「(軽トラのメーカーはそれぞれに良さがあって選択に迷うが)色はブルーと白しかない」と笑うA氏
渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者
兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
「なぜ日本の軽トラが人気に?」の謎に答えてくれた実業家のA氏

A氏はコマツのファンでもある。ビジネスでどんなに忙しくても、自分で大きな機械を動かして作業をするのが楽しくてたまらないという
数年前からアメリカで日本の軽トラックを見かけることが増えた。しかも、日本の商店の名前が残っているような古いものだ。これらがどこから来て、誰が所有しているのか不思議に思っていたが、持ち主に訊ねる機会がなくてそのまま忘れていた。
最近になってニューイングランド地方(本人の希望で州を特定表記しない)で日本の軽トラックを数多く持っている実業家と知り合った。アメリカでの軽トラ人気について調べる良い機会なのでいろいろと質問したところ、「実際にお見せして説明しますよ」と招待してくれた。ちなみに、アメリカで軽トラは「mini truck」あるいは「Kei-truck (K truck)」と呼ばれている。Keiの日本語での読みがわからず、「キートラック」と呼ぶ人もいる。
軽トラを数多く所有しているA氏は、歯科医としてキャリアをスタートしたが、ビジネスへの興味や情熱の方が強かったために直接の治療からは引退して、複数の歯科医院を経営するようになった。自分が思い描く理想的な歯科医院を建設するために、みずからデザインするようになり、次は理想的な治療環境を達成するために診療用チェアーなどの装具も製造するようになった。思いついたら実現せずにはいられなくなるタイプのA氏の会社は、現在では歯科医院のデザインにおいてアメリカで指折りの大手企業になっている。
実業家として多忙なA氏は農場主でもある。人生で初めてクレジットカードを得た20代の時にニューイングランド地方に古くからある漁村に行き、「誰も買わない大きな土地があったらそれを買いたい」と不動産エージェントにもちかけた。そして、カードで借りられる最高額の5000ドルを頭金にして「のんだくれ」として知られる農場主が放置している約200エーカー(東京ドーム約17個分)の荒れ果てた土地を購入した。
そのままでは使えない岩だらけの土地である。頭金だけでは足りないので、友人4人に「それぞれに広い土地つきの家を建ててあげる」と約束して資金を調達し、実際にそれを実現しただけでなく、合計11の家を建てて販売するという不動産業まで手がけた。残りの土地を少しずつ自分で開墾して農地にし、牧草を育てて羊や鶏を飼うようになった。牧草の収穫時にはアルバイトを雇うが、それ以外の作業はほぼ自分ひとりでこなしているという超人的な人物だ。医師として40年近くフルタイムで働きながら子育てもやりとげたA氏の妻、Jさんは料理の達人でもある。
A夫妻は非常に裕福なパワーカップルなのだが、2人ともまったく飾り気がなく、「温厚でフレンドリーな農家の夫婦」の雰囲気だ。大きな豪邸を建てる財力があるのに、小さな家で暮らしている。小さいけれども絵本にしたくなるようなキュートな家を(アメリカのニューイングランド地方では栽培が難しい)椿や欅、笹で囲んでいる。A氏が軽トラを愛するのには、彼らのこういった価値観が反映しているのかもしれないと思った。

A氏の敷地内にある「私道」
A氏は軽トラを農場の移動用に愛用しているのだが、使うだけでなく日本のディーラーから直接輸入しているのだ。しかも、何度か輸送コンテナ1台分に入るだけ詰めてもらって。
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輸入が困難で価格も高いのに軽トラが愛されるワケ
A氏がそこまで日本の軽トラを愛するようになった経緯には、彼のラブストーリーもからんでいる。
A氏の故郷ミシガンはゼネラルモーターズの拠点があり、20世紀後半の日本車の台頭によってアメリカの自動車産業が壊滅的な打撃を受けた。A氏が歯科の大学院生だった1970年代後半には周辺でその影響を受けていない者はいなかった。だが「自分たちに問題があると知りつつ、誰もその責任を取ろうとはしなかった」とA氏は振り返る。たとえば友人の父親のように「車のどのパーツも最悪のパーツよりましにしないようにする」のが仕事だと豪語する品質管理責任者もいた。
A氏がトヨタ生産方式(TPS)について興味を抱いた経緯はラブストーリーである。彼の故郷ではちょっとした車の修理なら自分でする者が多く、マイナス20℃もめずらしくない冬の間には、屋内で修理をするための場所を借りられる大きな倉庫があった。A氏がそこで作業をしている時、魅力的な若い女性がいるのに気づいた。A氏はめでたくその女性Jさんと知り合い、デートにこぎつけ、結婚に至ったのだが、彼女が修理していたのが中古のトヨタ・カローラだったのだ。美しさだけでなく頭脳と優しさも兼ね備えているJさんにA氏は惚れ込んだわけだが、彼女が運転していた小さな車のパフォーマンスと信頼性も彼に強い印象を与えた。
その後A氏は日本車を何度も購入してきたが、軽トラに出会ったのは本国ではなく、別荘を購入したアメリカ領ヴァージン諸島(USVI)だった。購入した家は荒れた山頂にあったのだが、家の修理に雇った配管工が運転してくる小さなトラックは舗装されていない細い道を軽々と登ってくる。「同じトラックを買いたい」と言ったところ、彼は「ここへの輸入は禁じられている」と言う。理由は「右ハンドルだから」。けれどもUSVIは日本と同じく左側通行なのだ。A氏はアメリカ車の産業を守るための保護政策だと直感した。

