CULTURE | 2020/01/28

ユッキーナ不倫疑惑でも脚光!「特定」したら某大手芸能事務所に2時間半監禁された話【連載】中川淳一郎の令和ネット漂流記(8)

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中川淳一郎
ウェブ編集者、PRプランナー
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中川淳一郎

ウェブ編集者、PRプランナー

1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。

5ちゃんねるの「鬼女」の卓越した特定能力

木下優樹菜と乾貴士の“不倫疑惑”では、5ちゃんねるの「鬼女」の高い調査能力が久々に大注目され、テレビや雑誌でも取り上げられた。それに先立ち、2019年11月に「タピオカ騒動」で大炎上し、芸能活動を自粛した木下がその後FUJIWARA・藤本敏史との離婚を発表、という流れがあった。

木下はネット上では完全にヒールと化し、注目が集まったところ、2018年のInstagram投稿から乾との不倫疑惑が取沙汰されたのである。縦読みすると「たかしあいしてる」や「ゆきなだいすき」といった解釈ができる、と一気にネット上はこの話題が席巻。

「たかし」が誰であるかの正体暴きが始まった。さまざまな「たかし」が登場したが、とある女性関連のSNSにこの「たかし」が乾であることを断言するような書き込みがされた。そこからは木下と乾の過去のテレビでの発言や、SNSをあさり、2人の関係と密会があったか否かの調査活動が開始する。

こうした件については5ちゃんねるでは「特定班」といった言葉が出てきては、その調査能力の高さが称賛される。5ちゃんねるの「既婚者板」の住民である「鬼女」が特定を担う一大勢力であり、「日本のCIA」などと言われたりもする。特定したからといって一切報酬があるわけではないにもかかわらず、時間を使うことについては一種の奉仕精神も感じるが、誰かを不幸のどん底に落としてやりたい、というモチベーションは無償の行動に繋がるのだろう。

「JOY祭り」から始まる特定史

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まさに、メディアの記者にとっては「スクープ」を取ったかのようなこうしたネット探偵の特定行為だが、いくつか「特定」について振り返ってみる。

初期の頃を代表するものが、2003年の「JOY祭り」である。自身のサイトを持っていた女性・JOYは居酒屋に行った時に態度が悪い(と自己認定した)店員を、夫と弟が殴ったことを自慢げに書いた。そこから特定の動きが出て、@niftyのメールアドレスが確認され、そこから本名・住所の特定がされる。また、とある雑誌にJOYが出ていることが突き止められ、自宅住所などもバレ、結果JOYはサイトを閉鎖するに至った。これは日本初の大規模炎上とも呼ばれる。

その後は2009年の「ホームレスに生卵を投げつけた神戸大生」が印象的だ。mixiにその動画を公開したが、当然炎上。炎上の後、本人はあくまでもホームレス役の友人に卵を投げただけ、と主張したが、大学に電凸が相次いだ。さらには、内定先の電機メーカーにも抗議が寄せられ、その後内定は取り消し(ないしは辞退)となったという。彼の実名は今でもネットに残り続けている。

だが、翌年彼が別の商社の内定を獲得したという「ホームレス襲撃の大学生、○○内定取り消し後、恐るべきリア充力で商社「××」内定へ」(※○○、××は実際は実名)という2ちゃんねるのスレッドが立ち上がり、××社のホームページの「内定者メッセージ」というページにこの学生が2011年卒として登場しているのを何者かが発見。これにはさすがに「お前らのネット調査力は異常だろwwwwwwwwww」などと書かれた。神戸大学のエリートの人生を何としても毀損したいという強い執念を感じる騒動だった。

やばい。こうしたことを考えていたら無数にこの手の件を挙げたくなったが、そろそろ本題に入らなくてはいけない。でももう少し書かせて。「テラ豚丼」騒動では、すき家の「メガ豚丼」に対抗し、吉野家の店員がとんでもないデカ盛りの豚丼を作る様を動画にし、「テラ豚丼」を作る様を紹介。これがすぐに店舗が特定され、吉野家は関与した者を処分する旨を発表した。

2013年以降は「バカッター」騒動が発生。これも愚行をした者が次々と特定され、退学に追い込まれる者も登場した。これで最後にするが、「WBCクソガキ騒動」も懐かしい。2017年3月、野球の世界一決定戦・WBCの初戦・キューバ戦でレフトスタンドへの山田哲人のホームラン性の大飛球を最前列にいた少年が腕をフェンスの先に突き出しグローブでキャッチ。しかしこれがビデオ判定の結果2ベースに。間違いなくホームランだったはずなだけに、この少年への非難がネット上では殺到し、一時期は「クソガキ」という言葉がツイッターに大量に書き込まれた。

しかも誇らしげにボールを手に持つ様を友人がツイッターにアップしたため、そこから特定班が動き出す。すぐに特定されたが、彼の実名もネットに残ってしまった。しかも我が地元の野球チームの少年ではないか……。このチームまだ続いてたのかよ、布施君が入っていたなァ……なんて懐かしくなるとともに、この少年はもしかしたら私と同じ小中学校に通っているのかもしれないなぁ……と個人的には心苦しい事件であった。

この件については、山田が「きっちりスタンドインさせなかった自分が悪いので、少年を責めないでください。次もスタジアムにグローブ持ってきて欲しい。今度はちゃんとホームラン打つんで」と試合後に発言した、という美談も登場。しかし、これは完全にガセ。山田はこんなこと言っていない。

タレントの熱愛を「特定」したら事務所社長から激怒の連絡

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さて、本題に入るが、私が関わった「特定班」の話をする。木下優樹菜の件で、「鬼女」が話題になった中、週刊ポスト編集部から取材依頼が来た。一体特定班や鬼女はどんなモチベーションをもってその行為をしているのか? という分析をしてほしいということだ。ある程度自分の知っていることを記者には伝えたが、追加で言われた。

