去る2019年4月10日に開催したFINDERSの創刊1周年記念イベント「FINDERS DAY 2019」では、3つの異なるフィールドから、既成概念を拡張し続けるフロントランナーによるトークセッションを実施した(レポート記事はこちら)。
今回は、1stセッションとして「暮らしと仕事の拡張」をテーマに、ナリワイ代表・伊藤洋志氏、建築ライターでNPO南房総リパブリック理事長の馬場未織氏に登壇いただいたトークの模様を紹介したい。
ご両名が多拠点生活でさまざまな仕事を拡張するノウハウやいかに?
聞き手:米田智彦 取材・文・構成:庄司真美 写真:松島徹
生活の自給を仕事に拡張するお手本・ナリワイ代表・伊藤洋志氏
ナリワイ代表・伊藤洋志氏。
冒頭で、ナリワイ代表・伊藤洋志氏が企画する「モンゴル武者修行ツアー」についてふれる編集長・米田。伊藤氏は、学生時代にボランティアでモンゴルに行ったことがきっかけでツアーを企画することになり、以来、年2回実施し、今年で11年目になるという。
伊藤:遊牧民が持つさまざまな生活技術をマスターした日本人を増やしたいと思って企画したツアーです。現地で馬に乗ったり、羊を捕獲して毛刈りをしたり、移動式住居のゲルを立てたりします。あと、モンゴル相撲をやるハメになります。特訓すると大体の人が馬で走れるようになります。こんな企画に参加する猛者は日本でも年間20人もいませんが(笑)。
米田:かなりワイルドなツアーですね(笑)。参加者の満足度はいかがですか?
ファシリテーターを務めたFINDERS編集長・米田智彦。
伊藤:なにしろ武者修行ですから、参加した人は、なぜか帰国後に会社を転職したり、海外に行ったりしてしまう人が多いんですよ。確かに草原でたくましく自立している遊牧民の生活を目撃したら、日本で悩んでいたことが小さく見えるのかもしれません。旅というより基本的にはハードなワークショップです。企画の発端としては、モンゴル遊牧民という家(ゲル)の移動もできる生活がごく日常的に行われていることに、僕が衝撃を受けたからです。彼らは1時間くらいで家を建てられるんです。季節ごとに引っ越しますが、同じ季節内でも環境によっては移動します。日本のように、30年間も住宅ローンに縛られる生活とはずいぶん世界観が違います。
最初はモンゴルだけでしたが、タイ武者修行も5年前に始めました。こっちは、タイ山岳民族のアカ族の村での武者修行です。以前、タイを旅行した友人から山岳民族の生活の話を聞いたら、彼らが住む家は、竹を使って4日くらいで高床式の家を建てるというのです。しかも、鉈1本で、釘すら使わずに竹だけで。これはすごい! いつかここに見習いしに行きたいなぁと思っていたら、村出身で日本語を話せるパートナーと出会って、村の方も協力してくれることになり、年に一回、家の建て方を教えてくれることになりました。タイ武者修行は村で約1週間、家を作るワークショップをするツアーです。ちなみに去年、この参加者の中からは帰国後に1人が転職して大工修行を始めました。
米田:よほどインパクトがあるということですね(笑)。やはり伊藤さんはDIYが好きなんですか?
伊藤:物事のプロセスを理解して体感するのが好きなんです。僕の活動は、今日の「暮らしと仕事の拡張」のテーマそのものですが、暮らしの中で、自分でできることを拡張していくと、自給の範囲を超えて少しはみ出た部分が仕事になっていくイメージです。たとえば、日本では家は高価なもので、人生の3分の1ぐらいの労働報酬を投入していますが、もしもみんなが一部でもいいので自分で居住空間を作れるようになったら、生活や働くことへの価値観が根底から変化するかもしれない。小さくてもそういう社会に対して革新性を秘めた仕事を複数やるようにしています。
米田:そういう小さい仕事をいくつか集めて、複業という意味で「ナリワイ(生業)」という名前で仕事レーベルをやっているわけですね。
伊藤:はい。チャレンジしていることの大半は、始めは仕事として成立するかは未知数でした。武者修行の企画にしても、そもそもこんなハードなワークショップに来る人はかなり少数派です。これを専業にしたら生計が成り立たないけど、同じような仕事をいくつかやれば成り立つのではと考えました。革新性がある仕事なのに需要の総量が小さいから諦めがちなものでも、短期集中型で複数やれば続けられます。
米田:しかもひとつずつの仕事が、別の新しい仕事につながることもあるわけですよね。伊藤さんは兼業農家もやっていて、農作業着のメーカーもしていますよね? それは最近始めた仕事ですか?
