水口哲也氏の新しいオフィスには、まだ何もなかった。「奥にラボをつくる予定なんだ」という6階のスペースには、塗料の缶や建材が置いてある。水口氏の作業デスクだけが、主人の帰りを待っていた。あと数カ月もすれば、機材や人材でひしめくであろう空間からは、「何か」が起きる期待を感じずにはいられなかった。
コミュニティラウンジ、イベントスペース、メディアセンター、キッチン、茶室など、イノヴェーションを起こすための機能を備えた「EDGEof TOKYO(以下、EDGEof)」が、2018年4月に稼働を開始した。「東京のど真ん中」ともいえる渋谷の神南一丁目、タワーレコード、PARCO、宮下公園、あるいはGoogleの新施設や多くのIT企業なども集う、このカルチャーとエネルギーの密集地点に、8階建ての複合施設が誕生したのだ。
この場所は、それぞれの得意領域を持つ共同創業者6名によって作られた。彼らは「渋谷から世界をアップデート」することを企てる。全容や実績はこれからだが、FINDERSはひと足早く、創業者のひとりである水口氏に話を聞くことができた。
EDGEofはもちろん、彼自身はこれから何を成し、どんなビジョンを見ているのか。働き方改革、インターネットで量子化した社会、ゲームの未来まで、縦横無尽に話題は展開した。
聞き手:米田智彦・長谷川賢人 文・構成:長谷川賢人 写真:神保勇揮
水口哲也
エンハンス代表/EDGEof(エッジ・オブ)共同創業者兼CCO
プロデュース作として、『スペースチャンネル5』(1999)、『Rez』(2001)、『ルミネス』(2004)、『Child of Eden』(2010)など。2016年には『Rez Infinite』をリリース。米国The Game Award、ベストVRアワード(2016)を受賞。同年『Rez Infinite』の共感覚体験を全身に振動拡張する『シナスタジア・スーツ』を発表。 2006年には全米プロデューサー協会(PGA)とHollywood Reporter誌が合同で選ぶ「Digital 50」(世界のデジタル・イノベイター50人)の1人に選出される。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 (Keio Media Design) 特任教授。
共感覚的な体験が人を幸せにする
―― 今日は、これまで手がけたゲーム、例えば『セガラリー』や『Rez』といった過去のことは、もうさんざん他でも話されていると思うので、今回は水口さんが「これからやろうとしていること」にフォーカスしてお聞きできればと。
水口:うんうん。お願いします。
―― とはいえ、オフィス、まだ工事中の箇所も結構あるんですね。
EDGEofの外観。屋上にはパーティスペースとモニュメントとして灯台が設けられている。
2階の「EDGEof Crossing」。イベントや展示などを行うためのスペースだ。また3階にはVRやAR、AI、IoTなどの新テクノロジー関連のショールーム「EDGEof Showroom」も用意している。
4階の「EDGEof Core」。運営メンバーのためのオフィススペースとなっている。
水口:みんなこだわりが強いからね。なかなか工事が先に進まない(笑)。でもそこが楽しい。僕は、エンハンスのオフィスをEDGEofに移して、これからはゲーム以外のこともスタートします。ひとつは、前から作りたかった「シナスタジア(共感覚)ラボ」。研究者やアーティストをはじめ、個人や法人とアライアンスを組んで、プロジェクトベースで研究したり、実験したり、開発したりするラボです。共感覚的な実験や、社会実装に向けた実験をやっていきます。
―― 共感覚というと、音に色がついたりして見える、あれですか。
水口:ノーベル賞物理学者のリチャード・ファインマンとか、実際に数字に色がついて見える人って、結構いるらしいんだけど、僕らはそのような「共感覚者」のことを研究するわけではなくて、統合された共感覚的な「体験」を、どう拡張させていくかを考えています。
メディアの進化の歴史を振り返れば、人間の感覚の延長線上に新しいものを輩出してきたわけですよね。視覚や聴覚といった「ある感覚」だけに特化したり、視覚と聴覚が組み合わさって、複合的に「映画」が生まれたりとか。
これまでのメディアは「情報」が主だった。でも、これから先は「体験」の時代が始まる。体験の流通や送受信が可能になるということです。「体験の出版」も可能になるし、次の10年で僕らの生活は一変するでしょうね。
―― その過程において共感覚がキーであると。
水口:体験のデザインや送受信が、どう僕らを幸せにできるかを考えてます。コミュニケーションも、エンターテインメントも、よりクリエイティブでエモーショナルになるんじゃないかと。
もちろん、プラスとマイナスの両面があるだろうけど、なるべくポジティブな面を中心に実験を繰り返し、社会実装するのがシナスタジアラボの目的です。
ただ最初に言っておくと、受託仕事はしません。僕らから出てきたアイデアを、興味のある方々に参加してもらって一緒にプロジェクトビルディングするか、自分たちで資金調達するか。だから発想やアイデアだけじゃなくて、お金のことも、契約のことも、法律のことも、しっかりやります。僕らが進化するためにも、もうそこを避けて通れない感じですね。
―― そこで言う「僕ら」は水口さんたちクリエイターの側ですか。
水口:そう。僕自身もこの2〜3年で時間を割いたのは、お金、ファイナンスに関することかな。知的財産権についても、今まで何となく理解していたつもりだったんだけど(笑)、改めてちゃんと理解しようと思った。そうじゃないと、「次」にいけないと思ったんだよね……。
―― 「次」とは?
