BUSINESS | 2023/11/08

日本経済新聞社が30万人動員する美術展を主催!?「メディア企業」が参画する 展覧会主催事業の裏側を担当者が解説

文:舩岡花奈(FINDERS編集部) 写真提供:BACKSTAGE

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世の中の展覧会の多くは、実はテレビ局・新聞社といったメディア企業が美術館・博物館とともに主催となり、展覧会自体の企画や集客のためのマーケティングなどの役割を担っている。日々さまざまな展覧会が行われるなか、足を運びたくなる展覧会はどのように設計され、その魅力を伝えているのか?

8月29日、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムで開催された体験型マーケティングのカンファレンス「BACKSTAGE〜SHOWCASE3.0〜」で行われたトークセッション「展覧会ができるまで」のレポートをお届けする。

「メディア企業が主催する展覧会」にどんな強みがあるのか

登壇したのは、日本経済新聞社 文化事業部次長の徳田久美子氏。同社は7月12日から10月2日まで国立新美術館で開催されていた「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」の主催企業として、企画の立ち上げや集客施策の立案、グッズの制作などを行った。

本展は英国・テート美術館のコレクションから「光」をテーマに作品を厳選し、18世紀末から現代までの約200年間におよぶアーティストたちの作品に注目する企画展で、動員が30万人に迫るほどの人気ぶり。現在は大阪中之島美術館で開催されている(10月26日〜24年1月14日まで)。

徳田氏は展覧会を主催するメディアの仕事について、「あらゆるステークホルダーを繋ぐ存在として、美術館や博物館と連携し、他の主催メディアや様々な外部の会社と協力し、プロジェクトを遂行していくこと」と語る。ではメディアが主催する展覧会にはどのような強みがあるのか。本講演はその点を明かす内容となっていく。

徳田久美子氏

今回は展覧会の企画立ち上げや集客のためのマーケティング、閉幕するまでのメディアの役割について、実際に開催されたテート美術館展を例に説明された。

「展覧会の準備」は何をするのか

展覧会の企画は3〜5年ほど前から動き始める。リサーチを行い、テーマを設定。その後、会場を決定し、出品作品を交渉し、作品の輸送手配や図録の制作、チケットの販売や協賛後援の依頼、広報宣伝活動、グッズや音声ガイドの企画などを行う。作品が到着すると、作品の展示、報道内覧会や開会式の実施、会期中の取材・撮影の対応に加えて、展覧会場における作品の安全管理にも責任を持つ。そして会期が終了すると作品を撤収し、収支計算をしてひとつのプロジェクトが完了する。

これらの膨大な仕事をたった3〜5人のチームで行うというから驚きだ。

今回のテート美術館展は、日経グループの英経済紙フィナンシャル・タイムズの元編集長ライオネル・バーバー氏が、テート美術館の理事も務めていたことがきっかけとなって実現したという。

最初のテート美術館との打ち合わせの際、徳田氏は世界各地で展覧会が行われ人気を博している、画家のデイヴィッド・ホックニー作品を扱った企画を提案したが、美術館の担当者は難色を示した。なぜならその時すでにホックニーの企画は別のプロジェクトとして進行していたからだ。その企画とは、今年7月から11月まで東京都現代美術館にて開催された「デイヴィッド・ホックニー展」(主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、読売新聞社)だったのだ。

テート美術館展に話を戻すと、今回の企画はアジア太平洋地域限定で海外巡回展を行いたいというテート美術館の意向に基づき、上海、ソウル、メルボルン、オークランドで開催された後、最終開催地として日本で行われることが決まったそうだ。

「実際にどの作品を貸し出してもらえるのか。日本にだけ出品してもらえる作品はないか?開催館である国立新美術館、大阪中之島美術館の学芸員と相談し、イギリスを代表する画家として最も有名なジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの作品や、そのライバルのジョン・コンスタブル、現代作家の草間彌生やオラファー・エリアソンなどの作品に加えて、日本で人気の高いジョン・エヴァレット・ミレイやマーク・ロスコなど12点を日本限定で出品してもらえることになりました」

輸送スケジュールの調整や展示レイアウトの検討には、スケジュールのギリギリまで時間がかかった。保険評価額が非常に高額な作品を扱うので、本展覧会の輸送・展示作業はヤマト運輸の美術品輸送に特化したチームに依頼した。

