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「日本はなぜ冷戦時代に繁栄できたか」から考える、イデオロギー対立の無意味さ【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(10)
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  • 2020.12.30
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「日本はなぜ冷戦時代に繁栄できたか」から考える、イデオロギー対立の無意味さ【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(10)

7:本当のパワートゥーザピープル(権力を私たちに取り戻せ)とは?

要するに「すべてをイデオロギーでオモチャにする」ということは、「知識人が社会から付託されている権力」を、単に個人的鬱屈を晴らすための道具に使ってるってことなんですよ。

そうじゃなくて、ほんとうに「社会のみんなのため」に自分の言論は意味があるか?を真剣に考えなくちゃいけない時代なんですね。

最近、私と同世代の「非・イデオロギー的」な人間が社会のいろいろな場所で中堅的な役割を果たせるようになってきたことをポジティブに感じています。

「イデオロギー対立」が良くない理由は簡単に「我々VSあいつら」論法にできてしまうことなわけですが、目には目を歯には歯を、「我々VSあいつら」論法で対立者を圧殺する安易な論法に頼るヤツらには「我々VSあいつら」論法で対決することも時には必要かなと思っています。

「他者を簡単に否定しまくるってことは、自分も否定されるってことを覚悟してるってことですよね」という構造にこそ私たちのこれからの可能性は眠っているでしょう。

つまり、ありとあらゆる課題を「イデオロギー対立に読み替えて騒ぐ」ような、「言論をオモチャにして遊んでいる」ような老害世代にどんどん退場していただいて、「リアルな議論」をする世代に主導権を取り戻していくことが重要なのです。

「左のイデオロギーの無制限な暴走」をちゃんと「マトモな議論」に置き換えていくことによってのみ、「チョントリー」的な暴言を抑止することも本当に可能になる。

コロナ対策にしても、単に外国の事例を持ってきて「日本政府って最悪だよねー」と騒いでみせるだけでなく、それを日本で導入するにはどうしたらいいかについてちゃんと考える。

今の日本のコロナ対策には「これがもっとできたはず」だという思いを多くの人が持っていると思いますが、この1年間「現状ある程度うまく行っている政策すら崩壊させるような意見」があまりにも考えなしに横行するうちに、なんとか現実をグリップし続けるために当局は過剰に保守的になってしまい、現状の制度を超える機動的な対策はほとんどできずに混乱だけが続いてしまった。

この「なぜ変われないのかの全体像」を理解して、「両側から解決」できないといけない時代なわけです。

気候変動問題に対しても、「理想化された欧米の姿」でなく、日本の国土形状と経済的実情に合ったリアルな議論をいかに持ち上げていけるか。

経済問題にしても、最近ネットでやたら読まれたこの記事・・・「竹中平蔵を排除するためにデービッド・アトキンソンと組む」・・・「血も涙もないネオリベモンスター」を倒すためには「血の通ったネオリベ」を味方にする必要があるという話。で書いたように、「党派争いからいかに離れた議論ができるか」が重要なわけですね。

たとえば日韓関係などについても、「日本の右の差別主義」に対抗するために「韓国側の盲目的なナショナリズム」にまで肩入れするようなところがあるから、余計に紛糾するわけですよね。

最近、ある在日コリアン系の人のツイッターアカウントを見ていたら、「自分の父親が韓国左派の“文字が流れるYouTube動画”にハマって熱弁を振るうようになってきて、こんなの日本のネトウヨと一緒じゃんという気持ちになった」みたいなことを言っていて笑ってしまったんですが。