水口:これまで自分はどちらかというと、「モノは作るけど、ビジネスは人任せ」という感じだった。でも、ここから先は、クリエイティブとお金が融合しないと、どうも次に行けないと思ったんですよね。
―― その「次」へ行くきっかけがあったわけですか。
水口:うーん……。世の中が「量子化」されてきたでしょ? いろんなものが分解されて、その解像度が上がって、個々が力を持って、今までつながらなかったところがつながって、本質的な次元で融合が始まったんだと思う。これは、インターネットの本当の力だよね。
―― なるほど、社会の個人化というような感じですね。
水口: 結局、気がつけば、インターネットは一人ひとりをバラバラにして、エンパワーさせたんだよね。エンパワーさせたことで個がアクティブになり、個がメディアにもなった。その「バラバラに量子化して力を与える」といったことが、世の中、これからもっともっと進んでくると思うし、いろんなもののフュージョン型が出てくると思う。
量子化された未来では、お金とクリエイティブが同一化していく
―― それこそブロックチェーンで、一人ひとりのつながりがより明確になるという話もありますよね。政府と個人とがダイレクトにつながるような仕組みも期待されています。
水口:日本ではまだブロックチェーンが政府や自治体といった「社会」に実装されていないけれど、時間の問題だと思ってます。欧州のGDPR(EU一般データ保護規則)の流れもあるし。だから自分も、会社の仕組みや、契約や、権利など、発想だけはブロックチェーン「的」に考えるようにしています。
僕の会社エンハンスは米国法人なんだけど、もう「社員制」じゃないんですよ。全員が独立した個人の「独立法人」というか、「個人法人」というのか……要は、自分で自分のことはマネジメントしてね、と。
―― なぜそのような形態を志向するのですか?
水口:やっぱりね、クリエイターと会社員制度って、なんか相性が悪いんだよね。なんか、人が生きないっていうか、自主性が落ちるし、才能を磨き続けるためにも、会社員って仕組みは、サステナブルじゃない。将来的に権利やインセンティブが発生する場合、ロイヤリティであるとか、成果物に対しての報酬とかがライフタイムでずっと支払われる仕組みを作らなければ、もう先へ進めないと思ったんですよね。
クリエイターが大きな会社に所属して、金銭・権利としてもクリエイティブのほとんどを「法人」に持っていかれる。それに疲れた頃に「会社にいるか、独立するかを決めろ」と詰められるのは……なんかフェアじゃないと思うんですよ。そこで「自分には何ができるんだろう」という意識が強く働いたのかもしれない。
―― 量子化された人間たちがクリエーションするには、自分の権利を含む「契約」を知った上で組めるかどうかが課題になるわけですね。
水口:そうそう。ただ、これって大きい会社にとっては結構なチャレンジだけどね。
―― その仕組みだと、人を雇いにくいですよね。
水口:確かに雇いにくいかも、今はね。だけど、たぶん、そういう時代ではなくなると思う。会社も量子化するんだと思う。結局、法人って言っても、バーチャルなものだから、「法人格」も量子化されて、人間が中心になった方が、働いている人は幸せなんじゃないかな。組織がその法人にとっての宝物ではないんです。創業時には創業者という人間のエネルギーが強いんだけど、会社が大きくなるとシステム化して、組織の方が強くなっていきますよね。
人の熱意が会社の成長とともに消えていく……僕がここで求めたいのは、仮に組織が大きくなったとしても、クリエイティブの才能やパワーを相殺せずに、成長し続ける方法はないのかな、ということなんです。
それが、ブロックチェーン「的」な発想とくっついて、今はすごいリアリティをもって捉えられるようになった。クリエイティブが資本、契約、権利分配とか、全部つながっていけば、お金とクリエイティブが同一化しますよね。それが、「量子化された未来」ってことなんだと思う。
―― 「お金とクリエイティブが同一化する」というのはどういうことですか?