「たぶん2001年同時多発テロ後の援助で輸入されたのではないか」とA氏が言うヤンマーの車両。これでないと入れない場所に使って重宝しているという
家に戻ってすぐにA氏は周辺の農場主を集めた。
アメリカのピックアップトラックは大きくて燃費が悪い。ニューイングランド地方の小さな農場で牧草を運ぶのに、1ガロン(3.78リットル)で8マイル(約13km)しか走らないような巨大なトラックは不要だ。環境にもよくない。燃費が良くて舗装されていない小さな道を走ることができる軽トラは、ニューイングランドの農場にはぴったりだ。
そこで共同で輸入しようということになった。ホンダのデザインは素敵だし、スバル・サンバーは後部エンジンなので静か。三菱は廉価。それぞれに魅力があったが、タフなダイハツ(トヨタ)と、エンジンの素晴らしさで定評があるスズキに絞ることに決まった。どちらもアメリカでパーツが入手しやすいという魅力もあった。
最大の壁はアメリカの保護政策だ。
A氏がUSVIで耳にしたように、アメリカは「右ハンドル車」の輸入を認めていない。それを可能にするのが「Importing classic or antique vehicles / cars for personal use(25年ルール)」と呼ばれているクラシックカー登録制度である。もとはヨーロッパのクラシックカーを輸入できるようにするための規制緩和なのだが、製造から25年以上経った車であれば、このルールを利用して輸入することができる。そうした中で近年は、軽トラだけでなくスポーツカーや軽自動車なども人気を博しているようだ。
軽トラの問題は輸入の難しさだけではない。たとえ輸入しても、公道を走ることが許されない「オフロード車」の範囲でしか運転できない州が過半数なのだ。公道を走ることが許可されているのは2018年時点で21州だが、その多くは高速道路での運転を禁じるか、速度制限を設けている。A氏のようにナンバープレートなしで敷地内や農場内で使用している者が多いが、公道で運転するために規制が緩い州で軽トラを登録してナンバープレートを得る者もいる。
そのうえ、安いとも言えない。日本のディーラーから運送コンテナ1台分(7台くらい入るらしい)を購入するA氏であっても1台あたり6千ドル(約68万円)程度かかるという。面倒な書類手続きを避けるために専門のディーラーを使うと同程度のものが8千ドルから1万ドル(約90万円から110万円)になる。製造から25年以上経った古い車にしては高すぎるような印象がある。
それでもアメリカで軽トラの愛好者が増えているのは、アメリカの車にはないユニークな魅力があるからだろう。
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「みんな軽トラを抱きしめたくなってしまうようだ」

軽トラに魅了されたA氏は、大きめのトラックも購入するように…。「実は、ダンプトラックや消防車もほしい」とA氏は収集家らしい告白をした
まずアメリカだと「製造から25年経ったトラック」というとすぐに壊れそうなポンコツのイメージがある(実際そうである)。だが、軽トラ所有者は「日本の軽トラは中古とは思えないほどコンディションがよくて修理もしやすい。長持ちする」と太鼓判を押す。
購入してからは燃費と保険の加入費で節約することができる。いくつかのサイトが計算をしているが、アメリカのピックアップトラックと比較すると燃料費だけでも3年で軽トラ1台分の価格に匹敵する節約ができるらしい。
A氏によると「森の曲がりくねった狭い道を走ることができる小さなトラックはアメリカにはない」、「そういう場所で軽トラを運転するのは本当に楽しい」ということだ。
アメリカのごついトラックに比べて「かわいい」というのも無視できない魅力だ。
A氏が住む州では公道での運転は認められていないが、近所の商店にはよく出かけているようだ。それでもこれまで警察から咎められたことはない。むしろ、どこに行っても人々が集まってくる。「みんな軽トラを抱きしめたくなってしまうようだ」とA氏はその感覚を表現する。そして、「ほしい。どこで買えるのだ?」と質問責めにあう。A氏が自分で使用できる以上の軽トラを輸入してきたのは、「ほしい」とリクエストする友人がいるからだ。小さいのに働き者の軽トラにはアメリカ人の心をくすぐる何か特別なものがあるようだ。
新型コロナウイルス感染症のために世界中で流通が滞っており、輸出入が困難になっている。そのために軽トラも「欲しくても手に入らない」という状況になっていて、コレクターの収集欲をさらにかきたてているようなところもある。
日本では特別扱いされずに働かされてきた軽トラは、渡米してからは「抱きしめたい」ともてはやされ、ファンから可愛がられて大切にされる「老後」を送っているようだ。
A氏の話を聞いているうちに私も軽トラが欲しくなってしまった。自由に走らせる森や農場を所有していないのが残念でならない。