「あの~、実際に“特定”をしている人を紹介いただけませんでしょうか」

いや、特定してることを公言するヤツなんていないし、彼らがオフ会をしているわけもないのでそんな知り合いいませんよ!なんてことは思ったものの、すぐに思い出した。

「あっ!いましたいました!今から電話できます!」

かくしてその「特定班」の1人は1月27日売りの週刊ポストに登場することとなったが、その特定手法はさておき、彼女が特定したことにより私がヒドい目に遭った話を書く。

当時、私が関わっているニュースサイトはライターが勝手に記事を書いてそれを送ってくれば載せても良いことになっていた。女性ライター・A氏は常にヒット記事を飛ばす敏腕だったが「面白いことに気付いちゃいましたw」と送ってきた原稿は、とあるJリーガー・Xとタレント・Yが付き合っているのでは、という内容だった。

A氏の記事を見ると、XとYのブログに同じソファーが写っていることや、同じ寿司が写っていることなどの共通点を発見。そのことから2人が交際しているのでは? と述べたのだ。こちらとしてはかなり確証は高いな、と判断して掲載したのだが、すぐにYの事務所社長から激怒の連絡が来た。

「てめぇ、なんてことしやがったんだ。今すぐ事務所に来い!」

もう一人のスタッフとともに事務所へ行き、内線電話をかけると無表情の若い男が出てきた。現場のマネージャーだろう。

「社長、怒ってます?」と聞くと何も言わずただ中に入るよう促された。社長室は長方形の長いつくりになっていて、奥に角刈り・金ピカネックレス・縦縞スーツの50代と見られる男が靴をはいたまま両脚を机の上に投げ出し椅子にふんぞり返ってタバコを吸っている。

私たちの姿を見るといきなり猛烈な勢いで「なんじゃ、この野郎!余計なことしやがって!テメェ、コノヤロー!エッ、ふざけんじゃねーよ、馬鹿野郎!テメェ、クソッタレが、エッ!アホ、このクソッタレ!タコ!この野郎、お前なんかがいなければこんなクソみたいなことにならなかったんだ、エッ!この馬鹿野郎!CM決まったばかりなのに余計なことしやがって!これで契約打ち切られたらどーしてくれるんだ!」とまくしたてられた。

こちらとしては「事実を書いたのみです(キリッ)」と先制しようと思ったのだが、先に相手にやられた。もう戦意喪失である。私の同行者も青ざめている。もはやこちらが何かを言えるような状態ではなく、5メートルほど離れた場所で2人して直立不動で激怒する社長の罵倒を聞き続けるだけだった。

要するに、大切に育ててきたタレント・Yがついに念願のCM出演に至ったというのに突然の交際疑惑報道が出てしまった。恐らくクライアントに対しては「交際なんてしていません」といったことを言っていたのかもしれない。「スキャンダルもありませんよ」とも。別に2人ともいい年した大人だし不倫でもないのだから問題ないじゃん、とこちらは思うが、事務所とYにとってはそうも言ってられない。幸せの絶頂にあったというのに我々の報道により一気に冷や水を掛けられる事態となったのだ。恐らくクライアントへの説明は終わらせた後で、メラメラと怒りが湧き、我々のところに連絡をしてきたものだと思われる。

事務所社長「ウチを普通の事務所だと思うんじゃねーぞ!」

そして、社長はこうも言った。

「エッ!ウチを普通の事務所だと思うんじゃねーぞ!この野郎!」

完全なる恫喝である。同事務所は「あそこは触れない方がいいよ」と言われる某著名な系列の傘下であり、すでに編集者歴6年目だったため、そのことは分かっていた。「普通の事務所ではない」と言うだけで具体的にどんなことをするかを言わないというのは相手を脅すにはもっとも効果的である。もしもこの場で私が録音をしていたとしたら、「てめぇ、ウチの事務所はかなり武闘派だぜ。お前とお前の家族がどうなるかわからねぇからな。首を洗って待っていなこの野郎」などと言えば間違いなく恐喝になる。闘い方をよく分かっている社長だった。

社長からは一方的に罵られる展開が延々と続き、気付けば2時間が経っていた。その頃になるとさすがに社長も疲れてきて、田舎から出てきて長い下積み時代を経ていかにして今の地位に納まったかという半自伝のような浪花節的展開になっていた。我々は「ホホーッ」「なるほど」「それは大変でしたね」「いやぁ、さすがです」などとペコペコプレイに徹した。

そして社長はふーっと息をつくと「だからね。ウチも頑張ってるのよ。オタクの仕事も分かるよ。でもね、互いに成長し合いたいじゃん。あのね、こういう邪魔はしないでさ、協力をしてくれるようなことをしてくれないかな。オレもお前らも仕事をスムーズにやりたいじゃん」と今度は泣き落とし作戦に来た。

我々は「はい、次回、御社のタレントさんのプロモーション的なことがあったら何でもおっしゃってください。すぐに書きますので」と徹頭徹尾バカ下っ端プレイに徹した。我々は2時間半でようやく解放され、その後は疲労困憊し、どちらからともなく「一杯飲みますか……」と渋谷のガード下の居酒屋でジルジルと大瓶のキリンラガーを飲むのだった。

結局XとYが交際しているのかどうかというのをその場で社長は言わなかったが、後の報道では交際は否定していた。ところが我々が事務所に呼び出された2年後、XとYは結婚したのである。

事実を明かしただけだからいいじゃん、とも思うのだが、「特定」するとこんな目に遭う可能性はあるので皆様もご注意を。


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