LIFE STYLE | 2018/01/23

中国のシリコンバレー、深セン徹底レポート【後編】

(前編より続く)
前編では中国・深センという街で起きているハイテクイノベーションについて、WeChatPay、Mobi...

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前編より続く

前編では中国・深センという街で起きているハイテクイノベーションについて、WeChatPay、Mobikeの体験を通して筆者が感じたことを中心にお伝えしてきた。

後編ではさらに深掘りして、深センの経済発展の歴史や、世界中で開催されているものづくりフェス『MakerFaire』のレポート、単なるパクリにとどまらない“代替品”として立派に普及している製品・サービスを紹介する。

高見沢徳明

株式会社フレンバシーCTO

大学卒業後金融SEとして9年間勤めたあと、2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバ事業部でエンジニアとして複数の案件に従事した後、ウエディングパークへ出向。システム部門のリーダとなりサイトリニューアル、海外ウエディングサイトの立ち上げ、Yahoo!などのアライアンスを担当。その後2012年SXSWに個人で参加。また複数のスタートアップ立ち上げにも参画し、2016年よりフリーランスとなる。現在は株式会社フレンバシーにてベジフードレストランガイドVegewel(ベジウェル)の開発担当。

深センの歴史と経済特区

深センは元々イギリスの植民地であった香港との国境の町として栄えていたが、1980年に当時のリーダー、鄧小平の開放路線によって経済特区に指定されたことをきっかけに大きな発展を遂げることになった。たった30年で人口が30万人から1400万人に人口が増大し、再開発のスピードが半端なく進んでいる。

実際にあちらこちらで建設中の高層ビルや昔のままの住居(アパート?)の跡が見られた。Mobikeで散策がてら街中を疾走すると、この街のいろんな顔が見えて楽しい。

また3年ほど前にこの地に訪れたという日本人が購入した地下鉄の路線図(交通カード)と現在の路線図を見比べるとこれだけの違いがあり、路線数も着実に増加している。

右が3年前、左が現在の路線図

世界中で開催されているものづくりフェス『MakerFaire』の実行委員の1人である高須正和氏によると、深センには北京、上海といった他の経済都市にあるような既得権益のしがらみがないことが急速な発展を支えているのだという。

ハードウェアのシリコンバレーを支えるコワーキングスペース『x.factory』

MakerFaireの会場では、子供から大人までものづくりを楽しむ姿が散見された。

脳波を読み取って操作できるドローンや、LEDのついた眼鏡(加速度センサーで色の表示を変えられる)、スマホで操作できる小型ロボットなど興味深いプロダクトが数多く展示されていた。また、子供向けにはミシンで縫い物をするワークショップなどもあり、来場者が楽しめる仕掛けも多くあった。

プログラミングを初めて習う時には“Hello World”という文字を表示させるというのが定番なのだが、ハードウェアの世界ではLEDを光らせる“Lチカ”というのが最初の第一歩らしい。プロ向けの展示だけではなく、こういうことも気軽に学べるという場があるのが素晴らしい。

これらを見ていると、一昔前の“製造業が日本の競争力の源泉”という時代が中国にシフトしてきていることを強く感じる。そのクオリティは驚くほど進化しているし、次に何が起きるのか楽しみであったりする。

今回、いくつか日本人のチームも出展していたのだが、その中の一人である荒井健一氏(深圳市丑角科技有限公司のCEO)が普段仕事場にしている、『x.factory』というハードウェアスタートアップのためのコワーキングスペースを視察してきた。ここはMakerFaireが開催されている深圳市南山区の深圳职业技术学院から1kmほど離れた場所にある。

ここにはあらゆる工作機械が置かれており、木材でも鉄でも全て加工して試作品をすぐに作れる環境がある。2017年3月の非公式オープンから半年で80名ほどが利用している。MakerFaireに出展しているチームも多く、開催期間中は展示物を搬入している姿もみられた。

x.factoryからMakerFaireに出展したプロダクト

左:中国人作のコントローラーで操作してダンスも可能なクモ型ロボット

右:ネパール人作のロケットの形をしたドローン

(写真提供:Yoshiaki Shioiri)

x.factoryはものづくりする人のためのコワーキングスペースであるが、私のようなソフトウェアエンジニアも受け入れてくれるという。

条件は“他のメンバーと仲良くやること”。ものづくりをするという点では同じ仲間として見てもらえるのであろう。 室内には人の顔を認識して光るインスタレーションが印象的だったほか、高価なロボットアームも置いてあった。

各種機材は、工房内にいるメンターが使い方をきちんとレクチャーしてくれる。なので操作に自信がない人でも安心してプロダクト開発に専念できる。メンバーシップは1カ月につき600元で、2017年12月時点のレートだと約1万円とリーズナブルだ。

