EVENT | 2018/06/12

「天皇杯・Jリーグチーム撃破」を支えた、日本有数の学生データ分析集団|アトム・スコット(筑波大学蹴球部)

元日本代表の中山雅史、井原正巳、平山相太、阿部敏之など、数多くの一流選手を輩出し、120年の歴史を誇る大学サッカー界の名...

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元日本代表の中山雅史、井原正巳、平山相太、阿部敏之など、数多くの一流選手を輩出し、120年の歴史を誇る大学サッカー界の名門、筑波大学蹴球部。2017年の天皇杯では、大学勢で唯一勝ち抜き、格上のJ1チームを破って3連勝したほか、関東大学リーグ1部では13年ぶりに優勝する快挙を果たした。

彼らの実力の源泉となっているのは、実はレギュラーチームの選手たちだけではない。“パフォーマンス局”の存在も大きかった。パフォーマンス局は、対戦相手の動きを解析する“アナライズ班”や試合データの解析をする“データ班”など9つの班で構成。しかも、監督や専門家ではなく、部員自身が練習の合間に活動している。

ということで今回、筑波大学蹴球部のデータ班で活躍する、アトム・スコットさんを直撃。以前の記事でも紹介した通り、スコットさんは、「MIT スローン・スポーツアナリティクスカンファレンス 2018報告会」でもスピーカーとなった1人だ。

サッカーのパフォーマンス向上のため、既存の練習だけでなく、あらゆる角度からの分析を取り入れた先進的な蹴球部の活動について、話を訊いた。

聞き手:米田智彦 構成・文:庄司真美 写真:神保勇揮

アトム・スコット

筑波大学蹴球部 パフォーマンス局 データ班

1997年イギリス生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持ち、小学校4年生のときに来日。地元の少年サッカー団に入り、本格的にサッカーを始める。その後は、中高一貫の東京学芸大学附属国際中等教育学校に入学し、サッカー部で活動。高校時代にプログラミングと出会ったのを機に、サッカーにおけるキックの分析ツールを開発。現在のポジションはフォワード。選手として活動するかたわら、パフォーマンス局のデータ班で積極的にチームのデータ解析に努める。

高校の授業でプログラミングに目覚める

―― サッカーの分析に目覚めたきっかけは何だったんですか?

スコット:高校2年生のときに学校で自主研究の授業があって、当時もサッカーをやっていたこともあり、ハイスピードカメラで自分のキックの映像を撮影し、分析ツールをつくりました。その過程で必要に駆られ、初めてプログラミングを勉強してみて、その面白さに目覚めたのが最初ですね。

制作したのは、体の関節に座標点を取って数値化したもので、強くボールを蹴る人、上手にボールを蹴る人などの特徴を見つけるソフトウエアです。ある日、筑波大が発表した研究レポートを読んでみたら、僕のものと同じ研究結果が出ていて驚きました。自分でつくった分析ツールでも、同じような研究結果が出せたことに手応えを感じました。

―― 筑波大に進学したいと思ったのは、その流れもあってのことですか?

スコット:母や先生の勧めもありますが、国立大学でサッカーができて、かつ情報科学も強いということで筑波大を選びました。でも、実はこの時点ではパフォーマンス局の存在を知らなかったんです。

―― そうだったんですね。ではデータ分析のみではなく、普通に部員として練習もこなしていると。

スコット:名門なだけあって、入部当初はとにかく厳しいと感じました(笑)。1年生は最初の3カ月間、“フレッシュマンコース”と呼ばれる地獄のコースをこなさなければそもそも入部できません。

それと、パフォーマンス局は専門の仕事ではなく、あくまで有志の活動で、部内には運営局や総務局などの必ずやらなければならない“仕事”があります。僕は広報局に入っていて、筑波大蹴球部のホームページ制作を担当しています。データ班の活動はもちろん、他の大学にはない色々な取り組みを発信していきたいと思っています。

2018年にリニューアルした蹴球部HP

「班活動」はすべて現役部員が主導

―― 試合に出る1軍の選手でも、練習の合間に班の活動をしているんですか?

スコット:はい。僕はトップチームの選手ではありませんが、彼らは公式の練習時間以外でもトレーナーとレベルの高い練習をしたり、コンディションの調整をしたりしていますが、さらにその合間を縫って班の活動に充てています。

データ班の活動風景。

―― 各班の中で、データ班はどんな活動をしているのですか?

スコット:毎週、試合後のスタッツ(選手のプレー内容に関する統計数値)の作成をするのがメインの仕事です。試合が終わったら、選手と監督が振り返りできるようにデータを取りまとめ、それに自分の見解を添えたレポートとして監督に提出して、部室に張り出します。そのデータを基に監督と話し合うこともありますね。

データ班が実際に作成した分析資料

―― 昨年の天皇杯でのベガルタ仙台戦では、相手は4バックでしたよね。その戦術は事前の分析を通じて対応できたのですか?

