スポーツは根性。そんな風に言われていたのはもう昔のこと。現代スポーツでは、科学的見解が重要視されている。特に欧米にその傾向が強い。
トレーニングもただやみくもに回数をこなすだけではなく、短時間で効果的な方法が用いられたり、過去のデータを分析して試合の作戦を立案したり、ビッグデータを使ったマーケティングに基づいてファンサービスを行ったりするといった傾向が強まっている。逆に言えば、科学的な見解を用いなければ、現代スポーツ界では生き残れないといっても過言ではない。
そうした中で米MITスローン・スクール(経営大学院)は2007年から、「MIT Sloan Sports Analytics Conference」(MIT SSAC)を開催している。2018年は2月23〜24日に開催された。
また3月29日には、このSSACの参加者による報告会「MIT スローン・スポーツアナリティクスカンファレンス 2018報告会」が開催された。今回はその模様をレポートする。
文:三浦一紀 写真:神保勇揮
MIT SSACとは?
宮田誠氏(ユーフォリア)
今回の報告会の主催は、日本スポーツアナリスト協会(JSAA)とユーフォリア。両者ともに2016年から3年連続で参加している。そのほか、日本からさまざまなバックグラウンドを持った人たちが参加した。
冒頭ではユーフォリア共同代表の宮田誠氏がSSACの概要説明を行った。
MIT SSACは2日間で約80のセッションが開催され、3500人以上が参加。スポーツアナリティクスをはじめ、エンターテイメント、eスポーツ、チームマネジメントなど幅広い領域のセッションがあり、参加者は好きなものを聞くことができる。今年はオバマ元大統領も登壇した。
今回は世界35カ国からの参加があったとのこと。世界的にスポーツアナリティクスは注目を集めているようだ。スポーツ関係をはじめさまざまな分野の28社の企業からスポンサードも受けている。
またMIT SSACでは学生とスポーツ業界のマッチングイベントも設けられており、人気コーナーのひとつとなっている。現在、アメリカではスポーツ業界はドリームジョブと言われているという。
ケガ予防やドラフト時の選手分析への活用広がる
今回の報告会では、実際に現地に赴いた人たちが感じたことをそれぞれ発表していくという形式となった。
千葉洋平氏(JSAA理事)
JSAA理事である千葉洋平氏は、アイスホッケーのセッションを紹介。
チームスタッフはすでにデータを共通言語と認識し、データを介してアイスホッケーの会話をしているとのこと。試合の戦略や選手のコンディション管理はもちろん、トレードやドラフトにおいてもアナリティクスは重要視されているという。通常トレードやドラフトは成功率が低いものだが、データ分析の精度を高めることで成功率を上げていくのが今後の課題となっているようだ。
また、大リーグのセッションでは選手のポジションやボールの軌道スピードなどをデータ化して、選手のフォームやスイングの参考にしたり、バスケットボールではドラフトでの選手獲得時に過去のパフォーマンスデータを重要視しているとのこと。今後は、パフォーマンス以外にも人間性や性格も総合して判断できるようにしていくのが課題となっている。
水泳の世界では、オリンピック代表選手の選抜にデータが用いられているという。カナダでは、現時点での選手のパフォーマンスや年齢から、次のオリンピックでの記録を予測。実際に女子200mフリースタイルリレーで銅メダルを獲得している。
全体としては、パフォーマンスに関するデータを重要視している。チームだけでなくリーグでデータを取得しているという例も多かったとのこと。ただし現時点では現役選手のパフォーマンス向上というより、ドラフトやケガ・障害予防という方向性にリソースが用いられている傾向が強いようだ。
アナリストはより高度な知識が必要に
廣澤聖士氏(アシックス)
次はアシックスの廣澤聖士氏が登壇。現在はデジタル分野の新規事業開発を手がけており、ランニングフォームの分析アプリや足のサイズを計測するアプリなどを開発している。
廣澤氏は主に機械学習やAIに関するセッションに参加。実際にコーディングをしながら体験するセッションもあり、大学の講義のようだったと語った。
また、ピッツバーク大学教授のセッションはより高度なもので、プロスポーツリーグの実データを用いて授業を行っているとのこと。いくつかのリーグでは、各チームのデータをAPIで公開したり、Webで公開しており、それらを使って学生が分析をしたりすることもあるという。廣澤氏は、アメリカに比べ日本はデータの取り扱いが慎重だという印象を受けたようだ。
