CULTURE | 2018/06/11

ハイテク運動会で地域を盛り上げる「YCAMスポーツハッカソン2018」+「第3回 未来の山口の運動会」

運動会の種目をハックする
ハッカソンとはハックとマラソンを組み合わせた造語。参加者が会場に集って決められた期間内に開発...

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運動会の種目をハックする

ハッカソンとはハックとマラソンを組み合わせた造語。参加者が会場に集って決められた期間内に開発を行い成果物を発表するイベントで、国内でもさまざまな取り組みが行われてきた。今回紹介するのは、他にない枠組みを設けたハッカソンの成功事例だ。

ゴールデンウィークの3日間、ハッカソンと運動会を組み合わせたイベント「YCAMスポーツハッカソン2018」が、山口県山口市にあるアートセンター・山口情報芸術センター、通称YCAM(ワイカム)で開催された。ハッカソンや地域アートの問題点を乗り越えて、当日は地元の親子連れで想像以上に賑わった。この取り組みを間近で見るために山口市へと足を運んだ。

文:高岡謙太郎 撮影:塩見浩介、伊奈英次(YCAMの外観のみ) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

ハッカソン参加者たちによる「デベロップレイ」の様子。光学式のモーションキャプチャーを使用して新しい運動会種目を開発している。

ハッカソン開催3日間の予定

このスポーツハッカソンのスケジュールは、前半2日間の開発によって運動会の種目を創り出し、最終日の3日目に運動会を開催し、地元の親子連れも参加して創った種目を競技するいう流れ。

開発(デベロップ)と実践(プレイ)を繰り返す「デベロップレイ」によって、玉入れやムカデ競争など誰もが知る運動会の種目にテクノロジーを追加した種目や、テクノロジーから着想を得た新しい種目などがアイデアとして共有される。イチから自分たちで真剣につくりあげた種目なので競技するときも真剣になり熱が入る。この熱狂が継続され、今回で3回目の開催となる人気のイベントだ。

このイベントならではの基軸は、日本人なら親しみを感じる運動会という枠組みを設けることによって、開発する側は共通認識を持ちながら制作ができること。そして、地域の子どもたちが競技を楽しむ過程でテクノロジーの面白さを気軽に触れられるだけでなく、参加者同士による新たな地域コミュニティが創出されることも醍醐味のひとつだ。

山並みの屋根が特徴的なYCAMの外観

会場は西日本最大級のメディアアート施設

今回のイベントを企画し、会場となったYCAMは、公益財団法人山口市文化振興財団が運営する文化施設。主にメディアアートや現代美術の企画展、演劇やワークショップ、映画上映が行われている。館内には図書館も併設され、一般の市民が立ち寄って展示を気軽に鑑賞する機会を創出している。ちなみに取材時には、映画監督の三宅唱が手がけた映像インスタレーション作品が展示され、7月からはNYを拠点に活動するメディアアーティストのエキソニモによる企画展が控えている。なお、今回のハッカソンはYCAMの開館15周年を記念した関連イベントでもある。

ハッカソン中の様子。さまざまなバックグラウンドを持った参加者約40名集い、2日間かけて運動会競技を考えていく。

初日から日程を追って紹介

初日、会場には約40人のデベロッププレイヤーが到着した。参加者が全国各地から駆けつけ、地元からはファブスペース「ファブラボ山口」のスタッフなどが集う。キャリアや年齢、居住地もバラバラな人たちが当日に出会って協力しあう。

今年からは発想の幅を広げるために「ゲストデベロップレイヤー」と称してYCAMと縁のあるアーティストが開発に参加する。参加アーティストは以下の3組。コンビニや盆踊り会場でDJを行い地域に「開かれた場」をつくり幅広い活動を行う、岸野雄一。格闘技を想起させる身体表現を含んだパフォーマンスを行うグループ、コンタクトゴンゾ。ドローイングマシンなどのロボットを介した作品を制作するメディアアーティスト、管野創。個性的な活動で注目される面々が集った。

またゲストは開発者だけでない。この場で創出されたばかりの運動会の種目の安全性やゲーム性を確認するために、運動会のプロも参加した。ハッカソン中に目を光らせていたのは、フリーランス・キュレーターで、本イベントの企画、ファシリテーションを務めた西翼、王子の遊び総合研究所所長でありゲーム監督としても活動する犬飼博士、様々な企業で社内運動会のプロデュースを手がける運動会屋の米司隆明など、アートやテクノロジー、ゲームデザインの知識に長けた面々がサポートしている。

