堂に関しては、やはり「毎日」がテーマですね。
社食堂の看板メニュー「日替わり定食」(税抜1,100円)。主菜(肉・魚から選べる)、副菜3品、ご飯、味噌汁の構成。ご飯はおかわり自由。
撮影:伊藤徹也
日本ではずっと職住近接の働き方をしてきたのが、ある時から職住分離になった。でも、僕はやっぱり「間」の概念が好きなので、現代の職住近接をしたほうがいいなと考えています。だから、仕事をするためには生活が豊かなるべきだし、それによって仕事が加速するんじゃないかなと思っています。
不都合こそが化学反応を生む。「同居の時代」をいかに生きるか
ーー 谷尻さんはInstagramの投稿で「とにかく僕は相反する要素が同居していることが好きみたいです」という言葉を使ってらっしゃいました。「相反する要素」は、たとえば職住近接の話にも近しいのでしょうか。
谷尻:そうですね。従来なら分けてしまうもの、中と外、アナログとテクノロジー……相反する要素が同居しているのに成立するのが、最も魅力的な状態なんじゃないかなと思って。でも、まさにソーシャリティって、そういうことじゃないですか。いろんなことが混ざって成立しているというか。
ーー ビジネスシーンでは「ダイバーシティ」という言葉も聞くようになりましたね。
谷尻:田川欣哉さんのTakramでは「デザインエンジニア」といって、分かれていた「デザイン」と「エンジニア」を一緒にしたほうがいいとしているのも、そのひとつでしょう。
とにかく「同居の時代」だと僕はずっと言ってるんです。物事をセグメントするのは、利便性を追求した結果としてそうなっているだけで、本当は同居したほうが絶対にいい。同居すると不都合も出てくるんですけれど、不都合こそが化学反応なので。
ーー 不都合にこそイノベーションの種や、ある種の美しさが含まれてくる可能性がある、と。
谷尻:スマートフォンなんて、同居の最たるものですよ。携帯電話と僕らは呼んでいるのに、メールが送れて、音楽や映像も楽しんで、お金も払える。もはや携帯電話じゃなくて、あらゆるものが同居している。
そもそも昔は「同居の時代」でした。子供を背中におぶって、玄関先でお店をやりながら、家事や炊事もやっていた。あれだって今見たら、逆に「新しい」と言われるでしょう。
ーー 「同居の時代」の逆を考えると、1980年代くらいが最後かもしれないですね。便利な文明が深まりすぎたのでしょうか。
谷尻:それでみんなが、「もう一回混ざって化学反応を起こさないと新しいものが生まれない」と気づきはじめてるんじゃないですかね。効率化を図るなら、たしかに分業が一番です。それで効率は上がったけれど、つまらなくなった。
「同居の時代」や「間の概念」は、なぜだかわからないですが、ずっと僕は言ってますね。僕の興味は、たとえば「テクノロジー」といった今の時代に合うことを受け入れながら、昔からの手仕事がもっとできるようになる、ということだったりします。
それに今の社会って「できない理由」ばかりにクリエイティブな人がすごく多いじゃないですか。仮説やアイデアがあっても「できない理由」を当てはめてばかりで、「できる理由」にクリエイティブな人がすごい少ない。それは情報が多いがゆえに、「できない理由」が導きやすくなっているのかもしれない。なんにせよ、挑戦しなくなっている。そこに不自由さを感じています。
できる理由をクリエイティブする。そのための「スーパー素人」視点
ーー 谷尻さんは、そもそもどういったきっかけから「仕事の種」のようなものを見つけていきますか。
谷尻:インタビューですね、ほぼ。
ーー クライアントや施工主をはじめとして、対話をしていくのですね。
谷尻:たとえば、現場監督さんが「遠方は管理ができないからやりたくない」と言う。その理由を聞けば、テクノロジーで実は解決できそうとか、Googleが施工会社をつくったとして考えてみたらとか、アイデアが出る。うまくいかないことって問題が明確だから解決しやすい。それに「できる理由」をつくるだけで、周囲からも「新しい」と言われるんですよ。
最近立ち上げた「21世紀工務店」も、自分たちが普段やっていて、「できない理由」のクリエイティブをさんざんを浴びているので、「できる理由」をクリエイティブする施工会社をつくるしかないと思ったんです。新しい考え方を自分たちでつくって、「できること」を実証して、それをまた設計にフィードバックし、「できること」を増やしていく会社作りをする。それこそ現代の施工会社のあるべき姿で、21世紀工務店を立ち上げたんです。
