CAREER | 2023/10/25

日本留学を経験した、タイの名門大学准教授が日本の学生に伝える「コミュニケーション」の重要性

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の神武直彦教授が小・中・高校生のために主催するオンライン...

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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の神武直彦教授が小・中・高校生のために主催するオンラインプログラム「KITE Project」。今年から「KITE Global Project」と名を変えた同プログラムでは、「国を超えて面白いことに取り組んでいる方に出会い、物事を楽しく進めるシステム×デザイン思考を学ぶ」という目的のもと、さまざまな境遇にある人々が学生のためにプレゼンテーションを行っている。

今回は7月22日開催された第8回のイベントレポートをお届けする。タイトルは「お寿司とトムヤムクン~日本から学んだこと、そして、タイから伝えたいこと~」。登壇するのはリーラワット ナット先生。ナット氏はタイのチュラロンコン大学工学部で産業工学科の准教授に加え、SDMの招聘教授として日本とタイの共同研究に取り組む。日本と世界、2つの視点を通じて、社会や仕事との関わり方を学ぶ機会となるはずだ。

文:白石倖介 画像提供:KITE Global Project

ドラえもん「ひみつ道具」の創造的アイデア

「KITE Global Project」第8回のプレゼンターを務めるナット氏は日本の大学で学んだのち、タイのチュラロンコン大学で准教授を努めている。プログラムの前段として、タイという国、そしてチュラロンコン大学の紹介が行われた。

チュラロンコン大学はタイで初めて創設された高等教育機関だ。1917年3月26日、チュラロンコン大王の構想を受け、ワチラーウット王によって創設されたこの大学は、この100年間タイ王国の高等教育機関として大きな役割を果たしてきた。様々な分野において30万人以上もの学生を育成し、卒業生は世界各地で活躍している。プログラムのタイトル、「お寿司とトムヤムクン~日本から学んだこと、そして、タイから伝えたいこと~」の意図からナット氏のプレゼンが始まった。

「トムヤムクンは多くの方がご存知かと思いますが、こうした馴染みの深いところから、わたしが日本から学んだこと、そしてタイから伝えたいことをお話をします」

ナット氏はタイ・バンコクに生まれ、両親からのサポートを受けながら健やかに育った。週末には日本のアニメが放送されており、日本の文化や国に幼い頃から親しみを持って育ったと語る。また、幼少期の特筆すべき体験として、医師である祖父との関わりがあったという。

「右上の写真は僕のおじいさんですが、メディカルドクターをしていて特に教育に関してサポートをしてもらいました。そのときから自分にとっては学術・教育という分野に進むということを意識していて、それはおじいさんの夢でもあったんです。後に実際に大学で博士号を取得できたのも、おじいさんのために頑張ろうと思い、実現できたことです」

ナット氏はその後、日本に渡り東京工業大学に進学、現在の専門領域である災害情報科学を修め、修士号と博士号を取得した。「常に新しいことを発見し続ける」ということをテーマに、様々な経験から視野を広げること、そして技術によって問題を解決することに取り組んできた。

「『どんな日本のアニメが好きですか』と聞かれたら、その答えは『ドラえもん』です。ドラえもんの『ひみつ道具』はとても創造的です。大事なのは、『何か問題を解決するためにその道具がある』ということです。ひみつ道具は未来の道具として描かれていますが、実はそういうアイテムはもう既に、今を生きる発明者・研究者の手によって世の中に生まれている。何らかの問題を解決するために、道具を使ったり発明・創造するドラえもんのメッセージがとても好きです。日本にいるときは10回以上、ドラえもんミュージアムに通いました(笑)」

その後、仙台の東北大学で研究を始める。東北大学は災害・防災の分野で非常に研究が進んでおり、たくさんの研究者・専門家が集まっていた。ここで得た貴重な経験を活かし、タイに戻ってキャリアをスタートし、現在に至るということだ。

「仕事を始めたのが今も所属しているチュラロンコン大学です。所属当時、私はとても若い研究者だったということもあり、全てが新しいチャレンジでした。ただ、日本で学んだことは学校の講義や新しいコースを作ることにとても役立ちました」

誰かと「森を作る」ために大切なこと

ナット氏の経歴が語られたのち、プログラムは後半へ。続いてのパートは「ワクワクを見つける」と題され、ナット氏が現在行っている研究のシーンから、実際にどのように「ワクワク」を見つけていくのか、を語った。