水口:例えば、会社員の場合は、会社に貢献した対価としてお給料をもらっているけれど、それが具体的にどういう行為に基づいて報酬が発生したのか、ほとんどわかっていないですよね。というより、わからないくらい社内で、貢献度が均一化されるわけです。
それは別に悪い意味じゃありません。ただ、自分が日々どれだけがんばっても、あるいはがんばらなくても、「会社の仕組み」に麻痺してしまう。でも将来、自分がもらっているお給料が、どこから来て、何が源泉になっているのか可視化されたときに、個人のモチベーションも変わるでしょうね。
―― 何かを生み出し、それで利益が出て、個人に返ってくる過程が可視化されると。
水口:そうそう。もしかすると、今もらっている給料の10%は、10年前に別のチームが困っていたプロジェクトを助けてあげたものが、ロイヤリティのように払い込まれているのかもしれない。それがわかった瞬間に、そういうことを率先してやるようになるじゃないですか。
上司に「そんなカネにならないことやるなよ」って言われたようなことも、プロセスと結果が可視化された瞬間に「いやぁ、だって10年前に助けたことが、今や、会社の基幹ビジネスになってますよね」って説明できたら、誰も否定しなくなりますよね。
―― それこそ「闇研」といったように社員が勝手にはじめたプロジェクトが、実際に利益として返ってきた例がありますよね。そう考えると、みんながクリエイティブになれそうです。
水口:会社でも組織でも、いかにクリエイティブであり続けるのかを考えるために、「会社2.0」や「会社3.0」といった発想が必要なんでしょう。その発想がテクノロジーによって変えられる時代に入ってきている。
あと、マネージャーが部下を評価するとか、双方ともに、結構なストレスですよね。全員が自分で自分をマネジメントすればいいんです。人任せにしないで、自分で責任を持つ。そうすれば、悪いストレスは少なくなるはずだし、その組織に属する人が幸せになれるんじゃないかなって思うんです。
―― 「個人が幸せになる」のはもとより、組織がちゃんと健全になる。
水口:うんうん。まぁ、健全というか、健康になるのかな。
―― 健康な個人が集まった、健康な組織になると。
水口:さらに平等性と透明性が出てくるだろうから、みんなを健康な気持ちにさせるじゃないですか。疑念とか、そういうものが段々なくなってくると、安心しますよね。
―― 「お金」や「会社のミッション」だけでなく、「自分のヴィジョン」のために働くことが組織のためになっていくようなことも考えられますね。
水口:その通りだと思います。アル・ゴアのスピーチライターだったダニエル・ピンクが、「モチベーションが生まれる条件」として必要な3つのことを説いています。
まずは“Autonomy”、これは、自主性。自分の生き方は自分で決めたいという欲求です。次に“Mastery”、専門性や成長性。それぞれが持っている専門性から始まって、だんだんと円熟したり、成長していきたいという欲求。3つ目が“Purpose”、目的です。やっぱり目的を意識できないと、人間、力は出ないですよね。
―― 日本企業で働く人も、「大きい組織で小さい歯車」よりも「小さな組織で大きな歯車」を望む人が増えている印象もあります。
水口:そうそう。個人が強くエンパワーされれば、結果的に所属しているグループが強くなっていく。「会社のために」というより「自分のために」が中心となって、それが法人化したりグループ化したりするほうが、圧倒的にモチベーションは高いですよね。
それは小さくて専門性のある会社だから可能なのでは?という話もあるんだけど、でも、量子化が進んでいくと、その規模も大きくなっていくんじゃないかなって思います。つまり、ブロックチェーン的なテクノロジーが本当に会社の中に入ってきたりすると、それが50人でも1万人の会社でも関係なくなるんじゃないかな。
(後編へ続く)
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