伊藤:はい、比較的新しいです。順番としてはさくらんぼなどの収穫と販売を担当する非常勤の農家業をやっていて、野良仕事用のいい作業着がなかったので、それなら作ろうと思ったのがきっかけでした。
やってみないとわからない、東京と南房総での2拠点生活
打って変わって、もうひとりの登壇者である馬場未織氏の活動紹介へ。馬場氏は現在、東京・自由が丘の自宅とは別に、12年前から、週末を過ごすもうひとつの拠点である千葉・南房総で、NPO法人南房総リパブリックを結成し、さまざまな活動をしている。スライドでは、醤油を手作りしたり、地元の廃校でツアー客と食卓を囲んだりする画像が紹介された。
馬場:地元の廃校を利用して二地域居住や移住を検討している人向けに、地元のディープな部分を知ってもらうツアーを企画しています。参加者の方々に地元の一番いい食材を使って、最高の演出をしようと考えました。そこで、農家や料理家さんも巻き込み、裏山が望める廃校の校庭に、テーブルを置いてみんなで食事会をしているところです。
米田:僕も移住の本を書いていますが、二拠点居住やゆかりのない土地での移住は思っている以上に大変と言われています。その点はどう感じていますか?
馬場:確かにずっと想像しているだけだとネガティブチェックばかりしてしまうものです。でも、やってみると、悪い面と面白い面が相殺されて、面白いことが上回ることもあって、それはやってみた人にしか分かりません。
建築ライターでNPO南房総リパブリック理事長の馬場未織氏。
多拠点生活のメリットは?
米田:伊藤さんも京都の「古今燕」という別邸や熊野にもシェアハウスをお持ちですよね。多拠点生活を送るお2人にぜひ聞いてみたいのですが、メリットはどんなところにありますか?
伊藤:まずは天変地異が起きたり、社会情勢が変化したりした時の避難場所になります。それともうひとつは、ずっと同じ所に住んでいるとどうしても思考が固まりがちなので、ちょっと環境を変えてみることで、悩みどころが一気に突き抜けることがありますね。
馬場:私も長い時期をかけて変わるマインドセットと、週末ごとに変わるものという位相の違う変化があります。東京では毎日忙しさに追い立てられることが多いし、細かいことで悩んで、時間も体力も精神力も消費することがあります。その点、伊藤さんに同意なのですが、そこから離れて相対視できるのが、多拠点生活のよさだと思います。ふと気づけば、東京では関わることのないお年寄りと一緒にいたり、人間どころか生き物と一緒にいたりすると、「なんでこんなことで悩んでいるんだろう」と、心に風穴が開いてすごく楽になります。
米田:馬場さんは、縁もゆかりもない地域に部外者として入っていくときのハードルの高さや疎外感、反発を感じることはありましたか?
馬場:最初に親しくなった若い農家さんから受けたアドバイスは、「自分をプレゼンテーションしない方がいいですよ」ということでした。よそから来ると、つい自分が何者で、どんな目的で来たのかということを熱く語りたくなるものですが、あえて言わないのがポイントです。私と知り合った地元の人からまた別の地元の人へ「馬場さんってこういう人なんだよ」というふうに伝わる方が、信ぴょう性が高いわけです。そのアドバイスはとても有効でありがたかったですね。
米田:地域の人からしてみたら、「東京から来た者に何が分かるんだ」という胸中でしょうから、溶け込むためにも、まずは地元の人の話を傾聴する姿勢が必要なんでしょうね。
馬場:まさにそうだと思います。ただ、今は10年前くらい前と今はちょっと状況が変わって、深刻な人口減少や過疎化が背景としてあるので、地元の人も排他的ではいられないようです。
どうせ会社を辞めるなら、週休3日を申し出て、余白で仕事を増やそう
米田:現在、副業しながら多拠点生活をする暮らしに憧れる若い人も多いと思います。活動拠点を分散してリフレッシュしながら生活するスタイルは、実は2010年代からさまざまなかたちで実践する人が増えていますよね。
伊藤:多拠点生活で仕事を複数持つのは、結果的にそうなっている面もあります。やっている本人としては、自分が興味のあるものを追求していった結果、外側から見るといろいろなことをやっているように見えるけど、実は何を重要視していきたいかということはあまり変わっていません。逆に言うと、「こんなコンセプトで仕事していく」ということが決まっていれば、あとはジャンル問わずに自分が興味のあるものに取り組んでいくと、仕事として成立しやすいんじゃないかと思います。