現在、慶應義塾大学とチュラロンコン大学は共同国際プロジェクトにおいて「Area-BCM(Area Business Continuity Management:地域型事業継続マネジメント)」の構築を行っている。このプロジェクトは、災害が起きたときに地域全体でいち早く復旧し、事業が継続できるようにするを方法を検討するものだ。

「タイは世界の国々にいろいろな部品を届ける拠点になっています。特にハードディスクドライブや自動車の部品を製造して、世界の物流に供給しています。ところが2011年、タイで大洪水がありました。タイには県が77県ありますが、そのうち60の県が被害に遭い、なおかつこの被害は三カ月以上復旧できずに物流事業は大きな被害を受けました。この洪水を契機として『Area-BCM』という仕組みの検討が始まりました。私達は『災害が起きたときにいかに事業を継続するか』ということを考え、こうした災害に対応できる体制の構築を目指しています」

ナット氏は複数の人々が集まって行うプロジェクトにおいて、どういった要素が重要になるのかを参加者に問いかけた。ここでは「リーダーシップ」「自分たちを含むプロジェクト参加者」「プロジェクトに関わる人や組織」「コミュニケーション」「資料や資金・人材などを提供する人のサポート」「チームの体制」「仕事量やその範囲」「取り組む期間」「プロジェクトを進めるための道具や方法」という要素が提示され、この中の一つに参加者が投票していった。結果、ほとんどの参加者が「コミュニケーション」を最も重要な要素と回答し、ナット氏の返答が続いた。

「コミュニケーションは人を繋げるとても重要なスキルです。皆さんもぜひコミュニケーションスキルを育むために、友人やそれ以外の人たち、外国の人にも積極的に話しかけてみてください。そしてプロジェクトを遂行する上では、先ほど挙げたすべての要素が重要になります。研究を進める際にはそれらを組み合わせて活用することが必要です」

また、プログラムを主催する神武教授もこの視点が大事だと、子供たちの目線で強調した。

「これは研究だけではなく、学校の文化祭や体育祭など、みんなでチャレンジをするときにはとても大事なことです。小学校・中学校・高校で取り組んでいることと、私やナット先生がやっているような世界的な取り組みというのは、実は基本的なことは一緒なんだと思います」

ナット氏はまた、「知識を広げることの重要性」についても語った。研究成果を発表するだけでなく、他の人々と積極的に連携し、知識を共有し広げることが重要であり、特に若い世代との協力を通じて、研究を社会に役立てることを目指しているという。

「日本を含む多くの国とプロジェクトを遂行するなかで一つ、確信していることがあります。それは『木が1本あるだけでは森とは言えない』ということです。つまり、多くの人たちと一緒に協力しながら仕事をすることで森を作ることができるということです。たとえば政府だったり民間の企業の人たちと協力しながら進めていくことで森を作ることができる。皆さんはこれからいろんな仕事をしていくことになると思いますが、ぜひ一緒により良い世界を作っていければと思います」

最後に神武教授から「これからどんなことを成し遂げたいのか?」という質問を受けたナット氏は、このように回答した。

「チュラロンコン大学での最初の5年は、授業のカリキュラムやコースを作ることに尽力しました。そして次の5年間の目標は"アライアンス"を作ることです。つまり仲間を作ること。1人ではできないことがたくさんありますから、いろんな仲間をつくることを、この5年間では頑張りたいと思います」

ナット氏は自身の体験を通して人々と協力しながら世界を前進させること、そしてそれを次の世代へ伝えていくことの大切さを語りプレゼンテーションを結んだ。慶應義塾大学との共同研究やSDMでの招聘教授としての活動は、彼が構築を目指す”アライアンス”の一つだろう。そして、こうした国を超えた協働に取り組む人の姿やプレゼンテーションは、プログラムに参加した学生にとっても大いに刺激になったはずだ。今、KITE Projectを楽しんでいる子供たちが近い将来、世界を前進させる"仲間"となることに期待したい。


イベントの本編はこちらから

KITE Global Project

【KITE Global Project 第12回開催のお知らせ】
日時:2023年11月3日(金)10:00〜11:30
開催形式:会場(慶應義塾大学日吉キャンパス)とオンラインのハイブリッド開催
スピーカー:神武 直彦(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)
参加申し込みはKITE Global Projectウェブサイト下部の「お申し込みはこちら」より