LIFE STYLE | 2023/07/10

フィンランドに留学した大学生が考えた日本との違いと優劣のつかない「都市のあり方」

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)で教授を務める神武直彦。彼が小中高校生のために主催するオ...

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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)で教授を務める神武直彦。彼が小中高校生のために主催するオンラインプログラム「KITE Project」が面白い。今年から「KITE Global Project」と名を変えた同プログラムでは、「国を超えて面白いことに取り組んでいる方に出会い、物事を楽しく進めるシステム×デザイン思考を学ぶ」という目的のもと、さまざまな境遇にある人々が学生のためにプレゼンテーションを行っている。

今回は先日開催された第7回のイベントレポートをお届けしよう。「学び、考え、動いた私のスクールライフ~渋谷から国立、そしてヘルシンキへ~」と第された講演は、学生向けの内容ではあるものの、社会人にとっても子育てのヒントを得たり、課題解決への理解を深める機会になるはずだ。

神武直彦

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)教授

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウェアの独立検証・有効性確認の統括および宇宙機搭載ソフトウェアに関するアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年より慶應義塾大学へ。

文:白石倖介 画像提供:KITE Global Project

「とりあえずやってみる」に導かれフィンランドへ

若き学生たちと未来について探求する「KITE Project」について、神武教授の導入からイベントは始まった。KITEとは英語で「凧」を意味し、その名が示すように、小・中・高校生が見晴らしの良い高みから物事を眺め、新たな未来について考えることを促すプロジェクトである。また、学生たち(凧)が、希望や不安など色々な想いを巡らせているだろう将来(大空)に、しなやかに飛んでいける考え方やヒントを得る機会にしたい、という想いも込められている。

このプロジェクトは、ただ子供たちが新たな知識や経験を得るだけでなく、「システム思考」や「デザイン思考」を通じて、0から1を生み出す力を育むための場となっている。これらの考え方は、大学院レベルで学ばれているものだが、神武教授はこれを小・中・高校生にも伝え、早期に創造力と視野を広げる機会を提供したいと語った。

今年は「Keio Meet the Future Grobal Project」と名前に「グローバル」が加わり、プロジェクトの範囲がさらに広がった。神武教授は、日本を世界から、世界を日本から見る視点の重要性を強調し、全世界から活躍する人々をプロジェクトに巻き込むことを志向している。

今回のプレゼンターは一橋大学社会学部の4年生で、現在はフィンランドのアールト大学に留学中の小山栞奈さん。彼女は遠くフィンランドのヘルシンキからリモートで参加。神武教授の紹介により画面に小山さんが現れると、彼女はフィンランドの街を紹介しながら地下鉄に乗り、アールト大学へ到着するという演出でそのプレゼンをスタートした。

神武直彦教授

小山さんがヘルシンキ大聖堂の前からメトロに乗ってアールト大学へ向かうところから講演はスタート

彼女の話は、ヘルシンキへの旅立ちに至るまでの生い立ちから始まった。幼少期はやんちゃで競争心に溢れ、合唱団に入っては夏のNHKコンクールに向けた練習に熱心に取り組む日々を過ごしていたと語る。

中学時代には部活が生活の中心で、彼女は陸上部と英語ディベート部の2つに所属していた。特に英語ディベート部には強い思い入れを持っており、その経験が彼女の英語力を飛躍的に向上させる契機となった。英語の勉強を始めたのは中学時代で、最初はアルファベットの「b」と「d」すら書き分けられないほどだったという。

「とにかく英語が苦手でいろんな人に心配をかけたんですが、帰国子女の方と一緒にチームを組んで取り組むことで、『ディベートに向けて話さなければいけない状況』に自分を追い込んでたくさん練習をする中で、だんだん喋れるようになっていきました」

英語でのコミュニケーションを学ぶことから海外への興味を強めた小山さんは、中高時代に2度の留学も経験した。

「私が行ったのはオーストラリアとシンガポールの2カ国で、どちらもホームステイだったのですがオーストラリアでは語学を、シンガポールでは文化交流をメインに留学をしました」

交換留学ではバディと共に互いの国を行き来しながら、それぞれの国の文化の違いを体験し交流した。この経験が彼女の視野を広げ、さらに異文化への理解を深める機会となったという。

「やってみたいことは何でもやろう」という小山さんの中高時代は、授業以外のチャレンジも含め、充実したものだった。ここで彼女が出会ったのが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)との「高大連携プロジェクト」だった。このプロジェクトは小山さんの高校と慶應義塾大学が連携して実施したもので、ここで彼女は「渋谷地域の課題解決をしよう」というプロジェクトに携わることになる。小山さんのチームは、原宿近くの「竹下通りのポイ捨て問題」に取り組んだ。

その手法は現地調査、つまり「フィールドワーク」から始まるもので、実際に現地に足を運び、ゴミがどのようにポイ捨てされているか、誰がポイ捨てをしているかを調査し、その結果を慶應大学のメンターに提出し、フィードバックを得ては分析を繰り返した。

