CULTURE | 2023/09/26

リアルすぎるロケ弁手配
ほんとにテレビ業界の人が原作者の
『ロケ弁の女王』から学ぶ弁当手配の極意

文:舩岡花奈(FINDERS編集部)
ロケ弁にフォーカスした漫画『ロケ弁の女王』がLINEマンガで公開中だ(9月4日公...

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文:舩岡花奈(FINDERS編集部)

ロケ弁にフォーカスした漫画『ロケ弁の女王』がLINEマンガで公開中だ(9月4日公開の第31話をもって完結)。グルメ漫画のなかでも取り上げられることが少ない「ロケ弁」をテーマとしつつ、ドラマ撮影現場の若手制作進行として働く主人公・俵米子(たわらよねこ)の成長も描かれる「お仕事モノ」でもある。

FINDERSの運営会社(の親会社)であるシー・エヌ・エスはイベントの企画・運営も手掛けており、連載「スタッフ目線で選ぶイベント現場弁当」も掲載していることから、この作品は絶対に取り上げなければならない!ということで、今回は原作を手掛けるのやまあき氏、そして作品プロデュースを担当したコルク代表の佐渡島庸平氏に話をうかがった。

佐渡島氏

美味しいお弁当が良い現場をつくる

ーー 『ロケ弁の女王』を立ち上げようと考えたきっかけを教えてください。

のやま:コロナ禍があって多くの飲食店が苦境に陥り、中には潰れてしまうお店も少なからずありましたよね。今まで仕事でさんざんお世話になったし、ステイホームで美味しいものを食べるぐらいしか楽しみがなかったにも関わらず、自分もこの間、お弁当を食べていなかったな、何か恩返しになることがしたいなと思ったのがきっかけです。

佐渡島:ウェブトゥーン界にはまだグルメ漫画がなかったので何かやりたいと思っていました。しかものやまさんという、物語づくりの才能とドラマ制作の経験を併せ持つ方に出会ったことで、ただグルメ漫画として「料理を美味しそうだと感じてもらう作品」であるだけでなく、自分がいかに身の回りの環境や、仕事のあり方などを良くしていけるのか?まで踏み込んだ、非常に現代的なテーマが描けるんじゃないかと感じてコルクスタジオでの制作を決めました。

―― のやまさんは実際にドラマ制作の現場で働いた経験があるということですが、作中に出てくるお弁当はどのような観点で選んでいるのでしょうか?

のやま:「その弁当によって撮影現場の士気が上がるか」、「現場のスタッフは喜んでくれるか」という点で選んでいます。そもそも米子が働くドラマ撮影現場において、ロケ弁は「たかがお弁当」どころか、最重要要素のひとつなんですよ。

体力勝負なことが多い撮影現場の原動力になりますし、休憩後も頑張り続けられるかどうかといったメンタル面にも大きく影響を与えます。不満を抱かれることはなかったとしても、適当にやるとプラスアルファには絶対にならない。読者の皆さんの仕事にもそういった位置付けのタスクがあると思います。

「とりあえず人数分、用意すればいいんだろ」というような雑なチョイスって、傍から見ていてすぐ分かるんですよね。今はさすがに無いですが、お昼にサンドイッチしか用意しないでカメラマンさんから烈火のごとく怒られたという先輩の話を聞いたことがあります。

スタッフの好みに柔軟に対応できるよう2種類選ぶ(第3話より)

―― 米子も第1話で、出演者が好きなロケ弁を用意するために事前にマネージャーにヒアリングを行ったり、弁当屋まで行って情報収集したりしていて、この現場にとってより良い弁当選びはなにか?というベストな選択を試行錯誤していますね。

のやま:作中で登場する弁当は、「ここは絶対入れなきゃダメだろう」というロケ弁の定番、実際に注文して評判が良かったもの、私が好きなお店と入り混じっていますが、『ロケ弁の女王』は人間ドラマを大切にしている作品になるため「このキャラの性格だったらマイベスト弁当はこれだろう」という風に考え、いつ・どうやって登場するかを決めています。

ドラマ監督の門司は中年で栄養バランスも気になりつつ、でもガッツリ食べたくもあるからバタールのアメリカンチキン(第3〜4話に登場)が好き。米子を厳しくも暖かく見守る先輩の南雲は喜山飯店(KIZAN)が好きだから、彼の仕事の転機が訪れて気合いを入れるぞ!というタイミング(第23〜24話)で登場させよう、そんな風に考えていくとスムーズに決まっていきました。第14〜18話に登場する金兵衛も、第1話で取り上げた津多屋と同じぐらい超有名で絶対に出したかったんですけど、お弁当からストーリーを考えようとするとどうしても煮詰まってしまって。でも人間ドラマから考えていったことでこういう登場の仕方になりました。

門司監督が好きな弁当「バタール アメリカンチキン弁当」(第3話登場)

