EVENT | 2022/03/15

GoogleもCIAもロシア首脳部も引っかかる「同質性の罠」と多様性が重要なワケ【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(22)

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ロシアによるウクライナ侵攻には国際社会の猛烈な非難が浴びせられ、各国が相次...

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ロシアによるウクライナ侵攻には国際社会の猛烈な非難が浴びせられ、各国が相次いで経済制裁を発動している。準軍事的にも早期の制圧は難しそうで、事態は長引きそうだ。政治・軍事どちらの方面でもかなり事態を見誤っていると思われるロシア首脳部が、大国なのになんでここまでお粗末なのか、世界中で訝しむ声がきこえる。

イギリス人ジャーナリストのマシュー・サイドが記した書籍『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、現在のロシア首脳部に生じる疑問に対して説得力ある一つの答えを提示してくれている。

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

ロシアの暴挙とそのロジック

ウクライナとの停戦交渉を担当しているロシア大統領補佐官のウラジーミル・メジンスキーについて、評論家・翻訳家の山形浩生氏はMITのロシア史専門家エリザベス・ウッドのブログ記事和訳して公開している。

記事によると、メジンスキー氏は大統領補佐官になる前は文化大臣を務めていて、「ロシア軍事史協会」のリーダーでもあり、この協会はロシア政府から大きな予算がついている。ただ、ここで語られる「歴史」というのは大ロシア・ロシア民族主義まみれのファンタジーで、過去の歴史的な事実の認識もその立場から捉え直したものになっている。過去に行った侵略戦争や圧政も「それぞれ相手の民族も喜んでいた美しい共存」と解釈しているファンタジックなものだ。

そういうファンタジー=歴史修正主義は日本にも、諸外国にもいっぱいある。どんなブラック企業でも社史を正直には書かないし、社員から見たら別の視点もあるだろう。家族みたいな小さい単位になればもっと極端だ。

とはいえ、だからこそ「プライベートとパブリック」という区別はあり、パブリック、つまり公的な場所では誰が見ても認められるような振る舞いや認識が求められる。中国が国内で「中華民族の偉大な〜〜」と言うのはともかく(中華人民共和国は多民族国家なのでそれでもマズイだろうけど)、国際社会で言いだしたら共感する国はないだろう。

筆者がプーチンをはじめとしたロシア首脳部に対して感じる恐怖は、「そうした歴史認識を公言するメジンスキー氏をウクライナとの交渉人に選んでいる」ことだ。メジンスキー氏は侵攻直前の2月22日にも「ウクライナはロシアの一部以外ではありえない」という趣旨の演説をしている。現在のロシア首脳部には、他にも同じような愛国エリートがいる…というか、出世するのはそういう人々のようだ。

アメリカが9.11テロを見抜けなかった理由

『多様性の科学』では、「組織に多様性が無いことでどのような問題が生じるか」にまつわる多種多様な事例が紹介されている。そのひとつが9.11テロに際してのCIAの失敗だ。

アメリカの世界貿易センタービルにハイジャックされた旅客機が突っ込み、世界中が震撼した同時多発テロ事件が起きたのは2001年。もう20年以上前だ。その後アメリカはイスラム世界への圧力をより強め、2年後には「大量破壊兵器がある」という理由でイラクに侵攻。サダム・フセイン政権を打倒したが、結局大量破壊兵器は見つからず、むしろ今に至るイスラミック・ステート(IS)躍進のきっかけとなるなど、混乱は拡大したかもしれない。

その間アメリカでは、「なぜこんな大規模な同時多発テロを、世界一のインテリジェンス機関であるCIAを擁するアメリカが事前に察知できなかったのか」について検証するプロジェクトが大規模に行われた。また、アルカイダ相手に負け戦をしてしまったアメリカ軍に対しても組織改革が行われることとなった。

当時も今も、CIAには世界最高峰のエリートたちが集められている。だが9.11以前のCIAの内情は、白人男性ばかりで、全員がキリスト教徒で、出身大学も限られていた。「薄暗い洞窟で伝統衣装を着て、詩を朗読する形でメッセージを発する」というオサマ・ビン・ラディンが長年送っていたいくつものメッセージを、「貧乏そうで信用できなさそうな人間が発する、よくわからないもの」として軽視しつづけ、結果として9.11の前にあった「点」のほとんどを見落とし、「線」としてつなげることができなかった。

その後、CIAでは「職員の多様化」を目標に掲げ、なるべく多くの人種・性別・宗教の人間を組織内に入れるようにしているという。アフガン駐留軍司令官を務めたスタンリー・マクリスタルも、アルカイダとの負け戦を経て、米軍に柔軟性をもたらす構造改革を実施した。

Googleも引っかかった同質性の恐ろしさ

カルト集団がカルト化していく過程は、このCIAが間違った理由とそっくりだ。外部から隔絶した排他的な状態を指す言葉が「カルト」なので、同じバックグラウンドの人間しかいない状態は、能力に関わらずおかしな判断が生まれやすい状態と言える。言い換えれば一色に染まった状態においては、優秀な人でも間違いを犯すということだ。

『多様性の科学』では、Googleが陥ったまちがいについても紹介されている。創業期のGoogleで、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの二人の創業者が、管理職の撤廃を目指して組織を完全にフラットにする組織改革を行ったが、結果としてヒエラルキーを欠如したことは組織に混乱を招き、大失敗に終わった。これは社会心理学者アダム・ガリンスキーと交渉学のモーリス・シュヴァイツアーの研究で書籍『競争と協調のレッスン コロンビア×ウォートン流 組織を生き抜く行動心理学』(TAC出版)にまとめられている。

多様性はひとりでに存在するものではなく、リーダー的な存在が自ら多様性を重視する方向に組織を運営しないと、どんどん消えていってしまうものなのだ。Googleはチームに成功をもたらす要因についての大規模な調査を行い、「最もチームのパフォーマンスを左右するのは心理的安全性」という結果を出している。同書の同じ章では、小売店やメーカーを対象にした研究で、新たなアイデアや疑問を頻繁に発するマイノリティ社員は、かえって昇給率や昇進率が大幅に下がるという言葉も紹介されている。

今のロシア首脳部はどうなっているか

こうした事例をみると、今のロシア首脳部の雰囲気が想像できる。権力闘争に勝ち抜いて政権を維持している政府要人たちだ。優秀な人たちは揃っているのだろう。でも、そこに多様なバックグラウンドを持つ人はいるだろうか?リーダーは多様性を広げる方向で組織運営をしていそうだろうか?変わったアイデアを出すために重要な心理的安全性は担保されているだろうか?

翻って、自分のいる組織や、ひいては自社のVIP、日本の首脳部などはどうだろうか。自分の周りにはどのぐらい多様なバックグラウンド、人種や宗教や国籍の人間がいるだろうか。

この『多様性の科学』は、そういうことに気づくきっかけを与えてくれる良書だ。


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