バスっと会社を辞めてしまってそこから独立準備をしたい。でもいきなり会社を辞めて大丈夫だろうかと悶々と悩む人も多いと思うんです。そこで、最近会社勤めの人にお勧めしているのは、もし会社を辞めようとしていたら、いきなり辞めるんじゃなくて、まず週休3日を会社に要望して断られたら、辞めたらいいんです。どうせ辞めるつもりなら言ってみる価値はあるし、これをもしも多くの人が言い出せば、会社としても離職者が増えないように、週休3日制の導入などの対策を検討するかもしれません。
米田:働き方改革への斬新な圧力ですね(笑)。
伊藤:再び採用するコストを考えたら、週休3日でもいいから働いてもらった方がいいと判断して、会社に週休3日や週休4日を承諾させる例が周囲でもちらほら出ています。
もちろん給料は休みの分だけ5分の4減ります。それでもメーカーに勤務していた人が地方に引っ越した例もあって、週休4日もあれば、地方在住でそっちの自分の仕事と都心の会社の仕事を両立させられます。いきなり僕みたいに複数の仕事を作れるわけではないし、ゼロから作るには数年かかります。だから、たとえば週3〜4日は今までの仕事を続けて、残りの3〜4日で新しい仕事を作るぐらいが現実的なんじゃないかなと思います。3日連続以上で余白が作れればだいぶ違います。
米田:僕はひとつの仕事で食べて行けるようになるのに、「4年で1個説」を昔から唱えています。1年目で仲間やコミュニティを作り、2年目はボランティア、3年目にお小遣いや交通費が出て、4年目にようやくギャランティが出るようになるという副業の作り方があると思っています。
伊藤:そのステップを踏めば確実に仕事は作れそうですね。ボランティアで手伝いたいというのを断る人はあまりいないから、そこまではすぐにクリアできそうです。
「労働」が「娯楽」に転換すればひとつのビジネスに変わる
米田:馬場さんが南房総に拠点を持って気づいたことはありますか?
馬場:私が地元で一番衝撃を受けたのは、若手のミカン農家さんと仲良くなり、「とてもいい物だから、こんな事業展開もあるんじゃないですか」という話をしたら、逆に「なぜ事業を拡大するんですか?」と聞かれたことです。「私、“拡大病”かも」と思い知らされましたね。
米田:僕は、「クリエイティブシュリンク(創造的な縮小)」を提唱していて、今後、日本経済が確実に縮小していく中で、より創造的な縮小の仕方にシフトしていくべきだと考えています。その点、お2人はすでにそれを実現されています。“非バトル系”の伊藤さんの場合、競合があるジャンルには行かず、オンリーワンの存在として生きるスタイルですよね。
伊藤:実はそういう領域って身近なところにたくさんあるものじゃないかと思います。ほぼ無限にあるのですが、あまりにも小さいので誰も行かずに放ったらかしになっているのが現状だと思います。ただ、現状ではマーケットは小さいのでそれに見合ったエネルギーでやるのがいいのではないかと。
*
ここで伊藤氏には、生業になる前のギルド的な活動があることに触れる編集長・米田。なんと、伊藤氏は、壁を一緒に壊してくれる人をTwitterで集め、実施したのをきっかけに仕事の芽ができたのだとか。その前代未未聞のエピソードについて語られた。
*
伊藤:京都にみんなで町家を借りたことがあって、そこには大きくてムダに高いブロック塀があったのですが、写真を撮るのにすごく邪魔でした。そこで壁を壊すために工務店に相談したところ、かなりの費用がかかることがわかりました。壁の壊し方を聞いてみたら、「ハンマーで叩いたら壊れますよ」と教えてくれたので、ハンマーをお借りして自分たちで壊すことにしました。
その時、Twitterに住所を載せて、「何時何分にここに来てみんなでブロック塀を壊しましょう!」と投稿したところ、見知らぬ初対面の人がじわじわと町家に集まってきました。近付いて来る人はみんな不安気に、ハンマーを持っている僕に「“ハンマーで壊す会”ってここですか?」と尋ねてくるという(笑)。結局、5〜6人で楽しく壁を叩き壊しました。この時僕は、「労働」と「娯楽」が転換する瞬間が見えましたね。
これを1人でやったら疲れるし苦痛だけど、ブロック塀はまだ半分も壊れていない。そんな状態でも、みんなでやったら面白くて、「また続きは次回やりましょう」という話になるわけです。なにより、破壊衝動を満たせるのが快感で面白かったですね。最近、ニューヨークなどでは斧を投げて物を壊せるバーが人気です。公式サイトも制作しましたが、実際にビジネス化するかどうかは検討中です。あえて仕事にせず、楽しく続けることも選択肢のひとつとしてあるからです。
米田:それは面白いですね(笑)。伊藤さんはもうひとつ、「全国床張り協会」の活動もされていますよね。これはどんな経緯で始まったのですか?
