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「スーパー素人建築家」谷尻誠の発想法:「抽出」からイノベーションを、「不便」からクリエイティブを【前編】
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  • 2018.07.30
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「スーパー素人建築家」谷尻誠の発想法:「抽出」からイノベーションを、「不便」からクリエイティブを【前編】

日本のみならず、世界でも活躍を続ける建築家が谷尻誠だ。デザインアワードや建築賞を数多く受賞する建築設計事務所の共同代表として、最前線で独創的なアイデアを生み出す彼は、実は「建築家の王道」を進んできたわけではない。広島生まれの青年は、あるマンガで「デザイン」を知り、ときに焼き鳥屋でアルバイトをしながら、小さなチャンスへ真摯に向き合ってきた。その来歴は、多くの人に勇気を与える道筋でもあるように思う。

そして今、彼がつくるものの原点は、幼少期に過ごした自宅の「不便さ」が背景にもなっているという。住宅、店舗、オフィス、アートインスタレーション。あらゆるものを設計し続ける谷尻誠の発想法に今回は触れてきた。これを体得したからといって、僕らが谷尻誠になれるわけじゃない。でも、体得して見える景色は、まぎれもなく変わっていた。

聞き手:米田智彦・長谷川賢人 文・構成:長谷川賢人 写真:神保勇揮

谷尻誠

建築家

1974年広島生まれ。 2000年建築設計事務所 SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。 2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の 2 ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設など国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近作に「ONOMICHI U2」「BOOK AND BED TOKYO」「飯能の小屋」など。最近では「社食堂」や「絶景不動産」「21世紀工務店」を開業するなど、活動の幅も広がっている。著書に「談談妄想」 (ハースト婦人画報社) 「1000 %の建築」 ( エクスナレッジ) 。作品集「SUPPOSE DESIGN OFFICE -Building in a Social Context」 (FRAME社) 。

「間の概念」に僕は向き合ってきた

谷尻さんが幼少期を過ごした家の見取り図をiPadで見せてもらった。

ーー 谷尻さんと「建築」の出会いって、どこから始まるんですか?

谷尻:小学生の頃ですね。「なんて貧乏な家に僕は生まれたんだ」って親を恨むくらいの古い家で育ったんです。長屋で、家の真ん中に庭があって、その庭のせいで何をするにも靴を脱いだり履いたりしないといけない。五右衛門風呂にくみ取り便所、水は井戸から……もうイヤでイヤで「将来は大工になってお城を建てる!」って言ってました。

でも、こういった背景が、今、自分がこの仕事をする背景にもなっているんですよ。

ーー 作られるものに影響が出ていると。

谷尻:いざ建築のことを勉強してみると、家の真ん中に庭があると、日あたりがよくてカラっとしている外の道路と、湿り気のある中庭で気圧の差が起きて、風がよく通るわけです。そういう発想は、この家で育ったからこそ作り出せていると思う。外なのか中なのか分からないような家……「間(あいだ)」の概念みたいなものが根付いていて。

ーー 後編で詳しく伺いますが、まさに「社食堂」の発想も「間」ですね。

サポーズデザインオフィスの事務所兼食堂スペース「社食堂」。関係者でなくとも誰でも利用可能。

谷尻:自分の職種ひとつとっても、インテリアデザイナーなのか、建築家なのか……とか、世の中で大別されていることにも「間」の概念が、実はあるんじゃないか。そんなふうに徐々に考えるようになって、気が付くと「間」のことばかりに携わっている気がします。

ーー 具体的に建築の仕事を志したのは高校生ぐらいですか?

谷尻:そうです。あとでつながってくるので話しますが、僕は小学校から勉強は落ちこぼれだったけど、バスケだけは真面目にやってたんです。背が低かったからスリーポイントシュートを練習して、100本打ったら95本は入れられるようになった。でも、試合になったら当然ブロックされたり、シュートを邪魔される。

「何で邪魔されるのか」を考えてみたら、スリーポイントラインとは「今からゴールに向かってシュートすることを相手に伝える線だ」と気づいたんです。それ以来、そこから1メートル離れたところから打つ練習を始めて、また95本くらい入るようになった。つまり、試合中でも「僕にしか見えない線」から打つことによって、自由を手に入れたんです。

一般的には、背が高くてゴールに近い人が有利とされるバスケであっても、1メートル離れるという不利な場所で、自分の優位性を発見できた。それは大きな成功体験として、すごくしっくりきました。人間って、きりがないぐらいコンプレックスを持ってるわけじゃないですか。でも、それって価値変換によっては、いろんな使い方ができるんですよ。

ーー スリーポイントラインをデザインの観点で捉え直した、とも言えそうですね。

谷尻:そのままバスケで大学推薦の話もあったのですが、将来的な進路が体育教師しか思い浮かばず……かといって就職するよりは遊ぶ猶予も欲しかったので専門学校に行こうと思ったんです。

