CULTURE | 2020/09/16

アカデミー賞の新たなルールで映画は変わってしまうのか。新規定の内容と歴史的経緯を解説【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(23)

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第77回ヴェネチア国際映画祭の監督賞にあたる銀獅子賞を『スパイの妻』(20...

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第77回ヴェネチア国際映画祭の監督賞にあたる銀獅子賞を『スパイの妻』(20)の黒沢清監督が受賞した。監督賞としては『座頭市』(03)で受賞した北野武監督以来、17年ぶりに日本の監督が受賞したことになる。この映画の脚本を担当した濱口竜介と野原位は、黒沢清監督と北野武監督の教え子にあたる。

濱口竜介監督がロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞や脚本賞スペシャル・メンションなどに輝いた『ハッピーアワー』(15)では、“はたのこうぼう”として、濱口竜介と野原位(もうひとり高橋知由が加わる)が共同脚本を担当していた。その彼らが恩師である黒沢清監督と組み、受賞に至ったのである。濱口竜介は、初商業作品『寝ても覚めても』(18)がいきなりカンヌ国際映画祭のコンペ作品に選出されるなど、三大国際映画祭のうちすでにカンヌとヴェネチアに参加。このコロナ禍においては、日本国内のミニシアターを応援すべく深田晃司監督と共に「ミニシアター・エイド基金」の発起人となり、クラウドファンディングを立ち上げるなど現在の日本映画界を牽引している感もある。

そして今回、ヴェネチア国際映画祭のグランプリにあたる金獅子賞に輝いた『ノマドランド』(20)は、企業の倒産で車上生活を余儀なくされた60代の女性が、過酷な労働環境の中で“ノマド”として現場を転々とする姿を描いた作品。早くも来年のアカデミー賞で作品賞候補との呼び声が高い。この映画を監督したクロエ・ジャオは中国・北京の出身。ニューヨーク大学で映画製作を専攻し、監督2作目『ザ・ライダー』(17)で注目された(日本では劇場未公開の『ザ・ライダー』は、現在Amazonプライムで配信中)。彼女が“アジア系”であること、そして“女性の監督”であること、あるいは、黒沢清監督も“アジア系”であること、審査員長が“女優”であるケイト・ブランシェットだったことは、ダイバーシティ(多様性)の表れだと解せる。しかしイタリアのヴェネチア国際映画祭においては、ダイバーシティが声高に叫ばれる遥か以前から、ミーラー・ナーイルやソフィア・コッポラなどの女性監督、アン・リーやキム・ギドクなどのアジア系監督を評価してきたという経緯がある。その点で「白人優位」と揶揄されるアメリカのアカデミー賞は、時代や価値観が急速に変化する中で、未だ旧態然としているという印象がどうしても否めない。

そのような状況の中、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは9月8日に新たなルールの導入を発表した。ノミネートの条件として、ダイバーシティを重視する表現や労働環境に対するルールを必須にするというのだ。連載第23回目では、「アカデミー賞の新たなルールで映画は変わってしまうのか。新規定の内容と歴史的経緯を解説」と題して、アメリカ映画界におけるダイバーシティのあり方を考えてゆく。

松崎健夫

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映画評論家 東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『ぷらすと』(アクトビラ)、『ZIP!』(日本テレビ)、『松崎健夫の映画耳』(JFN PARK)、『高橋みなみの「これから、何する?」』『佐藤二朗のいい部屋ジロー』(TOKYO FM)、『米粒写経 談話室』などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演。『キネマ旬報』、『ELLE』、『SFマガジン』『DVD&動画配信でーた』『PlusParavi』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマアワード審査員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