新しく種目をつくっていく上で重要となるのはルール。老若男女が集う運動会参加者全員がすばやく理解できるように、5つの決まりごとを設けている。

まずは種目のプロトタイピングから

幕式からオリエンテーションが開始した。まずはルールの説明に続いて、運動会で使用可能な道具を紹介していく。会場に持ち込まれた道具は、綱引き用の綱、玉入れの籠と玉など運動会用の一般的な道具。それだけでなく、「未来の運動会の道具」と称したテクノロジーを用いたツールも活用される。YCAMが施設を運営する中で展示やイベントで開発した機材や、参加者が持参してきた機材だ。例えば、YCAMが開発したスマートフォンアプリを使用したビーチボール型ツール「YCAMボール」や、東京から参加したクリエイティブ系の制作会社のIMG SRCは自社で開発したセンサーを持参するなど、スポーツに転用できる可能性のあるツールが並んだ。

運動会でおなじみの道具も用意される


まずは、これらの道具を組み合わせた競技のアイデアを紙に書き出していく。約1時間のアイデア出しの時間に、集まったアイデアは100種目以上。冗談混じりのアイデアもあるが、ひとり3種目以上は発案するという参加者のモチベーションの高さに驚かされた。そこから参加者によるアイデアへの投票が始まり、票数の多いアイデアがピックアップされていく。

アイデア出しの様子。全部で200以上のアイデアが出た

ピックアップされたアイデアを中心に参加者が4チームに分かれる。実践しながら開発するデベロップレイへと突入。チーム内で意見を出し合いながら、トライ&エラーを重ねてブラッシュアップしていく。2日目は初日に続いてデベロップレイが丸一日続き、終盤にはルールをプレゼンテーション出来るまでになった。さて、実際に楽しんでもらう明日の本番に向けて準備が整った。

「第3回 未来の山口の運動会」開幕!

3日目は運動会本番当日。「第3回 未来の山口の運動会」と称して開会。種目を開発したデベロップレイヤーの他に、200人以上の地元住民が来館した。参加者の大半は親子連れで、開始前から走り回る子供たちによって早くも賑やかな雰囲気に。

それでは、他では楽しむことができない出来たての運動会の種目をかいつまんで紹介したい。見たことのない種目で大勢が体を動かす光景は、見学していても楽しめる内容だった。


「檄掃!ルンバタマイレ」

記念すべき運動会の第一種目「激掃!ルンバタマイレ」の様子

自動掃除機のルンバに玉入れの籠を乗せた競技。天井から投影されたチームの色に玉が乗ると点が入る。動き回る籠の中に玉を投げ入れると高得点。ルンバはコントロール可能で他のチームの邪魔をできる。

「だるまさんがまわった」

プロジェクションマッピングを使用しての種目。YCAMの機能がフル活用されている

敵チームは、中央に設置された回転する筒を回すことによって、天井から投影された色を回転や逆回転させることができる。白の枠からはみ出てしまうと退場。音楽が鳴り止むと回転がストップするので、参加者は白い色の陣地を走り続ける。

「この文字なーんだ 人文字クイズ」

複数人で一つの文字をつくるのはなかなか大変。文字を確認しながら何度も微調整を繰り返す

天井から投影された文字になぞらえて、人文字をつくる。投影された文字を知らない回答者が、正解するまで人文字を調整する競技。限られた時間の中で数多く回答できたチームが勝ち。

各種目の勝者には地元企業や店舗からの協賛品が贈られる

3日間のハッカソン運動会を経て

ここ数年でハッカソンという言葉は日本に定着したが、「短期間で新しいプロダクトやビジネスモデルを作り上げることは難しい」「主宰の企業に著作権が帰属されてしまう場合がある」などのさまざまな問題が生じ、モチベーションを高める枠組みを設けるのが難しくなってきている。しかしそこで、ハッカソン自体の敷居を下げて地域と共存するという指針を見出したことが成功の秘訣となったのだろう。

また、既存のハッカソンでは、テクノロジーの知識に長けた人でないと参加することが難しくなる。しかしこのイベントでは、運動会という日本人なら誰もが知るシンプルな落とし所を作ったことにとって、親子連れが参加できるようになった。接点を見出しにくい地域住民とアート的な表現を結びつけたことは、地域活性化や教育の観点でも評価できる。その証拠として、この取り組みに協賛する企業は80社以上にも及んでいた。

それと何よりもYCAMスタッフの貢献には目を見張る物がある。日頃から研究開発プロジェクト「YCAMスポーツ・リサーチ」としてリサーチを重ねたことで今までにない枠組みを構築し、そこからアーティストや運動会協会などと協力して参加者を楽しませることに身を投じていた。スタッフ自身が当事者意識を持って、真剣に慎重に楽しんでいる姿勢が、参加者のモチベーションを高める起因に思えた。この「YCAMスポーツハッカソン」と「未来の山口の運動会」は来年も開催する予定とのことで、まずは3日間で見たこともない運動会を作り上げる盛り上がりを体感してもらいたい。