弁当選びで現場全体を変えてしまう

第一話登場

―― 普通のグルメ漫画であれば「米子が美味しいお弁当をチョイスできるようになる過程」を中心に描いていたのかもしれませんが、彼女には最初からお弁当選びのセンスが備わっていて、職業人としての成長がメインで描かれていますよね。

のやま:佐渡島さんが「自分の書いたものを信頼して人間ドラマを作ろうよ」と言ってくださったのが、私の中で大きかったですね。「お弁当のための米子」ではなくて、「米子の成長のためのお弁当」を軸に据えています。

佐渡島:毎日の仕事の中で、全体に影響しない仕事ってあまりないんですよ。ただ効率的にやろうとするだけの人と、ひとつのタスクを全体の一部だと捉えてやれる人とでは全然仕事の質が違う。例えばお弁当を食べるスペースが狭い、休憩時間が少ないといったことがわかっているから手軽に食べやすいものを選ぶ、あるいは今日の撮影内容に関連性がある弁当を選んでみる、そういった所作が「全体に影響を与える仕事」に結びつくんです。

今やっている仕事が全体にどんな影響を与えるかについて解像度が高いか、低いかということが「優秀な仕事」の条件の一つだと思いますが、それは専門外の人にも結構伝わるものなんですよ。各分野の一流の人と実際に話してみると、山の頂上までの登り方は違っても、その過程で必要なエッセンスは結構似ていたりする。だからこそ「この現場でベストな弁当チョイスは何か」を導き出すために行うアクションは、他の仕事でも大いに応用が効きます。

今はまだ雑用的な仕事が多かったとしても、そうした試行錯誤を積み重ねていく中でいつかはトップ層の人とも対等に話せるぐらい成長できるはずで、弁当にまつわる物語だけで「いつの間にかこんなにデキるようになってたのか、お前は」と思われるぐらいの成長が米子はできるのかどうか。そんなストーリーテリングにのやまさんが挑戦しているんだろうなと感じます。

のやま:目の前にある仕事を面白くするのは結局自分なんですよね。言われたことをやるだけだからつまらない。「なぜ今こうなってるんだろう。自分だったらこうできるんじゃないか」とプラスアルファで考えるのが工夫で、それができる人に成長があるんじゃないでしょうか。米子もそういう人物であってほしいなと思ってます。

第3話のバタールが登場する回でも、米子は「おかずがそれぞれ違う2種類を用意する」というロケ弁選びのセオリーに疑問を抱いて「種類がもっと多い方がいいんじゃないか?」と7種類用意します。結果としては多品種少量だと1つの種類がすぐになくなり、欲しい弁当が行き渡らなくて失敗するんですが、トライしたことに価値がある。そういうことの積み重ねが仕事なんじゃないかなと思います。

佐渡島:この作品を通して「仕事を通して成長する」ということはどのようなことなのか。気がつくきっかけになればと思いますね。

第4話登場

異例の「連載中に第1〜2話をフルリメイク」はなぜ行われた?

―― 「仕事でのトライアンドエラーを積み重ねて成長する」ということで言うと、なんとこの作品も第1話・第2話を連載中にフルリメイクするというかなり異例の取り組みを行っています。ちょっとページを足したというレベルではなく、大まかなストーリーは同じでも途中の展開や演出がガラッと変わっていて、全くの別物に進化していると驚きました。

作画担当・つのだふむ氏が9月10日にXでポストしたこちらが旧第1話。LINEマンガではリメイク版が掲載されている

のやま:第1話を公開し、読者のみなさんからの感想を受けて制作チームで振り返るなかで、正直自分たちの力が足りず、この作品を通じて伝えたいことが誤解されてしまっているように感じました。ちょっと米子が嫌われすぎてしまっていたなと(苦笑)。

ーー 旧第1話との一番の違いは、主演俳優の好きな弁当ブランドを事前にリサーチした試みが成功している、つまり米子のお弁当選び能力が仕事で役に立っていることを、第1話時点からさらに強調したことだと感じました。

のやま:書き直したといっても作品の軸はブレていないんですが、「より読者の方に伝わるには」ということに対して試行錯誤してみようと話が進みました。後悔を後悔のままにせず、米子のように最善を尽くすべくトライしようよと。気づきがあるたびにリカバリーできるかどうかも仕事の醍醐味だなと思います。話が進むにつれて米子も同様にトライし続けています。

―― 今回のインタビューではお弁当の内容についてはあまり触れられなかったのですが、本作が「お仕事マンガ」であるがゆえの「仕事のやる気がアップするぐらい美味しいお弁当」の描写を通じて、色々と実際に食べてみたくなりました。

のやま:ロケ弁って「大量に頼む業者専用」というわけじゃ全然なくて、意外とデパ地下で購入できたり、お店で直接購入できるものも多いんです。身近にあるので、作品のなかで気になったものがあればぜひ実際に食べてほしいと思います。


『ロケ弁の女王【タテヨミ】』