変革への努力を続ける「白人優位」のアカデミー賞

アカデミー賞が「白人優位」と揶揄されるには理由がある。例えば、2016年に開催された第88回アカデミー賞では、2年連続で俳優部門の候補となった計20名(2年の累計だと40名)が全て白人だった。これを人種的な偏向だとして、抗議の声が上がったのだ。SNS上では「#OscarsSoWhite(白すぎるアカデミー賞)」というハッシュタグが付けられ、スパイク・リー監督が授賞式のボイコットを表明するなどの問題に発展。映画芸術科学アカデミーは、A2020委員会を設置して改革を提案することとなった。この時、映画芸術科学アカデミーの会長だったシェリル・ブーン・アイザックスは、黒人女性として初めて会長となった人物だった。

アカデミー賞の投票権を持っているのは、映画産業に携わる俳優や監督、製作者や技術者によって構成されるアカデミー会員たち。2016年当時の会員数は約6000人と発表されていたが、白人の比率は94%に及んでいた。さらに男性の比率は77%、50歳以上が80%だった。つまり、白人で男性の50歳以上(平均62歳)である人物が大半の投票権を持っている、という保守的な傾向があったのである。そしてこの4年間、A2020委員会による是正によって、会員数は約8000人にまで増加。新たな会員を招待するにあたり、例えば2020年は819名のうち45%を女性、36%を有色人種、49%をアメリカ以外の国籍(68カ国)とすることで、徐々に会員比率へ変化をもたらそうと努力している。急激な変化ではなく、長期的な変化を見据えることが、“本質的な変化”を導くにためには重要だという姿勢だ。

制作スタッフや配給・宣伝会社の体制を見直せば新基準はクリアできる

新規定について記されたアカデミー賞の公式サイト

一方で、9月8日に発表された新たなルールは、2024年に開催される第96回アカデミー賞に向けてのものだが、急速な変化を訴求する要素も含んでいる。これまで、作品賞の候補となるためには「授賞式の前年の1月から12月の間にアメリカ・ロサンゼルス地区の劇場で、連続7日間以上の有料による商業公開された短編を除く40分以上の作品」という規定があった。公式サイトであるOSCARSに掲載された作品賞ノミネートに対する新たな基準を要約すると、新たに加えられた規定は【A】〜【D】の4つのカテゴリーに分けられる。これら4つのうち、2つを満たすことを必須としている。

【A】スクリーン上の表現やテーマ、物語
【B】製作のチーム編成やリーダーシップ
【C】映画業界とのつながり方とその機会
【D】観客の育成

これらの中には、例えば、「アジア系、ラテン系、アフリカ系などの俳優を主要な役に少なくとも1名起用する」、「女性や社会的マイノリティの人種、LGBTQ+や障害者をスタッフの30%に起用する」、「物語の主たるテーマが、女性やLGBTQ+、障害者である」など細かな応募基準が条件となっている。重要なのは「白人男性以外」の起用・採用を基準としている点だ。マイノリティに属する人たちについては、アジア系、ラテン系、アフリカ系、アメリカ先住民、アラスカ先住民、ハワイ先住民、太平洋諸島系、中東系、北アフリカ系、その他の人種や民族、と細かく規定されていることがわかる。ただし、これらをすべて取り入れなければならないというわけではない。

例えば【A】では、①主演や助演:俳優の1人が人種的マイノリティに属さなければならない。②脇役などを演じる俳優:出演者の30%が女性や障害者、或いは、少なくとも2つマイノリティに属していること。③作品のテーマや物語:女性やマイノリティに属する人物、障害のある人物が1人以上主要な役であること。この3つうち、どれか1つ以上を満たしていなければならないのだ。ただしストーリーや出演者に関わる項目は【A】のみで、【B】と【C】はプロデューサーからインターンまで、各種制作スタッフに女性やマイノリティ人種、LGBTQ+、障害者の一定数以上の雇用や、教育機会の提供を促すもの。さらに【D】には配給会社や宣伝会社に対する条件が含まれている。つまり、撮影現場の俳優やスタッフだけではなく、映画を上映するまでのプロセスに「白人男性以外」が関わっていれば、基準のひとつがクリアできるようになっているのだ。それゆえ、現状ではある程度これまで通りの作品制作の自由度が確保されている感もある。

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