東京大学大学院情報学環 教授 筧康明氏(写真左)、細尾 代表取締役社長 細尾真孝氏(写真中央)、ZOZO NEXT 取締役COO 高橋一馬氏(写真右)
文:神保勇揮(FINDERS編集部)
西陣織の技術と先端素材・技術の組み合わせで何ができるか
ZOZO NEXT、東京大学大学院情報学環 筧康明研究室、細尾によるコラボプロジェクトの展示イベント「Ambient Weaving Collection 環境と織物」が8月1日から8月7日までの間、東京・丸の内にある「Have a Nice TOKYO!」にて開催されている。展示時間は各日11時〜20時で入場は無料。
「Ambient Weaving」は、
・新規事業の創出に向けてさまざまな分野の基礎研究に取り組むZOZO NEXT
・元禄元年(1688年)創業の西陣織の老舗ながら「伝統工芸のアップデート」に挑戦し続ける細尾
・物自体の形や色、大きさ、硬さが変わるような新しい特性を持つ材料を使い、世界に新しい体験が生まれるような技術およびデザインの創出を多数展開する筧研究室
の三者が、伝統工芸と先端素材およびインタラクション技術を組み合わせ、機能性と美を両立する新規テキスタイルの開発に関する共同研究プロジェクトの過程で創出したコンセプトであり、かつそこで生み出された「環境情報を表現する織物」「環境そのものが織り込まれた織物」を指す。
2020年にプロジェクトを開始し、これまでに「SXSW 2022」「アルスエレクトロニカ2022」などにも出展してきた。
今回出展されているのは以下の8点。説明文も記載するが、ぜひ会場にて五感で感じてみてほしいと思える作品ばかりだ。
Wave of Warmth
(※説明文はすべてプレスリリースに掲載されたもの)
周辺環境の温度に応じて色が変化する織物です。特定の温度に達すると呈色するロイコ色素を含んだインクを和紙の両面に塗工し、裁断することで、箔紙として緯糸に織り込んでいます。25度以上になると黒から青色に呈色し、温度が下がると黒色へと戻っていきます。この可逆的かつリアルタイムの変化を通して、温度の変化を視覚的にも訴えることで人々の意識を開きます。
作品紹介映像:https://www.youtube.com/watch?v=nHATfYwarpQ
Drifting Colors
クロマトグラフィーというロシアの植物学者ミハイル・ツヴェットが発明した物質を分離する技法を応用した織物です。本来、染色とは糸に染料を吸収させ、定着させることを指しますが、この作品では、それぞれの染料の電荷・質量・疎水性の差により、異なる時間で糸の中を染料が移動します。湿度や水分量を適正に保つことで、この分離と移動が起こり、染料が糸へと浸透した後も動的に色が変化し続けます。
作品紹介映像:https://www.youtube.com/watch?v=mX6UnyONVgk
また、以下のWPシリーズは「まだ“作品未満”ではあるが大きなポテンシャルを秘めていると考えており、多くの人に見てもらってフィードバックを得たい」と感じるプロトタイプ制作物として展示しているという。
WP001<sounds> (※一般初公開)
この織物は圧電性を有する高分子フィルムの両面に電極を設けた素材を引き箔として織り込み、スピーカーとして機能します。緯糸の部分のみがオーディオの電気信号により振動するため、特定部位のみに音を発生させたり、形状に応じて音の広がりを変化させたりすることができます。
また、織物は外の音を透過するため、環境音に織物からの音を重畳する等、従来とは異なる音の演出を実現します。
WP002 <Optical Unveil>(※一般初公開)
この織物は入射光と観察者の位置により見え方が変化します。再帰性反射性のビーズと薄膜干渉層を備えた特殊な箔糸が織り込まれており、入射光の角度に応じた光路長に対応する干渉色を示します。西陣織の立体構造により、同じ箔糸でありながら多様な色が表れ、観測者との相対的な位置関係により、見え方が変化する様子を鑑賞できます。本プロトタイプの技術は量産織機を用いた大型化も可能となっています。
WP003 <layers>(※一般初公開)
2枚の織物を重ね、光が透過すると発色する仕組みを持つインスタレーション。偏光板とOPPテープで構成された箔が織り込まれ、光が織物を重ねた状態で透過すると複屈折による光の干渉により偏光色が表れます。同じ素材ながらも偏光板の向きやテープの厚みを変えることで複数の色を表現し、また箔の順番のアレンジにより様々な色パターンを生成します。鑑賞位置によってもその見た目は動的に変化します。
