祖母と一文字違いの名前を巡る、9年越しのミステリーが個展になった
一通のダイレクトメッセージが、9年にわたる謎解きの旅の始まりだった。写真家・藤岡亜弥が、アートセンターBUG(東京・丸の内)で新作個展「Forget Me Not」を2026年10月14日から開催する。
9年前、藤岡はオーストラリア・メルボルン在住の女性から一通のDMを受け取った。探しているのは、藤岡の祖母フジオカキミエと一文字違いの名前を持つ、フジオカキミコという日本人女性だという。実在するかどうかも分からないその女性を追い、藤岡は祖母の故郷である広島・呉と、遠く離れたメルボルンへと向かうことになった。
藤岡の祖母は移民2世としてブラジルで生まれ、家族が買った宝くじが当たったことをきっかけに、20歳で日本・呉へと戻った経歴を持つ。広島県はかつて海外への移民送出数が全国1位だった土地であり、呉という街には軍港として、そして戦後は臨海工業地帯として栄え、やがて衰退していった歴史も重なる。キミコという名の女性を探す旅は、さまざまな人々を巻き込みながら、偶然と必然に翻弄されて生きた女性たちの人生と、彼女らが暮らした街の記憶をあぶり出していく。
本展の軸となるのは、藤岡が初めて映像作品に挑んだ撮り下ろしの新シリーズ《Forget Me Not》である。3年の構想・制作期間を経た本作が扱うのは、藤岡自身の身に実際に起きた、いまだ解決していない出来事だ。当事者として、自分がどうなるか分からない現実が、自らの選択とシャッターによって刻一刻と切り拓かれていく。
その手法は、ノンフィクション・ノヴェルの特色――作者が作品に登場せず、選択によって作者の見解を示し、創作的処理を必要とする――と重なる。写真という動かしがたい事実を提示しながら、同時に感情を揺さぶる物語としても差し出すという、アンビバレントな試みだ。
制作の過程で藤岡は、ある家庭に保管されていた古い写真、いわばファウンドフォトにも出会う。被写体が誰かも分からない過去の写真を通じて赤の他人同士が出会い、交流を重ね、謎を解こうとすればするほど、それは新たな謎を呼ぶ。撮るだけの行為だった写真が、何かを解き明かす手段へと変わるとき、藤岡がこれまで「とりかえしのつかないもの」と呼んできた写真の意味もまた、大きく変わっていく。
1972年広島生まれ。2007年に文化庁新進芸術家海外研修制度によりニューヨークに滞在。2013年より故郷・広島を拠点とし、終戦から70年が経過した広島の現在を写した写真集『川はゆく』(赤々舎)で木村伊兵衛写真賞ほか多数受賞。2021年には金沢21世紀美術館「ぎこちない会話への対応策」展に出品。ニューヨークの国際写真センターやSEIZAN GAlleryのグループ展など国内外で展示多数。サンフランシスコ近代美術館、東京都写真美術館に作品が収蔵されている。主な写真集に『わたしは眠らない』(赤々舎)、『さよならを教えて』(Ricochet)などがあり、写真集『Life Studies』を刊行。2026年7月には昨年英語・フランス語で刊行され、アルル国際写真祭にて14万人を動員した書籍・展覧会「I’m so happy you are here」が日本に「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」として巡回。京都芸術大学講師。
藤岡亜弥は1996年、自身の日常を撮った「なみだ壺」でBUGの前身であるガーディアン・ガーデン主催のプロジェクトに参加して以来、デビュー当時からリクルートがキャリアを応援してきた写真家である。2005年には祖母にまつわる「離愁」で「写真『ひとつぼ展』」に入選し、2017年にはBUGで個展「アヤ子、形而上学的研究」を開催するなど、節目ごとに同施設との関わりを重ねてきた。写真集『川はゆく』での木村伊兵衛写真賞受賞をはじめ、国内外の美術館での作品収蔵歴も持つ。
会場のBUG Cafeでは、本展に着想を得た「思いがけないカッサータ」(700円・税込)も提供される。かぼちゃやカラーマシュマロ、キャラメルソースなどを重ねたカッサータは、時間の経過とともに食感が変化する一品で、藤岡が体験した「思いがけない物語」を味覚でも追体験できる仕掛けだ。
呉とメルボルン、そしてサンパウロ――三つの街をまたいで紡がれる女性たちの人生の物語は、写真というメディアが持つ不確かさと記録性の両方を静かに問いかけてくる。会期中には複数回のイベントも予定されており、丸の内で仕事や買い物のついでに立ち寄れる立地も含め、平日の合間に静かな謎解きの旅へ足を踏み入れてみたい。
藤岡亜弥個展「Forget Me Not」
会期:2026年10月14日(水)〜11月29日(日)
開館時間:11:00〜19:00(火曜休館。11月3日(火・祝)は開館、11月8日(日)は臨時休館)
入場料:無料
会場:BUG(東京都千代田区丸の内1-9-2 グラントウキョウサウスタワー1F)
主催:BUG(株式会社リクルートホールディングス)
公式サイト
https://bug.art/exhibition/fujioka-2026/