高校の授業中に窪之内英策さんのマンガ『ツルモク独身寮』を読んでいて、「デザインっていう仕事があるんだな」と知ったんですが、そういう小さな点が重なって、興味のあるデザインや設計を学ぼうと進んだのが僕のスタートですね。

ーー その後は一度、建築設計事務所に就職されるんですよね。

谷尻:専門学校の先生が就職先を取り計らってくれました。ただ、その事務所はデザインに特化しているわけではなく、建売住宅などを主に手がけていたんです。5年くらい仕事を続けてみると、どこか退屈に思える時もあって……それで「店舗設計の仕事がしたい」と事務所を辞め、その仕事ができそうな会社の面接を受けたけど落ちてしまった。

ーー いきなり無職に。

谷尻:就職したままだと覚悟が決まってなくて受からないかな、と思ったんですね(笑)。

それで友人の紹介で別のデザイン事務所のアルバイトを始めて、社員にもなったんですが、会社が不景気の煽りでなくなってしまって。ただ、その社長の周りには広島でも有名な建築家がたくさんいて、その人たちのアトリエで食事をする機会が何度かありました。本物を見るうちに「素敵な職業だな、こういう場所を目指したほうがいいな」と決意したところだったんですけどね。

それで仕方なく会社を辞めたのが26歳のとき。そのころは「ダウンヒル」という自転車レースに熱中していたのもあって、「今後の人生でこれほど自由な時間を手に入れることはないはずだ」と、しばらくはアルバイトしながら長野県や北海道で開催されるレースにも参加する年にしようと決めて、フリーランスになったんです。

学生の頃にもアルバイトしていた焼き鳥屋で夜に働き、昼間は自転車の練習。でも、やることが特にないから自転車で広島の街をウロウロして、いろんな友達と話をしていると「今度、あの人が店を出すらしいよ」みたいな情報をもらって。店舗を設計したことがないのに「得意ですよ!」って仕事を取ってきて、それから考える……という。

ーー 最近は「セレンディピティ」なんて呼びますけど、ぶっちゃけて言えば、行き当たりばったりですね(笑)。

谷尻:僕は「行き当たりばっちり」って言ってます(笑)。

自分が好きなことを一生懸命やれば、それ以上も以下もない

ーー いいですね! でも、そこで「できます!」と言えることが仕事をとるという意味では大事ですよね。

谷尻:昔からできた人なんていないんです。いつ、できるようになるかの差だから。

チャンスに巡り合ったときに「どう向き合ったか」が、その人の未来を決めるはず。安藤忠雄さんだって生まれたときから美術館を造れたわけではないですよね。

僕も「どう造るか」を必死で調べて、いろんな人に聞いて、一つひとつ丁寧に進めていると造れるようになってきた。そうすると、どんどん楽しくなっていって、「やるなら本気でやろう」と徐々にのめり込んでいきました。

ーー とはいえ、建築家と名乗る人はすでにたくさんいます。他人と差をつけるためには印象的なことをしないと覚えてもらえないのでは?

谷尻:そうそう。その時にスリーポイントラインのことを思い出したんですよ。現在の自分と重ね合わせて、建築というアカデミックな社会から僕は1メートル離れ、建築を知らない人たちに建築を届けるような「建築家」がいてもいいんじゃないかなと思って。

たとえば、その人の考えていることや言動に興味を持って、そこから建築に興味を持ってもらえるような人です。安藤忠雄さんは、そういうタイプですね。人の魅力ってすごく大事ですから。ただ、安藤さんはハードな感じですけど、僕はもっとソフトな感じに(笑)。社会にわかりやすく建築家のことを伝えていこうと思ったんです。

ーー そう思えたのは、いつ頃からなんですか。

谷尻:この業界は大学を卒業して、アトリエや事務所に勤めて活躍する人が多いので、僕は落ちこぼれコースなことがコンプレックスでした。それで、なんとなく内向きなスタンスだったんです。ある時、仕事で関わった工務店の社長に「建築好きなのか?」と聞かれたんです。とっさに「メチャメチャ好きです」と返したら、「もしかしたら、おまえの好きな気持ちは日本で一番、もしかすると世界で一番かもしれない。だから、それでいいんじゃないか」って言われて。

たしかにそうだなと思って、それまで誰かと比べていたことが急にばからしくなった。自分が好きなことを一生懸命やっていれば、それ以上も以下もない。そうやって開き直ることができたんですよね。

ーー 焼き鳥屋のバイトも辞められる決心ができそうですね。

谷尻:そうなんです。1年ぐらい経って、昼の営業活動で仕事が忙しくなってきたのもあって、焼き鳥屋さんは辞めました。それから、勉強してこなかったぶん、人より「考える癖」をつけるようにしたんです。丁寧に、いろんなことを深く考えてから前に進んでいく。少し時間は掛かるかもしれないですけれど、それでもいいなと思って。

