レジー
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1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題になり、2013年春から外部媒体への寄稿を開始。著書に『夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)がある。
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ビジネスパーソンからも支持される「理想の上司」の登場
ソニー・ミュージックエンタテインメント、ソニー・ミュージックレーベルズとJYPエンターテインメントによる「Nizi Project」から飛び出した9人組ガールズグループのNiziU。そのオーディションの様子が朝の情報番組『スッキリ』で取り上げられたことなどをきっかけとして、彼女たちは一躍お茶の間の人気者に。「縄跳びダンス」が印象的なプレデビュー曲「Make you happy」はYouTubeですでに2億回再生され、2020年を代表する1曲としての地位を確保した。
デビュー年に紅白歌合戦への初出場を果たしたNiziUに対して、2009年から毎年出場していたAKB48がその選から漏れたというのも、2020年を巡る音楽シーンのトピックの1つである。2019年時点でグループとしての露出はだいぶ縮小していたため落選そのものに驚きはなく(19年の序盤には当時NGT48のメンバーだった山口真帆が自宅で襲撃され、その事件に対する運営会社の対応が大きな問題となった)、また一方では乃木坂46、櫻坂46、日向坂46という関連グループが紅白にそろい踏みしているという事実はあるものの、2010年代の音楽業界の流れを作ったAKB48本体が紅白のリストから名前が消えたことでいよいよ「1つの時代が終わった」ようにも見える。
そのAKB48だが、特のその全盛期においては活動を通してとかくヘイトを集めやすい存在だった。「握手会のためにCDを売るという手法によって日本の音楽業界を破壊した」「まだ年端もいかない少女に対して過剰に性的な意味づけをしている」「スキルの伴わないステージは見るに堪えない」など、ネガティブな物言いのバリエーションは多様である。
そんなAKB48と比較すると、NiziUの好感度の高さは特筆すべきものがある。オーディションを通じてひたむきに頑張る姿に多くの人が胸を打たれ、キュートな9人が繰り出す「縄跳びダンス」は広く真似された。ビジネスメディアでは彼女たちを的確な指導でリードするプロデューサーのJ.Y. Parkが「理想の上司」として支持された。ビジネス系のインフルエンサーもそんなムーブメントを後押しし、多くのビジネスパーソンがNiziUに注目、メディアでも数多くの記事が掲載されている。
上司にしたい!「言語化の神」J.Y. Parkの言葉が心に響く理由(現代ビジネス)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73781
大ヒット オーディション番組「Nizi Project」を、ビジネスパーソンにオススメする3つの理由(Agenda note)
https://agenda-note.com/career/detail/id=3035
J.Y.Parkの金言がこんなにも私たちに刺さる訳 脚光浴びるNiziUの仕掛け人は理想の上司だ(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/387597
J.Y.Parkの言葉には厳しさと優しさがバランスよく同居しており、多くの社会人はそんな言葉に触れることで自身の境遇を重ね合わせながら刺激を受けている。たとえば、こんな形で努力の必要性を説かれたら、シビアな現実を受け止めながらも前向きに頑張っていこうと思えるのではないだろうか。少し長くなるが引用したい。
繰り返される「プロデューサー」信奉
さて、前述の言葉を読んで、何を感じただろうか。「さすがJ.Y.Park、こんなことを言っていたのか」とそのすごさを再認識した? それとも何かしらの違和感を覚えた?
種明かしをすると、このコメントは、秋元康が2010年代初頭にgoogle+で投稿した発言を抜粋して一部編集したものである(「秋元康がgoogle+で、AKB48の「非」選抜メンバーに贈った言葉が名言」 )。google+がすでにサービスを閉じてしまっているため孫引きになるが、この発言を紹介した記事は896のはてなブックマークがつくなど話題となった。今では「あらゆるものにおける諸悪の根源」的な扱いを受けることも多い秋元康だが、これに対してはネガティブな評価に混ざって「名言」「すごくいいことを言っている」「意外に刺さった」など素直に肯定するリアクションも多数見られる。
ちなみに、グループの絶対的エースだった前田敦子の卒業に際しては、昨今のJ.Y.Parkと同様に秋元康から「上司」としての視点を学ぼうという記事も書かれている。
AKB48前田卒業 秋元康コメントから学ぶ上司愛の3点セット(NEWSポストセブン)
https://www.news-postseven.com/archives/20120328_97629.html?DETAIL
J.Y.Parkと秋元康に共通しているのは、「まだ不安定な若者たちを率いてビジネスを成立させている」ということである。「異なる価値観を持つ人との共同作業を通じてゴールを目指す」というのは会社組織の本質であり、成功したガールズグループのプロデューサーはそれを苦もなくやってのけているかのように見える(実際にはたくさんの苦労があるだろうし、プロデューサーとメンバーの間にはどこまでいっても「支配/被支配」の非対称的な関係性があることは考慮すべきだが)。ゆえに、いつの時代もそこから仕事のヒントを読み取ろうとする人たちが生まれる。その構造は、小室哲哉やつんくが「敏腕プロデューサー」として脚光を浴びていた時代から変わっていない。
そういった観点で考えると、J.Y.Parkに対するビジネスパーソンの「上司にしたい」というアングルからの賛辞は、言ってしまえば非常にありきたりである。もちろん、彼の言葉に力があるのは事実であり、「ああやってフィードバックを受ければ自分ももっと力を発揮できるのに…」と感じるのは自然なことだと思う。ただ、日本での社会とエンターテイメントの距離感を踏まえると、「まさに勝っているタイミングのプロデューサー」がそういった空気をまとうことが多いというのは留意しておくべきだろう。
J.Y.Parkに対する高い(暴騰した?)評価は、そうした日本の歴史・文化的土壌があったうえで形成されているものである。そしてこの指摘は、NiziUというグループそのものにも当てはまる。最近はAKB48の停滞とK-POP勢の隆盛を並べることで日本の音楽シーンの新陳代謝を語るような言説もあるが(そしてそこには一部の真実もはらんではいるが)、ことNiziUに関して言えばその論の中で語るのは慎重になるべきだろう。
むしろ、「2010年代にAKB48が舗装してきた道を忠実に駆け抜けたからこそ、NiziUは一気に大きなムーブメントを生み出せたと考えるのが自然なのではないか」ということを筆者はこの記事で主張したい。
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