最終発表では、ラップソングを通じてポイ捨て問題の啓発を試みた。ユニークなアプローチだが、これは竹下通りの混雑具合を考慮し、楽しみながら聞いてもらえる手法が効果的だと考えた結果だった。このプロジェクトを通じて、フィールドワークの重要性を実感したのと同時に、自身が通学していた渋谷という地域についても気づきがあったという。

「私はずっと渋谷の学校に通っているのに、そういえば渋谷の人と全然交流したことがないと気がつきました。そのころ、ちょうど高校で卒業研究があったんですが、せっかくなので『高校生とその周りにいる地域の大人がもっと交流するには』ということをテーマに研究を行いました。高校に入るまでほとんど東京でしか過ごしたことがなかったので、長野県白馬村でフィールドワークをすることにしたんです。私と白馬の高校生は同い年なのに、住んでる場所が違うだけで考え方や地域の人との関わり方がまるで違いました。実際に行って気づけたことは、とても大きな発見だったと思います」

こうした経験を通じて、小山さんは自身の研究が直接社会につながることに魅力を見出し、大学ではさらにその学びを深めることを決意した。その結果選んだのが、「社会科学の総合大学」といわれる一橋大学だ。現在、小山さんは一橋大学の社会学部で「都市緑化」についての研究を進めている。そして、さらに視野を広げるため、現在はフィンランドのアールト大学に留学中だ。アールト大学は工学、芸術・デザイン、ビジネスの3つの分野の学校が合併してできた新しい大学で、異なる専門分野を持つ学生たちとの交流が日常的に行われている。

「この大学のキャンパスを歩いていると、全然違うことを勉強している人たちがたくさんいて、そんな環境で刺激を受けながら勉強できるのはとても楽しいです」

ここで神武教授から「1年ほどの留学期間で、最も驚いたことや記憶に残ってることは?」とたずねられた小山さんは、環境のインターナショナルな部分に驚いたと答える。

「私はフィンランドに興味を持ってアールト大学に来ましたが、フィンランド人以外にもいろんな国から来た学生がいます。授業にもよりますが半分ぐらいは海外から来ている人。フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語なんですが授業は英語で行われます」

そのため、同じテーマについて学んでも、異なる文化背景から来る人々との交流により、知識が何倍にも膨らみ、ディスカッションも深まるそうだ。続いて「留学を目指している学生へのアドバイス」を求められた小山さんは、彼女らしいエネルギッシュな回答を語った。

「自分で言うのもなんですが、私はがむしゃらな性格で、『とりあえず何か考える前にやりたい、面白そうって思ったらとりあえずやってみよう』というマインドでこれまでやってきたんです。始めてみたらうまくいかないことばかりで、他の人よりも全然できないことがたくさんありました。負けず嫌いなので悔しい思いをすることもありました」

「でも、今でも『迷っちゃうときはあんまり考えずにやってみる』『失敗したらそのとき考えればいい』ぐらいの気持ちで臨んでいます。ディベート部にいた頃も最初は全然喋れなかったけど、結構喋れるようになりましたし。20年間、そうやってきました。なので迷っている人、悩んでいる人は、「とりあえずやってみる」というのがいいと思います」

個人が尊重される社会には特有の“孤独”もある フィンランドと東京の人付き合いの違い

続いて小山さんは、フィンランドと日本の社会の違いについて語ってくれた。彼女が言うには、フィンランドは個人主義の国で、その文化が教育やコミュニティの形成に強く影響を与えている。具体的には、学生が自由に学びたい内容を選べる自由な教育環境があり、また、コミュニティの干渉が少ない生活を送ることができる。

しかしながら、この自由と独立性は、時として「孤独」へとつながる。たとえば、フィンランドで子育てをする日本人の母親との会話から、国家が豊かなサポートを提供する一方で、コミュニティからのサポートや関与が少ないため、一部の人々は不安を感じるとの意見を聞いたという。

「たとえば、『このサービスが欲しいです』と国にお願いすると国が自分のことを助けてくれる。けれど周りのコミュニティにいる人々は誰も自分に構ってくれないし、相談に乗ってくれないということがある。自由な選択が尊重されるのはうれしいですが、それは他人の選択に干渉しないということでもあり、『孤独感』みたいなものの源泉になってしまう部分は確かにあるのだな、と感じたエピソードでした」

そして、留学体験を通して「ものの見方を変える」ことが大切だとも語ってくれた。都市緑化を研究領域とする彼女だが、留学前に「都市」という概念を考える際、自身の経験が東京に限られていたため、常に東京を基準にしていたと振り返る。だが、ヘルシンキに移住したことで、「都市」という存在が東京とは全く異なる形を持つことに気付いた。ヘルシンキという「都市」には、自然豊かな環境でキノコ狩りが楽しめる場所が広がっている。こうした体験は、東京とはまったく異なる生活環境がそこにあることを示す。