思い浮かんだアイデアをすぐに試作品として実現できる環境というのは、特にハードウェア界隈では日本でもまだそれほど多くないので貴重である。

世界でウケているものの代替品が全てある

中国では政府による規制のため、Google、Facebook、Twitterといった我々がもはや日用品に感じているウェブサービスが使えない。だからといって人々はその存在を知らないわけではない。当然、その利便性を感じて代替品をリリースしている。

たとえばネット検索なら百度、SNSならWeChat、QQ、Weiboといったところだが、他のサービスでも同様に代替品がある。

中国版Uberの滴滴

また、現在世界中でトレンドになっているサービスにAirbnbとUberが挙げられるが、中国ではそれぞれ『途家(トゥージア)』と『滴滴出行(ディーディー チューシン)』という代替サービスがある。我々は今回の宿泊場所の確保にあたってはAirbnbを利用しタワーマンションの一角を借りることができたが、中国でのビジネスにまだ本腰入れておらず、途家との提携を模索しているようだ。

またUberは2016年に参入障壁の高さから撤退してしまった。なので、配車アプリは今のところ滴滴出行の独占市場である。実際利用してみると、5~10分くらいで捕まえることができ、非常に便利だ。中国は都心部でもタクシーの需給バランスは合っておらず、流しのタクシーを捕まえるのが若干困難だったので、配車アプリのニーズ自体は間違いなくあると思う。

中国版UberEatsの美団外売

Uberといえば日本では『UberEats』が大ヒットしているが、こちらでは『餓了么?(アーラマ。日本語で「お腹空いた?」という意味)』、『美団外売(メイトゥワンワイマイ)』などがお互いにシェア争いをしているらしい。私がよく見かけたのは美団外売の黄色い自転車である。フードデリバリーも外国企業にとっては参入障壁が高そうだ。

ハードウェアの世界でも“代替品”が幅を利かせる

さらに、今回の視察では『Xiaomi』のフラッグシップ店舗がオープンしたということで訪問してきた。

日本では未発売なので実際の製品を見たことある人は少ないと思うが、中国では格安スマホで席巻した有名ブランドである。現在はスマホにとどまらず生活家電全般も手がけており、この店舗ではラップトップPCも大型テレビもホームシアターも浄水器も何でも揃っていた。ドローンまで売っていたのには驚かされた。

XiaomiはAppleの模造品でも有名だ。『Mi 4』という製品はiPhone 5sに酷似している。PCも見た目がMacbookそっくりだ。それでいて本物と較べてものすごく安価というのも特徴である。Appleは一時期中国市場への参入が遅れており、その間隙を縫って代替品が市場を押さえてしまったという典型例である。

(左)MacbookそっくりなPC

(右)セグウェイの模造品でスマホで操作できるホバーボード

万人にチャンスを与える“評価経済と信頼貯金”の社会

中国の世界的にみても稀有なスタートアップの盛り上がりの背景には“評価経済”の急速な進行があると言えるかもしれない。評価経済とは、ざっくり言えばテクノロジーの進化によって個々人の評判の数値化が可能になることで、まるで貨幣のようにモノやサービスと交換するための尺度となりえる、という社会のことである。

評価経済化が進行する社会とはどのようなものなのだろうか。

この国ではアリババグループの信用調査機関が提供している『芝麻信用(セサミ・クレジット)』というサービスがあり、SNS上の信用情報をスコアリングすることができるらしい。もはやSFのような話だが、すでにこの数値が低いと就職も結婚もできないような場面もあるという。加えて、たとえ犯罪を犯したとしても、その後の個人の行動によって信頼の“貯金”が増えるかのように帳消しに(あるいはそれ以上にも)できるんだとか。ちょっと引っかかる部分もなくはないが、裏を返せばどんな人にもチャンスはあるし、過去に引きずられず新しいことで勝負したい人にやさしい街でもあるのかもしれない。

SNSなどの振る舞いで数値化された評価が人々の生活を左右する社会というのは恐ろしさも感じるが、シェアリングエコノミーやモバイルペイメントが爆発的に普及する背景には、良かれ悪しかれこうした評価経済が成り立っているという部分もあると考えられる。

まとめ

いまなぜ中国のIT事情に着目すべきなのか。その理由はこれまでの説明から感じ取って頂けたのではないだろうか。2000年代までの日本のITビジネスでタイムマシン戦略といえばアメリカで流行したサービスをいち早く展開することだった。実際SNSしかり、ブログやスマートフォンなども同様だといえる。しかし、もはや国民の大半がインターネットでつながった世界に“時差”は存在せず、そういったムーブメントは簡単には起きないだろう。

中国という国は10億人を超える世界最大の人口を抱えながら、Google、Facebook、Twitterなどといった“普通”のインフラからは完全に遮断されて独自の進化を遂げてきた秘境である。そこから学べることは4000年の歴史同様多いのではないだろうか。謙虚に、かつ興味を持って注視していきたい。