ーー この話は設計や建築だけでなく、あらゆるクリエイティブにも通じそうです。
谷尻:人にいろいろなことを聞くと、思いをどんどん言ってくれる。つまり、その思いに対して、「本当はそれによって、こういうことがしたいんじゃないですか」っていうふうに返答したり、提案しているんですよね。
あと、僕としては、何よりも「プロだと思ってやらない」というのが大事です。いつも「口うるさいお客さん」なんですよ。設計をするときにも、お客さん目線で訪れたときに気になることを注意しています。
飲食店のセオリーでいえば「トイレに行ったら良い香りがしたほうがいい」とか。特に女性はトイレの印象が良いと、その場所へのポイントを高く感じる性質があるから、設計でもシンプルなトイレをいい感じに造っておくわけです。
「社食堂」はハイクオリティのトイレに加えて、スタッフ用のシャワールーム・仮眠室も完備。
ーー たしかに社食堂のトイレも高級ホテルさながらの内装でした。そこは計算の妙があるんですね。
谷尻:僕は「スーパー素人」のスタンスって、ずっと前から言ってます。
ーー スーパー素人! 谷尻さんから見て、「プロ」ってどういう概念なんですか。
谷尻:素人の気持ちを忘れない人。
ーー 素人であり続けることが、どこかでプロの要件になっている。
谷尻:業界ズレしない、みたいなところもありますよね。業界の慣習なんかに馴染んでしまわないといったことも重要で。やっぱり、どこかで客観視しているんです。つくるときは設計の視点でぎゅっと考えるんですけど。ずっと客観と主観を行き来してる感じですね。
「“つくれる理由”をつくる」会社に。懐かしさと未来を掛け合わせる
ーー 今後やってみたいことって何かありますか?
谷尻:自分たちでちゃんと「運営」をやろうと思っています。設計者って運営サイドに空間を渡すまでの職業じゃないですか。だから、実は運営のことを知らないんです。
自分たちが運営までして、それを理解した上で提案できる会社になれたら、設計の幅がより広く、深くなるんで。いまは広島にホテルを造って、そこにオフィスも一緒にする計画を進めています。運営したいのは「場所」も「空間」もですね。使われてない場所の運営方法を考えたりとか。
あとは、さっきも言いましたけど、「つくれない」ではなくて「“つくれる理由”をつくる」会社にしたいので、もっと大きばスペースを借りて、横に工房設けて、そこでモックアップや家具を作ったりもできるようになりたいですね。「つくる、考える、食べる」が一緒になった場所作りがしたい。
ーー ご自身の働き方に関しては、いかがですか。例えば、10年後とか。
谷尻:いろんな場所で働いてるんじゃないですかね。これからもっと海外拠点とかをつくっていこうとしているので。
あとは、休みながら働く。アイデアはリゾートでこそ浮かぶ、なんて思いますし。豊かさに気付くことで設計のアイデアが出てきたりするわけで。今は事業も会社も先頭で走りまくっていますけれど、走る人はバトンタッチして、もうちょっとゆっくり走っているように……そういうふうになっていける会社をつくりたいです。
ーー そのときアウトプットする建築物や空間は、どういうふうな形になると思いますか。
谷尻:結局、僕はなんだかんだ「昔に戻る」のかもしれないです。
今、欲しいものって、自然の中に小屋があって、お風呂はドラム缶か何かを外にぽんと置いたような、「キャンプ以上生活未満」みたいな場所なんです。未来の建築の提案だからといって、トヨタ自動車の「e-Palette Concept(自動運転機能をもつ箱型の次世代電気自動車)」みたいなことは、今のところまったく興味がなくて。
それこそ、原初的な方向に戻しちゃってもいい。ぼーっとできるとか、星がキレイとか。子どもの頃に夜の川で釣りをして、竿の先に付けた鈴の音だけで魚を感じていた感覚とか。そういうことに戻っていってる感じがします。
ーー 未来の建築なのに昔に戻ってるって、面白いですね。「懐かしい未来」とでも言いましょうか。
谷尻:はい。「懐かしい未来」ですね。僕はよく言っています。