スコット:データ班は試合後の振り返りを担当しますが「次の対戦チームはこんな戦法で来るだろう」ということを分析するのは、アナライズ班の役割です。そのとき、3バックで来るか、4バックで来るかということを予想したのは、アナライズ班ですね。

―― データ班やアナライズ班は、監督とどのように連携しているんですか?

スコット:小井戸監督は積極的にデータを見ていて、「さらにこういうデータが欲しい」というオーダーが来ることも多いので、僕らはできるだけそれに応えられるように努めます。データを熱心に見てもらえるのは、僕らとしてもすごくやりがいを感じることですね。

―― 分析したデータは、特にどのような時に活きてくるのですか?

スコット:メインは選手のコンディション管理で、ケガ防止に役立っています。“ボディロード”という移動速度や距離を計算した指標があって、それが高いと選手にかかる負荷が大きくなり、ケガにつながることが研究結果として出ているのです。

―― たとえば、サイドバックなど、誰よりも走らなければならないポジションの場合は、それを注意深くチェックするのですか?

スコット:はい。できるだけ練習中も負荷が高くなりすぎないようにチェックします。筑波大では、最近サッカーで多く取り入れられているピリオダイゼーション(periodization)という練習法を採用していて、全力でサッカーをやる日と、リラックスしてコンディションを整える日を年間計画で考えるやり方です。

たとえば、練習の強度を上げたい日は、走った距離と出せた最高速度でボディロードを目標値として設定します。そこまで達していない選手は、逆に負荷を上げるべきということが分かります。そうすることで、次の練習の内容を調整しやすくなるんです。

ファインプレー選手の動きをGPSデータで分析

―― 戦術に関してはいかがですか?

スコット:試合ごとに振り返りをしているので、自分のチーム、相手チームがどんな動きで戦ったかを数値で読み起こしますが、そのときにフィールドを5つのグリッドに分けて戦術を分析します。

まず、5つのグリッドごとにクロスボールが何本あったかという数値をすべて出します。その数値を見て「この試合は自分のチームや相手チームにこんな傾向や特徴があった」ということをデータから読み取り、それを監督に伝えます。

2017年の天皇杯で、筑波大学がアビスパ福岡を下した試合のスタッツ

試合中に選手の動きをGPSデータで取ってもいますが、実は自分のチームのGPSデータだけだと、戦術分析は難しいのです。なので現在、自前のデータだけで戦術分析できるよう、企業と共同研究を始めているところです。

―― ポジションごとにどんな動きをすればいいかということが、データからわかるのですか?

スコット: 米国で行われたMITスローンのカンファレンス では、FCバルセロナのアナリストがやっていた研究の中で「自分のチームの選手がどれだけスペースをつくったか(※)」という指標が発表されていました。

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スペースをつくられた時に、選手の動きにどんな特徴があるのかということをポジションごとに判断するイメージです。「得点につながりやすいサイドバックはこんな動きをすることが多い」というようなことが分かれば、戦術も考えやすくなります。

たとえば昨年、天皇杯の得点王だった、フォワードの中野誠也さんは、今年卒業してジュビロ磐田に入団したんですが、彼の強みはスピードです。そのことは、GPSデータにもはっきり示されていて、他の選手と比べて明らかに速度が速い場面がいくつもあるんです。映像を振り返ることで、彼のスピードを活かせる場面が、より分かりやすく見えてきます。

―― データを基に、戦術のミーティングを重ねたり、練習を増やしたりすることで、実際のプレーに生きてくるのですか?

スコット:僕らや監督・コーチたちから伝えるのもそうですが、やはり選手たちが自主的に自分のプレーを分析するのが一番上達につながると思います。ただそのためには、データ班のメンバーも実際にプレーしていることを活かし、「こうした情報が役立つんだ」ということを示さなくてはなりません。そうすればみんなが興味を持って、積極的に「自分のデータも取ってほしい」という申し出が増えると思うんです。

就職・研究・起業、データ分析をどの領域で突き詰めるか

―― スコットさん自身は、将来的にスポーツ・データのアナリティクス業界に入りたいという気持ちはありますか? 

スコット: まだ決めきれてはいませんが、スポーツに関わる仕事には就きたいと思っています。研究職に就くか、自分で起業するか、もしくはプロチームに所属して分析するか。でも、実は今でもその3つが関われているんです。

研究については、国立研究開発法人の産業技術総合研究所でさせてもらっています。そこでつくば市にあるLIGHTzというAIを開発する企業とはデータ班と共同でサッカーの分析ツールの製作に取り組みました。また起業活動もしていて、蹴球部学生トレーナーとともにアスレチックリハビリテーションの補助アプリの開発も進めています.色々なことを肌で感じてから、その先のことを考えようと思っています。

蹴球部学生トレーナーの大野隆滉氏らと共同開発を進めているアプリの概要

―― なるほど。パフォーマンス局の中で「この人のプログラムや分析はすごいな」と思う人はいますか?