WP004 <pillars>(※一般初公開)
巻き取れる1枚の布から立体形状に変形可能な織物。2種類の長さの靭性のあるカーボンバーが緯糸の一部に織り込まれています。バーの端部をスナップボタンで接続することで織物は立体へ変化します。形状はシミュレーションにより設計され、接続順序・位置を変えることで同じ織物から複数の異なる形の立体が構成できます。今回展示される3つの立体は、それぞれ蕾・半開き・全開の花をイメージし、同一設計の織物から造形されました。
同プロジェクトでは、西陣織の構造や意匠に先端素材やデバイスを掛け合わせることで、周囲の環境情報と織物を媒介する様々な機能と表現の両立を試みてきました。
WP006<iridescence> (※一般初公開)
特殊な箔素材の重ね合わせにより、表面と影が異なる様態を示す織物です。緯糸として用いるフィルムの表面に微細構造を制御したインクによる印刷パターンを施すことで特定の波長を反射し、金属光沢のような質感を生み出します。このフィルムを複数枚特定の順序で重ねて織り込むことで、織物の透過光とフィルム裏面からの反射光が重畳し、色の変化だけではなく印刷パターンの周期的なずれによるモアレパターンが現れます。
WP007 <Pixels>(※一般初公開)
この織物はドットマトリクス状に発光する機能を持ちます。箔に電流を流すと、緯糸に織り込まれた有機ELダイオード (OLED) 箔が自発光します。OLED箔と、経糸の導電糸との交差によりマトリクス状の回路を構成しています。箔は背面に配置され、非発光時にも西陣織の意匠を損なうことはありません。しなやかさや織長に応じたスケーラブルな設計が可能です。
「実験」でもあり「アート」でもあり「ビジネス」でもある
8月1日に行われたトークイベント「先端素材・デバイス×伝統工芸から考える産学/企業間共創」の模様
こうした一連の取り組みは「学術的な実験」なのか「伝統技術を用いたアート」なのか「ビジネス」なのか。8月1日に行われた開催記念プレスツアー、トークイベントにおいて各者は「それら全ての要素が入り混じっている」と語った。
ZOZO NEXT 取締役COOの高橋一馬氏は「国内外のラグジュアリーブランドなどが興味を持っており、当社が早期に投資してイニシアチブを担いたいと考えています」と語り、質疑応答で「これらをアート作品として販売しても注目されるのでは?」と質問された際には同社のR&D部門であるMATRIX本部 本部長の田島康太郎氏が「確かにそうした指摘を他でも受けており、社会実装プランのひとつとして考えています」と答えている。
「企業的な振る舞いもあれば個人的な創作の部分もある、不思議な集合体だと思っています。アートピースでもありプロダクトにもなり論文にも書けるというこのプロジェクトはかなり貴重で、この自由で有機的な取り組みを今後も続けていきたいです」(東京大学 筧康明氏)
「伝統工芸と最新テクノロジーは無関係ではありません。例えば19世紀にフランスでジャカード織機が誕生し、導入すれば格段に製作スピードが上げられるということで、日本人も現地に赴いて利用法を学習し輸入しています。常に時代の先端を取り込みつつ、変わらないものもある。それが伝統を守るということだと思います。当社の職人たちも筧研究室、ZOZO NEXTというバックグラウンドが違う方々と一緒に仕事をすることで大きな刺激を受けていますし、世界最先端のスマートテキスタイルを開発できると思っています」(細尾 代表取締役社長 細尾真孝氏)
これらの研究開発や製作は三者だけで行っているわけではなく、素材メーカーを筆頭に外部協力者も加わっている。当初は相談を持ちかけても門前払いされてしまうことも多かったそうだが、プロジェクト開始から3年目となり、European Commissionが主催する「STARTS Prize 2022」で栄誉賞を受賞するといった成果も見えてくる中で「この素材も使えないだろうか」と逆提案を受けるケースも増えてきたという。
ZOZO NEXT、筧研究室、細尾の三者はプロジェクトを通じて得たいものはそれぞれ異なるが「世界でまだ見たことがないもの」を生み出したい情熱は共通している。トークイベントでもそれぞれの「今後はこういったことをやってみたい」というアイデアがいくつも飛び出し、まだまだプロジェクトが終わることはなさそうだ。今後の展開にも期待したい。