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「人々の不安を煽るワイドショー」は変われるのか。西田亮介が「コロナ危機」の政府・行政・メディアを振り返る【後編】
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  • 2020.09.02
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「人々の不安を煽るワイドショー」は変われるのか。西田亮介が「コロナ危機」の政府・行政・メディアを振り返る【後編】

米アメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)がFlickrに投稿した新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像

前編はこちら

社会学者の西田亮介氏が執筆した『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルスか、不安か』(朝日新聞出版)をめぐるインタビューの後編では、主にメディア、より具体的にいえばワイドショーの問題点について語っていただいた。

新型コロナウイルスについてはまだわかっていないことも多いながらも、例えば先日の「イソジン騒動」や、PCR検査をめぐる論争などでも「さすがにその意見・切り口はおかしいだろう」と感じさせられることは多い。そうした最中で「厚労省によるメディアへの反論ツイート」は有益な試みになる可能性もあったが、開始直後から批判が殺到し休止状態となってしまった。

混迷を極める現状に対して、変わる手立ては果たして1つも無いのだろうか。前編の最後で西田氏が提案していた「規範のジャーナリズムから機能のジャーナリズムへ」の内容から話をうかがっていく。

聞き手・文:神保勇揮


西田亮介

1983年、京都生まれ。専門は社会学。博士(政策・メディア)。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教(有期・研究奨励II)、独立行政法人中小企業基盤整備機構リサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授などを経て現職。著書に『メディアと自民党』(角川新書、2016年度社会情報学会優秀文献賞)、『なぜ政治はわかりにくいのか:社会と民主主義をとらえなおす』(春秋社)、『情報武装する政治』(KADOKAWA)、『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)などがある。

フェイクニュース時代のメディアに求められる「整理・分析・啓蒙」

―― 前編で語っていた「規範のジャーナリズムから機能のジャーナリズムへ」とはどういうことでしょうか?

西田:元々は政治報道や新聞社説を念頭に置いていたんですが、古典的な新聞報道というのは取材・速報・告発みたいなところに重きを置いていただろうと。ただこれは全体の情報量が少なく、媒体ごとの読者共同体があった時代のジャーナリズムの在り方なんじゃないかと思います。今は読者共同体にまったく期待できないですし情報量が極めて多くなっているので、単に情報を追加するだけでは人々の混乱を増やすだけです。

WHOが言っている「インフォデミック(感染症が爆発的に広まるように、不確かな情報が急激に拡散されてしまうこと)」への懸念もそういう文脈ですし。正しい情報が誤った情報と一緒くたにバッと広がっている状態自体が問題だろうと指摘されているわけです。だから単に正しい情報を発信すればそれで良いというわけではない。

では何が必要かというと、「整理・分析・啓蒙」が必要なんじゃないかと思っています。その総体が「機能のジャーナリズム」ということです。

「整理」は情報量が多すぎるので「これは正しい、間違っている」を区分けすること、「分析」は単に情報量が多いだけだと意味がわからないので、それをわかるようにしていくことです。ただ、この整理・分析だけでは不十分だということは先ほどから言ってきたことです。その次は届ける努力も必要だろうと。それが「啓蒙」なんですが、一般的に思われる啓蒙とは意味が少し違って、「内容を理解できる」ことに加えて、アプリにして利便性を高めるといった、ユーザーが迷わず情報にアクセスできるという意味での情報デリバリーの部分までデザインしていくということです。

世の中の全員が賢くなるための時間・金銭コストを自然に払うというのはやはり考えにくいです。なので「機能のジャーナリズムへ」というのも望み薄だとは思うものの、ある種のべき論としては言い続ける必要があると思っています。

「政府の話は全部信用できない」というムードは変えられるのか

―― 本書では「厚労省のTwitterアカウントがワイドショーに反論するツイートを投稿」の話題がありましたが、その内容には事実誤認に近い部分もあり批判が殺到したため、継続されませんでした。個人的にはその試み自体は良いことだと思っていて、それこそイソジン会見みたいなものに全力で反論していたら高く評価されていたはずですよね。

西田:でもそれはやっていないんですよね(苦笑)。

―― それをやらず、なぜ一連のツイートが容易に反論できてしまうような脇の甘さを見せてしまったのかが疑問だったんです。官僚は「批判されにくいロジック」を考えるのが得意な集団だと思っていました。

西田:具体的な理由はわかりませんが、例えばWHOによる、インフォデミック対策のために立ち上げられた情報発信組織「EPI-WIN(伝染病情報ネットワーク)」の方針に「I-S-A-Q」というものがあって、そこでは

・Identify(明確化)
・Simple(簡素化)
・Amplify(拡散)
・Quantify(定量化)

の4要素が重要とされています。

WHOのHP内にあるEPI-WINのページ

ワイドショーの物言いにはおかしいもの、過剰に不安を掻き立てることが多く、しかも影響力が大きいわけです。なので厚労省は「WHOもインフォデミックは問題だと言っているし、反論する必要がある」と思ったんだと思います。ただ反論側が間違っているのは論外なわけですし、そういうものを目にした時に人々がどういう反応するかということを考えていなかったと評価せざるを得ません。この後もコロナ関連のおかしな言説は数多く流通しているのに、厚労省に限らずSNSを通じた反論は行われていません。信頼されない団体がたとえ真実を言っていたとしても信頼されにくい。これは厚労省以外も同じ状況に立たされているんだと思います。

リスクコミュニケーションは蓄積された信頼感に基づいて機能するところがあるので、「政府はウソをついている」「情報を隠している」と思う人がたくさんいると、本当のことを言っても信用されない。為す術がないんだと思います。個人的には専門家会議や尾身茂先生は大変信頼できると思っていますけど、一定数の人が「尾身は御用学者だ」と思っている。一旦そう思われてしまうと、これを払拭するのは相当困難だと思います。

ここから何か変わる方法があるとすれば、「専門家会議や尾身先生の評価は一定程度妥当だったが、政府判断が間違っていた」ということを、一定程度信頼できるメディアがいろんなかたちで言うということだと思いますが、すでに朝日新聞なども「専門家会議も結構信頼できない」みたいなことを書くようになっちゃっていますよね。「専門家は自身の役割を自覚して専門的な提言に留めるべきだ」っていうタイプの言説はSNSだけではなく新聞報道にも出ています。そして、もしかするとその評価こそが正しいかもしれないですし、まだ最終的にどうかということは誰にもわかりません。

次ページ:テレビでよく見かける「着色されたウイルス画像」はすでに“演出”である

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