スコット:データ班のメンバーには、結構逸材がいるんですよ。僕が入学する2〜3年前に初めてデータ班をつくった先輩はもちろん尊敬しています。

あと、今使っているスタッツを取るためのツールは、パスやシュートなどでポジションが切り替わったら、ボタンを押して手動でひとつずつ計測していくアナログなものなんですが、この装置をすべて自力でエクセルのファイルでつくってしまう伝説の先輩もいました(笑)。

スポーツコードの日本語HPより

「伝説の先輩」が作成したスタッツ取得ツール

班ごとの連携が進めば、それだけで卒論も書ける?

―― 天皇杯でJリーグに3連勝したことは大きな話題となりましたが、蹴球部の今年の目標はそれ以上ですか?

スコット:目標はそれ以上と言いたいですが、昨年は関東リーグで優勝できたものの、インカレも総理大臣杯も逃してしまいました。筑波大はその3冠を取って日本一を目指しています。

―― そのためには、パフォーマンス局はこれからどのように進化すればいいと考えていますか?

スコット:質の高いデータを取る努力をするのはもちろん、チームの勝利に貢献し、部の雰囲気がよくなるようなサイクルができるといいなと考えています。

データ分析とその活かし方について、まだまだ選手や監督とのコミュニケーションが足りないのが現状なので、ここも強化していきたいです。トップチームでの分析をベースに、下のチームも真似したり取り入れたりできればと思います。

―― そうした目標のために、班を横断した連携などもあるんでしょうか?

スコット:選手の悩み相談を担当するメンタル班やフィットネス班、ニュートリション(栄養)班などのデータは揃っているので、今年からは、各班との連携をもっと強めていきたいです。フィットネス班では、毎年フィジカルテストをやっていて、それは前からデータ班が分析してフィードバックしてきました。

ニュートリション班では、毎月選手のヘモグロビン濃度を測定していますが、それがどの練習でどう影響しているかは、まだデータ班で解析できていません。解析すれば、選手の調子がわかるかもしれません。そうなると、ニュートリション班の人はそれだけで卒論が書けちゃいますね(笑)。

―― それは興味深いですね。メンタル班ではどんなことをしているのですか?

スコット:部員全員で講習会に参加して自分の目標設定の仕方を学んだり、スポーツ心理学の研究室で一緒に勉強したりします。その上でメンタル班が選手たちの相談役となり、1対1で目標の達成度合い、改善すべき点などについて話し合うので、まさに、部員の心理状態を知り尽くした“メンタリスト集団”なんです。両者は部員同士なので、レギュラー争いをするライバル同士ということもありますよ(笑)。

メンタル班による講習会の様子

―― 気まずいかもしれませんが、あり得るでしょうね(笑)。データ班では、後輩への指導はどのように行なっていますか?

スコット:2年生には、プログラミングや分析のスキルがあった方がいいということで、僕が「Progate」というウェブ教材を提案しました。初心者向きのとてもわかりやすい教材ですが、月額1000円程度の利用料がかかります。ところが、やはりそこは学生なので、部員が年に1万円以上出すかというと、出せないわけですよ(笑)。

オンラインプログラミング学習サービス「Progate」の公式サイト

なので直接Progateの開発元に「無料で使わせてください」とお願いしました。現在、Progateには協賛というかたちで、スポンサーとしてホームページに掲載することでサービスを無料提供いただいています。まだできて数年の組織なので、そうしたかたちで少しずつ活動環境を良くしていければと思います。

他大学のサッカー部とも積極的に関わっていきたい

―― データの分析・活用が一般的になってくると、スポーツの解説なんかも俄然面白くなりそうですね。最後に、筑波大蹴球部の活動の中で、今後やりたいことについて教えてください。

スコット:データを駆使することが、勝利につながることを証明していきたいです。そうすることでデータ班のメンバーが増え、班員が将来サッカー業界で活躍すれば、サッカー分析にも大きな波が生まれる可能性もあります。

それから、他大学との連携もやっていきたいなと思っています。もちろん、自チームの戦術に関わるだけに、データを共有しにくい面もあります。ただ、学生の本分は勉強ですし、もっとデータを元に広く議論し合えるようになれば、より面白くなってくると思います。

ITがここまで成長したのは、知見やスキルをみんなで共有してきたからですよね。オープンソースがテクノロジーを発展させてきたわけですし、みんなで共有しながら成長できれば理想的だと思います。