例の「安倍首相を土下座させる像」だって韓国人にも困惑している人が多い印象を最近では受けます。

重要なのは、

・「20世紀の人類全体の課題」に対する不可避な挑戦としての大日本帝国の存在を完全には否定しないこと

↑ここで良かった行い・悪かった行いを切り分け、「それなりの必然性」を認めることができれば、

・戦争によって生み出された災禍に関しては、国内国外かかわらずちゃんと取り扱えるようにすること

も初めて両方可能になるわけです。

8:朝鮮民族の悲哀には同情するが「全部日本のせい」にされても解決しようがない

Photo by Shutterstock

ウェスタッド氏の本を読んで非常に印象的だったのは、20世紀なかばぐらいの朝鮮民族の貧乏クジっぷりなんですよね。

第二次世界大戦までの「日帝支配期」は数々の問題があったにしろ、日本本土のように空襲で焼け野原になったり原爆を落とされるほどの出来事はなかったと思いますが、その後の朝鮮戦争と国土の分断は

「トラックに一度轢かれただけでなく巨大なトラックが足の上を何度も行ったり来たりした」

…ぐらいの悲惨な体験をした人も多かったと思います。

ただね、その「朝鮮民族の悲哀」は「日帝」のせいというより「人類全体を覆ったイデオロギー対立」のせいですからね。彼らが一番苦労した“そこの部分”の悲哀感まで全部日本にぶつけたって解決しないわけですよ。

もし韓国人が南北分断という民族の悲哀を本当に解決したいなら、「20世紀的イデオロギー対立」の図式をもっと深く抱きしめてしまうような方向で周囲を攻撃しまくっていても決して解決しないですよね。その「イデオロギー対立」が顕在化したのが今の国境線なんだから。

そういう意味で「単なる戦争の勝ち負けによるスティグマの貼り付け合い」ではない全体的なビジョンを模索することは、朝鮮民族全体のためでもあるはずなんですよ。

韓国映画を見ていると、単なる観念論的なイデオロギー対立ではないような、「分断国家を生きてきたリアリティ」を感じさせる描写があってハッとすることがあります。

noteで『愛の不時着』や『1987、ある闘いの真実』について記事で書いたように、

単純に「革命を目指す正義の心の学生運動マンセー」の映画になっていなくて、その学生の無邪気なエネルギーがときに物凄く残酷で血なまぐさい結果を生んだという歴史の真実に「両方」ちゃんと向き合って作ってある感じが凄くあった。

(中略)そういうシーンがちゃんと入っているところに、

「単なる観念的な左翼主義じゃなくて、分断国家を半世紀生きてきたリアリティのある左翼性」

みたいなのがあって、そのへんが日本の『新聞記者』みたいな薄っぺらい陰謀論映画とは全然違うところだと思います。

というところがある。

ネットで見かける韓国人は、「日本のネトウヨさんの鏡に映った像」みたいな人も多いので、いったいあの隣国のどこにそんな「ほんとうの良識」を持った人が存在するのかぐらいのことも思ってしまうんですが、この記事で書いたようなことは、経済発展して「先進国側の事情」も理解できるようになった韓国人の多くにも徐々に理解してもらえるというか、むしろ「21世紀にあるべき新しい大義名分論」としてそういうのに熱中するのが苦手な日本人以上に理論化してくれたりするんじゃないかとひそかに期待していたりします。

要するに日本だとか韓国だとか、そういう枠組みを超えて、

「全部イデオロギー対立にしか見えない老害世代」から、「ちゃんとリアルな議論」によって主導権を奪い返すことができれば、各国の過剰なナショナリズムの暴走を「真因」から解決できる

ってことなんですよ。

また、そういう動きを注意深く育てていくことによって、「米中冷戦」が本当に深刻なことにならないようにリードしていくことも可能になるでしょう。

9:米ソ冷戦時代に日本が繁栄できた原理を知れば、21世紀の米中冷戦時代の活路も開ける

人類社会が「米中冷戦」の時代に入るにあたって、「米ソ冷戦」時代の教訓は再び蘇るでしょう。

「イデオロギー対立」で極論同士の罵り合いに熱中したヤツが負ける。「イデオロギーというものが常に持っている空虚さ」を理解し、「リアルな自分たち」ベースで現実をグリップし続けられた存在が勝つ。

