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緊急事態宣言でさえも人間は慣れる。だからこそ「小規模な実験失敗と改善」が何度も必要になる【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(11)
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  • 2021.05.03
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緊急事態宣言でさえも人間は慣れる。だからこそ「小規模な実験失敗と改善」が何度も必要になる【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(11)

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僕の所属している早稲田ビジネススクール(早稲田大学経営管理研究科)はカリフォルニア大学の経営大学院、UC San Diego Rady Schoolと提携している。先日、その両校のコラボで6回の連続講義が行われ、行動経済学の専門家であるサリー・サドフ博士の講義を受ける機会に恵まれた。

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

座学の意味を否定する?サドフ博士の授業

アビジット・V・パナジー&エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』

行動経済学は『貧乏人の経済学』の著者アビジット・V・パナジー、『ファスト&スロー』のダニエル・カーネマンなど、何人ものノーベル賞受賞者を生み出しているホットな学問だ。しかし、よく知られているぶん誤解も多い。

行動経済学の本質は、「人間の行動は予測に反するので、やってみないとわからない」というところだ。それは文字で紙に書いて伝わらないタイプの知識なので、きちんと理解するのは難しい。昔から言われている常識ではあるが、きちんとそれを理解して具体的な仕事に活かせている人は稀だ。

今回受けたサリー・サドフ博士の授業は、「一見効果があると思われる政策が実際は効果を出していない事例」「馬鹿げていそうな政策がきちんと効果を出している事例」を出しながら、人間の社会的な行動は事前に予測できないことを生徒たちに伝えるものだった。

アメリカでは犯罪者を軍隊に入れてブートキャンプを受けさせる、ドラッグ障害者に弱いドラッグを与える、など、ビックリするような政策が実施されている。効果が出ているものも出ていないものも、政策実施前よりも悪化したものもある。

学生たちは効果がありそう・なさそう・悪化しそうな政策を事前に予想したのだが、MBAを受ける優秀で社会人経験も豊富な学生たちが予想しても、半分も当たらない。

だが、この「考えただけで、実際にやってないことは、人間の行動についてはほとんど当たらない」というのが、まさに行動経済学のコアだ。

多くの政策は予想を裏切る結果になる

行動経済学の分野では読みやすくて面白い本が多い。僕自身も含めて元々の思い込みが実際に多くの人を相手に実験することで裏切られる様子は痛快だ。

『貧乏人の経済学』で挙げられている実験エピソードの1つは、たとえばこんなものだ。

インド政府は「病気になってからあれこれ治すよりも、事前に予防接種を受けてもらう方が安上がりなので、ワクチンを無料にして予防接種を受けてもらおう」と考えた。いったん病気になると大金がかかり、インド農村の経済を圧迫する。ところが実際にやってみたところ、ワクチンを無料にしても接種率は1%程度と低いまま。

いったん病気になると治療に大金を使うインドの村人も毎日の生活や娯楽がある。いつかかるかわからない病気のためにワクチンを何度も受けに行くのは面倒だ。診療所は街の中心から遠いところも多いし、定休日もある。ワクチンは2回打たないと効果が出ない。

やったほうが将来的には得だとわかっていても、今この瞬間必要でないものに生活のリソースを割くのはなかなか難しい。ちょうど僕らのダイエットや勉強と同じだ。

著者のパナジーとデュフロは、インド農村のよく似た村をいくつもランダムにピックアップして、3種類の接種率改善対策を行い、結果を比較した。

対策A:そのままなにもしない
対策B:予防接種チームを村の中央広場に出張させ、村ごとにキャラバンして回る
対策C:予防接種チームを村ごとにキャラバンさせ、かつ予防接種を受けるごとに1kgの豆をあげる(この1kgの豆は、現地でも時給1時間に満たないぐらいの、本当にしょぼいオマケ)

結果として元々1%程度だった予防接種の接種完了率を、対策Bで17%、対策Cで38%と圧倒的に向上させた。この政策のゴールは「トータルでかかる医療費を減らすこと」なので、接種率が上がっても費用がその分増えると大成功とは言えないが、コストもCが一番安かった。予防接種スタッフの人件費は固定費としてかかるので、早く接種が終わるCは、オマケや移動の費用を入れてもトータルで安くなるからだ。

またこの例は、向上しても38%、つまりノーベル賞級の学者が取り組んでも、半分も摂取させることはできないことも、同時に示している。

次ページ:誤解の多い行動経済学

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