代官山 蔦屋書店にてコンシェルジュを務める岡田基生が、日々の仕事に「使える」書籍を紹介する連載「READ FOR WORK & STYLE」。第6回となる本稿で取り扱うのは『すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』。
チームを組んでプロジェクトに参加する際に、さまざまな立場からチームのクリエイティビティを大きく向上させるための視点を与えてくれるという本書。一体どのように読み解けば良いのでしょうか。岡田さん独自の視点から選ぶ関連書籍とともにご紹介します。
岡田基生(おかだ・もとき)
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。修士(哲学)
1992年生まれ、神奈川県出身。ドイツ留学を経て、上智大学大学院哲学研究科博士前期課程修了。IT企業、同店デザインフロア担当を経て、現職。哲学、デザイン、ワークスタイルなどの領域を行き来して「リベラルアーツが活きる生活」を提案。寄稿に「物語を作り、物語を生きる」『共創のためのコラボレーション』(東京大学 共生のための国際哲学研究センター)、「イーハトーヴ――未完のプロジェクト」『アンソロジストvol.5』(田畑書店)など。
Twitter: @_motoki_okada
まず考えるべきはチームの〈ソース〉
トム・ニクソン 著、山田裕嗣 翻訳・監修、青野英明 翻訳・監修、嘉村賢州 翻訳・監修『すべては1人から始まる――ビッグアイデアに向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』(英治出版)
ビジネスの文脈では、「働き方」と「クリエイティビティ」の関係がしばしば話題に上ります。仕事におけるクリエイティビティを高めるために、さまざまな技術やコンセプトが導入されますね。現在、最も注目すべき概念が「ソース原理」です。
「ソース原理」とは、思想家のピーター・カーニックが提唱した考えで、あらゆるチームの中には基本的に「特別な役割を担う1人」が存在する、というものです。その人物のことを、「ソース(創造の源)」と呼びます。ビジネスのプロジェクト、社会運動、起業、ものづくり、どのような領域でもチーム活動はある特定の人物からスタートし、チームにおいて「ソース」を中心にそれぞれの役割を当てはめていこう、という考え方です。
「新たなアイデアを実現するプロセスにおいて、特別な役割を担う1人の人物がいる」という洞察は、一見当たり前のように思えるかもしれません。しかし、これは普段私たちが曖昧にしかとらえていない領域を高い解像度で鋭く捉える説明です。
例えば、スタートアップでは共同で創業するケースがよく見られます。ここでは、一見「ソース」が複数いるように思われるかもしれません。しかし、本書では共同創業の場合も「ソース」は必ず一人であり、自分たちの中で誰がソースであるのかを自覚することが重要だといいます。もちろん仲間内での小さな取り組みにおいても同様。しばしばその認識が曖昧なとき、トラブルや行き詰まりが生じるのです。
この原理は、「ソース」の役割を担う人だけでなく、事業に関わるすべての人に、自分の職場の見え方が変わる「レンズ」を提供します。ソース原理は、アイデアを実現する場におけるメンバーの役割や関係性を明らかにするツールなのです。
そのような場では、プロジェクトの進行過程全体(例えば企業)のビジョンを描く「全体ソース」、プロジェクトの進行過程うちの特定の部分(例えば部門や特定の事業)のビジョンを描く「サブソース」、給与や自分の成長などのために働く「業務協力者」といった役割の違いが生まれていきます。これは運営の実態に即したもので、必ずしも「社長」「部長」「プロジェクトリーダー」といったような形式的な肩書と一致するものではありません。自分の職場では、誰がどの役割なのか、自分はどの役割なのか? それを捉え直してみるとき、実情に即した見方ができるようになり、メンバーの内面やメンバー間の関係性にアプローチすることでチームのクリエイティビティを最大化する途が見えてきます。
本書を読むと、自分もソースとなって、プロジェクトを立ち上げたいと思う方が少なくないと思います。ただ、そのためにはまず「ビジョン」を思い描く必要があります。その方法を考えるためのヒントが詰まった本をご紹介しましょう。『香山哲のプロジェクト発酵記』です。
香山哲『香山哲のプロジェクト発酵記』(イースト・プレス)
本書は、漫画家・イラストレーターの香山哲さんが創作のアイデアを熟成、発酵させ、次の漫画の連載にたどり着くまでのプロセスを記録した漫画です。連載漫画の企画という実例を通して、勉強、仕事、趣味などさまざまな場面で「アイデアを企画の形にしていく方法」を描き出しています。そのため、漫画に興味がある人だけではなく、「アイデア構想」に興味がある人におすすめの一冊です。
とりわけ印象的なのは、「どんなコンテンツを作るか」だけでなく、作者自身のライフデザインや心の内側に関わるパートが多いことです。
香山さんは、なにかプロジェクトに取り掛かる際に、なぜプロジェクトを実行するの
か、その目的や優先順位、自身のモチベーションを明確にするために自分自身に対して丁寧に「インタビュー」を行います。これによって時間のかかるプロジェクトが「なんのためにやっているのか分からない」状態になるのを防ぎます。しかしさらに重要なのは、あくまで丁寧に、一人の人に接するように敬意を持って、(時にはそのためにお金もかけて)インタビューに臨むということです。自分がのびのびと思考できる環境を自分で整えることで自分の中の「素直な欲求」を聞き出します。
『すべては1人から始まる』でも、個人の情動的な側面を重視することで、よりプロジェクトへのモチベーションやクリエイティビティを高めていくことが説明されます。二冊をセットで読むことで、アイデアを構想し実現するプロセスのなかで、自分の感情と向き合うヒントが得られるでしょう。
また、『香山哲のプロジェクト発酵記』を読んだ目線から、『すべては1人から始まる』を読み直すと、「物語」の重要性が浮き彫りになります。『すべては1人から始まる』の第一章は、「大きなアイデアを実現させるストーリーテリングの力」の説明から始まっています。人は生まれつき、物語を生み出す力、また、誰かの生み出した物語に貢献する力を持っており、それが文明を生み出してきた、という内容です。この「ストーリーテリングの力」とは、まさにビジネスの「ビジョン」を人々に伝え、巻き込んで行くために必要な力です。「誰がソースなのか」という共通認識も、人を納得させる「ストーリー」の一種だといいます。
『すべては1人から始まる』と『香山哲のプロジェクト発酵記』は別ジャンルの書籍で、一見無関係に見えます。しかし、二冊をセットで読むことで、人間のアイデアが生まれ育ち、風景を変えていくプロセスの全体像を掘り下げ、生き生きとしたチームを運営するヒントを掴むことができるはずです。
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