利用される本田圭佑
ワールドカップで3大会連続ゴールという本田の実績は、2018年のロシア大会時点で世界で6人しか達成していない。それ以外にもいくつもの場面で試合を決定づける働きをしてきた本田は、チームへの影響力も大きい。それゆえ、そのパワーは正しく使われないと周囲に悪影響を及ぼす。
その本田が今ではスポーツの世界を飛び出して、ファスト教養を推し進める重要プレーヤーの1人になっているというのはどこまで知られているだろうか?
近年彼が運営に関わる有料音声サービス「NowVoice」には、大阪維新の会代表で大阪府知事の吉村洋文が参画している。以前から橋下徹の「インテリ批判」のツイートに応援のリプライを寄せるなど(2017年11月4日)、本田と維新の会周辺の距離の近さははっきりしている。
維新の会がとろうとしている「旧来の枠組みにとらわれない革新的なポジション」とファスト教養文脈のプレーヤーの相性は非常に良い。この2つの勢力は、自己責任をベースにした社会の忌避という観点で密接につながっている。
吉村、橋下といった維新の会ラインからファスト教養に関連する論者まで、本田は彼らと様々な形で接点を持っている。
・2016年にNewsPicksで堀江貴文と対談
・2019年に自身のYouTubeチャンネルで橋下徹と対談
・自身が発起人のサッカークラブ「Edo All United」にはひろゆきや箕輪厚介が参画(箕輪は2021年2月に退団)
NewsPicksでの堀江との対談(2016年9月2日)では、サッカー選手を育成する観点では中学校や高校にも行く必要がないのではという持論を
「「プロになれない子もいるんだから、そのときのために学校に行っておいたほうがいい」という人が多いんですが、そこは自己責任でしょう」
とこの文化圏におけるキーワードとともに説明している。
この対談記事を含む特集の7回目(2016年9月4日)で、本田は堀江に肩書を問う中で自身についても逡巡するスタンスを見せる(「堀江さんは今、いくつもタイトル(肩書)を持っていますが、もし1つだけ選べと言われたら、どれを選びますか?」「悩みますよね。僕も逆に聞かれたら悩むなあ」)。日本代表として活動していたこの時期にはすでに「自分がサッカー選手である」という自己認識が最初に出てこないメンタリティになっている。
本田に密着した書籍『直撃 本田圭佑』によると、彼がビジネスに特に力を入れ始めたのは2014年のブラジルワールドカップ以降。優勝を掲げて臨んだ大会で惨敗し、クラブシーンにおいても中堅国であるロシアのCSKAモスクワから当時低迷していたイタリアのACミランへの転身後の道を示せなかった。傷心の中、バブソン大学で失敗学を教える山川恭弘准教授の薫陶も受けながら、彼は2012年にスタートさせていたサッカースクールを入口とするビジネスの世界にさらに没頭することとなった。
『直撃 本田圭佑』の著者である木崎伸也は、本田が実質的な指揮をとるサッカーカンボジア代表にも関わるなど彼と深く交流している。また、木崎はNewsPicksとの関係も深く、同メディアの在籍経験もある。後にワールドカップ本大会直前に解任される当時の代表監督のハリルホジッチを糾弾する記事「【本日決戦】四面楚歌。ハリルホジッチの「2つの問題点」」が本大会出場のかかったアジア最終予選のオーストラリア戦当日という奇妙なタイミングでNewsPicksに掲載されたが、この記事を執筆したのが木崎だった。本田自身も、自身が参画したファンドに関する失敗の述懐がNewspicksに掲載されるなど同メディアと近い関係を保っている(2021年2月26日「【独占】本田圭佑、ファンド崩壊の反省を語る」)。
サッカースクールを運営するという自身の出自に近い領域から始まった本田のビジネスは、今ではベンチャー投資などその範疇にとどまることなく拡大している。2010年代の日本サッカーを牽引した選手が堀江、橋下、箕輪、ひろゆき、NewsPicksと名前が並ぶ存在になっている現状には、スーパーヒーローが「要はお金」という土俵に降りてきてしまった虚しさを個人的には感じる。
現役時からセカンドキャリアのことを考えて、引退後にビジネスで成功するアスリートは以前から存在する。アスリートがビジネスに関わること自体にも善悪はない。ここで指摘したいのは、本田のバイタリティと行動力がファスト教養の文脈に属する人たちの価値観を広げるのに結果的に利用されている点である。圧倒的な努力で競争を勝ち抜いてきたカリスマ性のある本田の存在は、自己責任による社会のあり方を推し進めるシンボルとして適任である。本田が自身のビジネスのためにチャレンジすればするほど、それは自己責任ベースのファスト教養の世界の養分となる。
本田は母校の石川・星稜高で教員をしていた縁で付き合いのある馳浩元文科相との縁で、2022年2月2日に自民党のスポーツ立国調査会に出席した(2022年2月2日朝日新聞「「公園での遊びが…」 サッカー本田圭佑は自民党で訴えた」)。
2010年代の日本サッカーを背負ったレジェンドは、いまや維新の会だけでなく自民党からも担がれるようになっている。サッカー選手としての目立ったキャリアはここ数年残していない中、彼はこの先の社会でどんなポジションを占めるようになるのだろうか。
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