余談だがフィンランドの人口は約550万人(2021 年)と日本のおよそ1/20程度。日本とフィンランドの面積は同規模程度なので、人口密度も日本の1/20 程度である。首都同士を比べると、東京都の人口密度は約6399人/km²であり、この数字は世界の大都市の中でも突出している。一方、ヘルシンキの人口は約65万人(2021年時点)で、人口密度は約2872人/km²だ。東京の人口と都市密度はヘルシンキを大きく上回っており、まったく性格の違う街であることは数字の上にも明らかだ。

こうした都市研究を進める中で、「100年後の街」について考えることがあると小山さんは続ける。

「100年後、今は想像もしないことが起こっているかもしれません。たとえば自分の家にいつでも好きな野菜がとれる畑があって、農地やスーパーがなくなるのかもしれないとか、自分専用の乗り物が街を走っているから、バスや電車がいらなくなるかもしれないとか、つまり新しいテクノロジーやそれによるライフスタイルの変化で、未来の都市の姿はぜんぜん違うものになっている可能性があります」

加えて新型コロナウイルスの流行により、人々が自宅でも働くようになったことを挙げ、これは、我々がまだ想像すらしていない未来の変化が現実に生じた一例でもあるとする。都市について考えるときは、このような予測不能な変化を踏まえることが重要だ。都市計画では、「今日ビルを建てる」「明日道路を敷設する」といった即座の行動が難しい。それだけに、10年後、100年後の未来像を想像しながら都市を計画することが重要であると語ってくれた。

東京、ヘルシンキ、それぞれの都市のあり方

アールト大学で参加したプロジェクトの中に、「1年間で製品を作る」というものがあり、彼女たちのチームは「2040年はどうなっているのかを考え、それを体験できる製品を開発しよう」という課題に取り組んだ。リサーチとワークショップを通じて多くの人々の未来に対する想像や意見を収集し、それに基づいた2040年のシナリオを作成。そして、VR技術を活用してその未来をよりリアルに体験できる製品を開発した。

こうした経験を通じて、小山さんは「都市」という一見固定的な概念が、場所や時間によって全く異なる視点を持つことが可能であるという認識を新たにした。それはヘルシンキに留学したことで得た、彼女にとっての重要な経験だ。

「ひとことに『都市』と言っても、今と未来、東京とヘルシンキと、場所や時間が変わればまったく見方が変わってしまうのだということに気づけたのが、留学に来たよい面だったと思います」

ここで神武教授は、「俯瞰的に物事を見る視点」と、「緻密に物事を見る視点」の両方が重要だと説明し、小山さんがその考えを体現し、日本からフィンランドへの視点の転換を体験していることを語った。

「僕たちが研究しているシステムデザインマネジメントの考え方として、鳥のように空から見るような俯瞰的な目と、虫が世の中を見るように小さなところを緻密に見る、そういう目線がいずれも大事なんです。小山さんは日本の東京を中心に社会や都市を見ていたのが、強制的にそこから離れることでフィンランドのヘルシンキからの目線を獲得したわけですね」

留学の機会によりフィンランドのヘルシンキというまったく異なる環境に飛び込んだ結果、ヘルシンキの豊かな自然に初めて触れ、その風景の魅力に感銘を受けた小山さん。その一方で、東京の魅力についても改めて認識することになったという。

「フィンランド人の友達と話していると、『東京にはレストランとか商業施設がたくさんあって、ずっと過ごしてても飽きないよね』と言われて、確かに振り返ってみるとそれは東京の大きな魅力だと感じました。私も東京で20年間過ごしていて、行く場所に困ったことはありません。ヘルシンキは自然は豊かだけれど、レストランの選択肢は東京に比べるとぐっと限られてくる。どちらが良い・悪いというのではなくそれぞれに特徴があるということは、1年間暮らしてみて思う部分です」

彼女の話からは、東京とヘルシンキの都市特性の違いが鮮やかに描き出されている。東京は商業施設やエンターテイメントの選択肢が豊富で、飽きさせない。一方、ヘルシンキは都市のすぐそばに自然が広がり、それが生活者に安息とリフレッシュを提供する。どちらが良いかは一概には言えないが、両都市はそれぞれ異なる特色を持ち、住民に異なる価値を提供しているといえる。

留学の終わりが近づき、帰国を控える小山さんは自身の今後の目標を2つ挙げている。1つ目は、日本でまちづくりに関わる仕事をするというものだ。彼女はフィンランドで感じた良さを日本に持ち帰り、それを応用することで、日本の都市へ新たな価値を付加したいと思っている。2つ目の目標は、留学経験を踏まえて、再度海外の大学院に進学し、更に深い学問の探求に挑むことだ。新たな視点と経験を得た彼女が、どのような成果を生み出すのか、楽しみだ。


【KITE Global Project 第8回開催のお知らせ】
日時:2023年7月22日(土)19:00〜20:00
開催形式:オンライン
スピーカー:リーラワット ナット(チュラロンコン大学 工学部 産業工学科 准教授)
参加申し込みはKITE Global Projectウェブサイト下部の「お申し込みはこちら」より

KITE Global Project