要素を抽出すれば、型破りの発想がしやすくなる

ーー 谷尻さんがおっしゃる「深く考える」って、どういうプロセスだと言い換えられますか。

谷尻:例えば「住宅を造ってください」と言われたら、まずは家族構成を聞いて部屋数や平米数を考慮するのは当然ですが、もっとそれ以前に「住宅とはそもそも何なんだろう?」みたいなところを一度は考えます。

たとえば、どういった要素が入っているものを人は住宅と呼ぶのか。その原理がわかれば、どんなものでも住宅として定義できるかもしれない。「入浴、食事、就寝の行為ができることによって、人はその場所を住宅と呼ぶ」と仮説が立てば、倉庫の中にその3つの要素を閉じ込めることで「倉庫なのに住宅」という新しい概念が生まれるわけです。

レストランらしいものを造らなくても、食事するという行為があることによって、人々はそこをレストランと呼び始める。それなら造るものはなんでもいいんです。レストランでも、住宅でも、美術館でも。あらゆるものに名前が付く原理がそこには必ずあるはず。それをまず抽出するクセを付けて、それから造り出すんです。

ーー なるほど。成り立たせる要素、本質を抽出して置き換えれば「型破り」な在り方も見えてくる。

谷尻:実際に、みんながスターバックスでパソコンを開いて仕事をしているなら、カフェではなくてオフィスと呼んでもいいかもしれない。それならば、オフィスを設計するときにカフェのような和やかな雰囲気をつくり、それをオフィスとして定義することも容易になるわけです。コップも「飲む道具」として定義しているだけで、花や草を入れた瞬間には花器になるし、金魚を入れたら金魚鉢になる。

だから、名前は強いです。もし、名前が行為を決定づけているんだとしたら、「名前を取り除いてから見ること」によって本質が浮かび上がることもある。それで、住宅という名前を取ってみて、考えたり造ったりすることを始めたんです。

ーー それは何かしら体験を経ての気付きだったんですか?

谷尻:レストラン設計の依頼を受けて、レストランを構成する要素について考えないままに造っちゃうと、先人が発明した「レストラン」に僕らは乗っかるだけになるじゃないですか。

つまり、先人のテキストブックに乗っかる仕事をしているに過ぎない。それでは新しさが生まれないなと思ったんです。今の時代に自分たちが新しいイノベーションを起こそうとするなら、発明領域のことを思考しなければ、と。

そうだとしたら、過去の先人たちが考えてきた知恵と、現代の情報をちゃんと融合させて、今の時代にふさわしい発明を考える方がいいんじゃないかと思ったんです。

ーー 谷尻さんがイノベーションを起こそうとする動機は?

谷尻:社会はどんどん自由で便利になっていますよね。「便利になる」ということは、見方を変えれば「考える時間を減らしている」わけですから、頭を使わない人を生み出している社会ともいえるかもしれない。

例えば、スマートフォンなんかを手に入れて、すぐそばにGoogleがあって。でも、昔はこんなものがなくて、資料もすぐには見つからないから情報を取るのに時間がかかっていた。それだけ一つの情報を得るためにかける時間が長いからこそ、体に染みついてもいた。

今は情報にかける時間が短いので、忘れゆく情報が増えていくわけですよね。そう考えると、現代においては利便性よりも「不便性」を採ったほうが思考が回転し始めるんじゃないかな、とか。そうやっていろんな仮説を立てながら、わざとそれにトライするんです。

ーー 不便であることがイノベーションの種になるんですね。

谷尻:僕はあれほど不便な家に育ったから、そう思えるのかもしれない。風呂に入るのにも家族に薪をくべてもらって、「もっと熱くしてほしい」なんてコミュニケーションが必要だった。これって不便だったけれど、そこには家族のやり取りがずっとあるからこそ、実は良かったんじゃないかと感じるんです。そういう体験が今の自分と結びついて、「不便って実はすごく豊かなんだな」と思うようになりました。

それに、コミュニケーションがなくて自分だけでやると、化学反応が起きなくて、だいたい予定どおりになる……たとえば、ここに「あ」を書いてみてください。右利きですか?

ーー はい。右利きです。

谷尻:そしたら、まずは右手で。書けたら、左手でも。この2つの「あ」って、どちらが作品だと思いますか?

ーー 作品というなら、左手です。がんばった感があるからかもしれませんが。

谷尻:右手の「あ」はみんなが「だいたいこんなものだろう」と想定した通りの出来だから、感動のロジックにはまらないんですよね。でも、左手の「あ」には、自分の意図的である部分と偶然性が同居しているじゃないですか。新しい「あ」をつくるという思想だけは間違いなく存在していて、思いがけないものに出会えるというロジックが組まれている。

つまり、どんな「あ」ができるかは分からないけれども、未体験の「あ」ができるということは確実に理解できている状態をつくるんです。同じようなことは個人でもできるし、他者と共同で仕事をすることによって起こることもある。そして、それは「左手」という負荷を選び取ったからこそ生まれるわけです。

ーー この負荷も「不便」のひとつですね。

谷尻:そう。不便がクリエイティブを生んでいるんです。

(後編はこちら


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