人間は、「純粋な観念」に耽溺して生身の他人を否定したい生き物なんですよね。その方が楽だから。しかしこの「純粋な観念に耽溺して生身の他人を否定する」のは、「日本人という単位にやたらこだわって他を差別する」のも、何らかの人工的な理屈を正義として押しつけてそれにそぐわない存在を果てしなく断罪し続けるのも、結局同じレベルのことなんですよ。

20世紀の米ソ冷戦の本質は、そうやって「人工的な理屈にどこまでも耽溺したい」人々の願いが世界規模でガチンコにぶつかりあい、「ちゃんとリアルな他者と向き合わないと本当に核戦争で人類が滅んでしまう」ところまで行ったことなんですね。

核戦争の脅威はたしかに不幸ですが、しかし人間が「純粋化した観念に酔い続ける」ことを許さずに、ちゃんと「リアルな他者と直面せざるを得ない状況に追い込む」効果は抜群にあったと私は考えています。

「米ソ冷戦」が終わって20~30年の間、どれだけ極論を暴走させられるかが鍵だった時代には日本は非常に不調でしたが、逆に「ちゃんと天井にぶつかってリアルな他者と向き合う必要が生まれてきた」時代における、

美しい花がある、花の美しさというようなものはないby小林秀雄

的な日本人のあり方を、人類社会の普遍的なニーズを表裏一体に貼り合わせてアピールしていける情勢に持ち込めば、20世紀後半に日本が果たした「奇跡的な活躍のポジション」を引き寄せることも可能でしょう。

日々目まぐるしく話題になっては消えていくニュースに溺れず、ステイホームで時間があるこの年末年始には、少し100年、200年単位で世界と日本とその中の自分を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

ウェスタッド氏の本はもちろんオススメです。

また、この程度の長文を読むのは苦じゃない人向けに、さらにこの記事を深堀りした追加のnoteを二本用意しています。

一つは、この記事のような趣旨の文章を書くと、定番の反論は、「マイノリティにマジョリティへの配慮を求めるな」というのが「公式見解」なわけですが、それはもちろん「異論反論を言いやすい社会にする」ためなら大事なことです。ですがそれと同時に「それを社会の中に根付かせる努力」もまた別個にやるべきなのだ・・・という話を深くしています。(ドイツ人や北欧人が持つ理念的純粋志向というのは本当に希望を感じる時があるんですが、それをどうやって“生身の人類全体レベル”まで広げていけばいいのか?という話などもします)

もうひとつは、鬼滅の刃の大ヒットがこの記事のような「世界の歴史の変化の結果としての日本社会の転換点となっている」という話で、特に「ツンデレ女子キャラ」が鬼滅の刃にはいないのはなぜなのか?といった切り口で深堀りしたものです。なんだか随分と切り口が違うように見えるかもしれませんが、最近ちらほら書いている鬼滅の刃関係の記事はどれも好評なので、良かったらどうぞ。

感想やご意見などは、私のウェブサイトのメール投稿フォームからか、私のツイッターにどうぞ。連載は不定期なので、更新情報は私のツイッターをフォローいただければと思います。

この連載に興味をもたれた方は私の「著書」などもどうぞ。

また私は、老若男女色んな個人と「文通」をして人生を考える…という仕事もしており、これはいわゆる「サロン」じゃない一対一の文通なんでほんとビジネス的には無茶なんですが、最近やはりこれが自分が凄く楽しいこと、やりたいこと、ライフワークだな…と感じてきているので、もう少し宣伝してみようかと思っています。日本に住んでいる人も海外に住んでいる人も、都会の人も地方の人も、お金持ちもまあそうでない人も、普通のサラリーマンも政治家さんも若い学者さんも篤農家のおじさんもバブル世代のお姉さんもいます。興味があればこちらから。今を生きる色んなタイプの個人と友達になって色々と話せたらと思っています。


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