伊藤:それは一応仕事になっていて、年に5回くらい開催しています。フローリングの床張りは、実は練習すれば素人でも基礎は3日程度で覚えられるんです。僕はこれをすでにマスターしているので、参加者から参加費をいただいてやり方をレクチャーする会を開催しています。蓋を開けてみたら、床張りを覚えたいという人は国内に結構いるということがわかりました。
米田:それにしても参加者に労働してもらって、お金をもらえるなんてすごいビジネスですよね。近年リノベーションが流行っていますが、中でも多くコストがかかるのがフローリングの床張りだと言われていますよね。
伊藤:コスト面も大きいし、空間への影響も大きいです。しかも床は視界に入りやすく、光が反射するので、床の質感がいいと部屋全体が明るく見えます。ただ、床を張り替えられる場は少ないので、床を張ってほしい依頼者のご自宅を素人の練習台として提供してもらって実施しています。
床張りする床は、労働の対象ではなくて教育資源。この価値転換を全然理解できない人もいて、「なぜお金を払って人の家の床を張るの?」と言われたこともありますが、これはあくまでも素人のための練習の場です。逆にプロは失敗のリスクがあるので素人に手伝わせることはありません。床張り協会の場合は、素人がやることによる失敗のリスクも承知して依頼しています。そのリスクの代わりに、材料代+αの負担で床を張ってもらえるのです。もちろん、僕は講師なので、ひどいミスが出ないようにチェックはします。素人が床張りをした時に、生活に問題ない品質を担保するのが僕の仕事です。
多拠点・複業生活が「リスクヘッジ」や「マインドセット」に効く理由
米田:馬場さんは、多面的な顔を持つ自分を作る面白さ、醍醐味はどこに感じていますか?
馬場:周りには「大変じゃないですか?」とよく言われるし、有限な時間の中でやりくりするという意味では確かに大変ですが、ここで失敗しても、まだもうひとつの自分があるという安全武装になっています。
母親としての自分が、意外にも南房総での活動とシンクロし、“1人化学変化”みたいなものが生じます。すると、自分の中の可能性がポリゴン(多角形)の角となって増えていくことを実感しています。
米田:最後にお2人は、多面的な仕事と暮らしの在り方について、ご自身の将来も含めてどんな未来予測をしていますか?
伊藤:今後は、日本と海外の山村が連携する流れになるのではないかと思います。日本国内だけだと多少の環境の違いでは解決できないケースが増えている中で、ある程度国をまたいだ連携が必要になるのではないでしょうか。
僕自身の直近のチャレンジとしては、モンゴルの羊毛断熱材と新型のゲルを日本で販売することです。今後は世界規模で気候変動が激しくなって、熱さや寒さが厳しい環境になるとしたら、家の断熱は重要になってくると思うし、同時に脱石油の流れに沿った土に還る素材が必要。また、住まいの流動性も考えていきたいんです。
それから、そろそろ僕の知見を共有する試みとして、僕がやっているような革新性の高い個人が取り組める小さい仕事の形を共有したり、仕事を量産したりしていくためのチームとして、ナリワイを研究開発するラボを作っていきたいと考えています。
馬場:私は現在、里山学校授業として親子自然教室、断熱改修のエコリノベワークショップ、マルシェ、農家さんと組んだツアーなど、方向性の違う事業がいくつかあって、前はどう収束しようか考えていました。でも、最近はあえてばらばらのままで、それぞれが自立していけばいいと思っています。
以前は何でもコラボする時期もありましたが、コラボだと共依存になってうまくいかないことも多いのです。それよりも今は、それぞれが自立しながら“連携”し、目的をひとつに収束させないことが暮らしにも仕事にもいいのかなと考えています。現在は廃校活用の企画の真っ只中ですが、いかに型にはまらず、とがったものを提案できるかが重要だと考えています。
米田:それこそがクリエイティブというものですよね。伊藤さん、馬場さん、興味深くて刺激的なお話をありがとうございました。