反響をすぐ反映させる柔軟性

展覧会自体の企画だけでなく、集客のためのマーケティング戦略を立てることも重要な役割のひとつだ。

今回は日本経済新聞社の他、同じく主催に名を連ねるテレビ東京グループ、TBSグループの総力をあげて告知をし、テレビ東京系列の番組『新美の巨人たち』で関連番組を放送したり、TBS系列のニュース番組『THE TIME,』などでニュースとして取り上げてもらったりした。

「展覧会好き」な層は、美術館・博物館で目にするポスターやチラシで次に行く展覧会を決めることが多いため、これらも重要なツールだ。今回の場合、東京会場と大阪会場でデザインが全く違うものとなっている。

「これも地域性のようなものがあり、東京のデザインが必ずしも大阪の人たちにウケるわけではないんです。今回の展覧会でも、より効果的だと思うビジュアルをそれぞれ採用しました」

大阪中之島美術館(大阪)で使用されているポスター

東京会場のポスターは合計4種類制作し、そのうちSNSで最も反響のあったジョン・ブレットの『ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡』をメインビジュアルにしたものに収斂させていった。さらにSNS広告や交通広告も活用する。コロナ禍以降は人の行き来が減ったことから交通広告を出さない展覧会も増えたが、テート美術館展では幅広い層に来てもらいたいという考えのもと、コロナ前の水準で実施したという。

広告費をかけるだけでなく、主催以外のテレビや新聞・雑誌、ネットメディアなど外部媒体にニュース、記事として取り上げてもらうことも重要なミッションだ。広報事務局を立ち上げ、メディア対応や取り上げてもらうための依頼などを行っていく。

メディアに取り上げてもらうためには単にお願いすれば済むのではなく、視聴者や読者が興味関心を持ちやすいフック、つまり「◯◯があるから取り上げよう」と考えたくなる「◯◯」部分を企画する必要がある。

「今回は、まず俳優の板垣李光人(りひと)さんにアンバサダーをお願いしました。展覧会のテーマである『光』がお名前に入っているだけでなく、『りひと』はドイツ語で『光』を意味する言葉(Licht)でもあるんです。もうオファーしない理由がない!とすぐにご相談したところ、ご快諾くださいました。ご本人もアートの造詣が深く、日本経済新聞の広告やポッドキャスト番組に出演してもらったほか、音声ガイドも担当していただいてます」

(中央)エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ《愛と巡礼者》に描かれた、キリスト教の天使や古典的な愛の神であるキューピッドの姿をした愛の化身の羽が、ふかふかの布ポーチとしてグッズ化

「音声ガイドを誰が担当するのか」というのも展覧会の集客を左右する。板垣氏とともに作品解説を担うナレーターには人気声優の羽多野渉氏を起用。さらにTBSの田村真子アナ、テレビ東京の田中瞳アナという看板アナウンサーのコラボも企画し、息の合ったトークを展開している。

またグッズは展覧会の収益アップになるだけではなく、近年はSNSで話題になることで「行くきっかけ」にすらなることも多いという。

「一番人気のグッズで、X(旧Twitter)でもバズった羽形のぬいぐるみは、製作会社から営業電話を貰ったことがきっかけで作ることになりました。モチーフにしやすい出品作が少ない中で、作品の特徴を見事に生かした面白い商品をご提案いただきました」

また東京会場限定で、美術館に併設されているカフェ「サロン・ド・テ ロンド」と英国王室御用達ブランド「WEDGWOOD」とのコラボカフェも展開した。

「想定していたペルソナが20代、40代〜50代の女性で、その層が好きそうなコラボレーションを考え実施し、大きな反響をいただきました。ほかにも集客のためのリアルイベントとしてテート美術館、国立新美術館の学芸員によるトークショー、フィナンシャル・タイムズと連携した講演会のほか、チェロとハープの演奏会を実施しました」

展覧会の企画そのものからプロモーション、グッズの企画・制作に至るまで、仕事には「偶然」が関わる余地がいくつもある。たまたま別部署の人間が知り合いだった、たまたま営業の連絡があったなど、それが成功のきっかけになることも少なくない。

そうした次なる「縁」をつなぐのは観客であるあなたかもしれないとして、徳田氏は「もし我々と何か一緒にできそうだと思ってくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひお声をかけてください」と講演を締めくくった。


『テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ』

期間:2023年10月26日(木)〜2024年1月14日(日)
会場:大阪中之島美術館料金:
一般 2100/高大生1500/小中生500円