加えて、データを扱う現場のアナリストにはより専門的な知識が必要になってきているということも実感したとのこと。スポーツ界全体で、アナリストの育成に力を入れているという印象が強かったそうだ。
国と企業、大学などの連携がスポーツアナリティクスを変えるカギ
橋口寛氏(ユーフォリア)
前述の宮田氏とともにユーフォリアの共同代表を務める橋口寛氏は、3年連続参加という経験もあり、定点観測的な視点でMIT SSACを見たほか、コンディショニング管理やスタートアップ経営者の視点、カンファレンス運営者の視点、ヨーロッパとの比較といった視点から会場を見て回ったとのこと。
全体的には、コンディショニングや障害予防系のセッションが多かったという。また、大学と企業、企業と国といった連携も多く見られたようだ。
印象に残っているセッションは「動体視力の能力が野球の出塁率や被三振率に大きく関わる」という研究。この研究が、大学だけでなく米陸軍研究所や米国防高等研究局(DARPA)、MLBなどが協力しているということで、軍事的な目的にも活用されている可能性があるということを示唆していた。
スポーツに限らず、航空宇宙やモータースポーツ、軍事領域の開発から一般領域へ転化されるものも多いため、これからはスポーツ、特にハイパフォーマンススポーツはR&Dの苗床になり得るのではという見解を示した。
もうひとつ紹介したのが、「AIS」というオーストラリア国立スポーツ科学研究所のデータマネジメントとアナリティクスの取り組みについてのセッション。45の組織、1万2000人のアスリートをモニタリングし、それらのデータをクラウド上にアップロード。年間30億件というデータが記録され、5000人のスタッフがアクセスしているというものだ。
民間と国立の研究所が巨大なデータマネージメントプラットフォームを運用するという事例はあまりなく、今後このような取り組みが各国で行われていく可能性があるかもしれない。
データ活用は「顧客満足度アップ」にも大活躍
早川忠宏氏(JSAA)
次にJSAA広報委員の早川忠宏氏が登壇。スポーツPRプランナーという顔も持つ同氏は、主にファンエクスペリエンスという側面からMIT SSACを総括した。
アメフトチームのミネソタ・バイキングはスマートフォンアプリを開発。これにより、ファンのデータを収集し、それを基に最高の体験を与え、究極のホームアドバンテージを生み出しているという事例がある。
アプリはチケットの購入・指定席ごとの入場記録機能もあり、スタジアム内の観客の様子を1分ごとに可視化。これはスタッフの人員配置に活用されている。
また、新スタジアム建設時にはファンへアンケート実施。Wi-Fi環境の構築やスクリーンへのスタッツ(チームや選手のプレーに関するデータ)表示、サイドラインカメラの導入といった事例につながっており、それらがさらにファンの満足度を高める結果となっている。
現在、これらの分析は人間が行っているが、将来的にはAIが各データの分析を行い、ファン個人個人に最適な情報を発信するといったことが行われていくのではと、早川氏は締めくくった。
日本唯一の大学生参加者は筑波大学蹴球部データ班
スコット・アトム氏(筑波大学蹴球部)
最後に登壇したのが、筑波大学蹴球部に所属するスコット・アトム氏だ。
スコット氏は高校時代からサッカーキックの動作分析ソフトを開発しており、その実績を携えて大学に入学。現在は筑波大学蹴球部のパフォーマンス局データ班として、試合に関するデータ分析などを行い、チームを支えている。
今回は大学の制度を利用して補助金を受け取ることでMIT SSACに参加。最先端の解析技術の見学が目的だったとのこと。コンテスト形式のデータ解析バトルに参加したり、海外の有名アナリストと交流を持ったりと、有意義な時間を過ごしたようだ。
「選手だけが頑張ればいい」という時代はもう終わった
ユーフォリア宮田氏が作成したまとめスライド
MIT SSACは、年を重ねるごとにセッションや参加者数が増えている、スポーツ×アナリティクス界の最先端を知ることができるイベントだ。
昨今、日本でもスポーツにおけるアナリティクスは重要視されてきているとはいえ、まだMIT SSACをはじめとしたカンファレンスなどに参加している日本人は少ない。
現在のスポーツは、選手だけが頑張ればいいというものではない。選手を支え最高のパフォーマンスを発揮させるスタッフの力も重要視されている。
これからは、スポーツアナリストの需要も高まってくるはず。興味のある方はMIT SSACなどのカンファレンスに参加してみたり、今回のような報告会に参加してみるといいだろう。